17話目 呼び出し
屋敷に商人を呼んで買い物をした日、テオバルトは何が楽しいのかノーラの服を大量に注文してしまった。
本人は「やり遂げた!」という様子で満足していたから、ツッコミにくかった。
「テオバルト様…女の子用のフリフリの可愛い服が好きなのかな…幼い頃に着てみたかった的な…」
「似合いそう、と言われるたびにお怒りでしたよ」
「あー…」
怒り狂う姿なら容易に思い浮かんだ。
可愛い服に憧れる姿は全く浮かばなかったのに。
ルソールあたりも被害に遭うたびに、昏く静かな怒りを溜め込んでそう。
想像しただけで怖い。
とりあえず、代金を請求されて大神殿が怒らないのならノーラも気にしない事にした。
値段は確かめていない。
それがお貴族様の買い物の流儀だから…
ノーラの想像する買い物とは違う世界だったのだ。前世の知識でカバーするしかない。
でも硬貨は他国の物まで入って来るので、色々見せてもらったが覚えるのが大変そうだった。
使わないっぽいのに覚える必要がある貴族というのも、矛盾した生態だ。
ノーラも御遣い様の愛ぐし子に認定されたら使う機会はなさそうなのに、覚える必要はあるのだ。
良くある追放モノだったら必要になりそうだし。
「女装なんて、男装した女と同じくらいおかしい事ですからね。侮辱にもほどがありますよ!似合うとしても!」
「思っても言っちゃ駄目なんだね…」
メイドのメリダは似合うと思っていそうだが、心に秘めていればセーフなのだろう。
顔に出しても負けっぽいけど。
それから数日は、ノーラの周りは平和だった。
テオバルトも屋敷にいる時間のほうが長いくらいで、のんびり過ごせているようだった。
たまに使者が来て「お願いします、テオバルト様〜!」と泣きついていたが「だが断る!」と追い返していたから、外の世界は平和じゃない場所もあったもよう。
テオバルトを動かせる存在が少ない事はノーラにも伝わって来たものだ。
注文した服の一部が届いたので、ノーラが改めて出来上がりを見て感心しながらメイドさんたちが衣装部屋に片付けるのを見物していた時だった。
メリダもノーラに服を当ててサイズの確認などに余念がなかったが、老執事のトーマが慌てて呼びに来たので席を外した。
「誰か来たのかな…先触れもなしに」
「アレ以外でそんな事は起きたこともないんですよ…」
「非常識すぎてちょっと過剰にやり過ぎてしまいましたが、百年に一度の珍事だったと思っていただけたら…」
あの件で怒られたっぽいメイドさんたちが、恥じらいながら証言していた。
それなら他の事件という事である。
情報が少なすぎてノーラには見当もつかないが、精霊たちはいつも通りぽやぽやと平和だった。
屋敷内は平和なのだろう。
「…はっ!断れない筋からの駄メイドの斡旋!」
「それは大変ですね」
「ノーラ様のご活躍に期待してもよろしいでしょうか」
「え〜…」
ノーラも追い出せるものなら追い出したいので、そこは協力しないこともない。
でも出来るのなら接触もしたくなかった。
別の可能性を考えてみた。
「それならお見合い話!断れない筋からの!」
「断れないものも断ってしまわれるのが旦那様ですわ」
「なるほど…」
そこは断固拒否らしい。
ここ数日、何度か聞いた「だが断る!」が甦って来たものだ。
駄メイド雇用は妥協ラインらしいけど。
屋敷内で近寄らせなければ良かろう、という意味で。
「う〜ん、注文し忘れておやつが届かなかった!とか?」
「担当の料理人が作っていましたよ。焼き上がる香ばしい匂いがしていましたから」
お店の商品ではなかった、だと…!?とノーラは慄く。美味しいから王都の人気店で買っていると思い込んでいた。
でもお菓子以外も有名店のシェフが作っているかのような美味しい食事だった。
お貴族様のお屋敷の料理人たちはプロなのだ。
ちょっと厨房に行きたくなってしまったが、さすがに我慢したノーラだった。
