20.反逆
「……ブルストム」
ユカリが気まずそうに名前を呼ぶ。
対してブルストムの方はそれを気にせずにソラ達に対して淡々と告げる。
その表情は感情が感じられない程、冷ややかなものだった。
「……連邦政府の方針を伝える……やはりその少女は始末すべきだとのお達しだ……」
そう告げるとブルストムは腰に下げたレイピアを抜いてシイナに歩み寄る。
その表情に対してか、それともレイピアを抜いて近づいてくる事に対してか。
シイナは恐怖に顔を引きつらせて、後ずさりする。
それに対してユカリが間に入る。
表情は眉間に皺を寄せて、明らかに怒りを表明していた。
「……ブルストム……彼女が何をしたって言うの? ただ帝国の新兵器を動かせるってだけでしょ? たったそれだけのことで命を奪われなきゃならないって言うの?」
「……そのだけって言われている事が問題なんだ。それだけのことで百億以上の人間が死ぬかもしれないんだ。邪魔をするな、ユカリ」
「嫌よ。たとえどんな理由があろうとも、こんな小さな女の子の命を奪って良い理由にはならないわ」
「……お前の考えなどどうでも良い。俺はその少女を殺して帝国の企みを打ち砕く」
「……そう……あなたじゃ話にならないわ。どいて、ブルストム」
二人の間の空気が一気に冷え込んだのが、周りで見ている三人にも伝わる。
シイナは恐怖で震えており、ソラはそんな彼女に身を寄せて彼女を安心させる為に優しく抱きしめる。
シイナを覆うように庇いながら、目だけはユカリとブルストムの方を向いていた。
エレノーラはブルストムの気迫に圧されたのか、ただ困ったようにそちらを見ている。
重苦しい静寂がこの場を支配する。
ユカリとブルストム、二人の間にはまさに一触即発の空気が流れている。
ソラ達三人は、いつこの静寂が破られるのかと、固唾を飲んで二人の方を見守る事しかできなかった。
そして、その瞬間は不意を突くように訪れた。
ブルストムが地面をおもいっきり蹴り、ユカリの横を駆け抜けようとする。
ユカリは半ば反射で足を横に出し、ブルストムの前に立ち塞がる。
それを受けてブルストムはレイピアを横薙ぎに振るう。
しかし、ユカリは左手に持った盾で防御する。
ガキンと鋭い金属音が響き、二人の戦闘は始まった。
「ソラ!! シイナを連れて早く!!」
槍を抜いて、ブルストムの剣戟に応戦しながらユカリは叫ぶ。
これを受けてソラもシイナの手を引いて駆け出す。
エレノーラは暫し、逡巡しながらもソラ達の方に続いた。
「――お前、自分が何をしているのかわかっているのか!?」
「あなたこそ、自分がしている事をわかってないんじゃないの!?」
ブルストムの言葉を受けて、ユカリは叫ぶ。
その声には失望や怒りの感情がこもっていた。
「わかってるさ!! 二十年前の戦争で連邦は帝国に完敗した!! もしまた帝国との戦争になってみろ……そうなったら……どれだけの血が流れるのか!!」
「だからといって……それがシイナの……あの子の命を狙う理由にはならないでしょ!!」
「いいや、なるね! もし帝国の野望が叶えば何十億って単位の人間が死ぬ!! それに比べればたかだか子供一人、些細な犠牲だ!!」
口論を続けながら二人は打ち合う。
ブルストムがレイピアを横に、縦に、十字を描くように振るう。
ユカリはそれを盾で防御し、すぐさま反撃の一突きを繰り出す。
それを読んでいたのかブルストムはユカリの突きを、ひらりと回避して見せた。
そして再びレイピアを持って突撃する。
今度は斬撃ではなく、ユカリのように突きを繰り出した。
まず一回、ユカリの胴体に向けて鋭い突きを放つ。
ユカリはその攻撃を盾で防御した。
すると今度はおもいっきり踏み込んで、渾身の力を込めた突きが二発放たれる。
