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精霊が視える少女に転生したあたしの生存戦略〜ここは乙女ゲームの世界ですか?〜  作者: 兼乃木


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1話目 目覚め

 父が死んだ。

 それだけ言って、母がいなくなった。


 ノーラはぼんやりと貧民街(スラム)の空を見上げて、告げられた言葉の意味を考えていた。


 考えるまでもない事実だとしても、5歳のノーラには受け入れがたい事だったから、考えていたのは都合の良い妄想だった。


 貧民街では死は身近なものだったから、ノーラも『父の死』の意味は分かる。

 もう会えない。

 もう父はどこにもいない。


 母が家を出て行ってから7日が過ぎた。

 きっと帰って来ると思っていたけど、ノーラも自信がなくなって来た。


 近所の人たちは「捨てられたんだよ」と言っていた。

「あの女は男しか見てなかった」「新しい男の所に行ったんだろ」「子供は  なだけだからな」「  て行ったのさ」「また  が増えた」


 たくさんの言葉。

 聞きたくない言葉。

 信じられないままの言葉。


 父はノーラに優しかった。

 母は、母は…


 晴れた青空を見上げたまま、ノーラは思考を止める。考えてはいけない事に思えた。


 少し前まで当然だった日常のはずなのに、思い出してはいけない記憶に思えた。


 思考を止めて、記憶を押し込めて、そして明日のことすら考えずに過去を改竄して…


 現実逃避している自覚のない幼い子どもの口から、目をそらしていた事実が(こぼ)れた。


「お母さんに、捨てられた…」


 自分の言葉にびっくりしてノーラは固まる。

 だが次の言葉が勝手に口から出ていた。


「あんな奴、どうでも良いよ!どうするの、これから!まだ5歳なんだぞ、あたし!」


 あたし…?あたしが言ったの?


 あたしは言ってないよ?言ってない、と思う…


 なんで?誰?あたし?


「あたし…かも?」


 混乱して頭を抱えたノーラは、少しずつ、少しずつ『あたし』のことが理解できて来た。


 あたし。


 ニホンジンだった『あたし』。


 前世。転生。今の『あたし』と前世の『あたし』。


「座右の銘は『沈黙は金なり』!じゃあ黙ってろよ、あたし!?」


 ノーラが前世の『あたし』に同化し始めていたが、前世の名前は思い出せないので『あたし』はノーラである。


「あたしはあたしで、あたし以外の何者にもなれないからこそあたしなのであって…!あたしがゲシュタルト崩壊〜!!」


 貧しいながらも親(父限定)に愛されて、純真に育っていた少女が中身年増の柄の悪いオバサンになってしまった、その悲しき瞬間だった。


 いや、オバサンとは決まっていない。オネーサンだった可能性も微レ存。

 だって前世の記憶なんてほぼ甦って来てないからね!

