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英雄を狩る少女  作者: ジャクロの精霊


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名もなき少女

アステリア郊外の小さな廃屋の窓に、雨が激しく打ち付けていた。


ルシアンは古い病院の物資輸送トンネルを使って、なんとか一行をそこへ導いた。家はルシアンに恩義のある引退した看護師のもので、幸いにも彼女は町を留守にしていた。


ミラがカーテンを閉め、レナが暖炉に火を灯した。一行の4人目は2階の窓から見張っていた。


セツナはベッドに座り、肩に毛布をかけていた。


病院を出てから、彼女は一言も口をきいていなかった。


彼女の膝の上には、ルシアンが襲撃者の1人から回収した金属板が置かれていた。


円の中に3本の縦線が引かれたマーク。


セツナはそのシンボルを知っていた。


何百回も見たことがある。


しかし、今朝までどこで見たのか思い出せなかった。


「セツナ様」


ミラは彼女の前に跪いた。


「お湯を用意しました。お飲みになりますか?」


刹那は答えなかった。ミラは待った。


「刹那様…」

「そう呼ばないで。」


ミラは微動だにしなかった。


「何か失礼なことをしましたか?」


刹那はゆっくりと顔を上げた。


「いいえ。」


声はかろうじて聞き取れるほどだった。


「ただ…今は、誰にもそう呼ばれたくないの。」


ミラは視線を落とした。


「わかりました。」彼女はカップをテーブルに置き、立ち上がった。


しかし、立ち去ろうとする前に、刹那は彼女の袖を掴んだ。


「待って。」


ミラは振り返った。


刹那は視線を落としたままだった。


「行かないで。」


ミラはかすかに目を開けた。


刹那にこんなことを頼まれたのは初めてだった。


「行かない。」


彼女は刹那の隣に座った。数分間、二人は何も話さなかった。


刹那が目を閉じるまで。


そして、記憶が蘇った。


何年も前のこと。


例年より早く冬が訪れた。


刹那がもはや名前を思い出せない街の通りは、雪に覆われていた。


黒髪の少女が裸足で路地を歩いていた。


彼女の服は破れていた。


寒さで手は赤く、頬には小さな切り傷があった。


彼女は二日間何も食べていなかった。


いや、三日間かもしれない。


もう数えきれなくなっていた。


パン屋の前に、焼きたてのパンの香りが窓から漂ってきた。


少女は近づいた。


両手をガラスに押し当てた。


店内では、男がトレイにパンを並べていた。


「あの…」

パン屋は顔を上げた。


「また君か?」


少女は後ずさりした。


「売らないものって何かあるの?」


「出て行け!」


「たとえ腐っていても…」

男はほうきを持って出てきた。


「出て行けって言ったでしょ!」


少女は走った。


路地裏に着くまで止まらなかった。


そこで樽の陰に身を隠し、膝の間に顔をうずめた。


お腹が空いていた。


とても空腹だった。


そして、疲れていた。


あまりにも疲れていたので、眠ってしまった方がいいかもしれないと思い始めた。


すると、足音が聞こえた。


「お腹が空いているのか?」


少女は顔を上げた。


目の前に男が立っていた。


彼は濃い色の上質なコートを着ていた。


ブーツはきれいだった。


そして、白い手袋をしていた。


片手に小さな紙袋を持っていた。


男はかがんだ。


「質問があるんだ。」


少女は袋を見た。


「ええ…」男はパンを取り出した。


まだ温かかった。


少女はすぐに両手を差し出した。


しかし男はそれを押し返した。


「まず、一つ答えてもらわないといけないことがある。」


