あとがきに代えて
あとがきに代えて、登場人物についての解説をしようと思います。
*町田歌子*
正直なことを言うと、歌子は拓人ルートの歌子と篠原ルートの歌子に分かれていたと言わざるを得ません。篠原が選ばれたことにより一本化しましたが、それまでは揺れ動いていたような気がしないでもありません。拓人ルートの歌子(つまり拓人を選んだ歌子)は、きっと普通の少女漫画みたいに恋愛一色だっただろうし、物語も早めに(一年生編までくらいで)終わったと思います。篠原ルートだったから、彼女は成長し、周囲にとけ込み、目標を持って難関大学を目指したんだと思います。そう考えると、彼女の中の拓人と篠原は重要な存在だと言えます。
また、成長したことはとても喜ばしいことだと思います。当時のわたしにとって、初期の彼女は単なるやる気のない子供っぽい主人公でしたが、今見ると読者に嫌われる要素を多分に持っているように思えます。女子に嫌われやすい設定も伊達じゃない。好かれる主人公であることは、長期連載では大事な要素ですから、本当によかったです。
この作品は当初、わたしが子供のころの「りぼん」という少女漫画雑誌の漫画のような、きゅんきゅんのストーリーにしたいと思っていました。拓人が選ばれたらそうなったでしょうが、少女漫画の主人公の相手役らしからぬ篠原が選ばれたことで随分変わりました。でも、物語全体が変わったことも、いいことだと思います。
◎学校◎
*浅井拓人*
幼なじみ、美少年、明るい、人気者、主人公のことが昔から好き、という少女漫画の相手役の重要な要素を詰め込んでできた、わたしらしからぬ登場人物です。わたしは美少年にピンと来ない質で、でも少女漫画的な作品には必要なので挑戦してみました。拓人の登場回、特に拓人が歌子に迫るいくつかの回はPV数がすごかったです。人気なんだなあ、拓人が選ばれたら作品の人気もうなぎ登りかもしれないなあ、と思いつつも選ばれなかったのは、タイミングのせいですね。最初あたりの拓人が歌子にキスをする場面。歌子は泣いていましたね。拓人はタイミングを間違えたんです。あんなに焦らなかったら多分拓人が選ばれて、この作品はあまあまラブストーリーになっていました。拓人が焦ったのも行動を起こしたのも、拓人が自動的に動いた感じがしています。拓人は最初からわたしの中で「生きている」登場人物で、ぐいぐい自分で動く感じが強かったのです。書きやすい人ではありましたが、残念ながら歌子に選ばれることはありませんでしたね。彼に幸いあれ。
*篠原総一郎*
最近の少女漫画では、主人公の相手役は拓人の要素に加えて成績までよく、高身長で強くて……ということを何となく知っていたので(実際はどうなのか、わかりません)、そういう完璧なヒーローから拓人の要素を引いて、わたしのオリジナル要素を足してできたのが篠原です。オリジナル要素とは、「昔の中国の科挙で一位を取りそうな秀才の顔」などですね。剣道をやっていたのならほぼ坊主頭だろう、と思って坊主頭でしたが、今思うと少女漫画的な要素がすごく少ないですね。長めの髪を巻いたような拓人の髪型こそが少女漫画ですね。だから篠原の登場回は拓人よりPVが少ないのか、と愕然としました、今。なのに篠原が選ばれたのは、強引さが少なかったからです。歌子にぐいぐい迫ることはなく、ただ待って、手助けをしただけ。歌子という主人公と相性がよかったのか、その結果とうとう選ばれましたね。
正直に言うと、篠原は表情が少なく、優しいのが一番の特徴なので、物語を動かしにくかったですね。嫉妬したり、怒ったり、歌子のために頑張ったりする場面はとても書きやすかったのですが、日常の描写が。そのお陰で歌子は自主的に動く、自立した主人公になってくれたのかもしれません。
*雨宮渚*
わたしは美少年にはあまりピンと来ないのですが、美少女は大好きなので、歌子がほしがっている親友を出すなら美少女だろう、と張り切って出しました。天才キャラ、意志が強い、ぐいぐい来る、と今思えば歌子とは正反対の要素をたくさん持っていますね。登場してしばらくは、PV数ががっくり減ってしまいました。渚の設定に問題があった気がしています。彼女は篠原と歌子を取り合うに近い、篠原の新たなライバルになってもらう予定だったので、篠原を散々敵視していました。それがよくなかったようです。よって、早々に軌道修正を図り、彼女には篠原と友達になってもらいました。
