第4話 : 異端の誓い、魔法の先に
「……仲間?」
セクレットは真剣な眼差しで見つめながら、力強く頷いた。
「ああ、あんな状態で十数人を相手にしても生き延びてたからな。そんな戦力、正直ほしい。……それに、イロナを助けてくれたからってのもある」
セクレットは笑みを浮かべつつも、その瞳には真剣な光が宿っていた。
彼らの中で、きちんと話し合って出した結論なのだと感じられる。
……自分と共に行動することは、彼らにとって危険を伴うことになるんじゃないか?
自分は、あの“研究所”から逃げてきた身。
いつ、どこで、どんな追っ手が来るかもわからない。自分といるだけで、リスクが付きまとう。
「お前も……何か訳ありなんだろ?"俺たちも"みんなそうだ」
「私ね、シュークくんが仲間になってくれたら、すっごく心強いと思うんだ。……どうかな?」
“仲間”。その響きに、心がわずかに揺れる。
「…………自分と一緒にいれば、危険な目に遭うかもしれない」
研究所から逃げているという事実を口にするのは、まだ早い気がした。
だから、核心には触れず、やんわりと伝えるに留める。
彼らを、これ以上危険に巻き込むわけにはいかない、そう思って。
「それでも、いいよ。それで……ボクたちの仲間になってくれる?」
ヴェールの声は、あくまで穏やかで優しい。
けれど、イロナとセクレットの目にはすでに確信の光があった。
これは提案の形を取ってはいるが、彼らの中ではもう“仲間になる”ことが当然のようになっているのだ。
……人と共にいれば、何かを思い出せるかもしれない。
ずっと靄がかかって思い出せない記憶を。
何か、大切なものが見つかるかもしれない。
そう思い至った自分は、静かに3人の顔を見渡した。
「……わかった。これから、よろしく」
少し照れながらも、自分ははっきりとその言葉を口にした。
そして、彼らの“仲間”になることを受け入れた。
「……ぃっやったー!!!」
「おい、跳ねるな! そのうち皿割るぞ!」
「仲間になってくれて嬉しいよ。ありがとう。……イロナちゃん、もうちょっと落ち着いて」
イロナは全身で喜びを爆発させ、セクレットは苦笑しながらも嬉しそうに笑った。
ヴェールは変わらず静かに微笑んでいるが、その表情には確かな温もりが宿っている。
そんな無邪気な喜びを見ていると、これからが楽しみになって、胸の奥がじんわりと温かくなる。
この感情はきっと、久しく感じていなかったものだ。
……仲間になったからには、絶対に守ってみせる。
密かに、自分は心に強く誓ったのだった。
♢ ♢ ♢
ご飯を食べ終えると、自分達はお食事処を後にした。
「じゃあ、シューク。ライセンス取りに行くぞ」
「らい…?ライランス?」
「ラ・イ・セ・ン・ス!」
今の時代、魔法を使うにはライセンス。……つまり、魔法の使用許可証が必要らしい。
「えっ……。ここに来る前、普通に使っちゃったけど……。え、捕まる……?」
「知らなかったなら仕方ない!被害出してないならセーフ!」
近年、魔法は研究が進んでより便利になっている。それに比例して、魔法を悪用する犯罪も増加中だという。
だから、基本魔法以外の魔法を使うにはライセンスの所持が義務付けられているそうだ。
ついでに、自分は“非正規対害連盟員”としてバッジも受け取ることになった。
「これがボク達のバッチだよ」
ヴェールはポケットから小さなバッジを取り出して見せてくれる。不思議な花や植物の模様が、銀の糸で繊細にあしらわれていた。
「これを見せるとたまに物を安く売ってくれる所もあるからな。あと、魔法を使わなくちゃいけなくなった時用に携帯してるぞ」
正式名称は「対害悪防衛殲滅連盟」だが、長すぎるので、"対害連盟"とだけ記されている。みんなも対害連盟とだけ呼んでいるらしい。
