27.再会、そして衝突
「――何だ……一体……何が起こった?」
ブルストムは目の前で起こった事態に困惑していた。
つい先ほどまで自分を追いつめていたはずのキャンサーが地面に倒れ、代わりに別の存在が自分の目の前に立っている。
目の前の異形は自分の方をじっと見ている。
頭の中で逃げるべきだろうか、いやまずは会話を試みるべきかなどいくつもの考えが沸いては消え、考えがまとまらない。
結果としてブルストムは何もできずにただただ呆然と目の前の異形を見つめていた。
(……何なんだ……こいつは……俺を……助けたのか?)
目の前の異形は何も語らない。
ただ無言でこちらの方を見つめている。
何もわからないという事が殊更、ブルストムを不安にさせた。
「――貴様ぁ! 二度もこの俺を邪魔するとは……ただでは済まさんぞぉぉ!」
そう叫んでキャンサーが異形に向かっていく。
両手にそれぞれ太刀と脇差を持ち、二刀流で異形に襲い掛かる。
刀が異形を切り裂く。
しかし、目の前の異形は動じない。
何事もなかったかのように悠然と佇んでいる。
(……効いてない……のか……?)
少なくともブルストムの目にはそう映った。
何度も刀で体に切りかかられても、目の前の異形には一切傷がついていない。
傷が回復するとかそういった問題ではない。
そもそも傷自体がつかないのだ。
「うおぉぉぉぉ!!!!!!!!」
キャンサーもその異様な状況には気が付いていた。
しかし、そんな事はお構いなしにただ、がむしゃらに刀で切り続ける。
心のうちに湧き立つ恐怖から目をそらすように彼は、突如乱入した異形を刀で切り続けた。
(……次元が違う……)
その光景を見て、ブルストムはそう直感していた。
目の前の存在は、自分の常識で測れる存在ではない。
誰に教えられるでもなく、ブルストムはそう直感していた。
「――くそっ! 何なんだ……お前は……俺は……黄道部隊だぞ……それが……お前のような……どこの馬の骨とも知れん奴に……!」
(……勝負あったな……)
恨み節を吐くキャンサーを見て、ブルストムは冷静に判断する。
キャンサーがしてきた攻撃はただの一つも、異形には通じていない。
この状況ではどう甘く見積もっても、キャンサーが勝てる訳が無い。
ブルストムのそうした考えを知ってか知らずか、目の前の異形は一歩、前に出た。
そして右腕を構え、力を溜めていく。
元々赤い炎が燃えて光り輝いていた右腕が、さらに輝きを増していく。
オレンジ、黄色とその輝きを変えて、ついには白く眩い光を放つ。
そのまま目の前の異形は左足で踏み込んでキャンサーを、その眩い輝きの右腕で殴りつける。
「――――――!?」
あまりの衝撃に悲鳴すら出せずにキャンサーは崩れ去る。
その胴体は真っ黒に焼け焦げて、穴が開いていた。
そうして倒れたキャンサーはついぞ、起き上がることは無かった。
(……一撃……!)
ブルストムは目の前の存在にただひたすら戦慄する。
自身の攻撃がまるで通用せず防戦一方だったキャンサーが、目の前の異形には逆に手も足も出なかった。
そのことにブルストムは言葉も出なかった。
あまりにもステージが違う。
本来ならこうして並び立つことさえ許されないような存在なのだと、彼自身の本能が訴える。
本当ならばすぐにでも逃げ出したい恐怖が全身を駆け巡る。
しかし、あまりの恐怖に足がすくんで動けない。
このまま次の餌食になるのは自分か、とある種の諦念にブルストムが身を委ねた瞬間、彼は想像だにしないものを見た。
目の前の異形が目を閉じる。
炎がしぼむように消えていく。
光が薄くなり、ろうそくの灯が燃え尽きるように一瞬、眩い閃光を放つ。
そこには異形の姿は無く、ブルストムもよく知った顔――ソラ・リュウセイの姿があった。
(――――は? ソラ? え? なんで?)