少女は戸惑ったように彼を見つめた。


「君の名前は?」


少女は黙ったままだった。


男は待った。


「教えてくれないのか?」


少女は視線を落とした。


「名前がないの。」


「名前がないのか?」少女はゆっくりと首を横に振った。


「母が私を呼んでいたんだけど…もう覚えていないの。」男は数秒間沈黙した。それから少女にパンを手渡した。


少女は必死に食べ始めた。


舌をやけどした。


彼女は気にしなかった。


男は彼女を見つめていた。


「君の両親はどこにいるんだ?」少女は首を横に振った。


「誰かと一緒に住んでいるの?」またもや「いいえ」と答えた。


「誰か君を探しているの?」少女は咀嚼を止めた。


彼女はパンを見つめた。


「いいえ」


男は微笑んだ。


「それは残念だね」彼は優しく彼女の頭を撫でた。


少女は最初はびくっとしたが、身を引かなかった。


誰かに傷つけられる意図なく触れられたのは、本当に久しぶりのことだった。


「毎日食事ができる場所を知っているよ」少女は顔を上げた。


「毎日?」


「毎日」「そして、寝ることもできるの?」


「ちゃんとしたベッドで」


彼女の目が輝いた。


「毛布も?」


男は面白そうに言った。


「もちろん」


少女はパンを胸に抱きしめた。


「それで、私は何をすればいいの?」


男は彼女に手を差し出した。


「ただ、学ぶだけだ」


彼女はためらった。


彼女は路地を見つめた。


雪。


彼女の素足。


それから彼女はパンに目を戻した。


最後に、手袋をはめた手を取った。


「わかったわ。」


男は彼女を立ち上がらせた。


「素晴らしい。」


二人は黒い馬車に向かって歩き出した。


少女は扉に刻まれた紋章に気づかなかった。


三本の線で横切られた円。


「他に候補者はいないのか?」男が近づいてきた時、御者が尋ねた。


「有望な候補者だ。」


「名前は?」


男はまだ食べている少女を見た。


「まだだ。」彼は馬車の扉を開けた。


「まずは、彼女がどれだけ耐えられるか見てみよう。」


刹那は目を開けた。


彼女は震えていた。


暖炉はまだ燃えていた。


ミラが彼女の傍らに立っていた。


「刹那様?」


セツナは深呼吸をした。


一度。


あるいは「彼はテーブルの上のカップを見た。


それから銘板を見た。


『彼はパン一切れで私を買った…』」ミラは眉をひそめた。


『誰?』セツナは目を閉じた。


『白い手袋をした男よ』彼女の声は震えていた。


『彼は私を助けてくれたと思ったの』

ミラは何も答えなかった。セツナは毛布を指でぎゅっと握りしめた。


『お腹が空いていたの。ただ食べたかっただけ』

一筋の涙が彼女の手に落ちた。セツナは不思議そうにそれを見つめた。


彼女は急いで顔を拭った。


『なんて馬鹿げてるの…』ミラは首を振った。


『馬鹿げてなんかいないわ』セツナは苦笑いを浮かべた。


『私は都市を破壊できるような男たちを殺してきた。要塞に潜入し、死ぬはずだった傷から生き延びてきた』彼女は自分の手を見つめた。



「パン一切れのことを考えるだけで、震えが止まらないの。」ミラはカップを受け取り、彼女に差し出した。


「じゃあ、もう震えるのを止めなくてもいいのよ」セツナは彼女を見た。


「え?」


「飲みたくなったら飲んでいいのよ」セツナはカップを受け取った。

それ以上何も言わなかった。


しかし今回は、隣に座ったミラを押しのけることはしなかった。


その夜、記憶が蘇った。


今度は雪はなかった。

白い部屋があった。

ベッド。

毛布。

そして、食事の皿。

少女はテーブルに座っていた。

お腹が痛くなるほど食べ過ぎていた。

