30.嵐の前触れ
エルフの村のすぐ近く、鬱蒼と茂る樹木の群れ、木々の葉っぱが陽の光を遮り昼だというのにどこか薄暗い、そんな森の中にネクロ・ネビニラルは佇んでいた。
小鳥の鳴き声や、木々のざわめく音、それら自然が奏でる音の中で、彼は一人静かに耳を傾けていた。
傍目から見れば自然の中でリラックスしているように見える。実際、彼はこの森の中で静かに佇むこの時間をとても気に入っていた。願うならばずっと浸っていたいと思うほどに。
その鋭く赤い目を開き、一点を見つめて彼は呟く。『蘇生』と。
その瞬間、彼の目の前に黒い泥がまるで沼のように湧きあがり、そこに稲光が走る。やがてその泥は彼の背丈を超えて軽々と見下ろせる程の高さまで盛り上がる。そして泥が乾きそこに生じたひび割れから紫色の光が漏れ出し、一瞬の静寂を経て泥が弾け飛んだ。
彼を見下ろす多頭の怪物。その目は爛々と輝き、ネクロを見る。
怪物とネクロは互いの目を合わせてじっと見つめあう。そして、ネクロの方からただ一言、淡々とした声で告げられた。
「……俺の命令に従ってもらおうか……」
すると怪物は平伏するように姿勢を低くし、先ほどまで生い茂る樹木に匹敵するかのように思われた無数の頭もネクロの目線まで下がっていた。
その様子を見てネクロは満足そうに呟く。
「……スコーピオンがやられた程の相手だ……キャンサーだけじゃ勝ち目は薄い……切り札を切るならここだな……」
振り向いてネクロは歩き出す。怪物も付き従うように後をついて行く。歩きながらネクロは自慢げに口に出す。
「……黄道部隊を二人も撃破したことは認めよう……だが、最後に笑うのはこの俺だ……!」
そのまま彼は蘇らせた怪物を引き連れながら、エルフの村の方へと歩いていく。その際怪物の首の一つから唾が零れる。地面に落ちたその唾は足元の草むらに触れると、たちまち生い茂った草むらは色を失い枯れ果てていく。そして塵となって消えていく。そして後にはむき出しの地面だけが残されていった。
◇
太陽が傾き空が茜色に染まるころ、エルフの村にソラとシュウの二人が到着した。墜落現場からここまでの距離を重たい荷物を牽いて歩いてきたので二人とも疲労困憊であった。
「……やっと……着いた……」
「……あんたが……あの力使ってくれりゃ……楽になったのに……な……」
シュウが皮肉気に言う。ソラの方は項垂れるばかりで何も言わなかった。
そこに村にいたユカリ達が現れる。
「……遅かったわね。二人とも」
「……こっちはあんた等の武器を持ってきたんだから、ねぎらいの一言くらいくれよ……」
ユカリの言葉にシュウが不満げに口にする。それに対してユカリは気に留めた様子もなく返答する。
「それに関しては礼を言うわ。ありがとう」
「……あぁそうかい……そいつは良かった。んじゃ、とっとと帰って次の星に行こうぜ」
「……それなんだけど……もう少し待ってもらえる……?」
シュウの提案にユカリは珍しく殊勝な態度で頼み込む。この事はソラを非常に驚かせた。
付き合いこそ短いものの、ソラにから見てユカリは短気というか、せっかちな所が多い人物に映ったからである。
その事を察したのかユカリも理由を口にし始める。
「村の人達……また帝国の人間が攻めてくるんじゃないかって……また戦争になるんじゃないかって怖がってるのよ。だから、何とかしてその不安を取り除いてあげたいの」
ユカリの説明にシュウは興味なさげに聞いている。そして後に続く言葉も端的にその事を表していた。
「……別に関係無くね? そんなの村人達が自分で何とかすれば良いじゃないか。わざわざ俺らがしてやれる事なんて無いよ」
その口調は淡々としたものであり、聞いた者に冷淡、無情というイメージを与えるものだった。
その態度が気に食わなかったのか、シュウに対してユカリが食ってかかる。
「……そんな事ないわ。何か……彼らのためにできる事があるはずよ。それに……困っている人がいたら何かしてあげたいって思うのは……当たり前の事じゃない」
「……村の連中に何言われたのか知らないけど、一つ忠告しとくぜ。あいつら助けたところで『損をした』って思うだけだぜ? それでも良いならどうぞご自由に。気の済むまで人助けをしてからこの星を出ればいいさ」
二人の間に剣呑とした空気が流れる。横で見ていたソラはそれを察して止めに入る。
