20話目 幕間4
テオバルトは寿命が縮んだ気がする。
大神殿で悪霊の始末をどうしようかと話していたらノーラが拐われたと言われ、全て放って追跡する準備をして、耳の早い王太子が城の優秀な騎士隊を派遣してくれたから、あれでも最速で追ったのだ。
ノーラが御遣い様の愛ぐし子だったから王家も最優先で対応できたのだろう。
それでもノーラに危害は加えないと侮っていた気がする。その場で殺さないのなら、犯人はノーラの価値を理解していると思い込んでいた。
価値を認めたから拐ったのだろうが、犯人たちの知能が高い証拠にはならないのに。
思い出すだけで心臓が止まりそうになる。
まるで荷物のように掴んで馬車の外にぶら下げやがった。馬車が悪路で跳ねた拍子に放り出しやがった。
なんでその程度のことも予想できなかったのか、あの能なし!
優秀な騎士が飛び出して、地面に叩きつけられる寸前で掬い上げたから助かったが、間に合わなかったらと思うだけで目の前が真っ暗になる。
しばらくは悪夢にうなされそうだ。
なんとか無事にノーラを連れて戻れたが、戻った先には解決していない悪霊問題である。
精霊たちの怒りは解けそうになく、精霊たちどころか御遣い様も「アレを許すとか、ありえないんですけど?」と言わんばかりの反応だった。
神官たちも御遣い様の様子は視えるので「無理だと思います…」「これ以上ご無理を申し上げたら、神の御もとにお還りになられる気が…」と青くなっていた。
最悪も最悪である。
そんな事態になる前に解決するしかなかった。相手が貴族だろうが関係ない。
他の貴族たちだって満場一致で悪霊憑きを切り捨てる案に同意した。
ノーラは悪霊をオバケと言っていたが、子供に詳しく説明しても理解できないだろうと思って言い聞かせる話だ。
聖典を全て読めるようになった頃にようやく正しい意味を教える。庶民の中には一生知らないままの者もいるかもしれない話である。
神や御遣い、精霊たちによって人間は守られている。聖女の伝説にある穢れ、それは悪霊と同じモノなのだ。
神の御力で封じられているが、人間の悪心に呼応して滲み出て来るモノ。
伝説に曰く、悪しき神の放つ穢れ。
聖典に語られる、人々の放つ悪意が地の底に溜まった澱。
混ざり合って、変質して、人間には対処する術のないモノなのだ。
精霊たちに頼って、どうにか暮らしているのである。
聖女には祓う力があった。だから伝説になった。いつか再び現れるのではないかと夢想する、そんな救世主である。
だが繰り返すが人間には祓えない。
祓えないから、切り捨てる。
文字通り、憑かれた者を処刑して、残った穢れを精霊たちに祓ってもらう。
それしか解決策がないのだ。
だからこそ、恐れられる。
なんとか精霊たちに頼み込む。
そして神に祈るのだ。
穢れから救って下さい、と。
ノーラを殺しかけた教国のゴミが喚き散らしている。
アタシは愛ぐし子なのよ!と喚き散らしている。
悪霊憑きの始末は専門の者たちに頼んだが、気分の良いものではない。阿呆の親族が喚き散らしていたが、こちらは一族郎党の没落が決定している。
それは城の貴族たちが手続きしているから、テオバルトは早々に帰宅したのだが。
教国の愛ぐし子という立場は消えていないので、テオバルトが引っ張り出されたのだ。
精霊たちに嫌われ、未だに収まらない怒りに曝されているゴミだろうとも。
「アタシが何をしたって言うのよ!ただの事故よ!殺す気なんなかったの!教国に戻らなくちゃいけなかったから仕方がなかったのよ!分かるでしょ!?」
「何故、私に言う?精霊たちが納得するなら私に言うことなどないが?」
精霊の怒りを解くなんて、本人の心からの反省と改心なくしてありえない。
昨日、阿呆のおかげで身に染みたばかりだ。
御遣い様の愛ぐし子と呼ばれようとも、テオバルトが頼んだくらいでは許したりしないのだと。
何より、ゴミだろうが愛ぐし子だ。
精霊の姿が視えるのだから、自分で言えば良い。
側に精霊たちがいないどころか、怒りを滾らせてたくさんいるのだ。
「アタシはね!先代の教皇猊下の孫なのよ!貧民のガキとは比べものにならないの!」
「ノーラは私の従兄妹だが?」
個人的にはゴミより貧民の子供のほうがマシだとも思う。
知り合いにはいないが、ゴミ以下の存在なんているはずがない。
「き、聞いてないわよ!?何それ!?」
