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10.強襲


 ユカリと別れたソラとシイナの二人は軽い身支度を済ませると応接室の中でほかの三人を待っていた。

 まだ何が起きると決まったわけではなかったが二人ともどこか落ち着かなかった。

 そのためかソラはシイナが不安がらないようにしきりに話しかけ、シイナも声こそ出せなかったがソラの話に耳を傾け、そして反応を返していた。


 ソラの感覚的には一時間ほどだろうか。実際にはそれよりも短いかもしれない――それだけの時間の後、部屋にユカリ、ブルストム、エレノーラの三人が入ってきた。

 部屋に入るなりユカリが作戦開始だと短く告げ、五人は建物を出た。

 建物を出ると赤と白の二色で彩られたエアカーに乗る。タイヤなどを必要とせず空を飛ぶようにして移動できる車型の乗り物だ。五人が乗りブルストムがレバーやボタンを操作しながらエアカーを発進させる。

 たちまちエアカーはスピードに乗って道路を飛ぶ。社内ではエレノーラがシイナに向かって昨日はよく眠れたかだとかご飯はおいしかったかなどの言葉をかけていた。

 ソラの方はエアカーの外の景色を眺めていた。ビルが無数に乱立しているので今エアカーが飛んでいる道路からは空が見えなかったが日差し自体は差し込んでいた。どうやら今日の天気は晴天らしい。

 にもかかわらずソラの心は全く落ち着かなかった。彼の頭の中にいたのは青い鎧型のパワードスーツを着用した襲撃犯だった。


(あれで諦めるわけがない。どこかで必ず来るはずだ)


 シイナの移送は秘密裏に行われている。基本的には情報は外に漏れないはずだ。

 しかし、ソラは襲撃犯――スコーピオンと呼ばれている男がやってくると確信していた。

 根拠は無い。ただ確信だけがあった。奴は必ず自分たちの動きに気が付く。そしてシイナを奪うために襲い掛かってくる。

 そうした事が起きた際、守護者の三人だけでなく自分も戦わなくてはならない。ソラはそう決意していた。

 しかし、襲撃犯は来なかった。エアカーは何事もなく中継地点である駅に到着した。

 人目につかないように静かにエアカーを降り、従業員専用の通路を通って列車に乗車する。乗車の際に厳重な身体検査を受けた。ソラは小さな荷物が多かった為それらの説明に時間がかかり列車の中に到着した時には他の四人が勢ぞろいしていた。


「……随分遅かったじゃないか、魔導士(ウィザード)さん?」


 ブルストムが皮肉めいた口調で言ってくる。対するソラはごめんごめんと軽く謝罪する。

 この時ソラは守護者(ガーディアン)本部を出てから初めて心が軽くなった気がした。ブルストムとほんの少し距離が縮まった気がした。その事が無性に嬉しかった。


 しばらくすると列車は動き出した。すぐにエアカー以上の速度に到達し窓の外の景色が目にもとまらぬ速度で流れてゆく。車内ではエレノーラがユカリやシイナとの話に花を咲かせている。ソラはその光景を見ながら静かに微笑んだ。この光景が目的地に着くまでずっと続いてほしい。ソラはそう思った。

 ふと車内を見渡すとブルストムがいなくなっていた。トイレにでも行ったのだろうかと思い自分たちが乗っている車両を出ると、ブルストムがドアを開けてすぐ横に立っていた。腕を組みながら壁にもたれるようにして立っていた。


「よう、調子はどうだい?」


「……朝に比べて随分馴れ馴れしいな。……距離感おかしいんじゃないか?」


「ごめんごめん、実際距離感とるの苦手なんだよね」


 ソラは苦笑いしながら話す。それを聞いてのブルストムの反応はというと至極面倒くさそうな、反応する事自体が嫌とでも言わんばかりであった。


「……ブルストムってさ、ユカリの事好きなの?」


 直後に拳が顔面に飛んできた。痛みで倒れそうになりながらも必死に耐える。物音が立って女性陣が来ると非常に説明しにくい。そう思っての事だった。


「次、その質問をしたら命は無いと思え」


 声に強い怒りをにじませながらブルストムが言う。


「……大丈夫! 俺応援するよ!」


「いらん。引っ込んでろ」


「そんな事言わずにさ! なぁなぁ、どんなとこが好きなんだ?」


「……黙れ」


 ソラは明るく話しかけ、ブルストムが冷たく突き放す。そうした交流をしている間だけはソラも襲撃犯の事も忘れられた。こんな時間ばかりなら良いのにとソラは心の片隅で思った。


