18.秘策
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ユカリが叫びながら槍を突き出す。
ブンと風を切る音を出しながら、その一撃はまっすぐと標的たるスコーピオンの体へと突き進んでいく。
しかし、スコーピオンはその一撃を難なく盾で防御する。
ガキンと金属のぶつかり合う音が鳴り響く。
そしてその音が鳴ると即座に、スコーピオンは反撃の一突きを繰り出した。
ユカリは咄嗟に後ろに跳んで避ける。
反撃は空を切るが、スコーピオンは動じない。
盾でしっかりと身を守りながら、一歩ずつ歩みを進めてユカリとの距離を詰めていく。
一歩、また一歩と距離を詰めていく中でユカリは主導権を握ろうと、再び槍を構えて突撃する。
走りながら頭上へと掲げ、振り下ろす。
その攻撃もスコーピオンは槍を振るって、鍔迫り合いの形で受ける。
そのままスコーピオンは腕を前に押し出し、ユカリを突き飛ばす。
ユカリの方は鍔迫り合いに力を割いていたため、突如後方へと突き飛ばされると、バランスが取れずに尻もちをついて倒れてしまった。
まずいと思った時には既に、スコーピオンが追撃をかけようと走り迫ってくる。
その瞬間、ユカリの後方からバスケットボール大の火球がヒュルルと音を立てて飛来する。
スコーピオンは驚いたように立ち止まると、火球を盾で防御する。
ドンと爆発音が響き、空気が揺れる。
その隙をついてユカリは立ち上がると急いで距離を取った。
「――ありがとう!! 助かったわ!!」
「気にすんな!! 次、来るぞ!!」
ソラと声を掛け合うと、ユカリは再びスコーピオンの方を向く。
見るとスコーピオンは火球を受けたというのに、先ほどと変わらぬ調子で槍を構えて、ユカリの方に向かってきていた。
ユカリは左手の盾を体の前に構えて防御する。
槍と盾の激突する音が響き、衝撃が体に伝わる。
勢いで体が倒れそうになるのを、足に力を込めることで、ユカリは必死にこらえていた。
「……隙あり」
足を止めたユカリをネクロが狙う。
ネクロは黒い球体を一つ浮かせると、そのまま球体は猛スピードでユカリの方へと飛んでいく。
ユカリが球体に気づいたその瞬間、突如として冷気が頬を撫でたかと思うと、氷の壁がユカリと球体の間に発生した。
黒い球体と氷の壁が激突すると、球体は消滅して、壁は粉々に崩れて消えていった。
「ユカリちゃん!! 大丈夫ですか!?」
慌ててユカリの元にエレノーラが駆けつける。
エレノーラはユカリに対して回復魔法をかける。
ユカリは体から痛みが引いていくのを感じた。
「ありがとう、でも大丈夫」
ユカリはエレノーラにそう言うと、再び槍を携えスコーピオンに向かっていく。
スコーピオンの方もユカリに気づき、応戦した。
槍と盾のぶつかり合う音がする。
数度、互いの槍で打ち合うとユカリもスコーピオンも同じタイミングで距離を取った。
(やっぱり武器の練度で言えば向こうの方がはるかに上ね……)
ユカリの懸念は如実に表れていた。
同じように打ち合ったのにも関わらず、スコーピオンは何事もなかったかのようなきれいな状態で直立していた。
それに対してユカリの方はゼェゼェと肩で息をしている状態であった。
皮肉な事に目の前のスコーピオンがお手本として優れているため、ユカリは何とか彼の動きを模倣することでその猛攻を凌いでいた。
そして生き返る前の彼が所持していたこの青い槍と盾も、非常に堅牢で頑丈であり、これもユカリがスコーピオンと戦うのに大いに役立っていた。
(武器はおんなじ……所有者は向こうの方が上……あまり良い状況じゃないわね......)
このまま打ち合えばこちらの方が先に崩れる。
そう感じたユカリは何とかこちらが有利になれる点を考える。
そして一つだけ彼女の脳内に思い浮かんだものがあった。
(......人数......ならこっちの方が多い……仕掛けるならここしか無いわね)
向こう側の戦力はスコーピオンとネクロ、こちら側の戦力はユカリの他にはソラとエレノーラ。
単純に頭数だけならこちらの方が多い。
ソラとエレノーラの二人を最大限活かせるように戦えば、十分勝機はあるとユカリは考えた。
スコーピオンの攻撃を凌ぎながら、ユカリは必死に考える。
普段あまり頭を使わない為か、中々良い考えが浮かばない。
それでもユカリは無い知恵を絞ろうと、必死に考える。
その瞬間、ユカリに電流が走った。
脳内が快晴の空のように澄み切っていく感覚がした。
(......いける!! これなら!!)
