5話目 朗読会
この国にはノーラの他に精霊が視える人物は、テオバルトしかいない。
御遣い様の愛ぐし子と呼ばれて誰よりも特別扱いされている存在なので、会いたいなぁと思っても会える人ではないという事だ。
ノーラも一応、御遣い様の愛ぐし子なのだが。
ちなみに超絶美形のイケメンだから会いたいのではない。
精霊たちに嫌われている少年の事を聞いてみたいだけである。
「そうだ、ジン君のお嫁さんになりたい女の子は何人くらいいるの?」
「聞いたことないよ」
「ワタシはルソール様のお嫁さんが良いなぁ」
その日、ジンがいないので他の神官見習いたちと自習をしていたノーラが女性陣に尋ねてみたら、ジンに懐いている子まで「良い人だけどお友達でいて欲しい人」と言うような返事しかなかった。
好かれる人とモテる人は似て非なるものだった。
「ルソール様って独身なの?女の人たちが毎日何百人も押しかけてそう」
「10人くらいだよ」
「強い女の人だけが残ったのよ」
「…そっかー」
美形の神官ルソールは予想通りモテる人だったようだが、強い女の人が恋のライバルを蹴散らして10人くらいが生き残ったらしい。
新規参入は厳しい戦場に違いない。
ある日突然、隠していた恋人と電撃結婚しそう。
「ノーラがジン兄のお嫁さんになるの?」
「あたしが年頃になってもジン君が売れ残っていたら、それもアリなのだろうか…」
「売れ残ってそう」
「ジン兄だし」
ジンが可哀想だから止めて差し上げて!と言いたくなる言い草だ。
でも親しいから出て来る軽口である。
きっとその前に良い人と出会って結婚している。きっとだ。
女の子同士でそんなコイバナをしているうちに時間が過ぎて行った。
自習は…あんまり捗らなかったけど。
グランダル王国の国民の識字率はさほど高くないらしい。本が高価な物なので、それも仕方がないことだろう。
そのためグラン・グラダ大神殿では定期的に聖典の朗読会が行われていた。
聖典が読めない信者たちが熱心に通って来ている。
ノーラとまだ聖典がほとんど読めない神官見習いの子たちも、授業代わりに参列していた。
ノーラは初参加だ。
今日のお話は字の練習に使っている冊子にも載っている、特に有名なエピソードらしい。冊子持参で来たが、ノーラは「御遣い様」しか知らないのでさっぱり役に立たなかった。
だが雰囲気は分かったし、話の内容もようやく判明した。
「人間が初めて御遣い様と出会うお話だった!」
「ちゃんと聞いてたのね、偉い偉い」
コイバナをしたおかげか女の子たちと仲良くなって来たが、褒められたのか笑われたのか。
5歳児相手ならこんなものか。
そもそも御遣い様は神の遣いなので、天国に相当する場所に神様がいるらしい。
その神様の話はまだ聞いていないのだ。
どうせなら順を追って聞きたいものである。
子どもたちと聞いたばかりの話をしながら人の流れに乗って礼拝堂を出ようとしていると、わざとらしいくらい大きな声が響いた。
「御遣い様だ!御遣い様だよ!僕には御遣い様が視える!」
ノーラたちは声のした方向を見てから、全員で礼拝堂の奥に目を向けていた。
御遣い様は朗読会の前からずっと不在である。ノーラが「いないね」と言ったら年上の子が「朗読会の間はいつもいらっしゃらないのよ」と教えてくれたものだ。
自分の話だから恥ずかしいのか、苦手な人間が来ているせいなのかは不明だが。
「奥のお部屋にいるの?」
「そうだと思う…」
たまに視えないのに視えると言い出す人間が出るそうだ。子どもの言うことだから問題にはしないようだ。
親が言わせているケースもありそう。
ノーラたちは巻き込まれる前に礼拝堂を出た。対応するのは大人の仕事なのだ。
たまに起きるイベントだから簡単に片付くと思っていたのだが、どうやら原因は「貧民街の孤児が神官見習いになった」ことだったらしい。
つまりノーラの事である。
王侯貴族より庶民のほうが貧民街の人間を見下して、あんな劣等種どもが神官になれる訳がない!と思い込みたがるらしいのだ。
貧民を放逐しろ、しないのならうちの子を神官見習いにしろ!と支離滅裂な要求をしていた。
大神殿の中ではノーラが神官見習いに偽装した御遣い様の愛ぐし子という話は共有されているので、出来ない相談だった。
唯一の愛ぐし子がまだ若いとはいえ、1人しかいない現状はあまり好ましくない。テオバルトに何かあったら愛ぐし子不在になってしまうので、予備人員は欲しくなるだろう。
たとえ貧民街の孤児だとしても。
「あの差別思想が嫌われる原因じゃないのかな」