あまりの力にユカリも姿勢が崩れる。
その隙を逃さず、ブルストムはさらにもう一歩踏み込んだ。
「――――はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
掛け声を出しながら先ほどよりも力を込めて放つ。
その威力は盾で防御したユカリですら、衝撃で後ろに吹き飛ぶほどだった。
「がっ!?」
あまりの威力にユカリも衝撃を受けきれずに姿勢を崩す。
その際に右手に持っていた槍も手放して、地面を転がって倒れてしまった。
急いで姿勢を整えようと起き上がるが、その瞬間首元に剣が突きつけられる。
そのせいで地面に座り込んだ姿勢になってしまった。
「……諦めろ、たとえ俺を下したとしても連邦は決定を覆さない。新しい追手が送り込まれるだけだ」
「あぁそう、ご忠告ありがとう。おかげで私の心もようやく決まったわ。――――あんたも含めて連邦の味方なんてやるだけ無駄ってね!!」
そう言うとユカリは左手で首元の剣を掴む。
当然、刃が手のひらに食い込み血が流れる。
しかしユカリはそのようなことは一切気にしなかった。
血が流れ、滴る手でユカリはブルストムの剣を思いっきり払いのけた。
「――なっ!?」
突然のことにブルストムも虚を突かれる。
そのせいで姿勢を崩し、ユカリからほんの一瞬、目を離してしまった。
すぐに彼はユカリの方を見た。
しかし視線を向けた瞬間、彼の視界は暗転し、強い衝撃が彼の顔面を駆け巡る。
ユカリがブルストムの顔面を、右手で思いっきり殴りつけたのだ。
動揺するブルストムをユカリは容赦なく追撃する。
痛みをこらえ左手で彼の胸倉を掴む。
そして右手を再び握り、速度をつけて彼の顔面へと振るう。
「――がはっ!?」
当然、殴られた痛みでブルストムは悶絶する。
顔を両手で覆い、地面を虫のように転がる。
その隙をついてユカリは先ほど落とした槍の方へと走る。
そして槍を掴むと、そのままブルストムの方へと突進する。
間の悪いことにブルストムは先ほど殴られた痛みからなんとか回復し、よろよろと起き上がっている状態であった。
当然、ユカリの攻撃を避けられるはずもなく、突っ込んでくるユカリにそのまま激突する。
「――がっ!?」
同僚への情けか、ユカリは槍がブルストムに刺さらないよう、わざと直撃は避けるようにしていた。
それでも武器を手に、勢いよく突っ込んでくる存在の攻撃を、無防備な状態で受けたのもあって彼は面白いように吹き飛んだ。
地面を跳ね、転がり、這いつくばる。
そんな彼を憐れむような目でユカリは見る。
「――ごめんなさい、ブルストム」
そう告げるとユカリは左手に痛みを感じ、顔をしかめる。
興奮が冷め、先ほどは感じなかった痛みが今になって襲ってきたのだと感じた彼女は、左手を庇いながら足早にその場を立ち去った。
「……くそ……!!」
ブルストムは屈辱に身を震わせながら、その後ろ姿を追うことしかできなかった。
◇
ユカリとブルストムが戦っている頃、ソラ達三人は市街地を全力で疾走していた。
追手に見つからないように、とにかく人目につかないところへ。
そう考えながら走ってきたためか三人は入り組んだ路地の奥へ、ビルとビルの中にポツンと存在する空き地で体を休めていた。
「――ぜぇ……ぜぇ……さすがにここなら……見つからないだろ……」
「――そ……そう……ですね……」
ソラとエレノーラが大きく息を吐きながら話す。
シイナの方はというと、頬を紅潮とさせ座り込んでいる。
そして、小さく、小刻みに息を吐いて体を震わせていた。
「……シイナ……大丈夫か? 具合……かなり悪そうだぞ……」
「……きつかったら言ってくださいね。私が回復しますから……」
