06.帝国
襲撃者を撃退したソラ達三人は追跡されないように裏路地に入り、守護者支部を目指して進んでいた。
今のところは追手が来ることもなく進めてはいるが緊張した面持ちは崩さずにいた。
「てゆうか、あれだけの騒ぎ起こしたんなら守護者が来るんだから、コソコソと裏路地進む必要無いんじゃない?」
ふとソラが言う。その問いに対してユカリはこう返した。
「あいつがただの犯罪者ならね」
この返答は予想外だったのか驚愕の表情を浮かべながら、ソラはどういう事かと尋ねる。ユカリもその問いかけにこう答えた。
「まずあの襲撃者が着ている鎧は、高い技術力で作られた戦闘用のパワードスーツよ」
その返答に対してソラもそうだなと肯定した。
「問題なのはどこで作られたかということよ。連邦で作られたのなら悪質な犯罪者として連行できるわ。問題なのは帝国の人間があれを着ている場合よ」
ユカリの言う帝国とは、『ムルシエラ銀河帝国』の事を指す。
ガラクシア銀河は銀河連邦と呼ばれる組織が統治している。この銀河連邦は様々な種族が寄り合うことで作られた。
その過程で一つの問題が生じた。種族の中にも多数派と少数派が生まれたのだ。
最も多い五つの種族を人々は五大種族と呼び、その内訳は森人、山人、小人、獣人、鬼人。
この五つの種族が銀河連邦の多数派となり、組織の柱となっていたのだが、それ故にこの五つの種族が優遇されるような体制が構築されてしまった。
その事に不満を感じた他種族の間でこれら五大種族を排した国家を作ろうという動きが何度も起こった。
しかしそのような試みが上手くいくことはなかった。五大種族の人口はガラクシア銀河の半分以上を占めていた。彼らを排斥するような国家を作ろうとしても政治的にも、軍事的にも上手くいくはずが無かった。
そんな中で百年前にとある惑星が銀河連邦より独立を宣言した。それが惑星ムルシエラだ。
そこに暮らす種族は魔人と呼ばれ、背中には鳥や蝙蝠のような翼を生やし頭部には二本の角。
腰より下には尻尾を備え、肘と膝より先が鱗や毛皮に覆われ四肢の先端には鋭い爪を持った種族だった。
彼らの特徴はその見た目だけではない。その能力にも及ぶ。
平たく言えば彼らはエーテルを扱う能力にも優れていた。この世に生まれついた時からエーテルを自在に操り、魔人の子供が泣けば山火事や洪水、嵐が起こるともされていた。
言ってしまえば種族全員が魔導士とも言えるほどエーテルの扱いに関しては他の種族を凌駕していた。
一方で文化に関してはひどく殺伐としていた。災害にもたとえられるほど強大なエーテル能力を備えた彼らには他者が必要ない。
そのため親子や組織といった関係性を作らず、各々が気の赴くまま好き勝手に暮らす。そんな生態の種族だった。
惑星に住む種族がそんな有様なので惑星ムルシエラには国家と呼ばれるものが存在しなかった。
せいぜい銀河連邦に興味を示した奇特な魔人が協力するくらいであった。
そんな惑星が突如として独立を宣言したので当初、銀河連邦は真面目に取り合わなかった。
しかし惑星ムルシエラは独立までの間に五大種族によって軽視されていた他種族たちが集まっていた。彼らが銀河連邦に対抗して作られたのが『ムルシエラ銀河帝国』、ユカリが帝国と呼んだ国家である。
帝国と連邦の対立はやがて銀河を巻き込んだ戦争に発展した。この戦争の末に連邦は帝国と休戦条約を締結。七つの惑星がムルシエラに続いて独立を果たし、ムルシエラ銀河帝国に参入した。これが現在より二十年ほど前の事である。
それ以降は連邦と帝国の間で戦争が起きる事はなかったが、人々はいつ再び戦争が始まるのかと戦々恐々としていた。
だからこそ襲撃者が帝国側の人間だと、再び戦争が起こるのではないか。そうユカリは懸念していた。
相手が帝国の人間だと守護者が応対してくれるのかどうか、まともに応対してくれたとしても帝国側がどう反応するか、ユカリには読めなかった。
当然、上にいる人間も同じことを考えるだろうとユカリは思っていたし、その過程でユカリ達の訴えが黙殺されるのではないかということまで考えていた。
とりあえず今は守護者の支部に向かってはいるが歩みを進めていく間にも、ユカリの心中には守護者が助けてくれないのではという疑念が膨らみ続けている。
そんな状況下では襲撃者が帝国の人間であってほしくないと思うのも当然の事であった。
