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05.逃走


 ――惑星メトロポリス、上層区のホテルの一室にて一人の男がゆったりと椅子に座りながら、誰かと通信をしていた。


 「へぇ……それで対象(ターゲット)には……逃げられたって訳……?」


 男は通信の相手にそう尋ねた。声の調子はどこか気だるげで、陰鬱なものだった。

 通信の相手から更に報告を受けると男は、こう言った。


 「了解……とりあえず一旦…戻っておいで……スコーピオン……。後の事は…それから…考えよう…」


 通信相手も男の問いかけに了解と告げてから通信を切断した。

 通信を終えると男の方も機器を近くにあったテーブルの上に置いた。そして部屋の中にあった冷蔵庫から飲み物のボトルを取り出し、グラスに注いでからそのまま口をつけた。


 「まったく……人の邪魔をする奴は……何処にでも居るもんだねぇ……。」


 男は気だるげに、面倒くさそうにそうつぶやくと、再びゆったりとした姿勢で椅子に座る。

 服装は全身を黒で統一していた。黒いローブ、黒いフードに身を包み、黒い手袋、黒のズボンに黒いブーツ。

 おまけに顔には黒いフェイスベールをしており、目元以外の肌が全く見えない見た目をしていた。

 そのフェイスベールとフードの隙間から、辛うじて見える目は血のように染まった赤い瞳をしており、その眼光は氷のような冷たさを感じさせるほど鋭く、恐ろしいものだった。

 

 「まぁ……別に良いんだけどね……どうでも……」


 男はそうつぶやくとグラスを置いて、窓のそばに立ち景色を眺めた。

 眼下には惑星メトロポリスの街並みが広がっている。多くのビルが規則正しく建ち並んだ、摩天楼がどこまでも広がっているが、男の宿泊しているホテルよりも高いビルは遠くの方に見えるばかりで、このホテル近辺の建物は押し並べて低い建物ばかりであった。

 

 その街並みを男は何を語るでもなく無言で、眺めていた。



                   ◇



 一方その頃、同じく惑星メトロポリス、下層区の方ではソラ、ユカリ、シイナの三人が焚火を焚いて座り込んでいた。三人とも言葉には出さないが表情は重苦しさをはらんでいた。


 「……何だったんだ、さっきの奴は?」


 

 ソラがそうつぶやくとユカリも答える。


 「あなたは何か心当たりは無いの?」


 どこか心配そうな、案じるような声でそう聞いたが返答の方も芳しくない。


 「いや、こっちもあんな奴は初めて見たよ。その聞き方だとそっちも知らないみたいだな」


 ソラがそう答えると再び沈黙が走る。重苦しい雰囲気の中、シイナの方に二人が目をやるとシイナの方も暫し沈黙した後、一度だけ首を縦に振った。


 「あいつの狙いはこの子みたいね。ねぇ、あなた。あいつの事、あなたは知ってる?」


 優しい声でユカリはシイナに尋ねる。再び沈黙が走ったがシイナはもう一度首を縦に振ってうなずいた。


 「大丈夫、あなたの事はお姉ちゃん達が絶対守るから。だから安心して?」


 ユカリがそう言うとシイナも重苦しい顔を解いて微笑み、そしてうなずいた。それを見てユカリは安心したように微笑む。ソラの方も穏やかな笑みを浮かべながら二人を眺めていた。


 「それよりもこれからどうするんだ?」


 ソラが尋ねる。


 「とりあえず今いるのは最下層区から一つ上に上がった下層区エリア。ここなら守護者(ガーディアン)の支部があるからそこでシイナの身柄を保護しましょう」


 ユカリがそう答えるとソラもそれに同意し、三人は下層区にある守護者(ガーディアン)支部を目指して歩き始めた。


 下層区エリアは所謂、貧民街と言われるエリアである。道端にはゴミが散乱しており、建物にはラクガキだらけ。不潔で日当たりも悪く、この辺り一帯も上層の建造物で日差しが遮られるという惑星メトロポリス特有の環境も相まって汚らしく、そして薄暗い場所だった。

 

 反面、惑星メトロポリスの住民の半分以上はこのエリアに住んでいる。最下層区とは違って人がいるのだ。ソラ達三人が歩いている横にも下層区の住人が屋台や出店などを出して商売をしているし、路地の方に目を向ければ近くに住んでいる子供たちがかけっこやかくれんぼをして遊んでいるのが見える。

 裕福な人間はいないが、そこにいる人たちは日々を懸命に生きていた。そうした人々が集まっていることもあり下層区は日差しがなく薄暗い場所ではあっても、決して寒々しさを感じる場所ではなかった。

