第5話 : 水晶が告げた異端の属性
コホンと小さく咳払いをして、男性がこちらを見た。
「あー…すまん、紹介が遅れたな。俺はヴァルだ」
「わ、私は……ネリス、だよ。ヴァルには、ネっ、ネルって呼ば、呼ばれてるよ。よ、よろしくね」
「あ、よろしくお願いします。ヴァルさん、ネリスさん」
うまく話せてない気がする。研究所にはいなかったタイプの人たちだ。
…こういうのが「個性が豊か」ってことなのか?
そもそも長い間研究所にいたから、まともに人と話すのは久しぶりだ。職員はいたけど、会話というより命令されて動くだけ。会話らしい話なんてしたことなかった。
「や、やっぱりっ、わ、私には無理だよ……。ひ、人、怖いもん」
「話さなきゃ慣れるモンも慣れないだろうが。だからアイツも俺をつけたんだろ。とりあえず立て」
しゃがみ込んで涙目のネリスさんに、ヴァルさんが声をかける。
緊張していたけど、なんだか肩の力が抜けた。少なくとも、この人たちは危険じゃなさそうだ。しかし、これから一体何をするのだろうか。
…やっぱり、囚人との対人訓練とかか?
実際、あそこでも凶悪犯罪者と戦わされてた実験体がいた。
でも、戦闘経験なんてないから嫌だな。
「そんなに身構えなくていい。危害を加えるつもりはない」
「えっと、お、名前を……教えてもらっても、いいかな?」
ヴァルさんに背中を押されネリスさんが少し前に出てきて微笑む。
ちょっと引きつってるけど。
「シューク・フェイトです」
相手が笑ってくれたから、自分も少し笑みを浮かべてみた。
「しゅ、シュークくん。ね」
そのやり取りの最中、ヴァルさんが機械に何かを入力していた。何かを取り出し、別の機械にカチッと差し込む。
…何だ、あれ。見たことない。
「まずは、相性のいい"属性"を調べる」
聞き覚えのない言葉に首を傾げる。
いや、以前読んだ本にそんな単語が出ていたような気がする。
でも、いくら頭を捻ってもなかなか出てこない。
「も、もしかして、属性ってことっ、言葉自体、知らないの?」
自分の反応に信じられないとでも言うように、ネリスさんは軽く目を見張った。
「今まで外の世界とほとんど関わってこなかったので、そういう知識がなくて……」
「あぁ、なるほどな。……わかった。じゃあ簡単に説明するぞ」
ヴァルさんはいろいろ察したのか、自分について特に深く追求する事なく説明を始める。
この世界には、火、水、風、土、空の第五元素と光と闇を始めとした多くの属性が存在している。第五元素を操る魔法使いはごく少数。選ばれた者だ。
そして、それぞれ人によって「相性」がある。
相性が良い属性の魔法は威力が最大約2倍になり、基本的に1人1属性が一般的だそうだ。
「……ざっと説明するとこんなものだ。で、今からお前の相性を調べる」
そう言って、ヴァルさんが両手に収まるくらいの箱から透き通った水晶玉を取り出した。
「この水晶に手をかざしてみろ」
「はい」
手をかざすと、魔力がしゅるっと引き出される感覚がした。次の瞬間、水晶が強く光を放つ。
「眩しっ……」
目を閉じて、光が収まるのを待つ。
光が収まって目を開けると、水晶は元の透明な状態に戻っていた。
「……あの、何か失敗しましたか?」
ヴァルさんは、目を見開いたまま、無言で水晶を凝視していた。
…何か変な反応でもでたのか?もし出てたならきっと研究所で投与されてた薬のせいだ。
「いや……珍しい結果が出ただけだ。失敗じゃない」
「ヴァル、ど、どうしたの?」
ネリスさんが水晶を覗き込む。
「あ、相性が良いま、魔法は闇と炎、だね。凄い……。適正者が全くいない、闇が使えるなんて!」
さっきまでの怯えたような雰囲気はどこかに吹き飛んで、キラキラとした目を向けられる。
「闇属性はね、貴族でもなかなか見ない、とっても珍しい属性なの。一部の種族にしかなかなか見られないものなの」
頬を紅潮させ、ぐいっと距離を詰めてくる。初めて会った時のイロナを髣髴とさせるような動き。
でも一つ違うのは、両手首を強く握られてることだ。
「私、初めて…。闇属性持ちを見たの……」
…闇属性か、吸血鬼の亜人だからか?