だからこそユカリ達は今、裏路地を進んでいるのである。守護者が味方になってくれる保障など無い、最悪の場合はその場でシイナが捕まって襲撃者に引き渡される可能性すらあるのだと。
そのようなことをユカリはソラとシイナに説明した。するとソラの方から再び疑問が向けられた。
「それだったら何で守護者の支部に向かってるんだ?第一、あいつが帝国の人間だって確証すら無いじゃないか」
ソラの質問ももっともだった。それに対してユカリはこう返した。
「下層区の支部には訓練生時代に世話になった恩師がいるの。その人だったら間違いなく信用できるわ」
「本当に? その人も守護者なんだろ? さっきの奴が帝国の人間だったら、表立ってかばえないんじゃないのか?」
「その人、規則破りで有名なのよ。自分の信じる正義に一直線なの。連邦が相手だろうと帝国が相手だろうと絶対にシイナを守ってくれるわ」
「そ、そうか……。」
ユカリの説明にソラは引きながら返事をした。絶対に守ってくれるというユカリの力強い言葉に安心感を覚えるのと同時に、治安維持組織の人間として問題なんじゃないか?と心の中で思いながら声には出さないようにする。
対してシイナの方はユカリの説明を聞いて笑みを浮かべていた。その笑みはどこか安堵を感じさせるものだった。
(この子、味方になってくれる人が今までいなかったのか?)
ソラはシイナの境遇を想像する。手足についた枷、痣だらけの体に背丈とは不釣り合いなほど痩せた体型。
どう考えても世間一般の幸福とは程遠いものしか、ソラの頭には思いつかなかった。
だとしたらあの子はそんな境遇でどんなことを感じ、どんなことを思ったのか。
これまた悲惨なんて言葉じゃ生ぬるいようなことしか思い浮かばなかった。
だとしたらシイナにとって今の境遇はどうなのか。
ソラとユカリ、二人の人間に守ってもらえる。
更には絶対守ってくれると太鼓判が押されるような人間がこの先にいる。
声も出せないか弱い少女にとって、どれだけの救いになっているのだろうか。
それさえもソラの頭では想像できなかった。
(まぁ、ちょっとくらい素行が悪くてもいいか)
ソラはまだ見ぬユカリの恩師にわずかながらの期待を寄せつつ歩き続けた。
◇
一方その頃、惑星メトロポリスの下層区にある、とあるビルの屋上で襲撃者と黒づくめの男が会話をしていた。
「ご期待に沿えず申し訳ございません。ネクロ様」
襲撃者は黒づくめの男に向かってそう謝罪した。
「……問題ない。……居場所は……わかっている……」
ネクロと呼ばれた黒づくめの男はそう返答した。
「しかしネクロ様、あの少女に一体どんな力があるのですか?」
「再び……連邦との……戦争が……起きる。その時に備えて……準備していた……新兵器……。それを動かすための……『鍵』だ。あれは」
ネクロはそう返答する。襲撃者もその返答を聞いて納得したようだ。
「わかりました。このスコーピオン、必ずや『鍵』をお連れしましょう」
「期待してるよ……スコーピオン」
襲撃者、スコーピオンと名乗った男にネクロも素直に激励する。それを受けてスコーピオンは再び、惑星メトロポリスの下層区市街地へと向かっていった。
◇
「ここが守護者の支部か……。でけぇ……」
ソラが目の前にそびえ立つビルを見てそう、声を漏らす。
高さは二十階以上、その高さからいやでも目に付く建物だった。
形状はシンプルな直方体のビルだが要所要所に金属の装飾が付いている。
その為かソラは目の前の建物に無骨な印象は抱かずに、むしろ機能美のような洗練された印象を受けた。
「呆けてないで、行くわよ」
ユカリはシイナの手を引いて、建物の入り口へと歩いていきソラもそれに続く。
中に入ると開放的なエントランスが広がっており、奥に受付の女性が立っている。
「お疲れ様です。ユカリ隊員」
「お疲れ様。呼び出しをしたいんだけど応対してもらえるかしら?」
「了解しました。どなたをお呼びしましょう?」
「アルバート隊長を呼んで」
「では、あちらの方でしばらくお待ちください」
ユカリが受付の女性と慣れた様子で応対するとソラ達は奥にある待合室に案内された。ソラとシイナがその部屋にあったソファに座るとユカリがこう声をかけてきた。
「おそらくあなたにも色々聞いてくると思う。申し訳ないけど嘘は吐かずに喋ってもらうわ」
