16.咆哮
「……なんで……倒したはずなのに……」
ユカリの目の前に現れた存在、それは既に倒したはずのスコーピオンであった。
異形化したソラの一撃を受けて破壊されたはずの鎧は、傷一つない状態に戻っており、さらにユカリによって奪われたはずの槍と盾もしっかりと揃っていた。
「……これこそが『蘇生』。俺が『最凶最悪』と呼ばれる理由さ」
「……話には聞いたことあるけど、まさか本当に……死者が蘇ったの……?」
「……まぁそういう認識で良いよ……それじゃあスコーピオン、その子の相手はよろしくね」
「お任せください、ネクロ様」
ネクロはソラの逃げていった方向に立ち去る。
ユカリはすぐさま後を追いかけるが、目の前にスコーピオンが立ちふさがる。
「小娘、貴様の相手はこの俺だ!」
スコーピオンが槍を振りかざして襲い掛かる。
ユカリは左手の盾で防御し、右手の槍で反撃する。
しかしその攻撃は躱され空を切る。
(くっ、剣の時と勝手が違う!!)
心中でユカリは吐き捨てる。
その後もスコーピオンに対して何度も槍を振るうが、その全ての攻撃が虚しく空を切った。
「くくく、小娘よ。良いか? その武器はな......こう使うんだ!!」
直後、スコーピオンは槍を目にもとまらぬ速さで刺突する。
ユカリはとっさの事だったので、反射的に左手の盾を前にかざす。
盾が槍の刺突を受け止め、大きな金属音を鳴らす。
それと同時にユカリの体が衝撃で仰け反る。
慌てて態勢を立て直そうとすると、スコーピオンが目の前まで迫っていた。
そのままの速度でスコーピオンは横なぎに槍を振るう。
そして先ほどと同じように、ユカリはスコーピオンの攻撃を盾で防御する。
ガキンと金属音が鳴り、衝撃でその場にへたり込んでしまう。
まずいと思った時にはすでに、スコーピオンは槍を高く掲げていた。
そして槍の重みを利用して思いっきり振り下ろした。
今度の攻撃は盾では受けられないと判断し、ユカリは反射的に回避しようとする。
しかしへたり込んだ姿勢から無理矢理、回避に移ったせいで右足に槍が当たる。
痛みに顔をしかめる。血が噴き出し、額からは脂汗がにじみ出る。
ほとんど受け身も取れずに、ユカリは地面に叩きつけられて転がったしまう。
うつ伏せの姿勢で痛みに悶え苦しみながら、何とか顔だけは上げてスコーピオンの姿を見る。
その表情こそ分厚い鎧のせいで見えないが、無様に地べたを這うユカリをあざ笑っているように感じられた。
◇
一方その頃、ソラとブルストムの二人はネクロから逃げた先にある路地裏に身を隠していた。
「はぁ、はぁ、ここまで来れば大丈夫だろう......」
ソラはブルストムの方に目をやる。
幸いなことにブルストムの体には大きな怪我は無く、気を失っているだけだった。
「気ぃ失ってるだけか......ひとまずよかった......」
思わずソラは呟く。
それと同時にブルストムが呻きながら目を開く。
どうやら意識が戻ったようだ。
「......ここは......?」
「ブルストム!? 気が付いたのか!?」
「......ソラか......ソラ!? お前生きてたのか!?」
二人は互いに驚愕する。
特にブルストムの方は目を点にしており、先ほどまで意識を失っていたことなど忘れ去ってしまうような驚き様であった。
「何故? どうやって? お前、死んでたよな? それが、え!? 何で......」
「......いろいろあったんだよ。それよりもブルストム、お前に聞きたいことがあるんだ」
「......そんなのこっちの方が沢山あるっての」
ブルストムがぼやくように言う。
一方ソラはそんなことなどお構いなしに続ける。
「あのネクロ・ネビニラルって奴が言ってたんだ。お前が『最終兵器の鍵を殺そうとした』って……それでさ、もしかしてなんだけどさ......お前が殺そうとしたのって......」
ソラは言いにくそうに話す。
結論は出ているのに最後の一言がどうしても言い出せない、そんな話し方だった。