近くで長時間見られるのには慣れているわけではないし、自分に興味を持って手首を強く握られてるのはなんだか変な感じだ。見た目の割に力が強いようで、手首がだんだん痛くなってくる。
多少研究所でも観察されることはあったけど、こんなに長時間見られたのは初めてな気がする。
「えっと……何か?」
居心地の悪さを感じて、遠回しに手首を離してほしい意を伝えたつもりだったが、伝わらなかったようだ。
手首を掴んだまま、幼子のようにじぃーっと観察される。そんな光景をみかねたのか、背後からヴァルさんの大きなため息が聞こえた。
「ネル、落ち着け。怖がられるぞ。お前は力が強いんだからその手首を掴むのやめてやれ」
「えぁっ。う、ご、ごめんねシュークくん……。初めて見たから、つい、はしゃいじゃって…」
ネリスさんがヴァルさんに猫のように摘み上げられる。
嫌そうな顔をしながらもちゃんと一緒にやってくれているヴァルさんは、意外と良い人なのかもしれない。
「次は魔力の暴走がないか確認する」
「さ、最初は、炎魔法だよ。ヴァルがちゅ、中級魔法の“炎球”を、みっ、見せるから、それを真似し、してみてね」
ヴァルさんの周囲に、ボッッと音を鳴らして6つの火の玉が現れた。
どれも大きさや炎の揺らぎが同じ。魔力の細かい制御ができるという証拠だ。
まだ若そうなのに、相当優秀らしい。
「こ、れはイメージがた、大切なんだよ。変な物を思いう、浮かべると危険だから、き、気をつけてね」
「はい。"わかってます"」
目を閉じて、脳内で3つ火の玉をイメージする。すると、自分の周りに熱を感じて、目を開けた。
しっかりと、思い描いた通りの火の玉が浮かんでいる。
「……筋がいいな。火加減もいい感じだ。これなら練習いらないかもしれないな」
「ありがとうございます」
魔法の扱いに少し戸惑うのは、たぶん薬の影響だ。"以前"とは感覚が違う。
…あれ。以前って、何だっけ?
また忘れている気がする。研究所に入る以前の記憶がぽっかりと抜けている部分があるのだ。
思い出そうとすると、ズキン、と頭が鈍い痛みを訴える。
「次はその火の玉を、あの的に当ててみろ」
ヴァルさんの言葉で、思い出す事ではなく目の前の事に思考が強制的に切り替わった。
指差された先には壁に設置された丸い的。7〜10mくらいの距離だ。
…このくらいなら少し飛ばすだけでいいかな。
先程作った炎玉を投げるイメージで指の先端を的に向ける。
「……ちなみに、当てたら爆発させてみろ」
「えっ!? 最初から爆発ですか!?」
戸惑いつつ、勢いで撃ってしまう。
バコンッ!
途中で言われたから爆発することなく、的に打ち付けられた。
残りの2つをまとめて、再び放つ。今度は、爆発をイメージしながら。
ドカンッ!
「す、すごい……。のっ、飲み込みが早いね」
魔法がスムーズに展開できた事は不思議だ。しかし、魔法をそれなりに扱えてるのは嬉しい。
「ふむ、魔力量は魔小石6つ分か……」
「魔小石……?」
また知らない単語が出てきた。
「魔小石ってのは、魔力を溜めて測る基準のことだ。多いほど強いってわけじゃないが、依頼を受けられる範囲が広がる」
つまり、ランクとは別に魔力量でも制限があるということらしい。
「その歳で6つ分ってのはかなり多いぞ。どうやってそんな魔力を抱えてんだか」
「……自分の魔力が多いって、初めて知りました」
多いと言われても、実感がない。
正直驚いた。ずっと普通だと思っていたから。
魔力計測は定期的にやらされてたので職員たちも知っていた筈だが、誰一人そんな事教えてくれなかった。
「あぁ。貴族でもなかなかいない量だ。人族は血筋によって魔力量が決まることが多いが、魔力の仕組みはまだ謎が多い」
そう言って優しく説明してくれる。
…やっぱり、この人はいい人だと思う。
「ま、まだ子供なのに……魔小石6つ分、か。ふふっ、面白い……」
「……おい、ネル。変なスイッチ入ってるぞ。後輩に怖がられたくないだろ?」
「あっ……う。ご、ごめんね、シュークくん。な、なんでもないからね?」
とりあえず、危ない人ではないみたいだ。が、経験則でこのタイプは興味の対象に対して突進していく傾向がある。まだ警戒を解除するのは早い。
自分は笑ってごまかすだけにしておいた。
♢ ♢ ♢
「お疲れ。カードは受付に渡してくれたらあとはわかるはずだ」
「はい、ありがとうございました」
無事に終わって、自分は小さく安堵の息を吐いた。
世情も常識もわからないまま、いろいろなことをやっていたので、何か失敗するのではと内心ずっと不安だったのだ。でも、そんな心配も杞憂に終わって本当によかった。
「1人で行ってこい」なんて言われた時は、正直、全く余裕がなかった。
たぶん、これまであまり友好的な人に囲まれてこなかったせいもあると思う。
失敗して殴られたりしたらどうしようとすら思ってた。
「こ、今回は何事も起こらなくて、安……安心したよ」
ネリスさんの口から漏れたその言葉を、自分の耳は聞き逃さなかった。
「……普通、何か起きたりするんですか?」
「初めて攻撃魔法を使うやつが多いからな。たまに暴走する奴もいるんだよ」
どうやら、日常生活では攻撃魔法を使うことはまずないらしい。
基本的な生活魔法は使うが、攻撃魔法を使う場面なんて滅多にないとのことだ。
…本当に、無事に終わってよかった。
でも、ちょっとおかしい気がする。
確か自分が使っていた魔法って、中級魔法とか言ってなかったか。
「……自分、たしか中級魔法を教わったと思うんですけど。普通は初級魔法から教えるものなんじゃないんですか?」
自分がそう尋ねると、少しの沈黙のあとでヴァルさんが揶揄うように口元をニヤリと歪めた。
「暴走の対処には慣れてるし、大丈夫かなー、と思ってな。実際、問題なかったんだからいいだろ?」
そう言って笑うヴァルさんを見て、自分は抗議の言葉も出せず、ただ引きつった笑みを浮かべるしかなかった。




