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07.反撃


 ユカリは剣を振り下ろした。まともにやりあっては勝てない強敵が自分に背を向けている。

 この好機を逃せば、スコーピオンに一撃を入れる事すら叶わなくなるだろう。

 ユカリはそう直感していた。


 指先に力が入らない。出血のせいだろうか。息も苦しくなり、意識も朦朧としている。

 足がふらつく。気を抜けばそのまま永遠の眠りまで一直線だろう。

 それでもユカリは歯を食いしばり、おぼつかない足取りながらも必死に前に進む。

 剣を握りしめる。手のひらにはまだ剣を握っている感覚がある。

 もたもたしていてはこの感覚も消えてしまうかもしれない。

 そうした考えもあって、ユカリは全身にあらん限りの力を入れる。


 そうこうしている内に、ユカリはいつの間にかスコーピオンの背後に立っていた。

 いつここまで歩いたのか、ユカリには記憶がない。痛みのせいだろうか?

 とにかくスコーピオンの背後をとったユカリは両手両足に力を込めて、今出せる全力で、あらん限りの力を込め剣を持ち上げ、そして振り下ろした。

 その一撃はスコーピオンの背中を切り裂いた。


 一瞬の静寂が辺りを支配する。遅れてスコーピオンの背中から火花が飛び散る。

 背後に立っていたユカリはその火花をもろに浴びた。

 ――熱い。

 先ほどの一撃を食らわせるのに、文字通りありったけの力を込めていたユカリの身体は、火花を浴びるとそのまま崩れ落ち地面に倒れた。

 そしてそのままユカリは瞼を閉じ、暗闇の中に意識を手放した。

  


                    ◇



 どのくらい眠っていたのだろうか。ユカリは目を覚ます。

 まず飛び込んできたのはユカリも何度か利用したことのある医務室の天井だった。白い正方形に胡麻でも散らしたかのような黒っぽい点々が入った天井だった。


 そのまま上半身を起こすと鋭い痛みが走る。ふと自分の体を見ると入院着だっただろうか。薄いピンク色のゆったりとした、着心地の良い服装になっていた。


 襟の中から自分の体を覗くと、包帯が幾つも自身の体に巻き付いていた。

 あの後誰かが私を治療したのだろうか?だとしたら守護者(ガーディアン)の救護班だろうか?

 シイナとソラはどうしたのだろうか?襲撃犯は?


 ユカリの頭の中を無数の疑問が浮かんで支配していく。そんな時ふと自分の寝ているベッドの側に目をやると、そこにはシイナがいた。両手に頭をのせる形で半分座った状態のまま眠っていた。

 その光景にユカリはその場で硬直した。起こさないように慎重に立ち上がろうとしたが、それと同じ瞬間にシイナは目を覚ました。そのまま思いっきり伸びをすると、微笑みを浮かべてこちらを見てきた。

 安堵、なのだろうか?ユカリはそう思いながらもシイナに「ソラはどうしたのか」と尋ねた。

 するとシイナはユカリの手を取って、医務室の外まで歩き出した。


 部屋を出た先にはソラが壁に背をかけて立っていた。ソラは二人に気が付くと声をかけてきた。


 「お疲れさん。傷は大丈夫か?」


 「えぇ、問題ないわ。それよりあなたは?」


 ユカリがソラを見ると、ソラの方には目立った傷がない。ユカリが見た限りではソラの方も腹に穴が開くほどの傷を負っていたはずだった。


 「あぁ、これ? ほら、俺も魔導士(ウィザード)だからさ。これくらい自分で治せるのさ」


 ソラはなんてことの無い風にそう言った。

 話には聞いたことはあるが魔導士という人間はできることが多いものだと、ユカリは感心した。


 「それよりシイナにお礼言っときなよ。あんたの傷治したのシイナだからな」


 「え? そうなの? ありがとう。気付かなくてごめんなさい」


 ソラの言葉を受けてユカリはシイナに礼を言う。

 シイナの方は若干気恥ずかしそうだったが、ユカリの役に立てて嬉しいのかすぐに笑顔になった。


 「そういえば、あの襲撃犯は?」


 「あんたが倒れた後、守護者(ガーディアン)蹴散らして逃げたよ。あのまま続いてたらまずかったかもな」


 ユカリの質問にソラが答える。ソラの返答を聞いてユカリは表情を曇らせた。確かにあのまま戦いが続いていれば冗談抜きで死んでいたかもしれない。ユカリはそう思った。


 実際、スコーピオンと戦うのはこの短期間の間に三回だったが、三回とも逃走、あるいは撃退で終わっておりとどめまで行けたことは一度も無い。

 ユカリとしてはシイナを狙う事情も聞きたかったので、できる事なら逮捕・勾留の形をとりたかったが三回も戦った経験からすれば不可能だと言わざるを得なかった。

 それほど彼と、ユカリ達の戦闘力は差が開いているのだ。

 守護者(ガーディアン)に応援を頼めばとも思ったが、今のソラの話を聞く限りでは、応援を頼んだところでいまいち勝てる光景が浮かんでこない。

 