ブルストムの方も最初は驚きや呆れの入り混じった表情だったが、ソラが言い淀んでいるうちに彼が何を言いたいのかを察し、表情が無くなっていく。
そのまなざしは氷のように冷たく、恐ろしいものだった。
「......そうだよ……あのシイナとかいう少女だよ......」
ソラが言い淀んでいる内容を、ブルストムは観念したように話した。
それを聞いて、ソラは呆然とする。
最初は信じられないような表情で、だが次第に困惑した表情に変わっていく。
「何でだよ!? 移民保護局まで連れていくのが俺たちの目的だっただろ!? お前......何で……」
「......あの少女が、帝国の新兵器を動かせる唯一の存在なんだ。そこで連邦政府は兵器起動を阻止するために抹殺に動いた......それが今回の護衛任務の正体だ......」
ブルストムが言葉に詰まりながらも口にする。
それを聞いてソラも思わずといった様子で反応する。
「いや……でも......帝国には死んだ人間を蘇らせる奴が......ネクロ・ネビニラルがいるじゃないか......それならシイナ殺したところで無駄に終わるだけだろ!?」
ソラは叫んだ。その声は悲壮なものだった。
その声を受けてブルストムも罰が悪そうに顔を背ける。
少しの間気まずそうな表情を浮かべて沈黙していたがつい、うっかりといったように言葉を漏らす。
「......上が何を考えているかは知らん。だが、連邦が守れと言うなら守るし、殺せと言うなら殺す。それが俺の立場だ」
「そんなフワっとした理由で人を殺せるのかよ!? お前だってシイナと関わっただろ!? 別に今すぐ殺さなきゃいけないような子じゃないのは、お前だってわかってるだろ!?」
「......たかだか十五の子供が......今年訓練を終えて、ようやく現場に配属されたような若造が......安っぽい正義感で政府に逆らったって何かができるわけないだろ!!」
ソラの言葉を受けて、ブルストムも声を大にして叫ぶ。
震えた声で、頬を紅潮とさせ、目には薄っすらと涙を浮かべながら、彼は叫んだ。
「お前にはわかんないだろうな!! 俺とそんなに変わらない歳で魔導士になれるような天才にはよ!! 政府と対立なんて大したことでも無いように考えてるんだろ!? 間違った事にはそれが間違ってるって、真っ向から言ってやるべきだって......そう思ってるんだろ!?」
堰を切ったようにブルストムはまくし立てる。
ソラも最初の方こそ反論しようとしていたが、ブルストムの言葉に押され黙って聞くだけになってしまった。
「幼い少女が政府っていう巨大な組織に命を奪われようとしてる!! それに反抗するのが人間として正しい行いだって!! そう思ってるんだろ!?
違うんだよ!! 人ってのは組織には勝てない。それが自分の所属する組織なら尚更さ。だからいくら間違ってるって思ってもそれを口や態度に出したりせずに、黙って粛々と実行するのが人間として正しい行いってやつなんだよ!!」
ブルストムは続ける。最早その姿は悲壮感すら漂わせるものであった。
「......俺みたいなガキが青臭い正義感で守ったって、すぐにあのガキを殺す刺客が送られる......逃げ場なんて無い……だったらせめて自分が泥かぶって終わらせる......それがそんなに悪いことかよ!?」
ソラはブルストムの叫びを黙って聞いていた。
何か声をかけようとも思ったが、次第にそんな考えは霧散していった。
「......ハルバード家は連邦の中でも有数の名門なんだ!! その家に生まれた俺はどんな時でも連邦の為になる行いをしなきゃならない......
帝国の新兵器が動くようになってみろ、連邦の、この銀河に暮らす人間の、百億を超える人間が命の危機に立たされる……それに比べたら年端もいかないガキ一人殺すくらい、なんてことないだろ!?」
叫び終えるとブルストムは膝を地面に立たせた状態で大きく息をする。
そのまま手のひらも地面に押し当て、やがて小さく蹲る。
その姿を見てソラは何も声をかけることができなかった。