この対害連盟では、登録すれば依頼を受けて報酬を貰えるシステムらしい。
「連盟には“非正規対害連盟員”と“正規対害連盟員”がいて、非正規は言ってみればバイトみたいなもので正規は正社員みたいな感じだな」
「ちなみに私たちは非正規だよ!正規になるには成人してることが条件だからね」
この国では、成人は18歳からだが、地域によって違うらしい。
「あれ?ここどこだろ?」
「任せるんじゃなかった!!!」
地図をくるくる回すイロナと、それを取り上げて溜め息をつくセクレットの様子が、なんだかおかしくてつい笑ってしまう。
「ごめんなさぁーい!セクレットママ!!」
「誰がママだ!!」
♢ ♢ ♢
しばらく歩くと、人通りの多い場所に出た。
どうやら、目的地とは反対方向に進んでいたらしく、セクレットが少し不機嫌になっている。
慣れない電車も使って移動したから、少し疲れた。酔ったのか、少し気持ち悪い。
周囲をキョロキョロ見渡しながら、セクレットは携帯型の端末で地図を確認している。
歩いてるだけだと暇だったので、連盟についていろいろ教えてもらった。
連盟は初心者向けの依頼や最新設備が整っているため、今では多くの場所で設立されているらしい。
「……にしても、本当に世間知らずすぎない?」
そう言ってイロナが呆れたような視線を送る。
だが、自分が育った環境では外の情報に触れる機会がほとんどなかったのだから仕方がないだろう。
イロナがドヤ顔(?)しながら教えてくれたが、これは最近の常識なんだそうだ。
「ここ最近、全然外に出てなかったから、政治とか、社会の動きとか、全く知らない」
「そっかぁ……。シュークくんも大変だったんだね」
そんな会話を交わしていると、目的地が近いのか、武器を持った人々が行き来している様子が見えた。
にしても、本当に、自分でも呆れるほど世間知らずだったんだなと思う。
あまりにも今までの世界と違うここで生活するには、出来るだけ早く世間の常識を身につけた方が良さそうだ。
「よし、着いたぞ。ここが対害悪防衛殲滅連盟だ」
「……あらためて聞くと、すごい名前だな」
「それは初め誰もが思う事だよ。ボクも最初びっくりした」
「字面だけ見ると、ちょっと怖いもんね」
聞くところによると、対害連盟はかなり血の気の多い人物が創設し、国に認められて正式な組織となった。その人物が名前を付けた結果が、これだという。
正直、初めて名前を聞いた人たちは怖がらなかったのかと疑問符が浮かぶ。殲滅という単語がそもそもゴツい。
「それで、連盟では具体的に何をするんだ?」
「物語でいう“騎士団”とか“冒険ギルド”みたいな感じだよ!」
申し訳ないが、『騎士団とかみたいなもの』と説明をされても、自分はその騎士団とかを知らないから全くもって想像できない。
意図せず微妙な顔になる。
「………騎士団ってわかるか?」
「わからない」
「……まじか」
正直に言っただけなのに、何故かセクレットは深いため息をついた。
「ここでは害のある人外、人、街中での手伝い、街外でのお手伝いとか色々あるんだが、ここは人外の仕事が比較的多いな」
大人から中学生くらいの子まで、さまざまな人たちがここでお金を稼いでいる。
物語でいう騎士団の代わりに、この国には“警視団–連–”という組織がある。
警視団は人間の取り締まりを担当していて、人手が足りない時や危険度の低い依頼は対害連盟に回されることもあるそうだ。
街での色々な人と交流も持てるという事で、最近はもっといろんなところに配置できないかと望まれるほどだという。
「……それは、死者とか出ないのか?」
「詳しくはよくわかんないけど、冒険ギルドに比べれば死者は圧倒的に少ないって聞いたし大丈夫なんじゃないかな?強い人も多いみたいだし」
…それより、少しとは言え人が死んでるのに平気なんだな。まぁ、冒険はそんなものなのだろう。
