3話目 御遣い様
ノーラは2日間ゆっくり休んだら、動けるようになった。
ぼんやりした子だったが、けっこうタフだったのかもしれない。
ベッドから起き上がれるようになったら神官見習いのジンが「行くぞ!」とノーラを連行したが、5歳児の歩く速度にちゃんと合わせてくれるジン君(10歳くらい)だった。
「ジン君、弟とか妹がいるの?」
「なんでジン君呼ばわりされてるんだ…オレは末っ子だけど、同じ見習いのガキ共の世話ならしてる」
「ジン兄ちゃんのほうが良かった?でもジン君って感じだしなぁ〜」
「兄ちゃん呼ばわりもやめろ…!」
そんな話をしながらグラン・グラダ大神殿内の廊下を歩く。
意識のない間に運び込まれたので、ノーラは初めて大神殿内を見て歩いている。
外観も知らない建物なのだが、石壁と石造りの床で、思ったほど豪奢な感じではない。
しかしそれはノーラが休んでいた部屋のある区画が、神官たちの暮らす場所だったからだ。
しばらく歩いて扉をくぐると、別の建物のような装飾が施されていた。
高い位置にガラス窓があり、明るい太陽光が差し込んでいる。
壁や柱は白く、同じ石の床でも磨き抜かれて顔が写る。中央を歩く設計なのか絨毯が敷かれているから、スカートでも中が写る心配はない。念の為。
「おおお、すげー」
「御遣い様のおわす大神殿だからな!ここの神官になれるのは、御遣い様の姿が視える者だけなんだぞ!」
「ジン君は視える人なの?すげー」
子供っぽくドヤッているジンは可愛いと言える。大人だったらいけ好かない態度でもお子様はお得である。
ノーラは御遣い様がなんなのか知らないが、そこら中に飛んでるぽやぽやは違うんだろうなと思う。
ぽやぽやがジンの回りにいても、ジンは無反応だったので視えていないようだ。
でもぽやぽやたちはジンの事が好きらしく、他の人間よりたくさんまとわりついていた。
視えていたら鬱陶しい事この上なかっただろう。あれは視えていない(確信)。
などと考えているうちに、美しい廊下から大神殿の入口の広いホールに出た。
目的地はホールから入れる礼拝堂だった。
ホールの装飾も華やかだったが、礼拝堂の中はさらに荘厳さが追加されていた。
大勢の信者がいるが、堂内の空気が違う。
ジンも態度を改めて、少し声を潜めて言った。
「奥に御遣い様のためのお部屋があるんだけど、良くこちらにいらして我々を見守って下さってるんだ。今もいらしてる」
「なんか空気が変わったと思ったら…!」
「分かるか?とても恵まれているんだぞ、ここに入れるって事は」
ジンの話では、御遣い様は世界の数ヶ所にのみ降臨なさっていて、このグラン・グラダ大神殿はそのひとつだという。
御遣い様の数より国の数のほうが圧倒的に多いので、参拝できる信者も限られてしまう。
「昔、御遣い様のいらっしゃる聖地を奪おうと戦を起こした王がいた。御遣い様は人間の争いに関与なさらないので、その愚王が勝利してしまったんだ」
「ほうほう」
「でも愚王が大神殿に踏み込むと、御遣い様はその地から去ってしまったそうだ。神聖なるお方を奪うことは誰にも出来ないことなんだ」
ジンは御遣い様すげーという様子だが、為政者たちは御遣い様伝説を利用してそうだなとノーラは思う。
この国の王は「御遣い様に認められている!」とか自分に都合良く喧伝してそう。
知らんけど。
そしてノーラは心の中で問う。
御遣い様って天井近くにいるでっかいぽやぽやのことじゃないんだよね?と。
天井に鮮やかなフラスコ画が描かれているので、ちょっと見上げていても不自然に思われないだろう。
そのフラスコ画も良く見ると、ぽやぽや伝説っぽいのだが。
