17.思い
重々しい沈黙が続く。
ブルストムが心中で抱いてきた思いをさらけ出し、ソラはそれに対して何も言うことができなかった。
二人の間には、目には見えない巨大な亀裂が横たわっているようだった。
「……お前の考えってのはさ......よくわかったよ......その上で一つだけ聞かせてくれ。
シイナは……死んだのか……?」
ソラは尋ねる。
それに対してブルストムは顔を伏せたまま答える。
「......エレノーラの奴が......連れて......逃げた。探しているうちにネクロ・ネビニラルに見つかって......負けたよ......手も足も出なかった......」
「......わかった、ありがとう」
短く答えるとソラはその場を立ち去ろうとする。
その背中を見て、ブルストムは呼びかける。
「……待てよ。助けに行くつもりか? たった一人で?」
「……一人じゃない、ユカリもいる」
「……はっ、それでも三人。たった三人だ。
いいか? 連邦も帝国も、あのガキ捕まえるのに投入する人員はどう少なく見積もったって三人でなんとかできる数じゃない。
魔導士だからって無鉄砲すぎだ。現実見た方がいいぜ?」
吐き捨てるようにブルストムは言った。
自分の無力さを嘲笑っているようにも、ソラの無謀さを嘲笑ってようにも、ソラの耳にはどちらにも聞こえた。
「……確かにシイナの事は見捨てる方が賢い選択って言えるのかもな。でもさ、それでも見捨てるってのは俺にはできないんだよね」
ソラは答えた。その声は大きくはないが重みがあり、ブルストムの耳には不思議とはっきりと聞き取れた。
「……何故だ? 別に昔からの仲ってわけじゃないだろう、ユカリから聞いたぞ」
「……だってさ、かわいそうじゃん。あの子」
「……は?」
ソラの返答にブルストムは呆けた声を出す。
驚きで彼の目も点になってソラの方を向いていた。
「……だからさ、帝国は兵器を動かすために、連邦はそれを阻止するために。
どっちもあの子のこと、道具か何かみたいに見てるわけじゃん? それって何だかあの子がかわいそうだなって」
「そんなしょうもない理由で命張れるのか? おかしいよ、お前。
一日二日しか付き合いはないけどこれだけは確実に言える。おかしいよ、お前」
ソラの返答にブルストムは嘲るように吐き捨てた。
それを聞いても尚、ソラは笑って答えた。
「……かもな。でもこれだけは言える。一人ぼっちほど辛い経験は無い。
それを味わわせたくないんだ」
ブルストムの目を見ながらソラは答えた。
その声は直接脳に響くような声だとブルストムは感じた。
それを聞いて罰が悪そうにブルストムは言う。
「……死ぬぞ?本当に」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫、何とかするだけの力ならちゃんとあるから」
そう言うと、ブルストムに背を向けてソラは走り出した。
その背中を見ても、ブルストムにはもう何も言うことができなかった。
◇
土煙が巻き上がる。
もくもくと、大きな音を立てて辺り一帯を覆う。
そこにいたのは金髪に緑色の目をした少女、エレノーラ・グリーングラスと雪のような白髪に血のような赤い目をした少女、シイナの二人であった。
エレノーラはシイナを庇うようにして前に立っていた。
彼女たちの周りには白い軍服を着た男性たちが物言わぬ体で横たわっている。
皆一様に、胴体に大きな穴が開いていた。
横たわっている男たちとは別にもう一人の男性が、彼女たち二人の前に立っていた。
全身を黒い装束でまとめており、その顔は黒い覆面とフェイスベールで二重に隠されていて、表情は伺えない。
それでも氷のように冷たく、刃物のように鋭いまなざしが少女たちを貫いていた。
男の名をネクロ・ネビニラルと言う。
エレノーラに対してネクロは言う。
「……いい加減その子供をこちらに渡せ。そうすれば命だけは助けてやる」
うんざりした様子でネクロは言う。
それに対するエレノーラの返答は毅然としたものだった。
「嫌です。あなたなんかにシイナちゃんを渡す気はありません」
「……じゃあ、連邦にでも引き渡すのか? 殺すために?」
皮肉るようにネクロは言う。
それに対してエレノーラは答えることはできなかった。
「……その覚悟は立派だがね、貫き通す力が無ければどんなに立派な志も、意味を持たないのさ」
