14.再燃
「――ねぇ、あなた、ソラ……なの?」
ユカリは目の前に現れた怪人におそるおそる話しかける。
しかし、怪人は何も答えない。何も言葉を発さずに佇んでいる。
しばらくの間、静寂が二人の間を支配する。
ユカリには目の前の怪人に聞きたいことが沢山あった。どれから聞こうか考えを巡らせて、再び質問をしようとした――その時である。
二人の間を包む静寂は、怪人が現れた時のように唐突に破られた。
「――なめるな、貴様ぁぁぁぁ!!!!」
怪人に吹き飛ばされたはずのスコーピオンが槍と盾を両手に携え、襲い掛かってきたのである。
蠍のような駆動機械は粉々に砕けたが、本体の方はそれほど痛手を負ったわけではないらしい。
ユカリはギョッとして声のする方を見る。
怪人の方は感情の起伏らしいものを一切見せず、ただ静かにスコーピオンの方を見る。
二本の足で猛然と走りながら近づくスコーピオン、それに対して怪人は静かに腰を下げる。
その際に左手を斜め前に構え、右手を引き込む。それはまるで大砲に砲弾が装填されるようであった。
右手に熱が集約される。右手の輝きも赤からオレンジ、黄色という風に変化していった。
そしてスコーピオンが槍を怪人に振るったのと同時に、怪人の方も思いっきり右手で殴る。
「――――はっっっっっっっっ!!!!!!!!」
怪人の口からようやく声が漏れる。光り輝く拳は大きな音を立ててスコーピオンに当たり、吹き飛ばした。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」
スコーピオンが叫びながら後方に吹き飛ばされる。そのまま後方にあった建造物に大きな音を立てて激突する。
激突の衝撃で建物は砕け、瓦礫が周囲に飛散する。
スコーピオンの体も金属的な光沢のある青い鎧だったのが、胴体は黒く焼け焦げており体の各部位からプスプスと音を立てながら火花が散っていた。
今までは赤く光っていた頭部のスリットも今ではその輝きを失い、黒く変色していた。
ユカリはしばらくその様子を伺っていたが、倒れたままの彼がもう一度動き出すことは無かった。
「――倒した……の?」
ユカリがおそるおそるスコーピオンに近づく。
直接触れることのできる距離まで接近しても、倒れ込んだままスコーピオンは動かない。
ふとユカリは右手で倒れたスコーピオンに触れる。
しかし、触ってみても金属特有の冷たさを感じるのみで目の前の存在が、生きているのか死んでいるのかさえ彼女にはわからなかった。
(……ほとんど、一撃で……)
ユカリは心中で驚愕しながら怪人の方を見る。相変わらず無言で佇んだままであった。
「……ねぇ、あなたは……何者なの? どこで……こんな力を手に入れたの?」
ユカリは再度尋ねる。怪人は相も変わらず無言である。
今度の質問もダメかとユカリが思った矢先、怪人は突如として膝をついて倒れる。
「――大丈夫!?」
ユカリは駆け寄る。
怪人は苦しみながら声にならないような声を出すばかりだ。
そうこうしているうちに怪人の体が一瞬、光り輝いたかと思うとその場には怪人と入れ替わったかのように同じ態勢で倒れるソラの姿があった。
「ソラ!? しっかりして!? ソラ!!」
倒れたソラを抱きかかえながら、ユカリは叫ぶ。
当のソラは今にも閉じてしまいそうな目でユカリの方を見ると、意識を失ってしまった。
◇
暗闇が広がる。どこまでも、どこまでも。
果てのない暗闇が続く空間に一人の少年がいた。
(……あれ、どこだ? ここ……)
少年は自分の身に起こった出来事について思い返す。
物覚えが良かったのが幸いし、少年は自分がどんな目にあったのか克明に思い出すことができた。
(確か……俺……刺されて……)
少年は自身が死の直前に見た光景について思い返す。
青い蠍のような機械仕掛けの怪物が放った毒針が、少年の胴に突き刺さった。
体を撃ち抜かれた痛みと、全身を巡る毒の苦しみで、少年は地に倒れ伏した。
(……死んだのか。じゃあここがあの世ってやつか……)
少年は驚くほどに冷静だった。
自身が痛みと苦しみの中で死亡したという現実を、頭の中でもう一度体験しながら振り返る。
