29.恐れ、信頼、依存
ソラ達と分かれたユカリとエレノーラ、そしてシイナの三人はブルストムを連れてエルフの村まで歩いていた。
その途中で、ブルストムを背負いながらユカリが言い放つ。
「……それにしてもなんで私達がこいつの面倒まで見てやる必要があるのかしら……」
「……あまりそういう事言わないであげましょうよ……道は違えたとはいえ仲間だったんですから……」
「その道を違えたっていう部分が問題なのよ。最終兵器とやらが動かせるからってシイナを殺そうとするだなんて……守護者のやる事じゃないわよ……全く……」
ユカリが毒づきエレノーラが宥める。
そんなやり取りをソラ達と分かれてから、かれこれ八回は繰り返していた。
話す内容も概ね変化が無いので、最初の方は不安そうに聞いていたシイナも、今ではラプターに乗りながら無反応を貫いていた。
そんな状態で進んでいると、三人の目に村が見えた。エルフの村である。
目的地が見えたので三人は無駄口もやめて、足を進める。
そんな彼女たちを、一人のエルフが出迎えた。ブルストムを宿まで案内した人物だ。
「……あっ! ブルストムさん! おかえりなさい……ってその怪我、大丈夫ですか⁉」
村人はユカリの背にいるブルストムの様子を見て、血相を変えて歩み寄ってくる。
エレノーラが村人に、ブルストムを休ませる場所が無いかを尋ねる。
彼がすぐにブルストム達が拠点としていた宿まで案内したので、ユカリ達もそこへブルストム運び込んだ。
ベッドにブルストムを横にさせると、村人がユカリ達に向かって心配そうに尋ねる。
「……ブルストムさん……何があったんですか?」
「……帝国の連中と交戦しましてね……まぁ多少怪我はしましたが問題はありませんよ」
ユカリが事務的に応対する。その声色がこの件についてはとっとと済ませたいというような、いかにも投げやりな感じをこれ以上なく表していた。
しかし、村人にとってはそこはさしたる問題ではなかった。彼の注意は別の点に向けられていた。
「……って、帝国!? ……ほ、本当にあいつらが……?」
ユカリの口から出た帝国という言葉に、彼は非常に大きく反応した。
エレノーラはその様子を見てこの村の人達が、帝国をどれだけ恐れているのかを声に出さずとも察していた。
ユカリの方も村人の驚き様に、彼らの気持ちを察したのか安心させようと適当に言葉を選びつつもこう返した。
「……安心してください。無事に撃破しましたから。この村が帝国の脅威に晒されることはありませんよ」
「……でも実際に、帝国は……来たんですよね? この星の、この村の近くに、来たんですよね!?」
村人が動揺しながらもユカリに詰め寄る。
そんな彼の声を聞きつけたのか、他の村人も様子を伺いに宿の近くまで集まっていた。
ユカリはそんな村の様子を見て、対応を間違えたかと心中で後悔した。
気まずそうに目を逸らすユカリに村人は詰め寄る。
「……あの! 大丈夫……なんですよね!? また帝国と……戦争なんてことに……なりませんよね!?」
「お、落ち着いてください! 大丈夫、大丈夫です。そんな事には絶対なりません……」
さしものユカリも村人に気圧されながら、必死に彼を落ち着かせようとする。
次第に彼は落ち着いたのか、掴んでいたユカリの肩から手を離して謝罪する。
それでもユカリ達にとっては彼の動揺具合は、ひどく印象に残った。
「……すいません、取り乱してしまって……」
「……いえ……大丈夫です……気にしてませんから……」
「……自分……畑仕事に戻りますね……もし何かあったら……遠慮なく村の者に言ってください……私の方からも守護者の皆さんにはできるだけ力を貸すように、って言っときますんで……」
「……いえ……お気遣いなく……」
村人が立ち去った後もユカリはしばらく無言で彼の立ち去った方向を見つめていた。
しばらくすると、彼女は振り返ってエレノーラとシイナに向かって話しかけた。
「……いくら何でも大げさじゃない……? 反応……」
「……多分……前の戦争の時に、実際に戦場に出た方なんだと思います……トラウマになってるんでしょう……」
ユカリの言葉にエレノーラが返す。その口ぶりには以前にもそういった人物と対面した事があるとでも言いたげな、言葉の重みがあった。
「……私たちにとっては生まれる前の出来事でも、彼にとっては昨日の事のように感じられるんでしょう……エルフは寿命が長い分……余計にそう感じるんだと思います……」
絞り出すようにエレノーラが口にする。
実際にエルフの寿命は地球人の三倍はあるとされている。彼らにとってはたかだか二十年という時間はつい最近の事なのだ。