 むしろ人と人が交流することで生まれる、ある種独特の温かみがあふれる場所だった。


 ユカリはこの下層区という場所が好きだった。ユカリ自身の出身は最上層区の出身だが、そこにいる人々は金や権力だけを見てその人個人を見たりしない。

 実際はどうなのか、しっかり聞いた事は無いがユカリ自身はそう思っていた。

 だからこそ人と人が互いに相手を見て交流――愛したり、憎んだり、疑ったり、信じたり、怒ったり、喜んだり、悲しんだり、楽しんだり。

 そうした感情の動き、人間の皮膚の裏の奥深くに封じ込めたもの、そういったものが見られるこの場所がユカリは好きだった。


 そういった事もありどこか心地良い気分で歩いていると、突如としてユカリの背中に悪寒が走った。

 ユカリは悪寒が走るとすぐさま剣を構えて振り返った。

 ガキンと大きな金属音を立ててそのままつばぜり合いになる。

 

 目の前には最下層区で戦った、あの襲撃者が立っている。


 すぐに周りは騒然とし、人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。ユカリはその様子を横目に見ると渾身の力を込めて剣を前に押し出す。

 襲撃者は態勢を崩し、後ろに下がる。だがすぐに態勢を整え再び槍を振るう。

 ユカリはその攻撃を剣の腹で受け、すぐさま反撃を入れる。再びガキンと金属音が鳴る。それを聞いて更にもう一撃、ユカリは剣を振るった。


 ユカリの反撃に押され襲撃者は更に後退する。ユカリはそれ以上追撃する事はしなかったが、冷静さを失うことなく、剣を構えて相手を見据える。

 ユカリはしばし、高揚感を感じていた。この前の戦いでは突然の襲撃に意識が追い付かず、されるがままだった襲撃者に反撃を入れられたからだ。

 あまりダメージにはなっていないようだったが動揺したように距離をとり、槍と盾を前に出しこちらを見る襲撃者を見て、実感が湧いてきた。


 ――――いける。


 そう感じたユカリは思いっきり地面を蹴って剣を振るう。一撃。相手が反撃で槍を振るう。それを剣で受けて、さらにもう一撃。

 ガキンと金属音が鳴り、襲撃者も再び槍を振るう。今度は上から下に下ろすように振るわれたので、横に回避する。態勢を整えると再度剣を横に振るった。

 その一撃は盾を前に出すことによって防がれた。剣戟が盾に防がれるやいなや、ユカリは地面を蹴って後ろに飛退いた。

 今までは攻撃をしてもその体で受け止められるだけだった。しかし今度は違う。左手に持った盾をわざわざ前に出して、防御したのだ。

 相手の攻撃を手に持った盾で防ぐ。言葉にすれば当たり前の動作だがユカリにとってはその動作が嬉しい。自分の攻撃が防がなければいけない攻撃なのだと認められた証だからだ。

 この前とは違う。ユカリも襲撃者もそう感じていた。前者は戦いの様相になっていることへの喜び。後者は歯牙にもかけていなかった相手が脅威になったことへの恐れ。

 両者ともに気を引き締めて、目の前の相手に向き直る。そんな光景をソラは、シイナを背中に隠し自分自身を盾にしながら見ていた。

 いつでも魔法を放てるように杖を構えて、二人の戦いを見る。隙が生まれないか、ユカリが危険な目に遭わないか、最大限の注意を向けながら魔法を放つ隙を伺っていると()()は唐突に訪れた。

 

 襲撃者が槍を構えて突撃する。

 ユカリもこれは受けられないと判断し、タイミングを合わせて前に転がり、すれ違うように回避する。

 襲撃者はそのまま前方にあった建物に激突する。大きな音を立てて建物の壁がガラガラと崩れ、土埃が舞う。しかし襲撃者は意に介さず向き直る。土埃で襲撃者の影が見えなくなる中、赤く光る頭部のスリットだけがはっきりと見えていた。


 「――炎の雷(ファイア・ボルト)!!!!」


 ソラはここで火球を襲撃者に向けて放った。ボウリング玉ほどの火球が、真っすぐ、音を立てて飛んでいく。

 火球は襲撃者に直撃する。しかしその際に生じた爆発は以前に襲撃者が食らったものとは比べ物にならない大きさだった。舞い散る土埃が爆発を大きくしたのだ。


 「グオォォォォ!!!!」


 襲撃者も思わず声を出す。

 その瞬間をユカリは見逃さなかった。全速力で剣を構えながら向かっていく。そしてすれ違いざまに剣を振るって襲撃者に一閃の攻撃を食らわせた。

 スピードの乗った一撃は襲撃者の鎧にダメージを与える。先ほどの爆発で大きなダメージを負った鎧は今のユカリの一撃でヒビが入った。表面の装甲が音を立てて剥がれ落ちる。剥がれ落ちた箇所から火花が飛び散る。そしてその部分からは機械の基盤のような物が露わになっていた。

 

 「ガァァァァァァァァ!!!!」

 

 ここに至って初めて中身にもダメージが達したのか、襲撃者も声を出しながらその場にうずくまる。


 「今よ!!ソラ!!!!走って!!!!」


 ユカリがそう叫ぶとソラはシイナの手を取って走り出す。ユカリも全速力で駆け出し二人に追いつく。そしてそのまま三人は襲撃者を振り切って走り去るのだった。


 「……なるほどね。……あいつらが……そうか」


 走り去る三人を物陰から黒いフードを被り、黒いフェイスベールで顔を隠した赤い目の男が見つめていた。


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