突然のことにブルストムは動揺する。
思考がまとまらず支離滅裂になる。
そのせいで目の前に現れたソラに対してなんと声をかけていいのか分からず沈黙してしまう。
すると、ソラの方からブルストムに声をかけてきた。
「――おい、ブルストム! 大丈夫だったか?」
ソラがブルストムにかけた声は純粋に彼を心配してのものだった。
しかし、ブルストムにその事を受け止める余裕は無かった。
聞きたいことが山ほどある。
その力はなんなのか、何故お前がそんな力を持っているのか、そんな力を持ってお前自身は大丈夫なのか、等々だ。
それらの内容を思いつくがままに口に出していく。
それは最早、質問と呼べるものではなかった。
ただただ感情をろくに精査もせずに口から垂れ流す、鳴き声に近かった。
それでもブルストムは思いの丈を必死に吐き出した。
ブルストムが叫び終わると辺りに気まずい雰囲気が流れ出す。
ソラ自身もブルストムの問いかけに、気まずそうに眼をそらすばかりで答えようとしない。
痺れを切らしてブルストムが詰問しようとした瞬間、背後から声をかける者がいた。
「――ソラ! 突然どうしたの! 急に飛び……上がって……」
ユカリがソラに声をかける途中で、ブルストムに気が付いたようだ。
気まずそうに声が尻すぼみになっていく。
「……ユカリか……! はっ! 随分と元気そうじゃないか……安心したよ……!」
ブルストムは忌々し気に言い放つ。
その口調はこれ以上ないくらい皮肉めいたものだった。
その意図を察したのかユカリもどこかばつの悪そうな表情を浮かべる。
あたり一面を言葉にできない気まずさが支配した。
言葉が出せず、しどろもどろになるユカリとソラ。
そんな二人を見て、ブルストムが重たい口を開く。
「……お前たち二人がいるって事は、あのシイナとかいう少女もこの星に来ているんだろう。エレノーラと一緒ってところか……」
その口調は先ほどまでとは違い、幾分か棘の抜けた柔らかいものだった。
二人の沈黙を肯定と見做したのか、ブルストムは続ける。
「……お前らが宇宙船に乗ってメトロポリスの大気圏を離脱した後、連邦議会から正式に指令が下った。最終兵器を起動させない為に、あの少女を殺せとな……」
「「……!!」」
ブルストムの言葉を聞いて、二人に動揺が走る。
予測のつく事ではあったし、それを念頭に入れて行動してもいた。
しかし、改めて言葉にされる事で二人の間に、嫌な実感がこみ上げてくる。
二人の表情を見てブルストムは嘲るように言う。
「……なぁ……考え直せ……あの少女一人見殺しにするだけだ……この銀河には三百億っていう数の人間が暮らしてる……その中の、つい最近会ったばかりの、何の関係もない奴が一人……見て見ぬふりするだけだ……ただそれだけで済むんだ……」
最初は嘲るように出していた言葉も、次第に情に訴えかけるように穏やかになっていく。
それを聞いて二人は、ブルストムの心の深いところに触れた気がした。
「……馬鹿にしないで。連邦のため? 銀河のため? いくら美辞麗句を並べたって結局は帝国との戦争が怖いってだけでしょ」
ブルストムの主張に思うところはあれども、ユカリは反論する。
その口調は冷ややかで侮蔑の意思がこもっている事は、横にいたソラにも、そしてブルストムにも容易に察せられた。
「……シイナはね……普通の女の子なのよ……! 帝国や連邦に追い回されて……命まで狙われて……そんな状況に怯えて……怖くてたまらない……助けてほしいのにそれを叫ぶことすらできない……どこにでもいる普通の女の子なのよ……!」
感情が込められた声色になりながらもユカリは続ける。
その声には怒りの色が表れていた。
ソラもブルストムも余計な口は挟まずに静聴する。
「……それなのに黙って聞いてれば……ウダウダとそれっぽい理屈をつけて、怯えている少女の命を狙いだす始末……これが銀河を二分する国家のやることなの!?」
