第6話 : 新月前夜の依頼
「この後は好きなように依頼を受けてくれれば構わない。注意事項なんかは受付に聞いてくれ」
「はい、わかりました」
「が、頑張ってね。応援、してるからね」
別れ際、ネリスさんの興味深そうな視線が名残惜しそうにこちらに残っている。しかし自分は、それをあえてスルーして「ありがとうございます」とだけ返した。
「じ、じゃあヴァル、お仕事行こっか」
「………」
“仕事”という言葉を聞いた瞬間、ヴァルさんはぷいっと無言で顔を逸らした。
明らかに面倒くさいと思ってるのが横顔だけでもはっきりと伝わってくる。
「…ほら、行かなくちゃ」
「嫌だ、もう俺は疲れたんだ!サボらせろぉぉぉ!!!!」
まるで駄々をこねる子供のように、ヴァルさんは必死に抵抗する。ネリスさんは困ったように眉尻を下げて言った。
「だ、ダメだよ。2人とも、怒られちゃう。あの人が、お、怒った時の怖さ、は知ってるでしょ?」
「はんっ、アイツがこれだけの事で怒ったことなんてなかっただろ。俺は!あんな量の仕事!やりたくないんだあぁぁ!!!」
しかし、そんなヴァルさんのジタバタは無駄に終わった。
驚いたことに、ネリスさんは見た目によらず力持ちだったらしい。ヴァルさんの体を、ひょいっと軽々と姫抱きにしてしまったのだ。
持ち上げられてしまえば、抵抗も意味をなさず、観念したような顔で連れられていった。
…まるで嵐のようだったな。
騒がしさが去ったあと、どっと疲れが押し寄せてきた。
「あら、もう終わってました?」
少し離れたところにいた受付の女性が近づいてきて、ホッと息をつく。
「はい、今ちょうど終わったところです」
「カード、見せてもらえますか?」
「あ、はい」
差し出されたカードを素早く確認すると、すぐにそれを返してくれた。
「これでライセンスの取得は完了です。これからは自由に依頼を受けてくださいね」
そう手短に伝えると、女性は忙しそうに足早に去っていった。
「シュークくん、やったね!これで依頼が一緒に受けられるようになった!」
「そ、そうだな」
女性と入れ替わりでやって来たイロナが嬉しそうに声を上げると、次の瞬間、ぎゅっ!と突然ハグされてしまった。
予想外の行動に腕のやり場に困って、固まってしまう。
……これが普通の距離感なのだろうか? いや、自分の家族ですらこんなスキンシップはなかった。唯一、母さんくらいだ。
こんなに人のために喜べる人を見た事がないし、同年齢の女の子からこの類いのスキンシップを受けることが初めてで少し戸惑う。
助けを求めるようにヴェールとセクレットに目線を送ったが、2人は苦笑しながら肩をすくめるだけだ。
こんな風に誰かが自分のために喜んでくれるなんて、少し変な感じだ。
…いや、違うな。嬉しいんだ。
自分のために喜んでくれる人がいる。それが、とても嬉しい。
ようやく満足したのか、イロナは腕を離した。
「よし、シュークが無事にライセンスを取得できた事だし、何か依頼でも受けるか?」
「…ボクは賛成。シュークくんの戦闘能力とかも見ておきたいし」
こうして、自分は初めての依頼を受けることになった。
依頼を受ける部屋は別にあるらしく、案内に従って移動する。
廊下は清潔で整っており、すれ違う人々も子どもから大人まで年齢も雰囲気も様々だ。
…ジロジロとこちらを見てくる視線は、少し居心地が悪いな。
できるだけ顔を見られないように、フードを深く被り直した。
やがて、“依頼受け取り室”と書かれた看板が吊り下がったドアの前で足が止まる。
「シュークくん、ここだよ!」
イロナがそう言ってドアを開けると、部屋の中には見たこともない機械が並んでいた。
金属質な光沢のある物体がずらりと整列しており、圧倒されるような光景に思わず目を見開く。
「なんだこれ…。見たことないし、どうやって使うのかもわからない」
見ただけでは用途も使い方も全く想像がつかない。そっと触れてみると、硬くて冷たい手触りだった。
下手に触って壊したら大変だと思い、思わず手を引っ込める。
「あ、もしかしてこれ初めて見る?これは|"術式記録盤"《パソコン》って言うんだよ!じゃあ、今から使い方を見せるから、ちゃんと見ててね」
イロナは慣れた手つきでその機械を操作し始めた。
無数のボタンをタタンッと素早く押し、画面に文字や数字を入力していく。イロナの指は迷いなく動き、流れるような動作だった。
「それでここを押して、こうして、ここに文字を打って、最後にここを押せば、依頼が受けられるよ」
「…流石に、一気に全部は覚えられない」
早すぎる操作に目が追いつかず、自然と眉間に皺が寄る。
「初めてなんだからそんなものだって!私も初めは何してるかよくわかんなかったしね!少しずつ覚えてこ!」
イロナは優しく笑って、機械をパタンと閉じた。
…依頼の取り方は早めに覚えておきたいな。
自分は今のところ機械には向いていないけれど、『それ以外の部分でしっかり役に立てるように頑張ろう』と思った。
