13.迫撃
「……任務を続けよう。こいつはここに置いていく」
ブルストムがそう口にする。その声は低く、重く、本当は言いたくもない事を何とか口から吐き出した。そんな声をしていた。
その横ではシイナが必死に回復魔法を冷たくなって動かないソラにかけていた。
しかし、何度やってもその光は霧散してしまいソラが動くことは無かった。
「……諦めろ、その男が生き返ることは無い」
「……いくら何でもその言い方は無いんじゃありませんか」
「……夢ばかり見てても辛いだけだろ。誰かが言わなきゃならん事だ」
エレノーラとブルストムが口論を始める。その声はどちらも怒り、悲しみ、諦めといった様々な感情がない交ぜになったものだった。二人共、冷静な判断ができずに湧き上がった感情をそのままぶつけ合っている。そんな様相を呈していた。
「……二人ともそこまでにして」
ユカリが静かな、しかし強い口調で静止する。
その言葉で二人は口論を止めユカリの方に向き直る。シイナも二人と同じようにユカリの方に向き直った。
「ブルストム、私達だけであいつを倒してシイナを移民保護局まで連れていくことはできる?」
「……難しいだろうな、向こうの装甲が厚すぎる。あれを破るのは現状の装備だとまず無理だろう」
「……じゃあこっそり逃げるのは?」
「見つからなければいいが、四人じゃそれも難しいだろう。もし見つかったらその時点で全員、死体に変わるだろうな……そこの少女は別だが」
ブルストムがシイナの方を一瞥して言う。シイナの方はそれを聞いても無反応だった。
今の状況についていくのが精一杯で、いちいち反応もできない。そんな様子であった。
「……じゃあ、誰かが囮になってあいつを引きつけたらどう? それならいけるんじゃない?」
「……まだ可能性はあるがそれでも難しいだろう。誰が囮になるんだ?」
「私。私が引き付けて二人がシイナを連れて逃げる。向こうに着いたらできるだけ早く応援を連れてきて。頼むわね」
「そんなの危険すぎます!! ユカリちゃんまで死んじゃいます!?」
ユカリの発言にエレノーラが食って掛かる。それに対してユカリは静かに、しかし凛とした強い声で返した。
「……大丈夫。私、意外としぶといから。何だかんだ生まれてから一回も死んでないのよ」
「……ふざけてるのか? それとも恐怖で頭がおかしくなったか?」
ユカリの返答に対してブルストムが怒りの混じった声で呆れたように口をはさむ。
それに対してユカリは毅然として返す。
「ふざけてないわ、大真面目よ。できない理由探すよりできる理由探した方が建設的じゃない?」
「……限度があるだろう」
「とりあえずこの話はこれでおしまい。――それじゃ二人共、また後で会いましょう。シイナの事、頼んだわよ」
そう言うとユカリは二人が制止する間もなく建物から飛び出した。
そしてそのままスコーピオンの前に立ちふさがる。
「悪いけどあなたにシイナは渡さないわ。どうしてもというなら私を倒してからにしなさい!!」
その言葉をきっかけに戦いの火蓋が切って落とされる。
最初に仕掛けたのはスコーピオンの方だった。下半身の前方から毒針が射出された。
毒針は全部で六本、それらすべてが円のように連なりながらユカリの方に飛来する。
その攻撃をユカリは見据える。そして体の前方を両手剣で庇いながら突撃する。
飛来してきた毒針と剣がぶつかり、甲高い金属音が鳴り響いた。
その音を合図に、走りながら剣を引きずるような態勢に切り替えていく。そして限界までスピードを乗せて右足に力を込めた。
その瞬間ユカリの体は宙に浮いた。その勢いのまま彼女は思いっきり剣を振り上げた。
その一撃はスコーピオンの上半身を捉えた。大きな金属音が鳴り響き火花が舞う。
だがスコーピオンは少しふらついたのみですぐさま尻尾の槍で反撃してきた。
ユカリは振り上げた剣を今度は思いっきり振り下ろした。
槍と剣が衝突しその衝撃でユカリの体は後方に大きく吹っ飛ばされた。ユカリは冷静に受け身をとる。
それに対してスコーピオンは冷徹に追撃する。
鋏を前に構えると内蔵された機関銃から弾丸を撃ち出す。
ユカリは鋏を構えた時点で路地に逃げ込む。
先程までユカリが立っていた場所に弾丸が撃ち込まれ、まるで嵐が通り過ぎたかの様な光景に変わっていく。
ユカリは背後に一瞥もくれずにそのまま走って路地から出る。まずは左、その次は右と曲がるとスコーピオンの背後に出た。
そしてその勢いのまま飛び上がり、スコーピオンの背後から思いっきり剣を振り下ろした。
しかし、スコーピオンは尻尾を踊るように振りながらユカリの攻撃を槍で受け止めた。
ガキンと重い金属音が鳴る。それと同時にユカリは後方に思いっきり吹き飛ばされてしまった。
地面を何度もバウンドし、しまいには転がりながらも何とか静止する。
痛みをこらえながらもユカリは両手に力を込めて立ち上がる。そして剣を拾うと先ほどよりも離れた場所にいるスコーピオンを睨みつけた。
(何とか隙を見つけないと……)
数秒の静寂の後、戦いはスコーピオンの攻撃で再開する。鋏を開いて銃撃を放つ。
鋏が自らの方に向けられるやいなや、ユカリは横に走る。
その動きに合わせてスコーピオンも薙ぎ払うようにしながら鋏を動かした。当然銃弾も扇形を描きながら着弾していく。
ユカリが通り過ぎた後をなぞるように弾痕が地面に刻まれていく。ユカリは恐怖を必死に抑え込みながら走る。何も考えずにただひたすらに走る。
そして不意を突くように、突如としてユカリは方向を変え、スコーピオンの方に向かって走り出した。
さらに、その勢いを利用して踏み切り上空に跳び上がった。
線から点、横から上へと動きを変えたユカリにスコーピオンも翻弄された。
ほんの一瞬、思考が寸断される。
その隙を衝こうとユカリも剣を振るう。だが、スコーピオンは再度尻尾の槍を振り回してユカリの剣戟を受け止めた。
ユカリは槍が振るわれると同時に力を込めて槍に剣を振るう。その力はぶつかった拍子にユカリの方へと跳ね返り、彼女の体を後方に跳ばす。
ユカリはひらりと宙返りをして着地する。着地した後も激突の力が残り、ズザザッと摩擦音を立てながら彼女は静止した。
(……上からは無理ね。なら側面はどうかしら?)