 前世があったという情報以外、何も思い出せないのだ。


「なんか、『シリアスだと思った?残念、ギャグ小説だよ☆』って雰囲気になって来たな…」


 ごめんね、ノーラ(あたし)…と青空を仰いでつぶやいたノーラだった。






 ノーラには暢気に悩んでいられない事情もあった。

 まだ家に住んでいるが、近いうちに追い出されるだろう。貧民街は孤児に優しくない。


 貧民街を実質支配している連中がノーラを追い出して、家賃を払える人間に貸し出すはずだ。

 ノーラは金など持っていないのだ。母という名のゴミが全て持って行ったから。


 もちろん働くアテもないし、助けてくれそうな知り合いもいない。

 父の生前は調子の良いことを言っていた近所の連中は、ノーラが放置されていても余計な話を大きな声で聞こえるように吹き込むだけだった。


 いや、あれは幼児に毒を浴びせて悦んでいただけだろう。さすが貧民街。ゴミカスの掃き溜め。


 父は掃き溜めの鶴だったのでノーカンにしている。

 ノーラには世界一優しかったから、故人は思い出の中で永遠に美しいままでいて欲しい。


 家に帰って家探しをして、ノーラはなんとか父の鞄に持てるだけの荷物を詰めた。

 金目の物は残っていないが、ノーラの服などはさすがにゴミカス毒女も持ち出さなかったのだ。古着屋に持って行っても売れないボロばかりだから。


 父は優しかったが、稼ぎはアレだった。

 貧民街でどうにか暮らせる程度の収入だったのだろう。


「あとは、そう…みんなも視えてるって思って気にしてなかったけど…」


 ノーラはいつでも持ち出せる所に鞄を置いて、家の中を見回す。外を覗いて周辺を窺った。


 ぽやぽや光るナニかが漂っているのだ。

 ファンタジー世界だからただの日常風景なのかもしれない。誰も気にしないような、視えていてもスルーするだけのモノかもしれない。


 でも日本人だった『あたし』が訴えている。


 これ、妖精とか精霊とか言う奴だよねと。人魂ではなく、ファンタジーなナニかだよねと。

 ホラーは止めて欲しい乙女心だ。


 ノーラはちょっとぼんやりさんだったので、ほあ〜と光るぽやぽやを見上げていることもあったが、そんなノーラに「虫でも飛んでるの?」と聞いた者がいた。


 ノーラは「これ虫だったんだ〜」と思って頷いたので追求されなかったが、虫じゃないと今のノーラは思う。


 つまり、ノーラ以外の人は視えていない可能性があるのだ。

 精霊や妖精ならそう言うはずだから。


「転生チート来たコレ!とか暢気に言ってる場合でもないからな…」


 視えているだけなので、特に役に立たない可能性も高い。

 逆に貴重な能力だったら、信用できない連中にバレたら一生利用される危険を感じる。


 近所の人間より貧民街を支配しているヤクザな連中が怖い。義理人情の世界ではなく、暴力で弱者を従えるゴロツキしか見たことがない。


「正解がわからん…」


 ノーラの生きて来た世界は狭く、生きた年月も短い。知らないことばかりで、転生チートも役に立たない。

 日本の常識が通用するとは思えないし。


 何より貧民街の外すら知らない。

 国の名前も街の名前も、何も知らない。


 ぼんやりさんだったオノレがちょっと恨めしい。


 だが知らないのならば知る努力をすれば良いだけだ。

 手軽に近所の連中に聞くのは悪手なので、どうにか聞き出せそうな人間を見つけたい。


 そう、お人好しで子ども好きで安全そうな、そんな都合の良い人間を探すのだ!


 …どうして難易度が高く思えるんだろうな…






 この世界に関する情報を求めて、ノーラは貧民街の外にやって来た。


 どこかに行きたいのではなく、あっちに何があるの?と好奇心を示す形で尋ねながら歩いて来た。


「向こうには怖い人たちがいるから行っちゃ駄目だよ」と言われたのは、ゴロツキたちの根城の方向くらいだ。

 店があるとか、工房があるとか、そんな情報を頼りに来たのである。


 商店街で雇われている者や、工房で働いている者もいるらしく、特に行ってはいけない場所ではなさそうだった。

 働き口なんてないよ!と言い放つババア…オバサンもいたが。


 行くなら娼館に行きな!と別の方向を示していたが、もちろんそんな所には向かわなかった。


 そうしてたどり着いた商店街の人たちは、貧民街の人々よりは小綺麗な身なりをしていた。

 だが日本人基準だと、せいぜい下町という雰囲気に見えた。


 見とがめられて怒鳴られないように、なるべく隅を歩く。暇そうなお婆さんがいたが、ちょっと観察したところ客に対してもキツい言動をしていたので避けて通る。


 貧民街の孤児たちがコソコソしていたのでノーラははっとして、慌てて怒らなそうな雰囲気のオバサンに声をかけた。


「あの、あの、この街の名前はなんて言うの?」

「この商店街に名前なんてないよ。東のハズレの商店街って言う人はいるけどね」

「商店街じゃなくて、街…」

「街?ああ、ここは王都だよ。王都グラナダール」


 田舎じゃなくて王都だった件。


 ノーラはなんとなく田舎だと思っていた。

 貧民街が田舎臭かったせいだ。きっと。


「王都…国の名前は?」

「グランダル王国さ。まだ教わってなかったんだねぇ」


 5歳児なので知らなくても怪しまれなかった。

 オバサンは思ったより子ども好きなのか、隣の国の話や行商人たちが多く来ている国の話もしてくれた。


 グランダル王国は大国ではなさそうだが、戦争で荒れている様子もない。

 平和なのは良いことだ。


 話を聞いている間に孤児たちが万引きを決行して騒ぎが起きたが、ノーラは無事にやり過ごした。


 案の定、そいつも奴らの仲間だろう!と喚く連中が出たが、オバサンが証言してくれた。

 この子はずっとここにいたよ、と。


 喚かれたので、怯えたフリで商店街から逃げた。

 ノーラも行くアテがないと明日は我が身なのだ。


 どうにか脱出する方法を見つけなくてはならなかった。






□ノーラは黒髪に青みかがったグレーの眼をした、平均よりちょっと可愛い感じの5歳児です


□空欄は意図して空けたものですが

「子供は  なだけだからな」

「  て行ったのさ」

「また  が増えた」


邪魔・捨て・孤児などが入ります

(雰囲気で伝わるよネ!と思っても、伝わらない事がけっこう多いので…)

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