それでも、彼女はパンを一切れ枕の下に隠した。


ドアが開いた。

茶色の髪をした、灰色の制服を着た女性が入ってきた。


「どうして食べ物を隠しているの?」

少女は身を硬くした。


「隠してないわ…」女性は枕を持ち上げた。

パンを見つけた。

少女はうつむいた。


「ごめんなさい」女性はため息をついた。


「ここではそんなことしなくてもいいのよ」明日もまたご飯が食べられるわよ。


少女は顔を上げた。


「約束?」


女性はためらった。


「ええ。」そしてベッドの上に畳んで置いてある小さなドレスを指さした。


「それを着て。」 「みんなのところに連れて行かれるわよ。」


少女は従った。


ドレスは質素だったが、清潔だった。


久しぶりに、自分が綺麗だと感じた。


女性は少女を廊下へと連れて行った。


廊下にはいくつもの扉があった。


開いている扉もあれば、


閉まっている扉もあった。


ある部屋から、誰かが泣いている声が聞こえた。


少女は立ち止まった。


「どうしたの?」


「そのまま歩きなさい。」


「でも、誰かが泣いているの。」


女性は少女の手を取った。


「あなたには関係ないことよ。」


二人は教室に着いた。


そこには6人の子供がいた。


女の子が3人。


男の子が3人。


みんな同じ制服を着ていた。


茶色の髪と緑色の目をした小さな女の子が近づいてきた。


「転校生?」


黒髪の女の子はうなずいた。「私も最近来たの。」見知らぬ男は微笑んだ。


「私の名前は…」ベルが鳴り、会話は中断された。


子供たちは皆、身を硬くした。


白い手袋をした男が入ってきた。


「おはよう。」


誰も返事をしなかった。


男は新しく来た少女を見た。


「もっと近くに来て。」少女は従った。


男は少女の服に小さなタグをつけた。


そこには数字が刻まれていた。


VII。


「今日から、君は7番だ。」


少女はタグに触れた。


「7番?」


「その通り。」


「でも…」男は少女をじっと見つめた。


「何?」少女は他の子供たちを見た。


「私には名前がないの?」部屋は静まり返った。


緑色の瞳の少女はすぐに視線を落とした。


男は微笑んだ。


「名前は、すでに自分の価値を証明した者に与えられるものだ。」男は少女の目の高さまで身をかがめた。


「もし君が努力を続ければ、いつか君にも名前が与えられる日が来るだろう。」少女はうなずいた。


「じゃあ、頑張ります。」


「そうだな。」


男は立ち上がった。


「では、最初のレッスンを始めよう。」


警備員が奥の扉を開けた。


扉の向こうには訓練室があった。


テーブルの上には小さな木製の短剣が置かれていた。


7番は興味津々でそれらを見つめた。


男は短剣の一つを指さした。


「それを取りなさい。」


少女は従った。


「一緒に遊ぼうか?」


男は黙っていた。


それから別の子供を指さした。


「5番。」 「前に出ろ。」


黒髪の少年が近づいてきた。


彼は少女より少し年上に見えた。


目の近くに痣があった。


男は命令を下した。


「攻撃しろ。」


少女は短剣を見つめた。


それから少年を見た。


「どうして?」


「私がそう言ったからだ。」


「でも、彼は私に何もしていない。」


男はゆっくりと近づいてきた。


「7番。」


彼の声には優しさが一切なかった。「ここでは理由を問わない。」少女は短剣を握りしめた。少年は微動だにしなかった。驚いた様子もなく、諦めているようだった。


「彼を傷つけたくない。」少女は囁いた。白い手袋をした男は数秒間彼女を見つめた。そして合図を送った。警備兵が5番に近づき、彼が用意した食事の皿を取り上げてしまった。少年はうつむいた。少女は目を開けた。