ユカリの言葉はどんどんとヒートアップしていく。
そこには有無を言わせぬ迫力があり、ブルストム達でなくても口を挟もうと考える者はいないだろう。
そう思わせるほど彼女の言葉は力強いものであった。
「そんなみみっちい連中とつるむ位なら、私は自分の信じる正義を貫くまでよ……! シイナを自分勝手な下らない理由で追い回す奴らから守る……それが私の信じる正義ってやつよ……! ブルストム……例えあなたでもシイナを狙うんなら、ただじゃ済まさないわよ……!」
彼女の怒りは最早、声だけでなく表情にまで表れていた。
頬が紅潮し、額に筋が浮かび上がっている。
目つきは鋭く、このまま放置すれば、今にもブルストムに襲い掛かりかねない。
そんな表情だった。
「……やっぱりお前は馬鹿だよ……ユカリ……。そんな事ばっかり言ってると早死にするぞ……」
ユカリの恫喝に負けじと、ブルストムも皮肉気に返す。
怯える内心から目を背けようとしているのか、その声はいっそ場違いなほどに明るいものだった。
「……上等よ! 殺せるもんならどうぞ殺してもらおうじゃない! 連邦も帝国も、全員ぶちのめしてやるわ!」
ユカリはその声を聞いて、馬鹿にされたと感じたのか今までにないほどの声で叫ぶ。
ソラはそんな彼女を見て黙っていることしかできなかった。
剣呑とした空気が辺りを包み込む。
下手な事を言えば、火薬庫に火が付くような惨状を招きかねない。
いつしか三人とも黙って立ちすくむことしかできない。
そんな場所に場違いなほどのんびりとした声を上げながら、こちらに走ってくる少女がいた。
「――ユカリちゃ~ん、ソラさ~ん、待ってくださいよ~」
エレノーラである。
彼女の声を聞いて、ユカリも気が抜けたのか剣呑な表情は鳴りを潜めていた。
そのままエレノーラが近づいてユカリとソラに文句を言う。
「も~、二人ともいきなり飛び上がったり、走り出したりしないでくださいよ~」
のんびりとした声なのでユカリもソラもあまり深刻には捉えてはいなかった。
そんな二人の様子を見てエレノーラはさらに文句を言うが、途中でブルストムに気づき、彼に話しかける。
「あっ、ブルストムくん! 聞いてください、あれからすっごく大変だったんですよ~ 宇宙船は盗むし、それも落っこちちゃうし――」
以前と変わらぬ様子でブルストムに話しかける彼女を見て、ブルストム自身も呆けたような表情を浮かべる。
しかし、途中で皮肉気に微笑を浮かべながら彼女の話に耳を傾けていた。
「――って、ブルストムくん! 怪我してるじゃないですか! 待っててください! 今、回復しますから!」
そう言うと彼女は回復魔法を使う。
淡い緑色の光がブルストムを包む。
光が薄くなるころにはブルストムの体に残っていた痛みは消えて無くなっていた。
「ありがとう、エレノーラ」
ブルストムはエレノーラに礼を言う。
その口調は彼女が、まだ仲間だった頃のように穏やかなものだった。
「どういたしまして~ そういえばブルストムくん、ユカリちゃん達となに話してたんですか?」
「……そいつに聞け……」
エレノーラの疑問にブルストムは顎をユカリの方にしゃくって言う。
エレノーラも素直に従い、ユカリから自分がいない間の事を聞く。
その隙にブルストムは静かに立ち去ろうとする。
しかし、その瞬間に鈍い痛みが彼を襲う。
「――ぐっ!?」
「――ブルストムくん!?」
痛みに苦しみ、ブルストムがその場に蹲る。
エレノーラはそれに気づくとすぐさま駆け寄る。
ソラとユカリの二人も心配そうな目でその様子を見ている。
「……大丈夫ですか!? どこが痛むんですか!?」
「……問題ない……こんなもの……!」
ブルストムはエレノーラを払いのけると歩き出そうとする。
しかし、痛みをこらえきれずにそのまま倒れてしまう。
エレノーラは倒れたブルストムに声をかけ続ける。
しかし、その叫びも空しくブルストムの意識は闇に溶けていった。




