4話目 精霊の好意
前世の『あたし』は活発な性格だったはずだが、ノーラはノンビリさんでボンヤリさんだった。
おかげでオンとオフの落差が激しい人になっていることにノーラは気づいた。
人と話しているとテンション高めなのに、ひとりになるとぼんやりぽやぽやを眺めてしまう。
ぼや〜と1日中でもぼんやりしていられる。
前世の『あたし』は落ち着きのない人だった気がするので、違和感がすごい。
でもぼんやりするのは苦ではないのだ。
それで『あたし』はノーラなんだな、と納得できていた。
「いわゆるハイブリッドなあたし」
「意味の分からないことを言ってないで文字の練習をしろ」
神官見習いのジンに怒られて、ノーラは机に向き直る。読めない異世界語の冊子が1冊と、冊子より一回り大きいサイズの黒板が置いてある。
『あたし』は勉強が苦手っぽいが、ノーラはぼや〜とするだけで考える様子もない。
ハイブリッドなのに結局、勉強が苦手な子供でしかなかった。
転生チートとか存在しなかったらしい。
ノーラは5歳児の小さな手でチョークを握って、四苦八苦しながら冊子の見本を書き写す。最初に覚えさせられるのは「御遣い様」という単語だった。
冊子には特に有名な神話が書かれていて、まずはこれを読めるようにならなくては始まらない。
そして書き写して写本作りも仕事になるらしく、こうして練習しているのだ。
神官見習いも楽ではなかった。
ノーラは神官見習いではなく、御遣い様の愛ぐし子のテオバルトが保証した愛ぐし子なのだが、当面は神官見習いとして扱われる事になった。
おかげで神官見習いの服を与えられて着替えている。誰かのお古らしいが、今まで着ていたボロより着心地が良い。
結局家に放置して来た荷物は取りに戻らなくて良さそうである。
この采配はだいたい大人の事情だが、字も読めない貧民街の孤児を愛ぐし子と認めると喚く連中がいるらしいのだ。
身分制度のある世界なので、貧民は劣等種とか下等生物だと言い放つ連中が一定数いる。
過激派は認めたくないという理由で、殺してなかったことにしようと短絡的な行動に出る危険がある。
どっちが下等生物なのか分からない話だ。原始人どもめ。
そのため、それなりの教養を身につけて、それっぽい言動のできる子にならないと愛ぐし子として公表できないそうだ。
ノーラもぼや〜とした頭悪そうな子が出て来たら「こんなガキが!?」と驚くだろうから、仕方がない話なのだ。
前世の礼儀作法は多少覚えがあるのだが、付け焼き刃でしかない。
そして日本の礼儀作法は異世界では「変な動き」扱いになるものが多かった。
お辞儀も握手もこの国の文化には存在しないことを知ったばかりだ。
などとぐだぐだ考えながら、ノーラは「御遣い様」と書いてはジンに見てもらい、消して書き直した。
ここは神官見習いたちが勉強する教室なので、他の子どもたちもいる。それぞれの進行に合わせて、個別に勉強中だ。
教師役の神官もいるそうだが、時間のある時だけ来るらしく、今は子供たちしかいなかった。
ジンより年上の見習いもいたが、小さい子たちは面倒見の良いジンが見ている。
ぽやぽやにも子どもにも好かれているジン君…5年後くらいに乙女ゲームの攻略対象にエントリーする逸材かもしれない。
でもな、外見はちょっと可愛いけど並みって感じだし。
「おい、ぼーっとしてないで手を動かせ」
「はっ!?寝てないよ!?」
「起きてようがぼーっとしてたら同じだ」
それはノーラの個性なのだ。でも今はあたしがノーラだったと、大人しく頷いた。
だがすぐにぼんやりしてしてしまうのだ。ノーラもこれは改善したい部分である。
しかしぼんやり7日も絶食したまま餓死コースに突入していた、筋金入りのぼんやりさんである。
直せる個性なのかは不明だった。
こういう場所は優秀な新入りは目をつけられると相場が決まっているが、ノーラは気がつくとぼや〜としている駄目な子よりの新入りだったので、冷たく一瞥だけして無視している神官見習いが多かった。
神官見習いになる条件は御遣い様の姿が視えることなので、身分は関係ない。
しかし選民意識の強い神官見習いは多いようである。
中でも貴族の出身の神官見習いは、庶民と同じ扱いなど許さない!と別行動をしているそうだ。
庶民のほうも面倒臭いのが寄って来ないほうがありがたいので、ベストな関係かもしれない。
