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第二十七章

 そんな高藤組は高藤誉の一周忌を待たず、1974年に解散した。

 跡取りである息子の隆治は組を継ぐ気は一切なかったし、妻のいちも自分の代でこの世界から足抜けしたいと考えていたからだ。

 それで一周忌を節目として、実力のある連中に組を分割して渡し、高藤家は組の運営から完全に手を引いたのである。

 いちは義理の娘の弘子と孫の正彦、小間使いの東海林勝、料理人の高橋や運転手、その他行き先がない者だけを数名自宅に残した。今後はバーを建て替えて小料理屋を経営すると言う。

 前を向いて生きていくおふくろは、何が起きてもたくましい。隆治は松本の後始末をいちに任せられてほっとしていた。

 だが、それ以上に隆治を安心させたのは、今までずっと自分の頭を押さえつけていたおやじである誉がこの世からいなくなったことだった。

 それはまず、肉体的な反応として明らかになった。



 「最近顔色が良くなったわね」


 朝、いつものように出かけようとする隆治を見送ろうと妻の恵美が玄関にやってきて、隆治の顔を見ながら嬉しそうに言った。


 「そうかい?」


 玄関に置いてある鏡に顔を映しながら、隆治は自分の顔を改めてじっくり眺めた。

 確かに心なしか血色が良くなった気がする。頬を撫でながら、隆治は首をかしげた。


 「お父様の一周忌が終わって、ほっとしたのかもしれませんね」


 恵美が通勤カバンを手渡しながら言った。


 「ああ、やっと落ち着いたからな」


 うなずいて隆治はドアを開いた。


 「行ってくる」



 鶴川駅で乗る小田急線は、毎朝乗車率250%という大混雑ぶりだ。駅員にぎゅうぎゅうと車内に押し込められた隆治は、電車のつり革を握って自分の居場所を確保した。


 「ふう」


 扇風機が勢いよく回っている蒸し暑い車内でじっと立ちながら、隆治は毎日のように自分を悩ます激しいめまいや吐き気が、ここのところ全く出てこないことに気がついた。


 「それどころか、前よりすごく元気だよな……」


 調子がいいのは結構なことだ。

 機嫌よく編集部の扉を開けると、先に来ていた受付嬢の清水桃花と目が合った。


 「おはようございます」


 24歳で小1の息子が一人いる彼女は、夫と離婚してこの編集部に受付兼雑用係として就職した。年齢は隆治より9歳下だったが、お互いに小学生の子供がいることもあって、職場では仕事だけではなく、気軽な雑談もできる仲になっている。

 早速お茶を淹れてくれた清水に、隆治はにっこり笑ってお礼を言った。


 「ありがとう。清水さんが淹れるお茶はいつもおいしいね」


 すると、彼女の顔がぱっと輝いた。


 「そうですか? だとしたら嬉しいです」


 隆治はお茶をすすりながら、席に戻る清水のお尻を眺めた。タイトスカートの中でリズミカルに動くお尻は肉付きがよく若々しくも艶めいた色気がある。

 新聞を開きながら、隆治は何となく清水が自分に惹かれているのではないか、と感じ、体の中からオスとしての強靭さがむくむくと頭をもたげてくるのを感じ取った。



 「僕は強くなったのだろうか」


 隆治は呟いた。おやじが生きていたころ、無茶苦茶な要求に屈服して耐え忍ぶだけだった、かつての弱弱しい自分は一周忌を経て、もうどこにもいなくなったように思える。

 これからは、自分の頭の回転の速さを利用して、理不尽なことを言ってくる敵を徹底的に打ち負かし、屈服させることもできるだろう。

 そんな行動で社会に対峙する強い自分の姿を想像しただけで、隆治はぞくぞくするほどの快感を覚えた。

 そして、そうした隆治の新たに生み出された自己像は、家庭内でダイレクトに表現されていくのである。

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