歌子と仲違いする話(三年生編)は書いていて辛かったですね。本来仲のいい渚と歌子を仲違いさせるのも大変でしたが、絶対にもう戻れないだろう、と思える二人を戻すのも心削られました。二人に思い入れがあり、二人を傷つけるのが辛い、というわけではなく、物語的に無理をしているような気がして。でも、仲直りしてよかったと思います。歌子が一方的に守られるそれまでの関係を更新できたというのは大きな収穫です。
*岸護*
岸は安定しない人でした。多分、初登場時と最後辺りでは性格が違っています。彼の性格が篠原をちょっと悪戯好きにしたくらいのものなので、篠原と混同してしまい、うまく行かなかったのです。後期はやっとなじんできて、安定したなあと思います。渚のことをずっと思い続けるのも大変だったと思います。忍耐強くて立派です。将来は大好きな環境問題の研究に取り組み、そういう会社に入るんじゃないかと思いますね。
*原レイカ*
レイカは名前に漢字があります。「怜香」です。登場させてから漢字を決め、あとで一斉変換しようと思っていましたが、連載初期の更新頻度が一日二回だったため、あれよあれよという間にすごい文字数になって不可能になりました。でも、レイカ、というカタカナが出るだけですぐにレイカだ! とわかるので、逆によかったかなと思います。
主人公の敵として、長い間物語に緊張感をもたらしてくれた貴重な存在です。色んな人をいじめる彼女がろくでなしの彼氏持ちで家族との縁が薄いのは、わたしがそういうものに相関関係を見いだしたからですね。彼女を手助けしてくれる人が現れ、そういったものへの悩みと決別させてくれたのは、本当によかったと思います。
*片桐静香*
片桐さんは拓人と同じくらい「生きている」登場人物で、意志が強いので物語をしっかり動かしてくれましたね。歌子に敵意を持ちますが、拓人がふらふらしてるから当然だと思います。拓人はもう片桐さんへの気持ちを固めているから大丈夫ですね。
将来はキャリアウーマンになると(作者が)思っている彼女は、拓人より稼ぐんじゃないでしょうか。しっかりしてますからね。
*村田舞*
舞はいい大学に入るけど、きっとひとりぼっちで大学にかようんだろうな、と思います。あやは成績がよくないので当然同じ大学ではないですし。色々悩み、苦しみますが、就職してからくらいで自分に価値を見いだせるようになるのではないか、と思います。物語の進行状況の都合で彼女たちの卒業間近の様子を書けなかったのは残念ですが、必ずいつかはいい方向に進むと思います。
*川野美登里*
彼女は立派だと思っています。歌子の二年生のときのいじめでああいう風に行動できる高校生は本当に勇者です。彼女は物語のあとのほうでは友達としているだけになっていましたが、あの行動さえ取れば歌子の一生ものの友人になるのは必然だと思います。だからわたしの中では大事な登場人物ですね。
*立花あや*
当たり前に日向で生きる歌子に日陰で生きる者の辛さを伝えた登場人物ですね。拓人が好きで、でも行動を起こせないからあんなことをしたのですが、彼女はきっと、大学に入ってから彼女にとって素敵な恋人ができるのではないかなあ、と思っています。彼女のコンプレックスを打ち砕いてくれるような人が。でも自己中心的なところのある彼女ですし、歌子にしたことなど過去は忘れてしまうのではないかと思っています。
*坂本悠里*
台詞はありませんが、重要な人です。学校という閉鎖空間では、友達を得るというのは生きるすべを得るのと同じです。そんな中でああいう行動で歌子を窮地に陥れるのは、ひとりぼっちになるかどうかというぎりぎりの位置で生きている悠里のような人物にとっては仕方がないことなのかもしれません。多分歌子のことでずっと思い悩むと思います。
*田中勇気*
いい先生、でも未熟、という人でした。最初は大事なところを見落とす本当に駄目な先生にするつもりでしたが、それでは単なる敵になってしまい、レイカという敵がいるのにもう一人いるのか疑問になり、段々いい先生になりました。歌子が二年生編でいじめられているのに気づいていましたが、中村先生に言われてやっと、という感じだったんだと思います。未熟な先生が成長していい先生になる、という過程はうまく描写できませんでしたが、歌子に認められるようになって本当によかったです。
