完璧な英雄の都
セツナは恐怖を覚悟していた。
しかし、そこにあったのは花々だった。
「何…?」
レナは城門の前で立ち尽くした。
彼女たちはアルゲストで得た情報をもとに、3日間かけて旅をしてきた。
新たな目的地は、帝国の東部山脈に抱かれた都市、アステリアだった。
ルシアン・ヴァレルの故郷。
百の祝福の英雄。
そして、ギルドによってファイルが改ざんされた人物の一人。
セツナは無言で城門をくぐった。
ミラが彼女の隣を歩いた。
レナと友人はその後を追った。
4人はエルナールと同じような光景を想像していた。
貧困。
飢餓。
恐怖に怯える人々。
あらゆる角を見張る衛兵。
しかし…
そんなものは何もなかった。
街路は清潔だった。
店は開いていた。果物、パン、肉、布地を売る露店が並んでいた。
子供たちが人々の間を走り回っていた。
老人が商人とリンゴの値段を楽しそうに値切っていた。
二人の冒険者が荷車の荷下ろしを手伝っていた。
衛兵たちもリラックスしているように見えた。
レナは辺りを見回した。
「ここはガレスの村とは全く違うわね。」
「ええ」とセツナが答えた。
小さな女の子が彼らのそばを走り去った。
彼女は何かを抱えていた。
小さな木像だ。
杖を持った男の姿をしていた。
レナは見覚えがあった。
「ルシアン様?」
女の子は立ち止まった。
「ええ!」
彼女は誇らしげに微笑んだ。
「ルシアン様!」
彼女の母親がすぐに現れた。
「旅人の邪魔をしないで!」
「邪魔なんかしてないわ」とレナは答えた。
女の子は木像を掲げた。
「大きくなったら、彼みたいな祝福が欲しい!」
「彼のこと、すごく好きなの?」
「もちろん!」
母親は微笑んだ。
「私たちみんな、彼に恩があるのよ。」
セツナがようやく口を開いた。
「彼は何をしたんですか?」
女性はその質問に驚いたようだった。
「あなたはここの出身じゃないの?」
「いいえ。」
「それなら、聖エリア病院に行ってみなくちゃ。」
彼女は通りの突き当たりに見える大きな白い建物を指差した。
「ルシアンが建設費の大部分を負担したのよ。」
それから彼女は別の場所を指差した。
「あそこには孤児院もあるわ。それに、2年前の冬、山から魔物が降りてきた時、他の勇者たちが貴族の街を守っている間、彼はここに残っていたの。」
女性は微笑んだ。
「私たちはたくさんの人を失いました…」
彼女の表情が一瞬変わった。
「でも、彼がいなかったら、もっと多くの人が命を落としていたでしょう。」
セツナは黙っていた。
「ありがとう。」
二人は歩き続けた。
十分な距離まで離れると、レナが近づいてきた。
「彼らは演技しているようには見えないわ。」
「ええ。」
「それに、怖がっているようにも見えない。」
「ええ。」
「それに、誰も彼を憎んでいないみたい。」
セツナは立ち止まった。
「それも何も証明にはならないわ。」
「でも…」
「ガレスは恐怖で支配した。ヴァルドは権力と特権を利用した。」
セツナは通りを見渡した。
「もしルシアンが有罪なら、彼は何か違うことをしている。」
ミラは理解した。
「自信ね。」
セツナは頷いた。
「そして、自信は恐怖よりも多くのものを隠せる。」
レナは黙っていた。
彼女はまだ疑念を抱いていた。
セツナはそれに気づいた。
「聞いてみて。」
「何を?」
「何か聞きたいことがあるんでしょ? どうぞ。」
レナは深呼吸をした。
「もし彼が無実だったら?」
セツナは数秒間、レナを見つめた。
「じゃあ、私たちはここを出るわ。」
レナは瞬きをした。
「そんな簡単に?」
「ええ。」
「彼を殺さないの?」
セツナは片方の眉を上げた。
「どうして私が無実の人を殺すの?」
レナは少し視線を落とした。
「私は…」
「リストに載っている名前を見て、誰かの喉を切り裂くとでも思っていたの?」
「ええと…」
ミラはそっと視線を逸らした。
「そんな言い方はしてないわ!」レナは抗議した。
セツナはため息をついた。
「よく聞いて。」
彼女の表情は真剣になった。
「告発されたからといって、有罪になるわけじゃない。」
沈黙。
「百人を救ったからといって、一人を殺した可能性がないとは限らないわ。」
レナは黙っていた。
「どちらが起こったのか、突き止めましょう。」
刹那は再び歩き出した。
「後で決めるわ。」
二人は街の中心部近くの宿を見つけた。
刹那はテーブルに地図を広げた。
「別々に捜査しましょう。」
彼女は病院を指差した。
「見て。」
「はい、刹那様。」
「現職員と元職員の名前を知りたいの。特に、行方不明者と関係のある人物を。」