そう思ってからのユカリの行動は早かった。
スコーピオンとの打ち合いを切り上げ、脱兎のごとく走り去る。
「待て!! 逃げるな!!」
スコーピオンがそう叫ぶのを聞き流しながら、武器をしまい走り去る。
行先はエレノーラの元だった。彼女の姿を見つけるとユカリは走りながら声をかける。
「エレノーラ!! ついてきて!! いい作戦が思いついたの!!」
「本当ですか!?」
「うん本当!! 走りながら説明するわ!!」
そのまま二人は合流して、スコーピオンから逃げる。
なるべくスコーピオンに聞こえないように近づいて話す。
ユカリの作戦を聞いて、エレノーラは驚いたような表情になる。
しかしすぐに要旨を理解したのかまじめな顔つきに戻る。
「――わかりました!! 気をつけてくださいよ!?」
「――こっちは任せといて!! そっちは任せたわよ!!」
そう告げるとユカリは武器を構えて、後方から迫るスコーピオンと対峙する。
互いに槍を抜きあい、激突する。
両者の持つ武器が激突し、大きな音が鳴る。
その衝撃は凄まじく、ぶつかった時に火花でも飛び散りそうな程だった。
◇
「――破壊」
「炎の雷!!」
黒球と火球が衝突する。
衝突の際、目が眩むほどの白い閃光が迸り、二つの球体は消滅した。
ソラとネクロはユカリ達と離れてから、互いに魔法の撃ち合いへと移行した。
「……ばててきてるね……大丈夫かい?」
「余計なお世話だっつの!!」
そう言いながらも疲れが溜まっているのはソラ自身が一番理解していた。
魔導士は杖無しでも魔法を使えるが、それでも杖を使って魔法を使うのとは雲泥の差がある。
ソラも同じ魔法を使うのに、杖があった頃に比べて倍のエーテルを反応させる必要があった。
その為、それだけのエーテルを反応させるのに体力の消耗が激しくなっていた。
(……きつい......やっぱ杖無しだと......倍のエーテルがいるな......)
そうソラが思案したとき、ネクロは既に次の攻撃を放っていた。
迫りくる黒球。
ソラは冷静に軌道を読み、最小限の動作で回避した。
氷の壁を生成する魔法で防御もできたが、体力の消耗も考えるとあまり乱発はできなかった。
(......どうする? あの『イグニス』とかいう力、使っちまうか......?)
意識を失っている間にソラが出会った謎の存在、イグニス。
目が覚めてからソラは自身の内に今まで感じたことのない力が宿っているのを感じていた。
そして自身が望めば再びあの力を行使できるという確信があった。
しかし、素直に使うことはできなかった。
ソラの脳内にどこかで聞いた言葉がこだまする。
『いいかい? よく聞きな。力には必ずリスクって奴がある......無条件に使える力なんてのは存在しないんだ......』
この言葉がソラに力の使用を思いとどまらせた。
それ故に得体のしれないイグニスの力よりも、慣れ親しんだ魔法による戦闘を今までしてきた。
しかし目の前のネクロという魔導士の力量は隔絶していた。
万全の状態ならともかく、杖無しの今の状態では勝ち目は薄いとソラは感じていた。
その時だった。ユカリと別れて来たエレノーラが二人の間に割って入ってきた。
「ソラさん!! 無事ですか!?」
「……俺は大丈夫......そっちはどう?」
「ユカリちゃんは無事です!! 良いですか!? 今から言う作戦を頭に入れてください!!」
「......! 聞かせてくれ」
エレノーラはネクロに聞こえないように背後のソラに小声で説明する。
その間、ネクロは杖をかざし二人に向けて無数の黒球を生成していた。
「――破壊」
ネクロがそう告げると無数の黒球がまっすぐと弾幕を張って飛来する。
いっぺんに放たれるのではなく、順番にタイミングをずらしながら飛来するためソラは氷の壁での防御ではなく、軌道を読んでの回避を選択した。
「――エレノーラちゃん!! ちょっと失礼......!!」
「――きゃ!?」
ソラはエレノーラをお姫様抱っこの形で抱えると走り出す。
まっすぐ走るのではなく、時にジグザグに、時に静止も交えて、無数の黒球を的確に回避していく。
その間、エレノーラはソラの腕の中で赤面しながらも彼の顔を見つめていた。
「エレノーラちゃん、大丈夫だった!?」
「……はい......!!」
ソラは赤面するエレノーラを下ろすと先ほどエレノーラから聞いた作戦の為に走り出す。
エレノーラもユカリの作戦を実行するため、名残惜しい気持ちを振り払い走り出した。
そんな二人を背後からネクロが追う。
「――破壊」
淡々と、まるで作業のようにネクロは呟く。
そして先ほどまでと同じように黒球が生成され、ソラ達に迫る。
ソラ達は建物を壁にしながら、目的地までがむしゃらになって走った。
「――あとどのくらい!?」
「もう少しです!! そこの角を右に......!!」
二人が角を曲がり、ネクロも後を追う。
そこは細い路地の突き当りで、先には道はなく壁が景色を遮るようにあった。
「……ここまでみたいだな……もうあの子供の居場所を聞くなんて……まどろっこしい真似も終いだ......君たちを始末してゆっくり探せば良い……!!」
そう呟くとネクロは杖の先、装飾のついた部分を二人に向ける。そしてこう呟いた。
「――破壊」
黒球が二人に襲い掛かる。
最早これまでかのように思われた――その時だった。
二人の後ろにあった壁が音を立てて崩れ、そこから槍を携え突進するスコーピオンが現れたのは。