ノーラには関係がないと思っていたが、翌日はノーラもテオバルトに同行して大神殿に行くことになった。
大神殿で事件が起きたらしい。
「あたしは何で呼ばれたの?ずっとお屋敷にいたから関係ないと思う!」
「確かにノーラは関係ないが、ノーラを敵視していた奴らがな…」
テオバルトはマイルドに表現したが、きっとノーラを殺そうとして精霊に嫌われた貴族だろう。他はいない、と思う。
一気に気が重くなったが、グラン・グラダ大神殿の礼拝堂に入ると思わずテオバルトの長い脚にしがみつくほどの恐怖を感じた。
荘厳な空気に満ちた場所だったはずなのに。
テオバルトは険しい表情で奥を見ていた。
礼拝堂の入口周辺にいた神官たちは「完徹3日目でーす…」「ああ、帰って寝られるなら辞表を出してもいい…」とか言い出しそうなクマの酷い顔で立っていた。ふらふらしていてゾンビっぽい。
「喚き散らしているだけではなかったのか?」
「そうなんですが、少し前におかしくなってしまって…」
「対応に追われていたのですが、呼ばれて来てみればこんな状態で…」
「これは、以前あったアレと同じかと…」
「だろうな」
アレって何!?と思っているのはノーラだけのようだ。テオバルトは睨むように奥を見てからノーラを見下ろした。
「これは精霊たちの怒りだ。ノーラのことは傷つけない」
「前の怒りかたと全然ちがう…」
「そうだな」
ノーラに向けられた殺意に反応して精霊たちが怒ってくれたが、ここまですごくなかった。
あれ以上に怒らせる事件が起きたという事だ。
御遣い様が攻撃された、とか?
ノーラにはそのくらいしか思いつかなかったが、そういう話ではなさそうである。
「怖いのなら馬車で屋敷に帰るといい。精霊が怒っているだけでなく、悪霊を呼び込んでいるようだ」
「悪霊!?オバケ!?」
「精霊たちが守ってくれるから大丈夫だ」
確かに礼拝堂の精霊たちは怒り狂っているが、屋敷から一緒に来たぽやぽや精霊たちはいつも通りだ。
むしろテオバルトの周りは増量されて眩しいくらいである。
もちろんノーラの周りにもいてくれる。
神官たちにも「守護精霊ですから!」という雰囲気の精霊たちがいる。
でも守られていても怖いし、邪魔にしかならないだろうから、ノーラは大人しく帰ることにした。
ちょっとジンたちに会いたかったが、また今度にした。
ノーラが帰ると言えば全員がほっとしていたから、やはり子どもは邪魔にしかならないのだ。
テオバルトが神官に言って馬車を呼んでもらっている間に、しがみつきっぱなしだったノーラは離れた。
でもやはり心細くてそわそわしてしまった。
しばらくして神官が戻って来たので、大神殿の入口に来ているはずの馬車に向かった。降りた後に馬車停めへ移動したはずなので、休む間もなかったことだろう。
礼拝堂が使用できないからか人の出入りがやたらと少なくなっていたが、それでも大神殿前の広場は賑わっている。
「ああ、来ましたね」
「おー」
馬車の車種などは知らないが、馭者の顔は覚えていた。馬車に乗って城に行った時も同じ人だったはずだ。
ノーラが手を振るかどうか悩んでいると、隣にいた神官が「あっ」と小さく叫んで転んでいた。ふらふらしていたが、いきなり倒れるほど酷くはなさそうな足取りだったのに。
「大丈──むぐ」
ノーラが神官の心配をして声をかけたところで、後ろから抱き上げられて乱暴に口を塞がれた。
そしてそのまま駆け出した何者かに連れて行かれた。
「ノーラ様!」
転んでいた神官が立ち上がるが、すでにだいぶ離れてしまっている。
馬車のほうは後ろから来ていたらしい別の馬車に体当たりを食らって蛇行し、通行人たちの悲鳴が上がっていた。
どう見ても共犯。どう考えてもノーラが狙われた誘拐である。
命を狙われる心当たりはあっても、拐われる可能性は考えていなかった。
今もなんでノーラを誘拐するのか理解できないまま、抵抗もロクにできずに運ばれて行くだけだった。