                  ◇

 

 ソラとブルストムが会話をしている間ユカリとエレノーラ、シイナの三人は車両の客席で談笑していた。


「それで~ユカリちゃんったら、教官からこっぴどく怒られたんですよ~」


「もう……良いでしょエレノーラ。本当にやめて……」


 エレノーラがシイナにユカリの訓練生時代のエピソードを話している。当のユカリ本人は顔を赤くして静止するがエレノーラはやめる様子を見せない。

 エレノーラの話にシイナもくすくすと笑って聞き入っており、こちらも会話を止めようとする様子は見られなかった。


「そういえば~ソラさんとブルストムくんの二人、遅いですね~」


「そういえばそうね。二人して何やってるのかしら」


 ソラとブルストムの二人がいないことに気づいたユカリとエレノーラは二人を探しに行こうと立ち上がる。一人だけ残していくわけにもいかないので本人の希望もあってシイナも連れて三人で客車を出ようとした――その時だった。


 ズドン!!!!


 大きな音と共に車両が揺れる。そしてそのまま車両が回転する。床が天井に、天井が床に入れ替わったかと思えば今度は元に戻る。かと思えば再び床と天井が逆転する。

 全身が天井、床、壁に何度も打ち付けられ状況が全く理解できないまま三人は意識を手放した。


                   ◇


 ――体が痛む。

 

 ――何が起こっている?


 ――とにかく、状況の把握を……


 体に覆いかぶさっている瓦礫をブルストムは思いっきり力を込めて押しのけた。

 辺り一面が瓦礫と火の海になっている。

 地面からパチパチと悪臭を放ちながら火がそこかしこに発生している。

 見える範囲の物体は例外なくひび割れ、崩れ、無残な姿をさらしていた。


 冷静になったからだろうか、ブルストムは自分の様子に気が付いた。

 白い制服は血と泥で汚れており、元の美しい姿を想起することはできなくなっていた。

 目の上から血が流れ落ちる。それを目で認識すると同時に頭に激痛が走る。

 ブルストムの体は本来搭載しているはずの機能の大半が成り立っていなかった。

 本来なら真っ先に反応するはずの痛覚さえ視覚よりも遅れている有様である。

 壊れたロボットってこんな感じなのだろうかとブルストムは自嘲する。

 そこに来て初めてブルストムは自身の置かれた状況を振り返った。


 こうなる前の最後の記憶といえばあのうざったい魔導士(ウィザード)の空気の読めない言動の数々といいかげん声を荒げようかと思い始めた自分自身だった。

 ふと大きな音が鳴ったと思えばいきなり視界が上下左右に激しく揺さぶられ真っ暗になっていく光景だった。


(駄目だ……何もわからん……)


 その場で考えても埒が明かないと思ったブルストムは歩き始める。

 とにかく情報が欲しかった。一体何が起こったのか、ユカリやエレノーラは無事なのか、あのうざったい魔導士は何処へ行ったのか、護衛対象の少女は無事なのか。

 わからないことだらけの現状に辟易としつつも歩くブルストムが見た光景は驚くべきものだった。

 

 かつて列車だった残骸とそれを掘り返す巨大な蠍型の巨大な駆動機械。

 蠍の鋏を模した二本のアームで列車の残骸を切断し、ほじくり返している。

 胴体の横からはいくつもの節を備えた脚部が生えており胴体をほんの少し浮かせた状態で支えている。

 蠍の尻尾を模した部分には巨大な槍が付属しており、突き刺されれば命は無いだろうとブルストムは推測する。

 そして蠍の頭部にあたる部分には人の上半身のような突起が生えていた。

 ――いや、正確には突起ではなく「それ」は紛れもなく人の上半身であった。

 西洋の騎士が如し青い鎧。

 蠍を模した頭部に肩や肘などから幾つも棘を生やしたその姿。

 そして頭部を横切るように光る赤いスリット。

 その姿は紛れもなく襲撃犯・スコーピオンであった。

 守護者本部でソラ達と戦った時とは違い、今回はその下半身がバスや大型トラック程の大きさの蠍型の駆動機械に置き換わっている。

 その姿を例えるなら、メソポタミア神話に登場するパピルサグというべきだろうか。

 人型の上半身に馬の下半身、蠍の尾を持つ怪物だ。

 その馬の下半身の部分が丸ごと蠍一匹に置き換わった姿と考えてもらえば相違ない。

 スコーピオンは異形とも言える姿にその身を変えて襲い掛かって来たのだった。


(何だよ……あいつ……)