「待て!」男は彼女を見た。


「はい?」


「彼は何もしてないわ。」


「お前もだ。」少女は理解できなかった。男は短剣を指差した。


「だから、お前たちは学ぶまで何も食べさせない。」少女は少年を見た。


それから、遠ざかっていく皿を見た。


彼女のお腹がまた痛んだ。


空腹からではない。


恐怖から。ついに、彼女は木の短剣を振り上げた。少年は目を閉じた。そして、ナンバーセブンは最初の一撃を放った。


セツナははっと目を覚ました。


「だめ!」ベッドサイドに置いてあったカップが床に落ちた。


ミラはすぐに椅子から飛び上がった。


「セツナ様!」


セツナは壁にぶつかるまで後ずさりした。


彼女は部屋を見回したが、自分の姿は分からなかった。


「彼の食べ物を取らないで…」ミラは言葉を止めた。


「何?」


「彼は何もしてないわ…」叫び声に気づいたレナが戸口に現れた。


「何があったの?」ミラは手を上げた。

彼女は静かにするように言った。


彼女はゆっくりと刹那に近づいた。


「アステリアにいるわ。」


刹那はまだ荒い息をしていた。


「違う…」

「私と一緒にいるわ。」


ミラはベッドの端に腰掛けた。


「レナもここにいるわ。」


刹那はドアの方を見た。


レナはおずおずと手を上げた。


「こんにちは…」

刹那は数秒間、ただ彼女を見つめていた。


それから彼女はうつむいた。


「ごめんなさい。」


レナは眉をひそめた。


「どうして?」


「起こしちゃったから。」


レナはミラを見た。


それから刹那に視線を戻した。


「それだけ?」


刹那は何も答えなかった。


レナは部屋に入り、床に落ちていたカップを拾い上げた。


「誰かが私たちを殺しに来たのかと思ったわ。」


彼女は無理に笑顔を作ろうとした。


「それに比べたら、割れたカップなんて大したことないわね。」


刹那は小さく息を吐いた。


笑いそうになったが、まだ目は潤んでいた。


レナはカップをテーブルに置いた。


「ここにいたい?」刹那はベッドを見た。


もう一人寝るスペースはあった。


白い部屋のことを思い出した。


子供たちのことを。


緑色の目をした小さな女の子のことを。


「ナンバーファイブ」と呼ばれた男の子のことを。


そして、彼らから奪われた食べ物のことを。


「名前は覚えていないの」と彼女は呟いた。ミラは耳を傾けた。


「誰の?」


「他にも子供がいたの」刹那は両手を組んだ。


「緑色の目をした女の子。男の子…ナンバーファイブ」レナは近くに腰を下ろした。


「友達だったの?」刹那は答える前にためらった。


「わからない」彼女の声はかすかに震えた。


「彼らに何が起こったのかもわからないの」ミラはレナを見た。


二人とも、彼女の話を遮りたくなかった。


セツナは顔を覆った。


「食べ物がなくなるのが怖かったのは覚えている。戦わざるを得なかったのも覚えている。」でも、思い出せないこともある。


彼女は黙った。


そして付け加えた。


「思い出したくないこともあると思う。」


ミラは毛布を持ってきた。


「今夜は全部話さなくてもいいのよ。」


セツナはゆっくりと顔を上げた。


「知りたくないの?」


レナは首を横に振った。


「もちろん、あなたのことを知りたいわ。」


彼女はベッドの横に腰を下ろした。


「でも、あなたにはゆっくり眠ってほしいの。」


セツナは二人を見つめた。


長年自分の弱さを隠し続けてきた彼女は、その答えにどう反応すればいいのか分からなかった。


そしてついに、彼女は横になった。


ミラは彼女のそばに座ったままだった。レーナはもう一つ椅子を引き寄せた。


セツナは目を閉じた。


「ミラ…」「何?」


「もしまた叫んだら…」「私たちがここにいるわ。」


セツナは数秒間を置いてから答えた。


「ありがとう。」


それは簡単な言葉だった。


しかし、ミラはそんな風に言われたのを聞いたことがなかった。


別の部屋では、ルシアンがランプの光の下で金属製の銘板を調べていた。

彼はセツナが休んでいる間にそれを調べてもいいかと許可を求めていた。

テーブルの上には古い書類が何枚か置いてあった。

そのうちの1枚には、ほぼ同じ絵が描かれていた。


ルシアンはページをめくった。


そしてまためくった。


ついに、彼はメモを見つけた。


被験者選定プログラム


分類:実験


番号による識別


書類は不完全だった。


誰かが次のページを破り取っていた。


ルシアンは肘をテーブルに置いた。


鎖がセツナの首に巻きつけられた時の彼女の表情を、ルシアンは思い出した。


それは、驚いた暗殺者の反応ではなかった。


それは、処刑人を認識した者の反応だった。


ルシアンはファイルを閉じた。


「セツナ、一体何をされたんだ…?」


すると、彼は一番下の余白に手書きされた最後のメモを見つけた。


対象者VII:移送承認。


その下には日付があった。


そして署名。ルシアンはランプを近づけた。


彼はその姓に見覚えがあった。


ギルドの公式文書で見たことがあった。


教会の記録にも。


そして、かつての英雄指導者のリストにも。


ルシアンは微動だにしなかった。


この男とセツナの関係はまだ分からなかった。


しかし、彼はこの若い女性の過去が、あの狩りから始まったのではないことを理解していた。


誰かがずっと前に彼女の運命を決めていたのだ。


そして、その人物はまだ生きているかもしれない。部屋の中で、刹那はついに眠りについた。


ミラは彼女の傍らに寄り添っていた。


レナは別の椅子で眠ってしまった。


夜中、刹那は布団から手を伸ばした。


指先で何かを探していた。


ミラはそっとその指を握った。


刹那は目を覚まさなかった。


しかし、彼女は動かなくなった。


ミラは、彼女を知って以来初めて、英雄の処刑人としての姿を見なかった。


彼女は、あまりにも長い間、孤独に生き抜いてきた若い女性の姿を見た。


そして、彼女を守るということは、ただ剣を止めることだけではないのだと理解した。


時には、彼女のベッドサイドに寄り添うことも。


夜明けまで。

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― 新着の感想 ―
 パンなどの食に困ってて、名前の記憶すらあやふやな立場の子達に目を付けて誘う者・番号で相手を呼ぶ慈しみなどに欠けた関係・傷つけてく理由があるか怪しい存在に攻撃する以外の選択肢を選びにくい状況……セツナ…
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