見かねてソラとエレノーラが声をかける。
それを聞いてシイナは微笑んでみせた。
二人はそれが肯定の意だと感じ取ったが、笑みを浮かべてからすぐに顔を伏せて苦しそうに息をする姿を見て、その笑みがただのやせ我慢だと容易に理解できた。
ソラもエレノーラもその姿を見て不安そうに顔を見合わせる。
しかし、それで答えが出るわけもなく沈黙してしまう。
「……これから、どうしましょう……」
エレノーラが不安そうに言う。
沈黙に耐えかねて、思わずといった様子であった。
「……ブルストムの話が本当なら、時間が経てば経つほど不利になるだろうな……とりあえずメトロポリスからは出ないと……」
ソラは答える。
メトロポリスには守護者の本部がある。
銀河一の人口を誇る惑星メトロポリスは、その人口に比例して事件の発生頻度がほかの惑星と比べても頭一つ抜けている。
それに対抗するために守護者の数も銀河一を誇る。
銀河連邦としてはこの惑星で少女一人探すことなど造作もないだろう。
そういった事を踏まえると、シイナを連邦から守るにはまずこの惑星を脱出するところから始めなくてはいけないのは明白であった。
「……でも出来ますかね……正規の宇宙船発着場には当然守護者が常駐してますし……発着場まで行くにも絶対に監視に引っ掛かりますよ……」
エレノーラは言いたくないとでもいうような表情で話す。
言葉にすればその内容が現実になる、とでも考えていそうな様子であった。
その語り口が重たいものだったのは、半ば現実逃避の側面もあったのかもしれない。
「「「……」」」
思わず三人は黙り込む。
現状を改めて認識すればするほど、気分は沈んでいった。
底なし沼にでも浸かったかのように思考がどんどんと悪い方に向かっていくような気がした。
そんな三人の耳に一つの声が入ってくる。
「――こっちです‼ こちらの方に向かったとの証言があります!!」
その声を聞いて、思わず身を屈める。
少しでも目立たぬように。
三人はそのような考えを巡らせながら、息を潜めた。
声の主は守護者の隊員であった。
「――帝国の人間が戦闘していた報告もあります。――はい。はい。了解しました。至急向かいます」
彼は通信機で誰かと話しているようだった。
少しでも情報を掴もうと、ソラは聞き耳を立てるが距離が離れているせいで上手くはいかなかった。
守護者の隊員はそのまま三人に気づかずに通り過ぎて行った。
声が聞こえなくなったことで三人とも大きく息を吐く。
同時に連邦の魔の手がすぐそこまで迫っている事を否が応でも実感させられた。
心臓がまるで誰かの手でキュッと握りしめられる、ソラ達三人はそんな感覚を覚えた。
「……冗談抜きで早くしないと……」
「……ですね。ユカリちゃんと合流しましょう。私たちだけよりはましなはずです」
そう言ってソラとエレノーラが立ち上がった瞬間、通りの方からこちらに向かってくる足音が聞こえる。
その足音を聞いてソラとエレノーラは臨戦態勢でそちらに目をやる。
するとそこにいたのは、ユカリであった。
「――あなた達!! 無事だったのね!!」
そう言うとユカリは足早に駆け寄ってくる。
ソラ達三人も安堵の表情で駆け寄る。
四人は再開の喜びを分かち合いたかったが、理性がそれを阻んだ。
そんな事よりもやらなければならない事がある。
誰かにそんなことを言われたような気がした。
「――連邦は本気でシイナの身柄を狙ってる。まずはこの惑星から出ないと……」
ソラが口火を切る。
事態が事態故に、普段よりも早口で喋ってしまう。
それを聞いてユカリは遮るように口を挟む。
「わかってる。それについては一つ考えがあるわ」
「「考え?」」