この組織を建ててからこの街の死者は随分と減り、若者も手伝いなどに協力的になったそうだ。
ほうほうと頷きながらイロナの話に耳を傾ける。
「旅がしたい人には冒険ギルドの方が向いてるらしいけど、今のところ私たちはこの国を出る予定はないしね」
冒険者ギルドの方が依頼内容が旅に適しているものが多いらしい。
この国にもいくつかあるらしく、対害連盟に登録した後からでも登録できるそうだ。
「いい人が多いって聞くし、そんなに心配しなくても大丈夫だよ!」
「うーん……。そういうもんなのか?」
建物の中に入ると、そこは思ったより広く、机や椅子が整然と並べられていた。
何人かの人が、身なりの整った女性に相談をしている様子も見える。
「ほら、しゃんとしろ。自分のライセンス取るんだろ」
背中を軽く押された自分は、ジトッとセクレットを睨んだ。
「どうかしましたか?」
受付の女性が、にこやかな、どこか生ぬるい視線をこちらに向けてきた。
なんだか恥ずかしくなって、思わず目を逸らす。
「ライセンスを取りたくて。それと、非正規連盟員に……登録を」
「はい、承知しました。それではお坊ちゃんお嬢さん方、少しだけお待ちくださいね。空いているか確認してきます」
「は、はい……」
にこやかな笑みのまま、驚くほどの速さで奥へと歩いていった。
すぐに姿が見えなくなり、ただただ唖然とする。
大人とまともに話したのは、いったい何年ぶりだろう。
柄にもなく、ちょっと緊張してしまった。
「お、お前がお坊ちゃん。ぷっ……クク……っ」
「ちょっ、セクレットくん、笑っちゃダメだよっ。んっ、んふふっ」
「ムムム……」
お坊ちゃんなんて、初めて言われた。
それに、セクレットとイロナ、そんな笑うことないのに!
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
自分一人だけが案内されそうなことに驚いて、イロナ達に向き直った。
「え、自分ひとりで行くのか?」
「大丈夫だよ。怖い人とかじゃないから。ちょっと個性的な人たちではあるけど……」
…ヴェールの言い方が少し引っかかるが、大丈夫だと信じよう。
何より、思っていたより早く順番が来たのはありがたかった。
案内されたのは建物の外だった。
石のタイルが敷かれ、周囲は5メートルほどの塀に囲まれている。
それでも閉塞感はなく、むしろ広々としていた。
魔法の訓練場らしく、あちこちに見慣れない機材が設置されている。
これなら魔法を使うにも十分そうだ。
「お前がライセンスを取りに来た奴か?」
ブーツの音をコツコツと響かせながら近づいてきたのは、175センチほどの若い男性。
体格は普通だが、なぜか圧を感じる。というか、近寄りがたい雰囲気だ。
「ヴァ、ヴァル。そ、そんなに威圧しちゃ、ダメだよ……」
背後から女性特有の高い、しかしたどたどしく柔らかい声が聞こえた。その頼りなげな声は、言葉の最後になっていくにつれて小さくなる。
自信がなさそうな彼女は、ヴァルと呼ばれた男性の背中に隠れるようにしながら、ちらりとこちらをうかがった。
だが、ブルートパーズのような鮮やかな青色の瞳が自分を見たのはほんの少しの間で、すぐに顔を引っ込めてしまう。
「暑苦しい。離れろ」
「そ、そんなこと言わないでよぉ……。わ、私が人見知りなのし、知ってるでしょ?」
ヴァルさんの服をぎゅっと掴んでいるらしく、そこだけ布に小さな皺が寄っているのが見えた。
「単純に動きにくい。少しは人見知りを克服する努力をしろ」
「ヴァルの、い、いじわる……」
なんだか、自分が空気になっている気がする。
…やるなら早くしてほしいんだけどな。
そんなことを思いながら、しばらく2人の言い合いをぼーっと眺めていた。




