15.邂逅
「……うぅん……ここは……?」
「よかったわ、気が付いたのね」
ソラが目を覚ますと目の前にユカリがいた。
どうやらどこかの空き家に運び込まれたらしい。
埃っぽく薄暗い室内は、一切の家具が置かれてない殺風景な有様で、開放感と空虚さが入り混じってどこか寂しい印象を受ける。
「……俺……生きてるんだよな……?」
「当たり前じゃない。じゃなかったらこんな所にいないでしょ?」
「……俺がくたばってからの事、何が起きたのか教えてもらって良いか?」
「……あなたが死んでから私たちは二手に分かれた。私があの襲撃犯を引き付けて、その間にブルストムとエレノーラの二人でシイナを上層の移民保護局まで連れていく。そういう手筈で動いたわ」
「……OK、続けて」
「私が一人であいつと戦っている時にあなたが乱入。そしてあいつを倒したら気を失って今に至るわ。そんな経緯だから、他の三人が今どうなっているのかもわからない。あなたが回復したらすぐにでも後を追いたいけど……それで大丈夫?」
「わかった、もう少しだけ待ってくれ。そしたら出発しよう」
ソラは立ち上がって軽く体を動かす。体のどこにも痛みや異常は無く、これが死人の体だとは自分の事ながら信じられなかった。
「……杖と帽子、無くなってるし……」
体の調子を確かめた後、今度は所持品を確認した。
身に着けている衣服や、そこに付随する小物やアクセサリーなどは死亡する前と変わらずあった。
しかし、手に持っていた長杖や被っていた帽子はどこかに無くしてしまったようだ。
「……あなたが死んだときに運び込んだ空き家の中かしらね」
ユカリが声をかける。なんてことのない調子の声だったが、ソラは「取りに行こうとか言うなよ」という無言の圧力を感じた。
「……まぁ、後で買えば良いや……」
若干、気分の落ち込みを経験しながら二人は空き家を後にして移民保護局のあるエリアを目指す。
その途中ソラは、ユカリの装備に目が行った。
身の丈と同じくらいの長剣を所持していたはずだがそれが無くなっていた。
代わりに青く巨大な槍を背負い、左手には同じく青い盾を持っていた。
「その装備は? そんなの前は持ってなかったよな?」
「……これ? これならあの襲撃犯から剥ぎ取ったわ。ちょっと重いけど振るってみた感じは悪くないわよ?」
「……守護者が追い剥ぎねぇ……」
呆れ混じりにソラがぼやく。
そうこうしている間に二人の前にエレベーターが見えた。
形は床が正方形に近い直方体で、昇降している様子が周りから見えるように、透明な壁で囲われていた。
周りには誰もおらず、二人は得体のしれない不気味さを感じながらエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターは上と下を繋げるだけの目的で作られたようで階数表示は二つしかなかった。
そのままユカリが上層へ行くボタンを押すと、エレベーターは静かに閉まり昇り始めた。
上層についたことをランプの点灯が知らせる。
ドアが開くと二人はそのまま前に進む。
エレベーター前には広場があり建物の並ぶ光景が広がっていたがここも放棄されているのか人気が全くと言っていいほど無かった。
「……こんな時に思う事じゃないけど寂れすぎじゃない? この星、銀河で一番栄えてる惑星だろ?」
「……お金のある人たちは陽の光が浴びれる地上階層に集まるし、お金のない人はゴミから物資が回収しやすい最下層区や下層区街に集まるんでしょ。上層区っていっても結局地下にあるんじゃこんなものよ」
「……何だか寂しいよなぁ……こういうの」
「嘆いたって何も変わりゃしないわよ。移民保護局は地上にあるんだからもう少し歩くわ。感傷に浸ってる間があったら歩きなさい」
「……はーい」
二人が人気のない道を歩いていると上から光の差し込む階段が目に付く。
それを見てソラは顔を綻ばせて走り出す。
人間という生き物は、太陽の光に惹かれるようにできているのかもしれない。
そんな事を考えながらソラが走っていると突如、血の匂いがする。
ソラは顔を一瞬で険しくしながら立ち止まる。ユカリもほとんど同じように立ち止まった。
血の匂いは階段の上からする。
このまま進めば危険だと本能が警告する。
しかし、ソラはその感覚を振り払い階段を駆け上がっていく。ユカリもソラが階段を上り始めたのを見て同じように階段を駆け上がる。
二人が階段を上がりきると突如として爆発音が鳴り響く。
そして目の前に人が砲弾のように飛んできた。その人は地面を跳ねて、ソラとユカリの前で止まる。
突然の出来事に二人が動揺していると、飛んできた人の顔が目に付いた。その顔は二人もよく知る顔だった。
「――ブルストム!? おいブルストム!? しっかりしろ!!」
ソラがブルストムを抱えて声をかける。悲痛な声がこだまする。
しかしその声は突如現れたもう一人の声によってかき消される。
「……連邦のゴミ共が……!! 余計な事しやがって……!!」
現れたのは黒いローブに黒いズボン、ブーツや手袋に至るまですべての衣服を黒で統一した男だった。
右手には二匹の蛇がらせん状に巻き付いたような装飾の長杖を持ち、顔には黒い覆面と黒いフェイスベールを付けて目元以外を隠し、唯一見える目元からは地のように赤い瞳が、恐怖を感じさせるような冷たい眼差しでこちらを睨みつけていた。
「――なんだお前!? なにやってんだ!?」
突如現れた乱入者にソラは大きな声で叫ぶ。
男もソラ達に気付いたのか、重く低い声で告げる。