「ジン君、天井の絵は何?」
「あれは御遣い様と精霊たちを描いたものだ。光り輝いていて、それは美しいらしいぞ」
「精霊…」
「精霊は愛ぐし子様にしか視えないんだ」
ぽやぽや伝説…黙っているべきか。
カミングアウトしたら大神殿で悠々自適に暮らせるのだろうか。
信じてもらえるかは不明である。
でっかいぽやぽやを指して「視えます!」と言っておけば、神官見習いにはなれる気がする。
それが安全だろう。
よし、それで行こう!とノーラが思った所に大人が近づいて来た。ジンと一緒に振り仰いだ。
「あ!テオバルト様!」
「起き上がれるようになったと聞いて様子を見に来たが、思った以上に元気そうだな」
ジンが喜びながら応じているのは、イケメン神官ルソールより、さらに目を惹く美貌の青年だった。
金髪碧眼の紅顔の美青年である。
ついでにぽやぽやが大量に憑いている。
いやもう、憑かれていると言いたいレベルのぽやぽやなのだ。
おかげで天然のエフェクトで眩しい。
薔薇の花じゃなくて輝くぽやぽやの群れを背負って登場する美青年。
「これはパッケージの中央を飾るメインヒーロー…!眩しい!」
「…何を言っている?」
「えっとあの育った場所がアレみたいで、時々妙なことを言うんです!」
つい乙女ゲームの設定をつぶやいたら、訝しんだ美青年にジンが言い訳してくれていた。
ホントにいい子…!
内容はともかく。
「でもこれは乙女ゲー確定では?ヒロインちゃんが実在する流れでは?ヒーローは何人かな」
「お前もご挨拶しろ!お礼を申し上げろ!」
「は!そうだった!助けてくれてありがとう、輝く美貌のお兄さん!」
「愛ぐし子様だ!テオバルト様だ!」
褒めたのにジンに怒られた。
この世界では褒め言葉にならなかったもよう。
「私ではなく精霊たちに言うと良い。導いて助けるように訴えていたから従っただけだ」
「あの天井の」
「そう、あそこに描かれている精霊たちだ」
ノーラが助けてと言ったから助けてくれたのだろうか。ぽやぽやたちの行動は謎である。
「え、精霊たちが…」
「どうやらこの子供は愛ぐし子らしい」
なんか秒でバレたのですが。
ぽやぽやたちに密告されていた件。
いや、よかれと思ったのかもしれないけど。
ノーラは目をそらして、誤魔化した。
「あたしは、その、ジン君がぽやぽやした光にめっちゃ好かれてることくらいしか分からないので…!」
「え!?」
「そういう話は不用意にするな」
敬遠されている人間に聞かれて正直に答えるつもりか、とテオバルトに怒られた。
確かに、ぽやぽやたちが近寄らない人間もたまにいる。貧民街のゴロツキたちでさえ、ちょっとは近くにいるのに。
「ジンも聞かなかったことにしなさい」
「は、はい」
頷きながらもジンは顔がにやけている。
嬉しいことだったらしい。
視えていないから鬱陶しさが伝わっていないのだろう。
ぽやぽやたちが「両想いだった!」とばかりに増量されているけど。
「眩しい…」
「それで私にも言ったのか、眩しいと」
「眩しくないの?」
「馴れた」
馴れるものだったのか…
ノーラの周りにもぽやぽやはいるが、眩しいほどたくさんではない。
ノーラよりジンのほうがたくさん連れているだろう。愛ぐし子とは何なのか。テオバルトはまさに愛ぐし子とばかりに輝いているけど。
いや、精霊ではなく御遣い様の愛ぐし子だった。
「御遣い様とは一体…」
「ここでしっかり教えて貰え」
大神殿で勉強することが決定していた。
だが餓死するよりも、大神殿で世話になれる立場はとても幸運なことだろう。
気楽そうな神官見習いくらいが良いなぁ、とか思ったけど。