「別に隠すような事なんてないけどな……」
ソラが帽子を脱いで頭を掻きながら答えるとユカリはこう尋ねた。
「そういえば、あなた何であんな場所にいたの? いくら魔導士だからといっても一般人のうろつくような場所じゃなかったでしょ」
「そういえば俺の事、まだ詳しく話してなかったな」
「そんなこと無いって思ってるけど、一応聞かせて。あなた犯罪とかしてないわよね?」
ユカリは真剣な調子で尋ねた。
「さすがにそんな事しないって。そうだな、どこから話したモンかね……」
ソラがしばらく考え込む。しばしの沈黙を挟んでソラは、こう答えた。
「俺さ、マジシャンなんだよね」
「マジシャン? 手品とかやる?」
「そう、そのマジシャン」
「それが何だってあんな場所に?」
「俺さ、あんたにも見せたように炎を。それとまだ見せてないけど氷も操る魔導士なんだ。普段はそういう魔法とか、あとはさっきおまえが言った手品みたいな芸を披露して暮らしてるんだ。でさ、俺はあの時あの場所で新ネタの練習をしてたんだ」
「新ネタ?」
「そっ。俺が箱の中に入ると箱が大爆発。煙が晴れると無傷の俺が登場するっていう手品。 んで爆発するっていう芸だから近くに人とか家があると危なくて練習できないんだよね。それで人気とかが一切ないあそこで練習してたって訳。」
「なるほどね」
ユカリとソラがそう会話しているとシイナが興味深そうな様子でソラの方を見ている。ソラもその様子に気が付くと、こう言った。
「それじゃ、論より証拠。俺の手をよーく見ててね。……3、……2、……1!!」
ソラがそう言うと、ソラの指先から煙と共に赤い花が一輪、飛び出した。
「こちらをどうぞ、お嬢さん♪」
そう言いながらソラは赤い花をシイナの髪に差す。シイナも笑みを浮かべて嬉しそうにしていた。
その様子をユカリは微笑ましそうに見ていた。
しかし、その平穏はすぐさま打ち破られる。
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン
大きな爆音が鳴った。エントランスの方からだ。
ユカリもソラも何事かと飛び出す。向かった先で見たのは割れたガラスが散乱し荒れ果てたエントランスに、血を流して倒れる人々、そして見るのは三度目となる青い西洋甲冑の襲撃者、スコーピオンだった。
「あいつ、こんな所まで追いかけてきやがった!? どういうつもりだよ!?」
「驚いてる暇はないわ!!! 応戦するわよ!!!」
ユカリとソラが武器を構えるのを見ると襲撃者、スコーピオンの方も槍を構える。そして左手の盾で身を守りながら右手の槍を前に突き出しながら二人に向かってきた。
ユカリは右に、ソラは左に、二手に分かれて突撃を躱す。
躱されたことを認識したスコーピオンは足でブレーキをかけて立ち止まりユカリの方に目をやると、再び突撃を行った。
ユカリはギリギリまで引き付けるようにしてから前方にローリングしすれ違うようにして回避する。
対するスコーピオンの方は、なんとカーブを付けたまま突進を継続していた。お椀のような半円を描いてソラの方に突撃を行う。
「っ!!! そんなの有りかよっ!!!!」
ソラの方もギリギリまで引き付けてから前方に回避しようとする。
だがスコーピオンは突撃の途中で足にブレーキをかけ始める。突撃の速度が落ちていく。それに伴い前方に回避しようとすればスコーピオンの丁度目の前に立つだろうという距離になってしまった。
それを見てソラは、前方に回避しようとするのをとっさに止め、半ば反射で後ろに飛んだ。
スコーピオンとの間に距離ができたソラは急いで態勢を立て直す。
それを見てスコーピオンが声をかけてきた。
「あの少女はどこにいる?」
「誰が言うかっつの!!!!」
ソラはそう叫ぶと、杖の先にエーテルを集中させる。杖の先に生成された火球が十分な大きさになると、呪文名を思いっきり叫んだ。
「炎の雷!!!!」
放たれた火球は真っすぐとスコーピオンへ飛んでいく。対してスコーピオンの方は油断することなく左手の盾で防御した。
盾に直撃した火球は爆ぜて消え、そのまま槍を構えたスコーピオンが向かってくる。
スコーピオンはソラに対して槍を振り下ろした。ソラはとっさに横に回避するが、スコーピオンは振り下ろした槍を横に回転させるように振った。
切っ先がソラの胴を裂く。その瞬間、ソラの体に今まで経験した事のないような痛みが走った。
「がぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあっぁぁ!!!!!!!!!!!!」
ソラは叫んだ。そして痛みで蹲っているところにスコーピオンから追撃を受けた。思いっきり吹っ飛んだソラはあまりの痛みに動くこともできず倒れたまま手足を投げ出したような形になった。
その光景をユカリは呆然と見ていた。しかしスコーピオンがユカリの方を見据えると我に返り、攻撃に備えて回避がしやすいように剣を構えた。
再度スコーピオンが突撃する。ユカリはその攻撃を横に避けて、背後から剣を振り下ろそうとする。
それに対してスコーピオンはユカリが避けた後すぐに突撃を止め、方向転換をした。そしてユカリの剣を盾で受け止め右手の槍を突き出した。
槍の先端はユカリの脇腹を突き刺した。ユカリは思った。
――――――痛いと。
痛みで悶え苦しむユカリをスコーピオンは思いっきり蹴り飛ばす。ユカリの体は床でバウンドして何度か転がった後、壁に激突した。その痛みでユカリはまたも悶え苦しむ。
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!!!!!!!!!)
もはやそれは思考の体を為していなかった。ただただ痛みが体を駆け巡る。そのせいで思考がまとまらない。考える事すらできない。
するとユカリの中に、不意に熱いものがこみ上げてきた。何だろうと思って目線を胴の方にやるとそこからは大量の血がバケツをひっくり返したかのようにあふれていた。
最早、痛みも感じなくなってきた。確かに痛いには痛いが別にそこまででもないとユカリは思った。そうしている内に自分が物事をしっかりと考えられていることに気づく。
これならいけるか?と思い直した瞬間、再び鋭い痛みが全身を駆け巡った。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
ユカリは叫んだ。その声はとても大きく、近くで聞くと鼓膜が破けてしまいそうな大きさだった。
「無様だな」
スコーピオンが吐き捨てる。追撃はしてこない。
二人を置いてスコーピオンが奥の通路に向かおうとすると、その通路からシイナが走ってきた。それを見てスコーピオンは立ち止まる。
「一緒にいた二人はもう、虫の息だ。私と一緒に来るなら見逃してやる」
スコーピオンの言葉を受けて、シイナは辺りを見渡す。すると確かにソラもユカリも体から大量の血を流して倒れていた。
その光景を見てシイナはヒィッと悲鳴を上げる。しかし声が出ないので口から息が漏れただけになってしまった。体から力が抜け、へなへなとその場に座り込む。
それを見たスコーピオンはシイナを抱えて立ち去ろうとする。シイナの方も抵抗しようとするのだが、いかんせん華奢な体躯のせいでろくに抵抗できない。
シイナを抱えたスコーピオンが立ち去ろうとすると、シイナの通ってきた通路から大勢の人影がやってきた。
「動くなっ!!!! 守護者だっ!!!!」
守護者の隊長が叫ぶ。やってきた彼らはユカリと同じ武装をしていた。ただしユカリとは違い手に持っているのが両手で持つような銃になっていた。
その光景を見てスコーピオンの方も立ち止まる。シイナも何とか逃げようと抵抗するが逃げられない。
すると先ほども声を上げた隊長が再びスコーピオンに対して口を開く。
「その少女を放せ。さもないと撃つ」
「ならそうすれば良い。誰に当たるかは知らんが」
スコーピオンは心底どうでもよさそうに吐き捨てる。実際彼の思考は、目の前の集団よりもこの後の逃走経路についての方に向いていた。ただしほんの少しだけ銃を持った集団に意識が向いていた。
スコーピオンは油断も慢心もしていなかった。
目の前の事だけでなく、不測の事態に備えて先の事に先手先手で考えを巡らせる。
先の事をあらかじめ考えておけば、不測の事態にも問題なく対処できる。
スコーピオンはそう考えていた。
実際スコーピオンがその気になれば目の前の守護者達も足止めにもならずに蹴散らせるだろう。
両者の間にはそれだけの力の差があったし、スコーピオンもそのことはしっかりと理解していた。
――――――だからこそ彼の背後でユカリが剣を振り下ろそうとしていることに、彼は一切気が付けなかった。