ユカリの言葉にソラとエレノーラは同時に同じ返事をしてしまう。
そんな事は気にも留めずユカリは続ける。
「今から一時間後に、第四発着場に惑星エルダーフへ向かう定期便があるわ。それに乗り込みましょう」
「……いや……乗せてくれるわけないだろ……ていうか守護者に引き渡されて終いだろ……」
「そんなのぶん殴ってでも言うこと聞かせれば良いのよ。他に質問は?」
ソラの反論も全く気にも留めずにユカリは続けた。
それに対してソラは色々言いたいことがあったが、結局何も言えなかった。
言いたいことが多すぎて口が一つでは足りなかった。
「……あの……横から口を挟んで恐縮なんですが……私たち三人じゃさすがに無理だと思いますよ……」
エレノーラがおずおずと反論する。
しかし、その反論はユカリにとってはさしたる内容ではなかったようだ。
「そんなの、ソラがいるから大丈夫よ。――ね? ソラ?」
「え!? 俺!?」
あっけらかんとユカリが返答する。
そしていきなり名前が出てきたことにソラは素っ頓狂な声を出してしまった。
そしてさも当たり前のことを話すようにユカリは続ける。
「あの襲撃犯を倒した力があれば、宇宙船一つくらい簡単にジャックできるでしょ。対処できる程度の戦力しか出てこないんだったら、むしろ民間の宇宙船なんて一番手薄な警備と言っても良いくらいよ」
「……いや、さすがに犯罪はちょっと……」
ユカリの回答にソラも思わず口を挟む。
ユカリはそれに興味を示さずに続ける。
「連邦の言い分が正しいって思うんだったら、ブルストムから逃げずにその場でシイナを引き渡せば良かったじゃない。そうしなかったって事は、あなたも連邦の判断に従いたくないって事じゃないの?」
ユカリの言葉にソラは反論をしようとする。
しかし図星な部分もあった為か、それともあまりにも常識はずれな文言に脳が追い付かない為か、彼は答えに窮する。
ユカリはさらに続ける。
「どうせ連邦に逆らうだったら、その後に何しようが同じことよ。気が咎めるんだったらなるべく穏便に殴り飛ばしましょ」
「…………さすがにツッコミが追いつかない……君、治安維持組織の人間だよね?」
「気に食わないのよ。大勢を生かす為に一人を犠牲にするみたいな考え。そんなのに同意するくらいなら堕ちるとこまで堕ちるまでよ」
あまりにも乱暴な論理にソラは唖然とする。
エレノーラもシイナも、ユカリの暴論に目を点にする。
「……あの……もう少し穏便なやり方を……」
「私、いっぺんやってみたかったのよ。世界と自分、どっちに従うかってやつ。どうせ逆らうなら思いっきり逆らいましょ」
「駄目だこいつ。まるで話を聞いてない」
エレノーラの提案にもユカリは毅然と答える。
それを聞いてソラも思わず本音を口にしてしまう。
そもそも自分がNOと言ったら、彼女はどうする気なのだろうか。
ソラの脳裏にそんな疑問が浮かんだが、口に出すことは無かった。
今の彼女ならたとえ一人でも宇宙船をジャックしに行くだろう。
そんな確信があった。
「…………なるべく……穏便に……行こう……」
最早彼女を止めることはできまい、といった様子でソラは呟いた。
どうせ止められないなら、少しでも手綱を握れるようにした方が良い。
彼は諦めていた。
「…………まぁ……このまま……シイナちゃんを見殺しにするのも……違う気がしますし……」
エレノーラも消極的に同意する。
こうなったユカリは止められない。
そう直感したのは以前からの友人であったが故だろうか。
「じゃあ決まりね。各々できる準備をしたらすぐに向かいましょう」
二人が消極的に同意するのを聞くやいなやユカリは告げる。
ソラとエレノーラは諦めの境地でこの先に待ち受ける未来に、大いに不安を感じていた。