黙るエレノーラに捲し立てるようにネクロは続ける。
ネクロの背後に黒い球体が出現する。
球体はバスケットボールほどの大きさになるとネクロの後頭部付近に滞留する。
「……君のようなまともな子供を殺したくはないが......邪魔するんならしょうがないよな......破壊」
黒い球体がエレノーラに飛来する。
エレノーラは咄嗟にシイナを抱きかかえて盾になろうとする。
その瞬間、猛烈な寒気を感じたかと思うと、一瞬にして巨大な氷の壁が二人と球体の間に生まれた。
黒い球体が氷の壁を粉々にする。
それと同時に球体も消滅してしまった。
二人も、ネクロも、何事かと辺りを見渡す。
「……誰だ、邪魔するのは......」
「……炎の雷!!」
瞬間、火球がネクロに飛来する。
ネクロはそれを見ると、事も無げに身を翻して回避する。
回避したネクロが二人の方を見ると、赤い髪に青い瞳をした少年が割り込んできた。
割り込んできた少年はそのまま早口で二人に声をかける。
「遅れてごめん!! こいつは俺に任せて二人は逃げて!!」
「ソラさん!! 生きてたんですね!!」
ソラと呼ばれた少年の顔を見て、エレノーラもシイナも表情を明るくする。
特にシイナの方は怯えて引きつった表情が、一瞬で満面の笑みに変わるほどだった。
「……ちっ!! 追いつかれたか!!」
忌々し気にネクロは吐き捨てる。
それに対してソラはその青い目でしっかりとネクロを捉えながらこう言った。
「ネクロ!! シイナはお前なんかに絶対に渡さない!!」
「……威勢の良いやつだ......ここで死ぬのが勿体ないくらいにね......破壊」
ネクロが短く唱えると、黒い球体が再び生成されソラに飛来する。
それにも動じずソラの方も呪文を叫ぶ。
「吹雪の壁!!」
瞬間、ソラとネクロの間に再び冷気が生まれる。
そしてすさまじい速度で氷の壁が生成され、先ほどの激突と同じように球体の攻撃を防ぐ。
(......思った通りだ......あの球体、触れた物質しか壊せないんだ!! 壁にする物の硬さは関係ない!!)
勝ち誇ったようにソラが笑うと、ネクロの方はたちまち不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。
するとどこかから、爆発のような何かが壊れる音がする。
「……何だ? この音……」
ネクロが辺りを見渡すと突如、ネクロの近くにある建物の壁が崩れ去る。
そしてその崩れた壁から、青い人型の大きな影が現れて地面を転がる。
転がる人影を見てネクロは驚いたように声を上げた。
「……スコーピオン!? 誰だ!! こいつに手を出したやつは!?」
その声が響くと同時に崩れた壁からまた一人、今度はエレノーラとそう変わらない背丈の黒い髪をポニーテールにした少女が飛び出してきた。
少女の手には青い盾を保持されており、その背中には少女の背丈よりも巨大な、ランスと呼ばれる形状の槍が背負われていた。
少女はそのままソラ達の元まで駆け寄ってくる。
「エレノーラ!! シイナ!! 無事!?」
「ユカリちゃん!!」
エレノーラにユカリと呼ばれた少女は、驚愕するネクロと起き上がったスコーピオンに向き直る。
それと同時に横にいるソラにこう尋ねた。
「ごめん、状況を短く伝えてほしい」
「帝国は新兵器を動かすためにシイナを狙ってる、連邦はそれを阻止したくてシイナを殺そうとしてる、俺とエレノーラはそれに反発して両方と敵対中」
ソラが答えるとユカリはわかったとだけ言い、背負った槍を右手に持ち替える。
ネクロとスコーピオンをその黒曜石のように黒く輝く瞳で捉えるとソラ達に対してこう言った。
「そういうことなら私もあなた達に協力するわ。帝国にも連邦にもシイナは渡さない」
「……良いのか? これっぽっちの人数でどうにかなる連中じゃないぜ?」
「そんな理由で怯える少女見捨てられるほど賢くないのよ、私」
ユカリはそれにと続ける。
不思議なことにソラにはその言葉の続きがわかっていた。
「かわいそうじゃない、その子。それなら守ってやるのが年上の責務ってもんでしょ」
当たり前のようにユカリは言う。
それを聞いてソラは満足そうに、ニヤリと口角を上げて言い放つ。
「……だな!!」
二人共、その笑みには一転の迷いも感じられなかった。