体が痛む。記憶の中とは異なり今の少年には針も刺さっていないし、毒が体を蝕んでいるという事も無い。
それでも尚、少年はその現実を冷静に受け止めていた。
(……参ったな。死ぬ前にやりたいこと、いっぱいあったんだけどな……)
いっそ場違いなほど平凡に、少年は後悔した。テストの選択問題で選んだ回答が後から見返してみたら不正解だった時のように。
(どうにか生き返れないもんかね……)
少年がそんな事を考えていると不意に目の前が赤く光りだす。少年は思わず見上げる。
するとそこにはトカゲのような細長い体に赤い光が線のように駆け巡り、頭部には二本の大きな角を持ち、背中には一対の蝙蝠のような大きな翼を備えた巨大な怪物が立っていた。
その怪物を見て少年は「ドラゴン」のようだと感じた。
昔、絵本で読んだおとぎ話に出てくるトカゲのような怪物。口からは火を吹き、鱗は矢をはじき返すほど固く、邪悪で強大な、勇者によって倒されるべき怪物。
そんな存在が少年の目の前にいた。
(……何だ? こいつ……)
――――我が名はイグニス――――
不意に頭の中に声が響く。
耳で聞こえたものではない。頭の中に直接響く声である。
(テレパシー? こいつがやったのか?)
――――そうだ――――
少年が考えるとそれに対する答えが返ってくる。
声を口に出さず頭の中だけで会話が為されるという体験に、少年はひどく困惑する。
便利だと感じる反面、得体のしれない心地が少年を襲った。
(……なぁ、あんた……名前……もう一回言ってくれないか?)
――――我が名はイグニス――――
(わかった、イグニスだな。 なぁイグニス、あんたは何者なんだ?)
――我はドラゴン――――
(ドラゴン? おとぎ話とかに出てくる?)
少年はイグニスの回答を受けて、しばし考え込む。
しばらくすると少年は顔つきを神妙に変えて問いかけた。
(……なぁイグニス……あんた……俺を生き返らせてくれないか?)
藁にも縋るという言葉がよく似合う表情だった。
この問いは少年にとって非常に重要なものであった。
得体のしれない存在に頼むことではないかもしれない。
だが、得体のしれない存在だからこそもしかしたら、本当に。
哀れなほど真剣に、期待と不安の二つの感情を込めて少年は目の前の存在に問いかけた。
少年の問いにイグニスはすぐに返答する。その答えは少年にとって意外なものだった。
――――その願いには既に応えている――――
その言葉を受けて少年の表情が変わる。
歓喜、驚愕、困惑、疑問、複数の感情がない交ぜになり表情が一定しない。
それでも少年にとってこの回答はまさに希望と呼べるものだった。
(本当か!? 本当に生き返れるのか!?)
――――目が覚めれば再び汝の人生が始まる。そこで何を為すのも自由だ――――
(ありがとう!! マジでありがとう!!)
少年が喜びで顔を綻ばせる。まさに至福の瞬間であった。
自分がもう一度生き返ることができる。
やり残した事をするチャンスが巡ってくる。
少年の胸中にはそういった思いがあふれていた。
(そういえば俺、あんたに何か返さなくていいのか? このままじゃ俺、あんたからもらいっぱなしだ)
――――汝の為したいようにせよ。それが我への返礼とならん――――
(やりたいようにすれば良いってことか? それであんたは何が得なんだ?)
――――汝の知ることではない。ただ汝の為したいままにしていればよい――――
ピシャリと遮るようにイグニスは答える。その瞬間不意に少年の周囲が白くなっていく。
ふと周りを見渡すとイグニスは少年の見える範囲にはいなかった。
まるで最初からそこには何もいなかったかのように、忽然と消え去ってしまった。
(――イグニス!? どこに消えたんだ!? イグニス!?)
少年の意識が遠ざかる。
元より死亡した以上、意識なんて最初から無いはずなのだが、それでもこの感覚は自分の意識が遠ざかるとしか表現できないと少年は感じていた。
景色が歪む。感覚がおぼつかなくなる。
自我が溶けていくような感覚の中で、少年は微睡みの中に沈んでいった。