*中村澄子*
中村先生を出したのは、学校にいる大人の中に、歌子の味方が必要だったからかもしれません。何故出したのか定かではないのですが、出してよかったと思います。学校なのに先生があまり出ないのも変ですし、彼女は歌子に大人を信頼させてくれました。雪枝さんと親子、というのはあとから決めました。途中で、二人は親子に違いない、と思い、いつから親子にしたのかはっきりしないほどです。
今思うにこの物語は、初期は特にプロットなしで流れに任せて思いつくまま書いていたので、登場人物の気分でどんどん話が変わり、歌子の気分で中村先生という先生が生み出されたのだと思います。歌子は中村先生を作ったのです。
*井出光*
歌子と友達になりたくて成績がいいショートカットヘアの女の子、という点で渚ととても被ります。光の涼しげな目や渚の色素が薄い様子を強調したのは正解かと思います。
彼女は歌子と会わない部分が多々あり、いじめっ子気質があるし、歌子と完全に縁が切れる予定でした。最後の最後までそちらに振り切ろうとしていました。なのに書いていたら「こういう友達がいてもいいんじゃないか」と思って、正式に友達になりました。だからあの流れは少々無理がありますね。あとで修正しないといけない点です。
彼女自身は合わない人を見下すところもありますが、その他はいい子だと思います。潔癖なところのある歌子が彼女を受け入れられたのは、歌子がおおらかなところのある性格だからと思います。
*大谷夏子*
歌子に演劇熱を植えつけた友達ですね。彼女はいつも元気に笑っていて、わたしは憂鬱になることが人より少ない人だと思っています。彼女のような湿っぽいところの少ない友達も必要だと思い、登場してもらいました。最初から友達にするかは決めていなかったかと思いますが、彼女の性格と劇での役割を見れば必然でしたね。
彼女が一人浪人になったのは、芸術系の難しい学部を受けたのもありますが、歌子の周りが全員志望校に合格という展開が不自然なので、わたしに選ばれてしまいました。彼女は明るいので、ますます頑張って翌年は受かってくれると思いましたので。本当に申し訳ない。
*王桂花*
王先輩は、何故中国人なのか。それはわたしの子供時代の愛読漫画「らんま1/2」のヒロインあかねのライバルがシャンプーという中国娘だったからです。馬鹿な理由ですみません。
歌子にも恋のライバルが必要だ、篠原に魅力があることがあまり描写されていないし、誰か登場させてみよう、と思って登場させました。登場した回は当時のPV数が最低記録を更新したくらいなので、恋のライバルはなかなか難しいですね。渚登場のときと同じで王先輩の設定がうまくいっていなかったのかもしれないし、実際「目的がはっきりしない」と指摘があったので、王先輩登場の回は王先輩を無用にいい人そうにせず、篠原に対する熱い視線を送ってもらうように修正しました。
歌子とは魅力の方向を反対にしました。色っぽい体型で色っぽい声とロングへア。あと、年上なので大人っぽい魅力を出しました。なかなか手強いライバルでしたが、篠原とつき合わせてみたらどうかな、とは思ったものの、それだと篠原と歌子が元に戻ったときにしこりが残るなあ、と思ってやめました。正解だったと思います。
◎家族◎
*町田達彦*
達彦はいいお父さんだと思います。会社ではバリバリやって立派な上司をやっているのでしょう。ちゃんと稼げないと一人で家の経済を支えるのは大変ですからね。でもその分暴君になりがちなんだろうなあ、と思います。
明るくて、娘をからかうことをコミュニケーションだと勘違いしている節がある達彦ですが、歌子のことを大切に思うあまり、歌子の受験では暴君ぶりを発揮してしまいました。でもわかってくれる人でよかったです。
これからも一人っ子の歌子を可愛がっていくのでしょうが、歌子とちゃんと話したので、大事なところでは引いてくれるのだと思います。
*町田すみれ*
