19話目 それから
「ご無事です!」という泣きそうな歓喜の声で、ノーラは意識を取り戻した。
死んだと思ったのに。
「死んで、ない…?」
「大丈夫です、間に合いました!良かった!怖かった!受け止め損ねてたらオレも死刑だった!」
知らない人だと思うが、命がけで助けてくれたらしい。言わなくて良いことまで言っている気がするが、聞かなかった事にする。
意識が朦朧としていて覚えてない。そう証言するのだ、命の恩人のために!
精霊たちも「良かった!」「良かった!」とぽやぽや光っている。
ノーラもあの状況から助かる未来があるとは思っていなかった。
めっちゃ殺意を放出した件は許されるのだろうか。今のところ精霊たちは怒っていない。
ノーラは改めて自分の状況を確認する。
知らない男の人は騎士のようだ。お城で見た服装なので、たぶんそう。
馬に乗った騎士に地面に叩きつけられる前に拾ってもらえたのだろう。
今は馬をゆっくり歩かせて、他の追って来ていた集団に合流したところだ。
速度を重視したのか騎馬ばかりだったが、少し後ろのほうからテオバルトも馬に乗ったまま駆けつけてくれた。
やっぱり追いかけて来てくれたのだ。
「テオバルト様ぁ〜…」
顔を見たら泣けて来た。
『あたし』ではなくノーラが安心して気が緩んだのだろう。
一度馬を降りて、騎士からテオバルトにノーラが渡される。テオバルトも心の底から「良かった…!」と無事を喜んでくれている。
そう感じる声にノーラはますます泣けて来た。
自分が助かったことで、全て解決した気になっていたのだった。
結論から言うと、ノーラを助けてくれた騎士たちの他に、犯人を追って行った別の部隊もいた。
こちらはノーラの無事を確かめる暇も惜しんで追いかけていたので「愛ぐし子様の仇!」「きっとご無事だけど仇!」と怒りと不安と焦燥で、苛烈な捕物になったそうだ。
戦力差が無くても負けなかった。そんな気迫。
おかげで犯人は一網打尽に出来た。
でも精霊たちに嫌われた教国の愛ぐし子が半狂乱になっていたので、連行するのに苦労したそうだ。
ノーラはつい「ざまぁ!」と喝采を上げそうになったけど。
そんなことをしているとノーラまで精霊たちに嫌われる人間になってしまうので気をつけよう。
ノーラのほうはテオバルトの屋敷に戻るなりダウンして、翌日も調子が戻らなくて、ぼんやりしていても覇気がなく、もう一晩休んでようやく落ち着いた所だ。
朝からぼんやりしているが、昨日のぼんやりとは違うのである!
本人以外には分からない差だろう。
「そうだ。大神殿のほうは解決したの?」
「大丈夫ですよ。礼拝も元通りに出来るようになっているそうですから」
メイドのメリダに尋ねると、貴族の阿呆が礼拝堂で喚いていたので礼拝もできなかったらしい。それで大神殿に出入りする人が少なかったようだ。
アレは入れなかったな、とノーラも思い出して納得した。
「じゃあ、あたしも大神殿に戻れるのかな」
「ノーラ様の出自は近々公表されるので、こちらから通って頂くことになります」
「シュツジ?何が?」
神官見習いではなく御遣い様の愛ぐし子だ、というシュツジだろうか。シュツジって言ったかな…?
でもテオバルトの屋敷で世話になる理由にはなっていないだろう。
「ノーラ様のお父様はエド様と仰るのですよね」
「うん。エドワルドって名前だよ」
誰もがエドとしか呼んでいなかったが、ノーラが聞いたら教えてくれたのだ。
まあ、聞いた所で娘はお父さんとしか呼ばないけど。
「ご存知だったのですか…」
「お父さんの名前くらい知ってるよ!毒女の名前は忘れたい過去だけど!」
「…あ、お名前だけなのですね」
名前以外に何があるというのか。
「エドワルド様はテオバルト様の叔父にあたる方なのですよ。テオバルト様のお父様の弟君ですね」
「…オジ?オトウト?」
「ノーラ様はオルドバース侯爵家の血筋なのですわ」
メリダが何か、妄想設定を語り出した。
理解が及ばなくて、ぼや〜と聞きながらそんなことを思ったノーラだった。
「あ、ジン君!衝撃の事実が判明してしまったの!」
「侯爵家の血筋だったことか?」
「真っ先に鏡を見直して、欠片も似てない!って衝撃を受けた!」
テオバルトが「友達が必要だろう」と言ってノーラを大神殿に通わせてくれる事になり、ノーラは久しぶりに会ったジンに最大の衝撃を伝えた。
ジンどころか教室にいた子供たちもノーラを見回して「似たところが見つからない…!」と認めていた。
「お祖母さん…お祖母様?に会ったらちょっと似てたから、何かの間違い説を唱えづらくなったけど、でも輝く美貌のテオバルト様との共通点…1個くらいあっても良かったじゃない…」
「そ、そうだな。髪の色とかでも似てたら良かったな」
何かおそろいが欲しかった。
仕方がないので忘れることにしたけど。
「あとね、ここに来る途中で訳ありのジン君のお友だちに会ったから、つい「ジン君のお友だちだー」って言ったら赤くなってたから…あれは押せばイケる!」
「何がだ」
「お友だち」
ジンに絡んで嫌味を言っていた少年のことなのだが、心底嫌っている訳ではなさそうだった。
口出しすると余計に拗れそうだからノーラは「違う!」と赤くなって怒る少年に「そうなんだー」としか返さなかった。
だからそのうちジンなら、ちゃんと友達になれるんじゃないかなと思ったのだ。
精霊たちも考え直してくれたら良いな、と思う。そんなに悪い子ではないみたいだから。
「それからね」
「聞いてやるから勉強もしろ。ちゃんと勉強してたのか?」
「してたよ!グランダル王国、王都グラナダール、グラン・グラダ大神殿は言えるようになった!」
「普通は子供でも言えるけどな…」
覚えたのに褒めてもらえなかった。
でも常識すぎる話なので仕方がない。
「それより、お友だちになってねってワイロのお菓子持って来た!お菓子目的のお友だちから始めよう!」
「それで良いのか…?」
「嫌いな人にはお菓子あげないもん」
ここにいた頃にノーラに見向きもしなかった連中には渡す気はない。
日頃の行いを反省すると良いのだ。
御遣い様の愛ぐし子だと判明してから擦り寄って来る奴なんて、友達になりたいと思えなかった。
特に祖父を名乗るジジイとか、絶対何かの間違いだ!と言いたい性格をしていた。
なにしろノーラを貧民だからというだけで殺そうとした貴族そっくりだったから。
ノーラは侯爵家の血統ではあるが父が勘当されているので貴族ではないし、貴族社会ではなく大神殿で過ごすことになるのだが、そこが理解できていないようだった。
なんであんなのからテオバルト様みたいなマトモな孫が生まれたんだろう…と思ったものである。
しかもノーラの父を勘当した元凶なのだ。
一生許さん!以外の感想は持ち合わせていなかった。
そしてノーラは乙女ゲームっぽい世界で、乙女ゲームとは無縁な日々を送ることになる。
具体的には恋愛イベントがほぼない乙女ゲームである。
皆無ではないので、恋愛できないまま終わる訳ではない。きっと。たぶん。いつか恋人が欲しい人生だった。
そんな悩みも生き延びたからこそなので、大往生をは目指して生きて行こうと思う。
〜終わり〜
□ノーラが主人公の話はここで終わりとなりますが、最後の幕間がございます。