「了解しました。」
次に彼女は孤児院を指差した。
「レナ。」
「私一人で?」
「知りたいんでしょ。」
レナは唾を飲み込んだ。
「はい。」
刹那はレナの前に四つの名前を置いた。
「行方不明者のうち4人がそこで働いていた。尋問はしないで。話して、聞いて。」
間を置く。
「そして、誰が答えるのを避けているか覚えておいてね。」
レナは書類を片付けた。
「了解。」
ミラが尋ねた。
「あなたは?」
セツナはルシアンの肖像画を手に取った。
「私は完璧な英雄に会いに行くの。」
彼を見つけるのは難しくなかった。
それがセツナを最初に驚かせたことだった。
ルシアンは屋敷に引きこもっていなかった。
彼は病院で働いていた。
そこには何十人もの患者がいた。
看護師たち。
司祭たち。
子供たち。
老人たち。
負傷兵たち。
その時、笑い声が聞こえた。
「くすぐったい!」
セツナは顔を向けた。
一人の男が子供の前にひざまずいていた。
明るいブロンドの髪。
若々しい顔立ち。
白と青の服を着ている。
王冠は被っていない。派手なマントは身につけていない。
護衛もいない。
ルシアン・ヴァレル。
英雄は包帯を巻いた少年の足に手を置いた。
黄金の光が現れた。
「さあ、動かしてみて。」
ザ少年はゆっくりと足を上げた。
彼の目が輝いた。
「ママ!」
隣にいた女性は泣き出した。
「ありがとう…」
ルシアンは微笑んだ。
「まだお礼はいいよ。一週間は休養が必要だから。」
彼は少年を見た。
「それから、君も木から飛び降りようとしないでね。」
少年は顔をしかめた。
「でも…」
「何でもないよ。」
「わかった…」
母親は彼に小銭を渡そうとした。
ルシアンは首を横に振った。
「持ってていいよ。」
「でも…」
「何か食べ物を買ってきて。」
女性は再び彼に感謝した。
セツナは遠くから見ていた。
彼女は恐怖を感じなかった。
彼女は演技をしている様子も見なかった。
誰かに無理やり笑顔を作らせようとする警備員もいなかった。
人々は心から彼を気遣っていた。
それが問題だった。ルシアンは顔を上げた。
一瞬…
二人の視線が交わった。
セツナは反応しなかった。
ルシアンも同様だった。
そして彼女は作業を続けた。
夜が更ける頃、皆は宿屋に戻った。
最初に口を開いたのはミラだった。
「見つけたわ。」
「話して。」
「病院で働いていた3人が行方不明になっているの。看護師、錬金術師、そして事務員。」
彼女はテーブルの上に書類を置いた。
「彼らの契約は突然終了し、その後、すべての記録から名前が消えたの。」
セツナは顔を上げた。
「何の理由も説明もなく?」
「何も。」
レナが少し遅れて到着した。
「私も見つけたわ。」
「何を?」
「孤児院で、行方不明者のうち2人のことを覚えているの。」
レナは小さなノートを取り出した。
「でも、彼らのことを尋ねたら、管理人に出て行けと言われたの。」
セツナは起き上がった。
「怖かったの?」
「すごく。」
「ルシアンが?」
「わからない。」
レナは唾を飲み込んだ。
「名前の一つを口にしたら、腕を掴まれたの。」
「なんて言われたの?」
レナは深呼吸をした。
「生きたければ、二度とその名前を口にするな。」
部屋は静まり返った。
セツナはファイルを手に取った。
「どれ?」
レナは名前を指さした。
エリアス・ドーン。
セツナはその名前を記憶した。
「よかった。」
彼女は立ち上がった。
「今夜、ルシアンのことを調べてみるわ。」
ミラも立ち上がった。
「私も一緒に行くわ。」
「だめ。」
「せつな様…」
「ここにいてほしい。」
ミラは理解した。
「承知いたしました。」
真夜中。
ルシアンの邸宅は意外にも質素だった。
二階建て。
小さな庭。
二人の衛兵。
せつなは待った。
一回目の衛兵交代。
二回目。
それから彼女は動いた。
壁。
屋根。
窓。
物音一つしない。
彼女は中に入った。
廊下。
誰もいない。
彼女は居間へと歩いた。
扉は半開きだった。
せつなは短剣に手を置いた。
彼女は中に入った。
そして立ち止まった。
テーブルがあった。
ランプが灯っていた。
ティーポット。
カップが二つ。
そしてルシアン・ヴァレルが彼女の向かいに座っていた。
待っていた。
「こんばんは」と彼は静かに言った。
セツナは微動だにしなかった。
ルシアンは二杯目のカップに紅茶を注いだ。
「正直に言うと、もっと早く来ると思っていたよ」
沈黙。
セツナはゆっくりとドアを閉めた。
「私が来るって知ってたの?」
「今朝から」