ほんの数秒すらも無駄にしないように彼女は思考を巡らせていた。そして考えがまとまるやいなや、全力で駆け出した。
走りながら途中で右へ、少し走ったら今度は左へ、反復横跳びのように位置をずらして走りながら接近していく。
スコーピオンも銃撃で応戦したが、ユカリの動きに翻弄され攻撃が当たることは無かった。
ユカリはスコーピオンに接近すると彼の側面、節くれだった脚部を薙ぎ払うように剣を振るった。
ガキンと金属同士がぶつかり合う音がする。バチバチと火花が散る。
一撃を入れるとすぐさまユカリは距離を取った。
スコーピオンは静止していた。否、動こうとはしていたが何かが彼の動きを邪魔していた。
何が彼の動きを邪魔していたのかはすぐわかった。脚部の内、ユカリの攻撃を受けた一本がバキッと大きな音を立てて折れ曲がったのだ。
スコーピオンは音の鳴った方を凝視する。顔こそ見えないが明らかに動揺していた。
その光景を見たユカリはにやりと笑うとすぐさま追撃をかけに走り出した。
スコーピオンもユカリの方に気が付くと鋏をそちらに向け銃弾を放った。
それに対してユカリは剣を盾にして走る。
巨大な剣はユカリの方に飛んできた銃弾をその腹で受け止めた。ガガッと火花を散らして金属がぶつかり合う音がする。
銃撃が防がれるやいなや、今度は毒針が放たれた。今度の攻撃も剣を盾にして受け止める。
そしてスコーピオンに接近したユカリはすぐさま側面に回り、再び薙ぎ払うようにして脚を攻撃する。
それに対してスコーピオンは尻尾の槍をユカリの頭上から突き刺すように振り下ろした。
ユカリは振り下ろされた槍の軌道を冷静に見極め、剣で受ける。――その時だった。
ユカリの鼻を異臭が刺激した。どこからか泡がはじけるような音がする。視界の隅にほんのりと白い煙のようなものが見えた。
(――何!? 何が起こったの!?)
とっさに地面を蹴ってスコーピオンから距離をとる。
そしてユカリは手元の剣を凝視した。
すると槍を受け止めた箇所が、まるで虫歯にでもなったかのようにボロボロに崩れていた。
ひびが刃を侵し、白煙が漂う。
泡立つような音と、金属の溶ける嫌な臭いが鼻をつく。
(……どんだけ機能を盛り込めば気が済むのよ……)
心中でユカリが悪態をつくとスコーピオンは槍を引き抜いてユカリの方に向き直る。
そしてその巨体を揺らしながらガシャガシャと音を立てて接近する。
「――やばっ!!!!」
ユカリは急いで距離を取ろうと走る。
しかしスコーピオンの方が巨体故に振り切れず、その距離は見る見るうちに縮まっていく。
「きゃっ!!」
不意にユカリの足がもつれる。その為ユカリは前に倒れこむように転んでしまった。
急いで体を起こして振り向く。その時には目の前にスコーピオンが迫っていた。
恐怖からユカリは座り込んだまま後ろに下がる。しかし全く距離を取ることができない。
スコーピオンは尻尾の槍をユカリに向けて構える。そして勢いよくユカリを貫くように突き出した。
思わずユカリは目を閉じた。――――その時だった。
ドンッッッッ!!!!!!!!
人型の燃え盛る「火」がスコーピオンの巨体を吹き飛ばす。
大きな音が響き、その音を聞いてユカリはおそるおそる目を開ける。
そこにいたのは灰色の髪に焦げたような褐色の肌。そして額には二本の角を備え、背中には小さな一対の翼。腰のあたりからは一本のしっぽが生えており、肘と膝から手足の先端までが燃え盛る炎に包まれ、赤く輝きながら揺らめいている。
おおよそ異形とも言える風体の怪人であった。
だが、ユカリの意識はそんなものには向いていなかった。
何故ならば肌や髪の色、角や翼こそ生えて印象は大きく異なっていたが、その怪人の顔はソラ・リュウセイその人だったからである。




