31.動き出す影
村人から教えられた地点に到着したユカリとエレノーラはすぐさま辺りを見回した。少なくとも目に見える範囲に、誰かが隠れているといった様子は無い。
「……本当にここにネクロ・ネビニラルが……?」
辺りは木々が高くそびえ立ち、枝葉が屋根のように空からの光を遮っていた。もうすぐ日が暮れるような時間帯というのもあるだろうが、それを差し引いても二人が立っている場所は他の場所と比べてもひと際、暗くなっていた。
二人は背中合わせになり、周囲を警戒する。それでも付近には人の気配は感じられなかった。
「……誰もいない……村人の勘違い?」
ユカリはぼそりと呟く。その声に答える者はおらず、付近には暗闇と静寂が立ち込めていた。
「……本当に誰もいませんね。やっぱり見間違いなんでしょうか」
エレノーラも辺りの静寂を受けて、ユカリと同様の考えに至る。警戒は緩めていないとはいえある程度は肩の力を抜いた状態になっていた。
「念の為もう少し見て回りましょう。私はこっち、エレノーラはそっちを見て」
ユカリがとりわけ暗くなっている所を指して、エレノーラに指示を出す。向き直ってユカリが見ると言った方向に一歩、また一歩と慎重に歩を進めていた――その時だった。
「――きゃっ!?」
突如、足元が崩れて地面に穴が開く。抵抗空しくユカリは地面にポッカリと開いた穴の中に吸い込まれていった。ドシンと尻餅をついてユカリは倒れる。
「痛た……なんなのこれ……落とし穴……?」
穴の中を見渡してユカリは呟く。深さは五メートル程だろうか。よじ登ろうと壁になっている部分に手を掛けようとするが、土が柔らかいのかボロボロと崩れてお話にならない。最早、一点の疑いようもなくユカリは穴の中から出られなくなっていた。
「エレノーラ! どうにかして引き上げて! エレノーラ!?」
大声でユカリは呼びかける。返事は無い。彼女の身にも何かあったのだろうかとユカリは不安に駆られる。そのままユカリは助けを呼ぼうと声を上げ続ける。しかし返答の声は無い。
「何かあったのエレノーラ!? 返事をして!!」
日も暮れて真っ暗な森の中、ユカリの声だけが空しくこだましていた。
◇
同時刻、エルフの村にてユカリが話した村人と村長が会話をしていた。その雰囲気はどこか険しく、剣呑としていた。
「……本当に良かったのでしょうか……彼女達は私達の力になろうとしていたのに……」
村人は項垂れる。その表情は今起こっている事態に納得がいかないとでも言いたげであった。彼の心中を察したのか、村長が口を開く。
「あまり感情移入しすぎるな。いくら守護者といえども所詮は、地球人。腹の内ではワシらを見下しているに決まっている」
村長の声は非常に忌々しげで、語気も強いものであった。その声の迫力におされて村人は押し黙る。
その様子を見て村長の方も静かに続ける。
「二十年前の戦争の時もそうじゃった。帝国の地球人の暴虐は言葉にするのも、恐ろしい所業じゃった。エルフの民にあんな仕打ちは二度と受けさせん。その為ならワシは何でもするつもりじゃ。わかってくれるな?」
語り終えると村長は村人の肩を両手で掴む。相手に有無を言わせない、いわば念押しであった。村長の胸中は痛いほど伝わったのか、村人も暫し沈黙した後にただ一言「わかりました」とだけ口にして、村長のもとから立ち去って行った。
日も暮れて空には満天の星空が煌めいていた。その光を見上げながら村人は立ちすくんでいた。
◇
同時刻、シュウの家にて――ソラとシュウは裏手にある宇宙船に持ち寄ったパーツをセットしつつ、同時に改修作業も進めていた。
戻ってきたのが日も落ちきる寸前であった為、ランプを点灯させて明かりを確保していた。作業も一段落し二人とも機械の下から這い出て、飲み物に口をつけていた。
「ッフー……今日はとにかく疲れたな……体中がバキバキ鳴って痛ぇぜ……」
肩を回しながらシュウが口に出す。頬には先ほどまでエンジンとの格闘で付いた油汚れが残っている。衣服も上は肌着以外は脱いで、横に畳んで置いてあった。
「まぁこれで機体面での問題は起こんないだろ。後は燃料入れて実際に動かすだけだな」
ソラが満足そうに口にする。彼も汚れてもいいようにローブを脱いで上半身はタンクトップ一枚といういで立ちになっていた。シュウと同じようにあちこちに汚れが付いているが、わかりきっている為だろうか気にする様子は無い。発言を終えると再び手に持っていた飲料を腰に手を当て、グイっとでも聞こえてきそうな姿勢で一息で飲み干す。
「しっかしユカリちゃん達はまだなのかね……あの陰険共、何頼んだんだか……」
「まぁユカリ達なら心配いらないだろ。なんせあの武器を軽々振り回せるんだから」
「――それ! あんな重いもの振り回す女の子、マジでいるんだな! 今でも信じらんねぇ!」
シュウが大げさに言い放つ。シュウが言っているのは村でユカリ達に荷車で運んできた武器を渡した時の事である。彼女達は武器をヒョイと手に持って二、三度素振りをしたのである。その時シュウは信じられないものを見たという表現がそのまま当てはまるような、呆然とした顔で二人を見ていた。
「その時のお前の顔、すっごい面白かったぜ。こ~んな顔してんの」
そう言うとソラはポカンとしたような表情をして、おどけてみせる。シュウは笑いながら「そんなアホ面してねーって!」と叫びソラの肩を叩く。
二人とも笑顔でふざけあっていてエルフの村で起こっている策謀や帝国の思惑などとは無縁の、ごく普通の他愛もない光景がそこにはあった。
しかしそんな束の間の平穏は容易く打ち砕かれることになる。
ドオォォォォォォォォォォォン!!!!!!!!!!
爆発音が響く。火柱が上がり黒煙が星々の光を遮る。二人ともすぐさま音のした方に目をやる。
「な、何だありゃ!? 何が起こった!?」
「あっちは……昼間行った村の方だ!! すぐ行ってみよう!!」
そう言うとソラはローブを身に纏い駆け出す。シュウもケープを着用して後を追おうとする。
するとそこに家の中から眠たげに目をこすりながらシイナが出てくる。家の中で休んでいたのだが外の騒ぎを聞きつけて寝ぼけまなこで現れた形だ。
「あ! シイナちゃん! いいかい!? 俺ら村の方に何が起こったのか見に行くから!! 危ないから絶対に家の中から出ちゃダメだよ!?」
そう言うとシュウはソラの後を追って駆け出す。途中ラプターに「シイナちゃんは頼んだ!」と言って村の方へと向かう。ただならぬ事態に彼らの胸中には村から上がる黒煙のように不明瞭な焦燥が広がっていた。