 ブルストムは戦慄する。そして目の前の異形の存在が守護者(ガーディアン)本部に襲撃してきた犯人であると直感的に理解する。

 あまりの恐怖に体が震える。見つかってはまずいと慌てて物陰に身を潜める。

 幸いにもスコーピオンはブルストムに気が付くことなく残骸をほじくり返している。その姿は何かを探しているようであった。


(あの子供を探しているのか?)


 ブルストムは思案を巡らせる。護衛の対象である以上見捨てるという選択肢は元より無い。

 かと言って怪我をした体であの襲撃犯から少女を守り切れるかと問われれば間違いなく否と答えるだろう。

 もし仮に戦闘になった場合ブルストム一人で少女を守り切れる可能性は無いに等しかった。


(ユカリやエレノーラはどこだ?)


 ブルストムはまず仲間を探すことにした。

 自分一人ではできる事が限られる以上いざ護衛対象である少女に出会ったときにとれる選択肢を増やすという意味でも共に任務に就いていた二人を探した方が良いと考えたからだ。


 しかしブルストムがいくら探しても二人は見つからない。

 物陰から見える範囲にはどれだけ探しても二人の姿は無かった。

 

(もう少し探す場所を増やすか?)


 ブルストムは逡巡する。しかし今無理に二人を探しても襲撃犯に見つかればすべてが無意味になる。ブルストムはそう考えて、今浮かんでいた案を否定する。

 しかしこのまま隠れていても状況が好転することは無い。そう考えてブルストムはスコーピオンの方を見た。しかしそこにスコーピオンの姿は無かった。

 思わず身を乗り出して見てしまう。そんなブルストムの背後から音もなく、スコーピオンは尻尾に備え付けられた槍で突き刺した。


「……が!?……っくぁ!?」


 何が起こったのかブルストムは理解できなかった。あまりの痛みに悶え苦しむがそうして動き回るほど槍が深く体に突き刺さっていく。

 上に向けられた槍に海老反りで突き刺さった体勢でブルストムはスコーピオンと目が合った。視界が上下反転していたがブルストムは目の前の襲撃犯が自分の方を見ているという事は理解できた。


「……守護者(ガーディアン)、子供を渡せ」


「……渡してやろうにもどこにいるのかわからん。……すまんな」


 皮肉交じりにブルストムは返答する。それを聞いてスコーピオンは尻尾を思いっきり横に振った。すると槍からブルストムの体がすっぽ抜けてそのまま地面に叩きつけられた。

 ブルストムの体が地面を何度もバウンドする。激痛が走るがもはや悶え苦しむ体力もブルストムには無かった。

 視界がぼやける。体には大きな穴が空いてるはずだが不思議と痛みは無かった。何も感じない。血がドクドクと流れゆく感覚さえも。


「――おい!! ――大丈夫か!!」


 声が聞こえる。遠くから聞こえるかのような小さな声。しかし声の主は倒れているブルストムに駆け寄りその体を抱きかかえながら、必死に耳元で叫んでいた。


「――ようやく来たか。待っていたぞ」


 スコーピオンは声の主、ソラに対してそう言った。

 対するソラの方はスコーピオンを睨みつける。


「てめぇ!! よくもブルストムを!!」


 ブルストムを抱きかかえながらソラはスコーピオンに対して叫んだ。

 対するスコーピオンは何の感慨も無さそうに吐き捨てた。


「……あの子供はどこだ?渡せば命だけは助けてやる」


「言う訳無ぇだろ!!」


 ソラはブルストムを抱え上げると回れ右して駆け出した。


「待ってろよ!! すぐ安全なとこまで運ぶからな!!」


 ソラはスコーピオンの事など知らんとでも言うように全速力で駆けていった。

 

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