「ジン君、愛ぐし子様って何人いるの?」
「今この国にいらっしゃるのはテオバルト様だけだ。でも多かった時代には10人近くいらっしゃったらしいな。そのうち歴史で習うだろう」
特に人数制限はないようだ。
多ければ多いほうが良いのか、希少価値が下がるものなのか。
ヒロインちゃんが愛ぐし子として颯爽と現れて、乙女ゲームが始まるのだろうか。
それともヒロインはお貴族様スタートなのか。お城で王子様とすでに恋愛イベントを始めているのかもしれない。
見に行けないのは残念だ。
「総本山のグリド・グリズド教国には3人の愛ぐし子様がいらっしゃるって話だけど」
「グリグリ…教国…」
「グリド・グリズド教国だ」
グラグラの次はグリグリとか、間違えさせる気しか感じない。きっと次はグルグルに違いない。
「……グラ、グラなんとか王国…」
「グランダル王国だ!」
ノーラの記憶力がいまいちだった件。
転生チートとかマジでなかったようである。
前世の『あたし』なら……あんまり記憶力が良かった覚えはなかった。
つまりこれは必然。
悲しい事実だった。
ぽやぽや精霊たちはそこら中にいるのだが、ジンは精霊の愛ぐし子と呼んで差し支えがないくらいまとわりつかれている。
だが精霊たちが避けて通る人間が近づくと、そんなジンから離れて行ってしまう。
つまり精霊たちがとんでもなく嫌っているという事かもしれない。
ノーラはジンに大神殿の中を案内してもらって歩いていただけだが、ジンに絡んで嫌味を言っている人物を見てそう思った。
精霊たちがさーっと離れて行って、遠くからジンを見ている気配がするからだ。
ついつい、ぼんやりとぽやぽやの動きを眺めてしまった。
ここまで嫌われている人間は始めて見た。
何をやらかしたんだろう…それとも生まれつき…?前世が悪魔だった的な。
業値いくつくらいかなぁ〜とノーラが中空を見上げてぼんやり考えていると、ジンに絡んでいた少年がノーラにも嫌味を言って来た。
「お前もこんな出来損ないについてると、出世できないぞ」
「え〜、あたしは生まれつき出来が悪いんだって思い知らされたばっかりだしな…」
出世の話も興味がない。
というか神官見習いは世を忍ぶ借りの姿なのだ。
神官の地位も違いが分からない。
「そ、そこまで酷くなかったぞ」
「日がな一日、ぼんやりしていたい…」
「勉強しろ」
気を使ってくれたジンも、そこは厳しかった。
だがノーラは百年でもぼんやりして過ごしそうな子だったのだ。
嫌味な少年もノーラは駄目だと悟ったのか、「はっ、お似合いだな!」と吐き捨てて去って行った。
褒め言葉だろうか(それはない)。
「…ところで誰だったの?」
「両親が神官なのに御遣い様が視えなくて養子に出されたっていう、まぁ、訳ありだよ」
あんなに絡まれていたのに、ジンは同情的だった。
これはジンの善性が逆に悪い方向に作用してしまった結果な気がする。
神官見習いの性悪連中のほうが、ああいうタイプには救いに映るだろう。ただ能力があっただけで、性格は関係ないのだと見て分かりやすいから。
自分に能力がなかったとしても、神官になれないのはそれだけが理由なのだと思いやすい。
両親に捨てられて養子に出されたのも能力だけが原因なのだ。
そんなふうに、自分に言い訳できるから。
全てノーラの妄想だが「神官になる能力がない」「養子に出された」というキーワードから連想しやすい状況だろう。
神官見習いたちを見ていれば、神官たちの価値観も推して知ることが出来る。
選民意識の強い連中は無能などいらない、と子供を捨てるだろう。
ノーラの母親みたいに、子供に愛情の欠片も抱かない人間も存在するのだから。
ちょっと同情したノーラだが、でもぽやぽやたちに嫌われている理由にはならないなと思う。
お気に入りのジンに絡んでウザいからキライ!という幼稚な反応ではない。それなら神官見習いたちも似たようなものだったのに、全く気にしていなかったのだ。
やはり前世の業だろうか。
ノーラがテオバルトのようにぽやぽやにまとわりつかれていないのも、前世の業なのか。
分かることは、迂闊に「精霊たちに嫌われてるヨ」と言ってはいけないという事だ。
大惨事間違いない、と具体例を見て悟ったノーラだった。
「…は!?この濃い設定は攻略対象か!?でもなあ、顔は並みがせいぜいだしなあ」
とか後になって考えました