重苦しい空気の中、三人が宿の外に出ると視線を感じた。
それもどこか一定の方角からではなく、四方八方からである。
ユカリがあたりを見回すと村人たちがこちらを不安そうな目つきで見ている。
彼らや彼女らは一様に何事もない日常を演じている。しかし注意してみるとその動きや顔つきはどこかぎこちない。
ユカリには、村人たちが無理をして何気ない日常を送っている風に装っているのだという事が、瞬時に理解できた。
そして彼らが、彼女たちが、ユカリ達を頼りにしているのだと察するのにそう時間はかからなかった。
そこでユカリはエレノーラに小声で話しかける。
「……なんで私たちにあそこまで頼ろうとするんだろ?」
「……多分……私たちの事、ブルストム君と一緒に来た守護者の隊員だと勘違いしてるんですよ……私たち、まだ制服のままですし……」
エレノーラの言葉にユカリはハッとして自分の服装を見る。
メトロポリスにいた時と変わらず、彼女は白地に赤い刺繍の施された守護者の制服を身に纏っていた。
村人たちは期待しているのだ。守護者であるユカリやブルストムが自分たちを守ってくれる事を。
そのことに気が付いたユカリは村を立ち去ることができずに立ち尽くしていた。
◇
同じ頃、ソラとシュウの二人はユカリ達の持っていた武器を積んだ荷車を牽いて村までの道を進んでいた。
「……ぜぇ、ぜぇ……よくこんなもん……振り回せるよな……。近くに荷車が置いてあって……助かった……」
ソラが息を吐きながら呟く。それに釣られてシュウも荷車を牽きながら愚痴をこぼす。
「……ラプターが、いれば、楽だったん、だがな……」
疲れからか二人は荷車を牽くことを止めて、道の端に座り込む。
肩で息を吐きながらシュウはソラにこう尋ねた。
「……なぁ、あんた魔導士なんだろ? なんかこういう時に使える魔法とか無いの?」
「……生憎ね……教わればできなくもないけど」
「……っていうかあのパワードスーツぶっ壊したあの――能力? って言えばいいのかな? あれ使えないの?」
「……あんま使いたくないんだよね……あれ……いや特に理由があるって訳で無いんだけど」
「なら使えばいいじゃないか」
「……まぁ使ってもいいんだけどさ……な~んか使いたくないんだよね。理屈じゃなくて、直感? みたいな感じ」
「……そういうもんかね」
ソラの返答にシュウは興味なさげに返す。そしてすぐさまこう続けた。
「……なぁあんた、どうして帝国だの連邦だのと対立してるんだ?」
「……へ? そんなの連中がシイナを狙ってるから、そいつらからシイナを守るために決まってるじゃないか」
ソラが至極当たり前といった様子で答える。それに対してシュウは呆れるように溜め息を吐いて、こう続けた。
「……違う違う。そういう事じゃない。俺が言いたいのは、どうしてそういう選択をしたのかってこと。普通はさ……親とか……友達とかがいるだろ。そういう人達のこと……考えたらさ……女の子一人……見捨てようとか思うもんじゃないの……?」
「……俺、いないんだよね。そういう人」
ソラはいたって普通の事のように口にする。その返答は予想外だったのかシュウも唖然とした様子でソラの方を見つめていた。
「……宇宙船の事故でさ……俺一人……宇宙をさまよって……その時の影響かな……記憶ってやつがさ……無いんだよね、俺」
「いやいやいや、何あっけらかんと言ってるんだよ……なんでそんなに平然としてられるんだよ……」
「だって無いものは無いんだもん。仕方なくない? 考えてもさ。忘れるくらいだからそこまで重要なことじゃないんだよ、多分」
シュウは絶句していた。突然自分には身寄りが無いと言い出したかと思えば、記憶すらも無いと言い出すソラの言動にシュウの脳は理解が追い付いていなかった。
そんな彼の様子を見てソラは続ける。
「それにさ、実は案外楽しいんだよね。今の状況。ユカリやエレノーラと一緒にシイナを守るっていう共通の目的? ってのがあってさ。そこにお前まで加わってくれたらもっと楽しくなるなって」
「……普通、不安とか感じるだろ……楽しさとか感じねーよ。あと変な期待されても困るぞ。俺だって身寄りは無いし……狩猟ぐらいしかやってこなかったしな」
「十分。だって俺、狩りとかやった事無いし。自分のやったこと無い事、やってる人間ってだけで魅力的に映らない?」
「映らない。少なくとも、俺は」
「……そういうもんかね……」
シュウの答えにもソラはどこ吹く風であった。そんな彼を見てシュウは目の前のソラという人間に底知れなさを覚えるのであった。
しばらくしてソラとシュウの二人は再び荷車を牽いて、エルフの村まで進みだした。




