09.決意
次の日の朝、ソラは応接室の椅子の上で目覚めた。
傍らにはシイナがもたれかかるように眠っており、彼女を起こさないようにそっと立ち上がりながら、ソラは部屋を出た。
部屋を出ると丁度通りがかったエレノーラと出会った。
「あら~、おはようございま~す」
にこにこと微笑みながら彼女は挨拶した。
「……おはようございます」
ソラも挨拶を返すが、エレノーラとは昨日少し顔を合わせただけの関係である。
そのためかソラは彼女に対してなんと話しかければ良いのかわからなかった。
そのことを知ってか知らずかエレノーラが話しかけてくる。
「そういえば~、聞きましたよ~。ソラさん~、魔導士なんですってね~」
「そうですけど、何か?」
「いや~とってもすごいな~って思ったんです~。魔導士って~、おじいちゃんになってもなれない人がいるくらい、なるのが難しいじゃないですか~」
「そ、そうだね……」
「ソラさんは~ 私やユカリちゃんとあんまり変わらないのに魔導士になれてるんですよ~。私~、憧れちゃいます~」
「ありがとう……ございます」
ソラはしどろもどろになりながら返答する。
返答しながら彼は内心で自分自身に、もっと気の利いたことは言えないのかと叱責した。
なんて返そうか迷っている内にエレノーラはじゃあまた今度よろしくお願いしますと、ほんわかとした甘ったるい声で言いながら去っていった。
うまく話せなかったことに落ち込みながらソラが建物の中を歩いているとエントランスでブルストムと出会った。
「や、やぁどうも、おはようございます」
ソラは緊張しながらも精一杯にこやかに挨拶する。
「……おはようございます、ソラさん」
仏頂面で抑揚のない平坦な声で、ブルストムは返答する。エレノーラとは違い特に話しかけてくる事は無かった。というよりも声にこそ出さないが用が済んだのならばあっちへ行ってくれとでも言わんばかりのプレッシャーをソラは感じた。
「あの……こんなところで何してるんですか?」
プレッシャーに負けじとソラは恐る恐る聞いてみた。ブルストムはしばしの沈黙の後重い口を開いた。
「守護者の本部に襲撃をかけられるなど前代未聞です。この場を見ることでそれを再確認していただけですよ」
相変わらず平坦な調子の声でブルストムは言った。しかしその言葉には先ほどの挨拶とは違って感情がこもっているように感じられた。その言葉にソラは彼の人間らしい部分を垣間見た気がした。
「そういえば、ブルストムさんってユカリとはどういった関係で?」
これ幸いとばかりにソラは尋ねる。何気ない一言だった。ソラ自身も何か深い理由があって聞いたわけではない。ただブルストムと少しでも親しくなれたら、そんな思いで聞いただけだった。
そのような考えで放たれた問に対するブルストムの反応はソラにとってみれば予想外の反応だった。目を点にしながら暫し沈黙を貫く。しばらくすると彼の中でどう解釈したのかは定かではないが、顔を赤くして額に青筋を浮かべながら怒りをはらんだ声でこう言い放った。
「……そんな事、貴様にはどうでもいいだろ!!!!!!」
そのままスタスタとブルストムは立ち去った。ソラの方はというとあまりの出来事に目を点にしながら、立ち去っていくブルストムの背を見送るしかできなかった。
ブルストムと別れた後、ソラは応接室に戻った。
部屋に戻るとシイナが目を覚ましており、そして部屋の中にはユカリが椅子に座っていた。
ユカリはソラに気が付くと立ち上がって声をかけた。
「おはよう、ソラ。早速で悪いけどこの後の事について話したいの。いいかしら」
「うん良いよ。で、何についての話?」
「まずシイナの身柄だけど彼女は移民保護局の管轄になるわ。これから向こうの施設まで送り届ける事になると思う」
「移民保護局?なんでそんなところが?」
「連邦の全国民のデータを調査してみたんだけど、該当する人物がいなかったの。だから帝国の人間がこっちに亡命しに来たって体で話を進めるみたいね。私たち守護者は保護局に引き渡すまでの護衛を務める事になったわ」
「ふ~ん、で俺は?」
「あなたは民間人だから本来ならこの場で解放。元の生活に戻ってもらうんだけど、あなた魔導士でしょ?だから連邦の業務の補助って形で私たちと一緒に護衛に入ってもらうわ。良いわよね?」
「別に俺は良いけど、大丈夫なの?部外者関わらせちゃって」
「ただの一般人なら大問題。でもあなたは類稀なる能力を持った魔導士。手伝いを申し出ても問題になることは無い。上はそう判断したみたいね」
「まっ、俺は構わないぜ。最後まで守り切ってやろうじゃないか。なっ、シイナ?」
シイナの方に向き直ってソラは声をかける。シイナもその言葉を聞いて嬉しそうにうなずいた。
「もう少しで安心できるところにつくからな。だからもうちょっとだけ頑張ってくれ、シイナ」
ソラはそう言ってシイナと目線が合うように屈みながら頭を撫でた。シイナも嬉しそうに微笑んでいた。
その光景を見ながらユカリが言葉を放つ。その言葉には強い決意が込められていた。
「作戦は私たち三人の準備が整い次第開始するわ。二人ともそれまでに準備は済ませておいて」
もう少しの辛抱。だからもう少しだけ頑張ろう。必ずシイナを安全な場所まで送り届ける。
ユカリもソラもそう強く決心した。