♢ ♢ ♢
現在、自分たちは依頼のために電車に乗って、ある村へとやって来ていた。
「ここが今回の依頼場所かぁ〜!自然がいっぱいだね!」
イロナが嬉しそうに声を上げる。
目の前には、濃い緑に覆われた豊かな自然が広がっていた。
遠くまで広がる木々の間に、ぽつりぽつりと家が建っているのが見える。耳を澄ませば、川のせせらぎが静かに聴こえてくるような、穏やかな場所だった。
「今回は猪型魔獣の討伐で、報酬は14万円だって」
ヴェールが鞄の中から小型の機械を取り出すと、黒い液晶画面に光が灯り、情報が表示されていく。
「ヴェール、それは何だ?」
「ん? これは|"術式端末"《スマホ》っていうの。遠くの人と連絡を取ったり、情報を調べたりできるんだよ」
手のひらサイズの道具に様々な機能がある事が驚きだ。
こんなのどの本でも見たことも読んだこともない。一体どんな仕組みなのか、不思議だ。
「便利なんだけど、使う為に魔力が必要だからそんな頻繁には使わないけどね」
そう言って、スマホの光を消した。
「あっ、もしかして連盟の方々ですか?」
そう声をかけてきたのは、薄茶の髪を後ろで結った、二十代半ばほどに見える女性だった。
「はい。あなたが依頼主の方ですか?」
4人の中で役割が決まってるのか、セクレットが一歩前に歩み出た。
「は、はい。最近、家畜や作物が食い荒らされてしまって…。それで、連盟に依頼を出させていただきました」
不安げな表情の中に、どこか安堵の色が見える。女性の話によれば、この村では家畜の飼育や作物の栽培を生業としており、最近になって猪型の魔獣が頻繁に畑を荒らしに現れるようになったという。
「つい先日も、一人怪我をしてしまって…。その魔獣、どうやら“新月”の夜になると村に降りてくるんです。……神の眼がない時は、悪いことがよく起こるんです」
…神の眼?この村特有の言い回しか何かなのか?
「なるほど…。貴重な情報、ありがとうございます」
「いえ、こんなことしかお伝えできず…すみません。どうかよろしくお願いします」
新月まで、あと一日。
その間、自分たちは村の宿に泊まらせてもらうことになった。宿代はこちらで持つつもりだったが、依頼主の女性が「どうか払わせてください」と深く頭を下げてきたため、今回はその言葉に甘えることにした。
「兄ちゃんたちが連盟の人たちだな!部屋はもう用意してあるから、二階に上がってくれ!」
体格のいい、筋肉質な男性が豪快に笑いながら階段を指さす。
「ありがとうございます」
木で作られた階段を踏みしめると、ギシギシと軋む音が響く。研究所の無機質な石造りの階段とはまるで違っていて、新鮮な気持ちになる。
「部屋は2部屋あるみたいだな。俺とシューク、イロナとヴェールで分かれて使うってことでいいか?」
「うん!私はそれでいいよ!ヴェールちゃんと女子会してみたかったの!」
イロナは階段を登りきると、満面の笑みでヴェールの手を引いて部屋へと入っていった。中からはもう、楽しげな笑い声が聞こえてくる。
「…俺たちも入るか」
「そうだな」
ドアを開けてみると、中は想像よりもずっと綺麗だった。
ふかふかそうなベッドが2つ並び、部屋の中央には木製の机。窓からは温かな日差しが差し込み、部屋全体を優しく照らしている。
「トイレはあるみたいだな。……流石に風呂はないか」
セクレットが少し残念そうに肩を落とす。森に入れば必ず汚れるから、風呂があると助かるらしい。
しばらく身支度をしていると、控えめに扉がノックされた。
「2人とも〜。今いい?」
「いいぞ」
ドアが勢いよく開き、元気いっぱいのイロナが、すっかり出かける準備を整えて立っていた。
「ねぇ、ちょっと森に探索しに行こう!」
「イロナ、なぜ急にそんな話になった?」
「それはあとで話すから!とにかく行こ!」
その目はキラキラと輝いていて、好奇心と期待に満ちている。
「イロナちゃん、そんなに大きな声出したら、下の人に迷惑だよ」
「わっ、ごめん…。仲間とこんな風に遠出するの、初めてだから…つい」
しょんぼりとした様子は、まるで叱られた子犬のようだ。つい頭を撫でてやりたくなる。
ヴェールは自分がイロナを悲しませたと思ったのか、慌ててオロオロしてしまう。
「ほら、2人とも。森に行くんだろ?ヴェール、そんなに気にしなくても大丈夫だ」
「う、うん…」
「森だ森だ〜!さぁ、早く行こっ!」
さっきまでしょぼんとしていたイロナは、太陽のような明るい笑顔を見せると、自分の手をぐいっと引いて部屋を飛び出した。
「ちょっ、イロナ!落ち着け!階段から転げ落ちるぞ!?」
「大丈夫だよ!」
…何が大丈夫なんだ!?
「本当に止まってくれ!セクレット、ヴェール、イロナを止めてくれ!!」
「……シューク、頑張れ」
部屋の入口で、自分とイロナがバタバタと階段を駆け下りる姿を、セクレットとヴェールは顔を見合わせながら、どこか微笑ましそうに見守っていた。