 「やぁ、ここにいたのか。探したよ」


 ユカリがどうしたものかと考えているとユカリよりも年上、中年頃の男性が話しかけてきた。アルバート隊長だ。


 「お疲れ様です!! アルバート隊長!!」


 すぐさまユカリは敬礼する。ソラの方もそれにつられてする必要は全くないが、つい背筋を伸ばして一緒に敬礼してしまった。


 「かしこまらなくて良い。怪我は大丈夫かい?」


 「はっ!!問題ありません!!」


 「休めるときに休んどきなよ。それよりも君たちも含めてちょっとついてきてもらえるかな?」


 アルバートはソラとシイナにも声をかけて、三人を取調室の方まで案内した。取調室の方まで行くと誰に言われるまでもなくユカリが、人数分の椅子を用意してくれた。


 「ありがとう。全員座ってくれて構わない」


 アルバートに促されるまま三人は椅子に座る。それを確認するとアルバートも座り、こう話しだした。


 「まずはソラ君とシイナちゃんだったかな。二人の協力のおかげでうちの隊員の犠牲が少なく済んだ。ありがとう、改めて礼を言わせてもらおう」


 アルバートは頭を下げた。ソラとシイナがつられて頭を下げるとアルバートは続けて話し出した。


 「さて、一応確認なんだがあの被疑者。彼が襲ってくる理由に心当たりはあるかな?」


 アルバートの問いにソラはありませんとキッパリ答えた。対してシイナの方は顔を俯かせたまま黙り込んでしまった。身振り手振りの類も無い。


 「シイナちゃん、心当たりはあるのかい? ――大丈夫、答えたくなければ答えなくても構わない」


 アルバートは優しく声をかける。シイナもそれを聞いてしばらく俯いていたが長い沈黙の末、首を縦に振った。

 

 「返答ありがとう。とりあえず君の身柄はうちで保護する。大丈夫、何度来たっておじさん達が追い返すさ」


 優しい声で再度アルバートは話した。シイナの方も徐々にだが顔を上げてアルバートの方をしっかりと見るようになった。どうやら彼の事を素直に信頼しつつあるらしい。


 「さて、問題なのは帝国の人間の可能性が高いってことだ。また上の奴らがごちゃごちゃ言ってくるだろうな」


 アルバートはぼやくように言った。ソラはその様子を見て、この人はよく隊長にまでなれたなと呆れ交じりで思った。


 「さて、病み上がりで申し訳ないがユカリ・イズミ隊員」


 「はっ!!!!」


 「君には引き続き、シイナちゃんとソラ君の護衛に当たってもらうよ。」


 「了解しました!!!!」

 

 

 背筋を伸ばしたまま立ち上がり、敬礼しながらユカリは答えた。


 「一応、ユカリ隊員の同僚を二名増援につける。三人で警護にあたってくれたまえ」


 「あの~、俺はどうすれば良いですか?」


 「君は民間人だ。協力はありがたいが我々からすれば君も保護対象なんだ。無理はしなくて良い」


 ソラの疑問にアルバートはキッパリと答えた。その目はソラの方を真っすぐと見据えており、その声は心の芯に響くほど力強かった。

 あまりにも力強い声と眼差しだったのでソラの方も思わずわかりましたと答えた。


 「とはいえ、相手が相手だ。もしもの時はシイナちゃんと君だけでも逃げられるように注意してくれたまえ」


 アルバートはソラの肩に手をポンと置き、優しく語りかけた。


                    ◇


 一方その頃、下層区の裏路地でスコーピオンは座り込んでいた。

 鎧の各所に傷が付いており、そこから配線がショートしたのか火花がバチッ、バチッと音を立てて散っていた。


 「くそっ!! あいつらっ!! 一度ならず二度までも!!!!」


 怒り交じりの声でスコーピオンは吠える。裏通りに人影は無いが、もし通りがかる人がいたら何事かと注目を集めていただろう。いつものスコーピオンであれば決してしない行為だった。


 そんなスコーピオンの元に黒いローブに黒のフェイスベールを着けた男が近づいてきた。

 スコーピオンは男に気が付くと姿勢を正して立ち上がり、そしてすぐさま頭を下げた。


 「申し訳ありません!! ネクロ様!!」


 「……気にしなくて……良いよ。……お前が無事で……何よりだ……」


 「しかし『鍵』の奪取に失敗したのは事実です。このままでは引き下がれません」


 「……良いだろう。……『ノヴァ』の使用を……許可する……。……存分に……暴れてこい……」


 「本当ですか⁉ このスコーピオン、必ずや鍵の奪取を成し遂げて見せます!!」


 「……無理は……禁物だよ……スコーピオン……」


 その言葉を聞くとスコーピオンは一礼をして下層区の闇に消えていった。

 その背中を見届けてネクロの方も街中へと去っていった。

 二人が去ったあとの裏路地は不気味なほどの静寂が支配していた。


 

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