「まぁまぁ二人とも、落ち着いて。え~とユカリ……とりあえずすぐにはこの星を出ないって事でOK?」
「そうなるわね。わがままを言ってごめんなさい」
「ならあの宇宙船、結構古そうだしその間に俺とシュウで改修するよ。他にも食料とか必要な物資をできるだけ揃えたいし……シュウもそれなら構わないだろ?」
「……そうだね」
「よし、決まり! 俺とシュウが修理、物資調達。ユカリとエレノーラが村人の為に人助け。シイナは俺たちの方で守るよ。皆これで良いかい?」
ソラの提案に他のメンバーも同意する。そこでソラはユカリとエレノーラに回収してきた武器を渡してシュウ、シイナの二人と共にシュウの家へと帰っていった。
◇
ソラ達と分かれたユカリとエレノーラの二人は村長の家まで向かう。自分たちに何かできる事はないか聞くためだ。そんな彼女達を村長は快く出迎えた。
「村長さん、何か私達でお力になれる事はありませんか?」
「おぉ、守護者さん! よく来てくださいました! ちょうどこちらからお二人に頼みに行こうかと思っていた事があるんですよ!」
村長は白い長髪の老人の見た目をしていた。顔には白くはあるものの豊かな髭を蓄えていて、頭部には金属製の光沢が見られる金色のリングのような物を巻いていた。西遊記の孫悟空が着ける 緊箍児のような物だ。
エルフという種族で見ても村長は老境にあたるようで言葉の節々に、年齢を意識したような自嘲が見られる。そういった事情を差し引いても、ユカリの目にはまだまだ元気たっぷりで長生きしそうに見て取れた。
彼はユカリ達に気づくと向こうから二人の方へ歩み寄ってきた。その際握手を求めるように手を差し出してきたのでユカリもそれに応じる。村長の方も握手をしながら話を切り出した。
「実は村の若いもんがねぇ、森の中で見てしまったんですよ……ネクロ・ネビニラルの姿を……!」
村長の言葉にユカリは思わず硬直する。ネクロ・ネビニラルという名前が出てきた為だ。ユカリにとってその名前は特別な意味を持つ。
彼とは惑星メトロポリスでシイナを巡って、交戦した仲だ。彼が出てきたという事は帝国も既にシイナがこの惑星にいるのだと特定しているに違いなかった。覚悟していた事とはいえユカリは思わず身震いしてしまう。
「……どこで見たのか、教えてもらえますか?」
「村の北の方です。道なりに十分ほど歩いた林の中にネクロ・ネビニラルらしき人影を見た――と。すぐさま逃げたとの事なので、実際にしっかりと見たわけで無いんですがね……」
村長は苦い顔をしながら話す。それに対してユカリは微笑みながら答える。
「わかりました。私とエレノーラの二人で調査します。明日の昼までには報告いたします」
「――!! お願いしますっ!!」
ユカリの返答に村長は深々と頭を下げた。そして村人に見送られながらユカリとエレノーラの二人は村長から教えてもらった地点へと出発した。
その道中、エレノーラがユカリに向かって深刻そうな声で話しかける。
「あの……ユカリちゃん……少し良いですか?」
「どうしたの? そんな深刻そうに」
「……あのですね、もし本当にネクロ・ネビニラルと対面するって事になったらなんですけど……その時は一旦退きましょう」
「……一応、理由だけ聞かせて」
「……はい。単刀直入に言うと今の私達二人だけじゃ彼には勝てません。返り討ちにあっておしまいです」
エレノーラは珍しく毅然とした口調で言い切った。ユカリは反論したくなる気持ちを抑えながら、彼女の言葉に耳を傾ける。
「もし仮に戦うってなったとしても、ソラさんやブルストムくんの力が絶対必要になります。だからこそその時は一旦退いて、ソラさん達と合流してから戦いましょう」
ユカリは考える。もし自分とエレノーラの二人でネクロ・ネビニラルと戦ったら勝てるのかどうかを。
答えは否だった。今の自分たちだけで勝てるほど、最凶最悪の魔導士は甘くない。その事は、一度戦ったことのあるユカリ自身が誰よりも理解していた。
「……わかったわ。それで行きましょう」
エレノーラの提案を承諾し、ユカリは一心不乱に目的地まで歩いていく。彼女自身、これから相対する相手は間違いなくネクロ・ネビニラルだろうと確信していた。メトロポリスで戦ってから彼女の体感では三日と経っていない。不吉な予感を感じ取りながらもユカリは前へ前へと歩くのであった。




