2話目 出会い
お腹すいたぁ〜、と思いながらノーラは歩いていた。
毒親が失踪してから7日間、井戸は無料で使えたので水くらいはあった。
5歳児には井戸から水を汲むのも難易度が高いが、なんだかんだで汲み上げて分けてくれる人もいたのだ。
邪魔だよ!早くおしよ!と怒鳴られたので感謝しようと思いにくいが。
でも食べ物はなかった。
母が根こそぎ持って行ったのではなく、以前からその日暮らしだっただけである。
7日間ぼんやりしていただけだが、腹は減る。
ロクに動いていなかったのでまだなんとかなっているのかもしれないが、8日目に突入して、商店街まで行ったりしていたのでフラフラし始めていた。
「ねぇねぇ、ぽやぽやさんたち、言葉が通じるのなら、あたしを導いておくれ〜…」
ずっと視えているぽやぽやした光るナニかすら幻覚だった気がして来たから、思考力も低下しているのかもしれない。
ぽやぽやたちは言葉が通じたのか、ノーラを先導するように動き出した。
ノーラは何も考えないまま、それを追ってフラフラと進んだ。どこに向かっているのかは、もちろん分かっていない。
だいぶ限界が来ていたようである。
5歳児にはかなり遠かったが、ノーラはぼんやりというより朦朧とし始めていたので疲れも気にならなくなっていた。
よろりよろりと歩き、周囲の景色は目に入っていないし、音も耳を素通りしていた。
ただぽやぽやした光を追いかけているだけになっていた。
「あ〜、お花畑が見えて来た〜。うふふ、あはは」
冗談のつもりの戯れ言が冗談になっていないと気づくこともなく。
足がもつれて転んだが、転んだ自覚も出来なくなっていた。
「なんかお父さんの声が聞こえる…お父さんがあの世から呼んでいる…そうか、お迎えが来たんだねぇ〜…」
あくまで冗談のつもりだった。
転んだ子どもを心配して近づいた人が真に受けて慌てていたが、ノーラは気づいていない。
そして事実、召されかけていた可能性もある。
そこで気を失ったので、ノーラはその後に何が起きたのか知らない。
目覚めたら天国にいた。
というタチの悪い冗談は比喩表現として、ノーラは知らない場所のベッドで寝かされていた。
ここは定番のアレを言う場面だろう。
「知らない天井だ…」
ちょっと満足して室内を見回す。
貧民街のボロ屋とは比較にならない立派な部屋だった。
日本基準なら、無機質な病院の一室とか学校の保健室という雰囲気だ。
起き上がろうとしたが、力が入らなかった。
そこで思い出した。
「お腹がすいた…」
横になったままのノーラの視界で、ぽやぽやたちがぽやぽやしている。
世界は平和で世はこともなし。そんな光景だ。
ぼーっとしていたら、しばらくしてから人が部屋に入って来た。もちろん知らない人である。
「目が覚めたようですね」
白金の長い髪に金にも見える琥珀の瞳の、やたらと顔の良い若い男だった。
5歳児相手に丁寧語を使うイケメンである。
乙女ゲームの攻略対象だろうか。
ここは乙女ゲーの世界だった…?