気が弱くて小さくて細いお母さんです。達彦に押されっぱなしの人でしたが、ちゃんと芯がありましたね。歌子をいつもちゃん付けしていましたが、達彦に怒ったときは呼び捨てにしていました。彼女にとってはあの瞬間が母親としてのターニングポイントだったのではないのかな。その前にも呼び捨てにしていて、あの辺りでは既に覚悟が決まっていたのではないかと思っています。
*浅井友也*
拓人ルートではまあまあ登場する予定だった拓人の父。でも無口なので地味な活躍だったかも。
*浅井美津子*
拓人によく似た拓人のお母さん。すごい美人だし明るいし、会社ではマドンナなんだろうなあ、と思っています。拓人ルートだったら登場させられたなあ、と思うとちょっと惜しいです。
*浅井絹江*
一度まともに登場したけど、篠原ルートになってからその登場回をばっさり削られた拓人の祖母です。拓人ルートになったら、歌子の恋の障壁になる予定でした。拓人のことが大好きで、片桐さんはしばらく苦労しただろうなあ、と思います。
*篠原学*
学の登場で、篠原と歌子の関係がぐっと近くなりました。ありがたい登場人物です。
あんなに父親を嫌っていた篠原が、兄弟二人のうちで最も父親似というのも、何だかありそうな気がしています。妻がぐいぐい引っ張って、ようやくゴールインしたカップルではないのかなと思ったり。篠原と歌子に近いところがありますね。
好奇心が旺盛な人で、変なものを育てる趣味があるんではないかなと思います。家のどこかでいろんな苔を育てたりしてるんじゃないかな。
*篠原優二*
物語の最後のほうでは変声期を迎えていた優二。初登場時は「子供らしく子供らしく」と念じながら書きました。歌子にいきなり何歳か訊く辺りが子供らしい感じがします。
篠原が上京して中学生になったら、家事を何でもできるしっかりものになるんだと思います。
◎その他◎
*中村雪枝*
友達の少ない歌子の話し相手として登場してもらった雪枝さん。彼女には物語の進行の上で大いに助けられました。歌子に何かがあり、歌子が悶々と考えるにしても、心の中でずっと独り言を言わせるよりは学校外に友達がいて、愚痴をいってもらったほうがいいなと思って登場してもらいました。渚という学校内の親友ができてからは登場回数が減りましたが、いてもらって本当によかったです。
彼女が教員を目指したのは、渚を出すにあたり彼女の存在が物語の進行を妨げないようにと思ってのことですが、彼女にはぴったりの職業だと思います。きっと大型書店の正社員も向いていたと思いますが、教師は彼女の天職だと思います。
*内田真人*
彼が登場したのは、篠原と歌子にもう一波乱ほしいなあ、と思ったからです。かと言って一度別れてまた仲直りした歌子たちをまた別れさせるのも、ワンパターンでつまらない。篠原の剣道部の活動があまり登場していないのも気になりました。元々剣道で歌子を助けて絆を深める展開も漠然と考えてはいましたが。歌子がモテる設定も、拓人と篠原以外にはさほど活かされていないし。というわけでストーカーとして急遽彼を作り、登場してもらいました。
思いこみの強い人物なので、簡単に行動が思いつき、どんどん書けました。どんどん歌子たちを追いつめ、物語に波を作ってくれました。ありがたいです。彼は結局憑き物が落ちて二人を諦めましたが、本当に憑き物としか言いようのない感情を抱いていましたね。わたしが抱かせたのですが。
彼はこの出来事をきっかけにどんどん強くなり、将来その剣道の強さが活かされる仕事に就き、いつか篠原とどこかでまた試合をするんじゃないかな、と思います。
*最後の言葉*
長々と登場人物の解説を書きましたが、これにてあとがきは終わりです。この「蜂蜜製造機弐号」は初めてPVをまともに見て、それによって展開を変えたりした、わたしとしてはエンタメ寄りの作品です。最後は物語を大きくまとめるためにPVが低くても構わず書いていましたが、もう少し見ればよかったかな、と思います。読者の反応を見ることで、今までの自分の作品がいかに自分中心に漠然と書かれていたかを知りました。
また、三年三ヶ月もの長い間、たくさんの登場人物と長くつき合ったことで、想像上の人間を生かすことがわかった気がします。そういう意味では歌子たちには大いに感謝しています。今後の作品ではそういうことを活かせたらいいなと思います。
では、長い間ありがとうございました。またこういう読者と近づける作品を書けたらいいなと思います。
二〇一七年三月五日 酒田青枝