「何故教えてやる必要がある?あの異界渡りが話してなかったのか?知らないはずがないが」
今度は異界渡りを口汚く罵り出した。
利用はしても、貧民同様に見下していたのだろう。
本性が透けて見える。
そして精霊の加護がない状態で悪意を募らせると、待っているのは悪霊だ。
黒い靄が床から滲み出して、喚いている教国のゴミを覆った。
穢れは取り憑いた者の魂を喰らうという。その状態でも苦痛は感じないらしいが、保って三年だと言われている。
精霊に嫌われ祓われないままでも良いと命乞いした者たちが、かつていたから。
「国に帰りたがっていたから、送り届けてやると良い。こちらで処理したら大問題だからな」
「いやぁ!!助けて助けて助けて!!!」
処刑して解放するのは、優しさにもなる。
教国に帰りつくまで、そして教国が決断するまで悪霊に憑かれたままになるだろう。
精霊たちが許すとは思えないから。
もちろんノーラを殺されかけたテオバルトも許す気はない。
ノーラに思い入れのない者たちが微妙な表情になっていたが、知らない相手の話ならそんなものだろう。
そのくらい酷い結末だった。
もうひとつ思い出したので、テオバルトは異界渡りに教国のゴミの末路を見せてやった。
「聖女なんだろう。祓ってやったらどうだ?」
「助けてサキ!助けて聖女様!何でもするから!どんなことでもしてあげるからぁ!!」
「ひぃっ…!」
してあげる、とこの期に及んでも上から言うゴミはともかく、異界渡りは悪霊を見るのは初めてなのか悲鳴をあげて後ずさっていた。
「あれが悪霊憑きだ。ノーラを悪霊憑き呼ばわりしていたから、知らないのだろうとは思っていたが」
「せ、精霊!精霊よ!私は聖女だ!今こそ願う!神の奇跡をここに!」
「何を言っている?聖女は精霊たちが姿を隠した世界で、精霊の力に頼らずに穢れを、悪霊を祓った存在だ。祓う力がないのなら聖女とは呼べない」
そして異界渡りも精霊たちを怒らせているのだ。力を借りることすら不可能だ。
「違う!聖女は精霊たちを操る力があるのだ!」
「それは異端の考えだ」
精霊たちを道具のように利用しようとする者たちの考え方である。
もちろん精霊たちの怒りを買って自滅したから、現代には残っていないはずだが。
見張りで付いて来た騎士たちも険しい顔になっていた。
「精霊よ!私の命令を聞け!私は聖女だ!」
「こんの役立たずが!!お前のせいでアタシまでこんな目に遭ってんのに異端の狂信者だったのかよ!!!」
自責の念は欠片もないらしい。万に一つの救いもなさそうである。
教国にはもう1人愛ぐし子がいるから、なんとかなるだろう。どうでも良い話だが。
罵り合いが始まり、案の定異界渡りも悪霊に憑かれたので、まとめて帰国させる運びとなった。
教国の繁栄を信じて生かし続けるとしても、そんなに長く保つとは思えなかった。
□こういうのは『ざまぁ』展開って言うのですかね…
□原作のヒロイン(教国編のほう)は精霊たちに『お願い』していたので、御遣い様の愛ぐし子と同じです。命令はしていないし、操る力もない。攻略対象のイケメンたちが「伝説の聖女のようだ」と褒めていただけで、聖女とは言っていなかった。
□サキはうろ覚えのゲーム設定を自分に都合良く曲解して、自分が主人公だと思い込んでいただけです。ヒロインは『異界から迷い込んだ精霊の視える少女』であって、視る能力のないサキはヒロインではなかった…
□王国編のヒロインはノーラですが、中の人の適正的に、乙女ゲーム展開にはならないような気がします…
□保護者として妹のように思っていた少女を、年頃になったあたりで『恋愛対象』として意識して行く展開…ノーラの中の人には無理そう…
□これは書き上げてからでっちあげた話ですが
⇨ノーラの中の人が目覚めなかったら、テオバルトの父親(ノーラから見ると伯父)が迎えを寄越す(監視していた)
⇨エドワルド付きだった執事のトーマやメイドのメリダにノーラを預ける
⇨テオバルトの祖母方の遠縁の子という触れ込みで大神殿に連れて行かれる
⇨貴族の血筋だから問題は起きない⇨貴族の血筋だから敬遠される⇨ジン君が世話焼きをする⇨懐く(ここは変わらなさそう)
⇨ノーラが年頃になったら中の人が目覚めてゲームのメインシナリオが始まる…!(これなら乙女ゲームが成立しそう)