ルシアンはカップを上げた。
「病院でね」
セツナは何も答えなかった。
「旅人みたいに辺りを見回していなかったね。ドア、患者、私の手、窓、そして私の近くに来る人みんなを見ていた」
彼は微笑んだ。
「それから姿を消した」
セツナはドアのそばに立っていた。
「警備員に知らせればよかったのに」
「できたはずだ」
「しなかったね」
「ああ」
ルシアンは目の前の椅子を指差した。
「もし私があなたを告発しようとしたら、この家は包囲されるだろう。」
セツナは周囲を見回した。
「そうかもしれないわね。」
ルシアンは微笑んだ。
「だからまだ座っていないんだな。」
沈黙。
久しぶりに…
セツナは、自分の考えを理解してくれるような人物を見つけた。
「あなたは一体何者なの?」と彼女は尋ねた。
ルシアンはカップを置いた。
「それが君がここに来た目的だろうね。」
セツナはファイルを取り出した。
テーブルの上に投げつけた。
ルシアンはそれを見た。
彼の笑顔が消えた。
エリアス・ドーン。
そして他の名前が現れた。
一人。
もう一人。
もう一人。
17人。
「17人」とセツナは言った。
ルシアンは沈黙した。
「全員、あなたと繋がっている。」
何もない。
「すべて消えた。」
何もない。
「そしてギルドは捜査記録を抹消した。」
ルシアンは目を閉じた。
セツナはゆっくりと短剣に手を伸ばした。
「話して。」
ルシアンは目を開けた。
彼はもはや病院で見た笑顔の英雄の面影はなかった。
彼は疲れていた。
ひどく疲れていた。
「あなたは間違ったことを調べている。」
セツナは目を細めた。
「教えて。」
ルシアンは17人の名前をちらりと見た。
「彼らがどこにいるのかを尋ねるべきではない。」
沈黙。
「彼らが何から逃げていたのかを尋ねるべきだ。」
セツナは微動だにしなかった。
ルシアンはエリアスのファイルを取り上げた。
「なぜなら、何人かは…」
彼は顔を上げた。
「…まだ生きている。」
沈黙。
それはセツナを驚かせた。
「どこだ?」
「言えない。」
セツナの手に短剣が現れた。
ルシアンは微動だにしなかった。
「脅迫はできる。」
沈黙。
「殺すこともできる。」
彼の目は鋭くなった。
「だが、お前の正体を知らずに居場所を教えたら、奴ら全員を破滅させてしまうことになる。」
セツナは勇者を見つめた。
「私の正体を知っているでしょう。」
「お前が何と呼ばれているかは知っている。」
ルシアンはゆっくりと首を横に振った。
「だからといって、お前が誰のために働いているかを知っているとは限らない。」
セツナは沈黙した。
ルシアンは続けた。
「もしアルゲストでそのファイルを見つけたら…」
彼の表情が変わった。
「エント」
それなら、彼らはもう君がここにいることを知っているだろう。
「彼ら?」
ルシアンの目に初めて恐怖の色が浮かんだ。
「英雄を生み出す者たちだ。」
沈黙。
セツナは瞬きもしなかった。
「説明して。」
ルシアンは窓の方を見た。
「ここではだめだ。」
「なぜ?」
「建物の向こう側から会話を盗み聞きできる連中がいるからだ。」
セツナは再び部屋を見回した。
今、彼女は彼がなぜこれほど口数が少ないのか理解した。
ルシアンはカップを近づけた。
「もし君が本当に僕の思っている人物なら…」
沈黙。
「明日、見せたいものがある。」
「どこで?」
「病院の地下だ。」
セツナは目を細めた。
「罠かもしれないわ。」
ルシアンは静かにグラスを傾けた。
「もちろん。」
セツナは短剣を鞘に収めた。
「よし。」
ルシアンは驚いた表情を浮かべた。
「俺を信じるのか?」
セツナは扉を開けた。
「いいえ。」
彼女は肩越しにルシアンを一瞥した。
「だからこそ、あなたを殺すつもりで来たのよ。」
そして彼女は闇の中へと消えていった。
ルシアンは座ったままだった。
それから彼は二つ目のカップを見た。
それは全く手つかずだった。
「間違いなくお前だ…」
彼は呟いた。
遠く離れた場所で…
黒いキャラバンがアステリアへと続く道を進んでいた。
旗はない。
盾もない。
身分証明書もない。
先頭の馬車の中で、男が書類を手にしていた。
最初のページには肖像画があった。
セツナ
その下には一つの命令が記されていた。
生け捕り。
男は書類を閉じた。
「あとどれくらいかかるの?」
運転手は答えた。
「夜明け前には着きますよ。」
男は微笑んだ。
「完璧だ。」
刹那が次の勇者について調べている間に…
別の誰かが狩りを始めていた。
そして今度は…
彼女が獲物だった。




