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第二十八章

お待たせしました! 大雨と暴風で飛行機が飛ばず、1日遅れの更新です。

 一周忌から1年ほど経った、小学校の1学期の終業式の日のことだ。

夜遅くに帰宅して夕飯を食べてから、哲治と由美の通知表を見た隆治は、哲治の絶望的な成績に目が釘付けになった。

 妻の恵美からは勉強ができなくて困ると聞いてはいたが、それでも今まではAやB評価も少しはあったのだ。しかし4年生になった哲治の通知表はすさまじかった。ほとんど全部が最低のCだったのだから。


 「哲治! これはどういうことだ?」


 隆治はリビングのテーブルに通知表を開いて哲治に声をかけた。遊んでいた哲治と由美がわらわらとテーブルを囲む。


 「このCっていうのが一番ダメなんだっけ? うわー、お兄ちゃん成績悪ーい!」


と由美が哲治をからかった。哲治がむっとした顔で由美の目を塞ぐ。


 「うるさいな、見るなよ!」


 「やだやだ! 由美見たい~!」


 キャッキャッ言いながらふざけている兄妹を見て、隆治の中の何かがプツンと音を立てて切れた。


 「どういうことだと聞いているんだ! 答えろ、哲治!」


 テーブルに力いっぱい握りこぶしを叩きつけて怒鳴った隆治を見て、哲治と由美が硬直した。



 氷のように固まった空気の中、由美がしくしくと泣き始めると、ただならぬ気配を感じて、やってきた恵美が由美を抱きかかえた。


 「あなた、どうしたの?」


 隆治は妻をにらんで言った。


 「由美をあっちにやってくれ!」


 恵美が由美を連れて2階に上がると、棒立ちになっている息子をギロリとにらんで、隆治はもう一度質問した。


 「哲治! どうしたらこんなひどい成績になるのか、きちんと説明しろ!」


 これまで隆治が哲治を怒鳴り飛ばしたことは一度もなかった。父親が豹変してびっくりした哲治は、その場で凍り付いたように動けなくなってしまった。

 その様子を見て、隆治はますますイライラし、もう一度テーブルを拳で力いっぱい叩いた。


 「黙っていてはわからん! とっとと答えんかあ!!」


 怒鳴りながら隆治は、自分があのおやじそっくりの怒鳴り方をしていることに気がつき、背筋にぞくぞくする悦びを感じた。と同時にすべてを理解した。


 そうか、これは「愛」なんだ。



 「ちゃんと勉強したけど……わからないところがあったから……」


 真っ赤な目で隆治を見上げながら、哲治は小さな声でぽつぽつと理由を説明し始めた。

 だが隆治はそれを遮り、再び怒鳴った。


 「言い訳をするんじゃない! わからないことは先生に聞いたらいいだろう? お前はさぼっているだけだ! 真面目に勉強しない怠け者め! 全部お前が悪いんだろうが!」


 決めつけた隆治はすっかりいい気分になって、こう考えた。


 ―僕が言い訳をした時もおやじはこうやって僕をしかりつけたものだ。

そう、これは「矯正」なんだ。痛みを伴わなければ歪んだ精神をまっすぐに戻すことはできないんだから!

 大体哲治は、障害を疑うくらいに勉強ができない。そういえばおやじも勉強はからきしだったっけ。

 哲治はおやじ似だから、このまま成長したら人情と支配を活用した頭の悪い行動しか取れない大人になってしまうだろう。

 そんな息子を鍛え直せるのは「僕」しかいない!―


 昔の自分はここまで父に怒鳴られたら、従順に言うことを聞いていた。当然哲治もそうするはずだ、と思っていた隆治の期待は、哲治の次の一言で打ち壊された。


 「違うよ! 真面目に勉強しているよ! 成績が悪いのはオレのせいじゃない! わかるように説明しない担任の先生がいけないんだ!!」


 隆治は目をひん剥いて息子をにらんだ。まさか反論してくるなんて! なんて生意気な!

 そして自分をにらみ返すおやじそっくりの目に激しい怒りを感じて、隆治は哲治の頬をありったけの力でビンタした。


 パアアン!


 「よりによって、先生のせいにするとは何事だ! 精神が堕落しとる! 反省せんか!」


 廊下で「きゃあ!」という叫び声がして、恵美がリビングに飛び込んできた。


 「あなた! 血が!!」


 ふと我に返ると、目の前にいる哲治の鼻から真っ赤な鮮血がドクドクと流れ出していた。哲治は鼻から溢れる血を手のひらで受け止めて呆然としている。

 隆治は恵美に


 「血を止めてやれ」


と言って廊下に出た。そこにはリビングの様子をうかがっていた由美がいて、隆治の姿を見ると飛び上がるほど驚き、逃げるように恵美のもとに走っていってしまった。



 二階の書斎でデスクに座ると、隆治はイライラを押さえようと煙草に火をつけた。

 苦みのある煙を口に含み、胸の中を煙で一杯にする。そしてふーっと吐き出した。


 ―僕が怒りを爆発させて、恵美と由美が戸惑っているのはわかるが、こんなに怒鳴るのは哲治の躾のためだ。すぐにわかってもらえるだろう。それよりも……―


忌々し気に煙草を吸って隆治はうめいた。


 「哲治のやつ。まさか父である僕に歯向かってくるなんて。ありえない! 考えられない!」


 反抗してくる哲治を見ていると、なぜ自分のようにおとなしく父親に従わないのかと余計に腹わたが煮えくり返って来る。


 「このままだとあいつはろくな大人にならん。これからは徹底的に矯正するぞ!」


と隆治は強く強く決意を固めた。

・・・



 こんな風に、哲治が小学生だった頃は怒鳴って叩けばよかったが、中2にもなると、哲治の体と力が自分を上回り始めていると思わされる場面が増えてきた。

 この前も哲治にソファに突き飛ばされてしまい、もうかなわないのかとヒヤリとした。

 だが、頭の良さではまだまだこちらに分がある。手を出す暇もないくらい、徹底的に言葉で追い詰めればいいだけの話だ。


 「来年は七回忌だな、おやじ。『七』という数字には六道の世界を超えて『悟りを開く』という意味があるらしい。

 きっとあんたは成仏して阿修羅道に落ちたんだろうが、こっちの世界は僕のおかげでとてもうまく行っているから、安心するといいさ」


 隆治はそう呟き、自信に満ちた笑みを浮かべた。

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