などとぼんやり考えたノーラだが、好みのタイプかと聞かれたら「いや、別に」と答える。
乙女ゲームなら底抜けに明るい裏のない爽やか系男子が好みだった。
裏の顔とかありそうなタイプは、ちょっと苦手である。
あくまで個人の好みの話です。
目の前のイケメンは裏のない、ただひたすら優しい人の可能性もあるのだ。
乙女ゲーの世界ではない可能性もある。
「…年の差ありすぎるから、ないな!ヒロインちゃんはどこかにいるかもしれないけど、あたしはただのモブだ!ひゃっふーっ!」
「あ、あの、頭は大丈夫ですか…?」
具合ではなく頭の心配をされた。
仕方のない言動だった。
ノーラも自分が声に出していた事に気づいて「なんでもなーい」と誤魔化した。
手遅れでも言っておかねばならない時もある。
イケメン青年も言われないと対応に困るだろうし。
「ここはどこ?あたしはノーラ」
「ノーラさんとおっしゃるのですね。わたくしはルソールと申します。グラン・グラダ大神殿の神官をしております」
「ぐらん、ぐらだ…ぐらんだる?ぐらなだーる?グラグラ言い過ぎ!?」
「御遣い様がいらっしゃる聖地ですので…」
確かグランダル王国の王都グラナダールだったはずだ。
そこにグラン・グラダ大神殿がエントリーして来た。
ノーラは間違う未来しか見えて来ない。
そして熱心な信者に激怒されるのだ。コワイ。
「グラグラ大神殿じゃ駄目だったの…?」
「はい、駄目ですよ」
そこはイケメンもきっぱり否定した。
みんな愛称グラで良いじゃない。
グラ王国の王都グラ。グラグラ大神殿。
大地震で壊滅しそう。
「大神殿とだけ呼ぶ方が多いので、無理に使わなくて宜しいかと」
「なるほど!みんな覚えられなかったとみえる!」
「いえ、覚えています」
ノーラは無理な気がしている。
大神殿だけで乗り切るしかない。
「…なんか益々お腹がすいて来た…」
グラグラ言っていたせいでグラタンが食べたい。この世界にグラタンが存在するのかは知らない。
少なくとも貧民街にはなかったと思う。
「空腹以外に不調は感じますか?怪我は見当たらなかったのですが…」
「ううん、8日も何も食べてないから、お腹がすき過ぎて、他はなんにも…」
5歳児に丁寧すぎる言葉が通じるものなのかな、とルソールの発言に首をかしげる。
ノーラの中の人はオバサン…かオネーサンなので分かるが、ぼんやりノーラだったらぼや〜と聞いて???という顔をした気がする。
いや、王国というからには王侯貴族がいて、子供たちは英才教育を施されているのだろう。
そんなお子様たちなら理解できるのだ、たぶん。
「神官さん、お貴族様だった!?」
「いえ、商家の出身ですが…何故そんな話に…」
「なんか馬鹿丁寧な話し方するから…」
それとも神官という役職の人間はこれがデフォなのか。神殿があることすら初めて知ったノーラには、うかがい知れない情報だった。
「8日も食べていなかったのなら、しばらくはこういう物で胃を慣らせ」とぞんざいな態度の神官見習いの少年がノーラに食事を運んで来た。
そばかすが可愛いが、兄貴っぽい雰囲気のある栗色の髪と眼の少年だ。ぞんざいな態度だけどテキパキと慣れた動きで用意してくれる。
馬鹿丁寧に話すのはルソールくらいのようだ。
ノーラは久しぶりの食事に夢中になって、お腹がいっぱいになったら眠くなったので寝てしまった。
具のないドロッとしたスープだったが、コーンスープではなかったと思う。見た目はあんな感じだったけど。
そして再度目覚めて、同じスープを食べている時にようやく気づいた。
「タダでお世話になってるけど、大神殿って身元不明の子供は全て助けてくれる所なの?」
「そんな訳あるか。お前を拾った方が寄付の形で費用を払って下さったんだ」
「…誰に拾われたのか、全く覚えてない…」
神官見習いのジン(ご飯を食べながら名前は聞き出した)が「バチあたりめ」という顔でノーラを睨んだが、意識が混濁していたのだ。
なんか三途の川が見えた覚えがあるし…
異世界のはずなのに。
「御遣い様の愛ぐし子のテオバルト様だ。お前だってお名前くらいは知ってるだろう」
「…そも御遣い様がわからん…」
なん、だと…!?と驚愕に満ちた顔で見られても、神殿があることすら知らなかったのだ。
神殿関連っぽい話など知るよしもない。
どう考えても両親は信者ではなかった気がするし、近所の人たちもそんな話はしていなかった。
「見れば分かるだろうけど、貧民街で生まれ育って、神殿のシの字も聞いたことがなかったし」
「…貧民どもめ!不信心者め!」
日本で学んだ歴史では、貧しい人たちは神にすがって信心深かったという話が多かった気がするのだが、この世界では必ずしもそういう話にはなっていないようだ。
同情するなら金よこせ、という名(迷)台詞が思い浮かぶ。
宗教の話じゃないけど。
「起き上がれるようになったら御遣い様の素晴らしさを叩き込んでやるからな!覚悟しておけ!」
「よきにはからえ〜」
寝ている子供には語らないらしい。
態度は悪いが、案外いい子なジン君(10歳くらい)だった。
○神官見習い
✕見習い神官
混在している事に気づいて直したつもりですが、誤字脱字の類って何故か見落とすんですよね…(意味は同じでも統一したい作者心)