「……お前こそ誰だ……!! 俺の邪魔をするな……!!」
声色からは激しいまでの怒りを感じる。その迫力にソラは思わず身震いした。
すると、ユカリが思いもよらなかったことを口に出した。
「あなた……ネクロ・ネビニラル!?」
「……誰だっけ、名前だけはどっかで聞いたような……」
「帝国の宰相よ!! ニュースとか見てないの!?」
ユカリは叫ぶ。ソラも脳内の点と点が繋がって線になる。
そして状況を把握すると顔つきが青ざめる。
「――最凶最悪の魔導士!? ……こいつが!?」
「……そんなあだ名もあったねぇ……」
驚愕する二人をよそにネクロは面倒くさげに呟く。
そして二人の元へ歩みを進めながら告げる。
「……もう一度だけ言うよ。俺の邪魔をしないでくれるかな……」
「あんた……何のためにブルストムを襲うんだ!」
「……そいつが『最終兵器』の鍵を殺そうとしたから……これで良いかい?」
「――何一つ良くねぇよ!!」
ソラが叫ぶ横で何食わぬ様子でネクロが近づいてくる。
ネクロは杖をソラに向けて淡々と告げる。
「……破壊」
杖の先から黒い球体が生成され、真っすぐとした軌道で射出される。
その速度はあまりにも速く、ソラは目で追うことができなかった。ネクロの魔法がソラの肩を射抜く。
「――ってぇ!!」
「……とっととそいつを引き渡せ。じゃないともっと痛い目を見るよ……」
ネクロは告げる。その声色はやはり淡々としたものでソラは背筋の凍る恐ろしさを感じた。
ソラは何とか反撃を入れようと試みる。だが杖が無いため魔法をうまく扱えない。
いっそのこと杖無しで魔法を使おうか、そのようにソラが逡巡していると、その横をユカリが駆け出していく。
「――――はぁ!!!!」
ユカリがネクロに対して槍を振り下ろす。
思わぬ攻撃にネクロは咄嗟に、といった様子で回避する。
「......ユカリ!! 悪い!! 助かった!!」
ユカリが作った隙をついてソラはブルストムを抱えて、その場から逃げ出した。
「あなたの相手は私よ!!」
ユカリは叫ぶ。
「……その武器……スコーピオンの……!! ……負けたのか!? あいつが!?」
ユカリの武器を見てネクロは驚愕したように声を上げる。
ユカリは槍を両手で持って穂先をネクロの方に向ける。そしてその状態で尋ねた。
「……悪いけどこっちの質問が先よ。まず一つ目、何のためにシイナを狙うの?」
「……答える義理は無い……でもまぁ、それくらいなら良いか。単純明快、最終兵器っていう物を動かすのにあの子の力が必要なのさ」
その答えをユカリは険しい目つきで聞く。
この会話の間にもユカリは槍を構えたままじりじりとネクロに歩み寄る。
それに合わせてネクロも杖をユカリに向けたまま、ゆっくりと彼女から距離を取ろうと動く。
「……二つ目の質問、最終兵器って何?」
「……連邦のゴミ共を一掃できる新兵器……これ以上は言えないかな」
互いに次の攻撃に移れる距離を探り合いながら次の問いを投げかける。
ネクロの方も軽い調子で答える。
ユカリはこの返答に不気味な感覚を覚えた。
(……スコーピオンとやらが、あそこまで追いかけてきたって事は最終兵器ってやつは帝国にとってもかなり重要なはず……それをこっちに明かしたり……何考えているの……?)
ネクロの真意が図れずにユカリは困惑する。
必死に表情に出すまいと険しい顔つきのまま、彼女は三つ目の質問を投げかけた。
「……三つ目、どうしてシイナがその最終兵器ってやつを動かせるの?」
「………………まぁ隠すほどの事でもないか。これも単純明快。エーテル能力が高いんだよ、あの子」
「…………どのくらい?」
「銀河一、これくらい言えば伝わるかな?」
「成程ね、よく分かったわ」
その言葉と同時にユカリは足に力を込めて、ネクロに穂先を向けたまま駆けだす。
目線はまっすぐとネクロの方を向いて、前に前にと一直線に突撃した。
ネクロは微動だにせず、その赤い瞳でユカリを見据える。
そしていざぶつかるといったタイミングで思いっきり上空へと跳び上がった。
突進するユカリをやり過ごし、ネクロはユカリの後方に着地する。そして振り向くとユカリの方を向いてこう告げた。
「……あの子を守ろうという意思に免じて、良いものを見せてあげよう……『蘇生』
そう告げて左手で一回、フィンガースナップを行う。
するとネクロの前方に丸く黒い、沼地のようなものが生成される。
そしてその沼地に雷が落ちる。すると泥が泡立ち大人一人分ほどの大きさまで膨れ上がった。
泥がはじけ飛び、下に隠れていた存在が露わになる。その中にいたのはユカリもよく知った存在だった。
人型で大きさは約2m。全体的にトゲトゲしたシルエットで肩や肘の部分にも棘が生えている。
色は金属的な光沢のある青で全身が統一されており、頭部には角のような、蠍の尻尾を模した突起が一本生えている。
目にあたる部分は赤く発光するスリットが一本、横切っていた。
右手には身の丈ほどもある巨大な槍。左手にはこの巨体を隠すのに丁度いい大きさの盾。
どちらもユカリが今、手に持っているものと背負っているものと全く同じ装備だった。
背中と腰部にはマントが付いており、胴体だけでなく脚部も上半身同様に鋭利な棘の生えたものになっていて、全体的に西洋の騎士が着る甲冑に、昆虫の足のような棘を各部から生やした姿をしていた。
ユカリは目の前の存在を見て、声を震わしながら呟く。
「……なんで……倒したはずなのに……」
そこにいたのは異形化したソラによって倒されたはずのスコーピオンだった。