「不用意な言葉を吐くな」
喚き散らす過激派をこっそり見ながらノーラがコメントすると、同じく呼ばれたらしいテオバルトに怒られた。
ぽやぽやたちが過激派たちのいる礼拝堂には皆無なのだ。あれは大分嫌われている。
他の神官たちは聞こえないフリをしているが、たまに御遣い様が近寄らない人間がいるとかで、精霊たちに敬遠されている人間の存在は否定しなかった。
今も御遣い様はお部屋から出て来ていない。
「あ、煌くテオバルト様に聞きたい事があった!こっそりと聞きたい事が!」
「大きな声で言えない話か…後でな」
「じゃあ小声で聞きたいけど、うっかり聞かれても大丈夫だと思う質問もあるの」
「…なんだ?」
「結婚してるー?お嫁さんどんな人ー?なれ初めはー?」
「独身だ。恋人もいない」
見た目も肩書きも最高なのに、20歳前後に見えるイケメン様がフリーだった。
やはり乙女ゲームの攻略対象だから、ヒロインちゃんと出会うまではフリーでいないといけない世界の強制力なのか。
「…可哀想なものを見る目を向けるな」
「ルソール様みたいに選りすぐりの強い女の人たちしか選択肢がなくなる前に、素敵な人と出逢えると良いね…」
「待って下さい!わたくしの選択肢がすでにないような発言は看過できないのですが!?」
流れ弾でルソールが青くなっているが、隠し恋人がいない限り選りすぐりの猛者…もとい強い女の人たちしか残っていないと思うのだ。
他は駆逐されたらしいので。
たとえヒロインちゃんが登場しても、選りすぐりの猛女たちを凌ぐ存在という事になる。
ヒロイン強すぎ。
なんて関係ない話をしている間も、過激派は自分勝手に喚き散らしていた。
対応している神官たちが疲れた様子だった。
そこに大神殿の外から、護衛を引き連れた男が入って来た。
ノーラ以外の全員が姿勢を正して敬意を示している。そう、テオバルトも。
ノーラはキョロキョロしてから急いで真似をしたが、ちゃんと出来たか自信がない。
怒られなかったので多分セーフ。
「あれか。大罪を起こしている自覚もないゴミは」
「御足労をおかけしてしまい、申し訳ございません」
「良い。報告のあった子供を見る口実になった」
子供…ノーラの事だろう。
そ~っと窺ったら目が合ってしまったので、慌ててうつむいた。
怒られなかったが、好奇心は猫を殺すということわざが思い出された。
テオバルトより偉い人は護衛たちと礼拝堂に入って行った。喚き散らしていた過激派が「ひぃっ!?」と悲鳴を上げている。
ノーラはもう大丈夫かなと周囲を確認してから、大人たちに尋ねた。
「どなた様?」
「王太子殿下のイグレオン様だ。一部のお方たちにはお前の事を報告してある」
王太子…と礼拝堂をこっそり覗く。
30歳前後の美丈夫で、格好いいというより強そうと感じる覇気の持ち主だ。
ちょっと怖いとも言う。
ノーラの好みではないが、攻略対象の可能性はある。妻子持ちな気がするけど。
「なんでそんな大物が現れたの?」
「御遣い様が視えない人間が、神官になりたくて嘘を言い出す事が稀にある。この国ではその罪を裁くのは大神殿ではなく王家の役割になっているからだ」
王家に限定されていて、貴族にも裁く権利は与えられていないらしい。
過去に面倒臭い事件になって、そんな決まりを作ったパターンだろうか。
たいていはそんな大事になる前に終わる。子供の嘘くらいなら、叱るだけで許されるのだ。
親が原因だと目の前のような展開になるけど。
「神殿で対処するとグリ…グリグリ…教国?が介入するとか、そういう話?」
「グリド・グリズド教国だ。お前は難しい話をする割に物覚えが悪いのか?」
「グラとかグリばっかりで覚えにくいんだもん!」
グラグラとグリグリで良いと思うのだ。
ノーラには覚えられる気がしない。
「今日の御遣い様のお話で出て来た場所こそ、グリド・グリズド教国内にあるグリードの丘なのだぞ。始まりの丘の名前にあやかってグランダル王国、王都グラナダール、グラン・グラダ大神殿の名前が付けられたのだ。同じく他国でもグリードの丘の名前から…」
「グルグルとかグレグレが出て来る…!?」
老神官の薀蓄にノーラが頭を抱えると、ルソールが聖者のような慈愛溢れる笑顔でトドメを刺しに来た。
「覚えていただかなくてはなりませんよ」
先程の仕返しに違いない。
善人ヅラで裏があるタイプに確定した。
しかし御遣い様の愛ぐし子が覚えていなかったら信者たちにしめしがつかないので、覚えなくてはならないのはただの事実だった。




