15話目 幕間3
王太子イグレオンが半分寝ているノーラを見て「エドそっくり」と笑っていたが、笑ってないでさっさと解放しろとテオバルトは思ってしまった。
報告に付き合わせないで、先に帰してやるべきだったと反省した。
テオバルト達がグリド・グリズド教国の御遣い様の愛ぐし子ブランから聞いた内容を、王太子たちが精査して情報共有を済ませた翌日。
テオバルトは再び登城していた。
「テオに話したからだろうが、確認したらあっさりと答えるようになったぞ、あの愛ぐし子サマ」
「王太子殿下が冗談でも様付けなどなさらないで下さい」
「冗談の通じない連中が騒ぎますよ」
御遣い様の愛ぐし子の立場と王家の関係は微妙なのである。
神殿勢力の一部は、神の威光を利用しようと目を光らせていた。
神の御遣い様に近しい愛ぐし子のほうが王族より上だと主張して、その愛ぐし子を人間たちで利用しようと企んでいる。
イグレオンも腹心たちの苦言に肩を竦めて「気をつける」と答えていたものだ。
「だが異界渡りのほうは話が通じないままだな。テオとルソールという神官が行けば」
「お断り致します」
「…少しは考える振りくらいしろ」
「お断り致します」
テオバルトは生まれ持った容姿のせいで何度も不快な目に遭って来た。
同性から嫉妬されるたびに「貴様のその顔と交換してやる!ヨコセ!」と言いたかったものだ。
可愛い従兄妹は「ジン君がいいなぁ」と言うし。あとお父さん。
役に立たない顔である。
「ノーラも何か知っていたのではなく、近所に似た男好きがいたから適当に言っただけなのだろうな」
「言い当てられたので疑ってしまいましたが、テオバルト様の事をそのような目で見ていたから気づいたのかもしれませんね」
見られていない、とも言えないのでテオバルトも頷く。異界渡りは馴れ馴れしく「テオ」と呼んで来たように、初対面の時からテオバルトを不快な目で見ていた。
ノーラに面会した時はノーラを『転生者』『悪女』と決めつけるためにアラ探しをしていたが、それでも伝わるものがあったのだろう。
「悪霊憑きを何故『転生者』と言うのかも分かりませんが、視えれば分かることを理解していなかったのでしょうか」
「視えない人間が圧倒的に多いんだ、テオ」
「…失礼しました」
テオバルトは視えて当然なので失念するが、悪霊憑きなんて一般には災害扱いだった。
確かに精霊たちが祓ってくれるが、自主的に祓ってくれるほど優しくはない。
悪霊に憑かれる人間は例外なく、憑かれる前に精霊の加護を失い、嫌われているのだ。
精霊の加護がなかったからこそ、悪霊に付け入る隙を与えたと言える。
御遣い様の愛ぐし子が頼むことで精霊たちが祓ってくれるのだ。
たまに嫌われすぎて、祓いを拒否される悪霊憑きもいる。そうなると人間には打つ手がなくなる。
愛ぐし子がなんとか頼み込むが、どうにもならなかったら息の根を止めるしかなかった。
これが貴族だったら、その判断すら叶わなくて大惨事である。
最悪、家ごと取り潰しになる。
例の阿呆の家もそういう危機にあるのだが、理解できていないようだった。
その程度の無能なら惜しまず潰せるが、テオバルトの父も似た無能なので他人事に感じない。
「だが我が国にはテオバルトがいるのだから、あんな言いがかりが通じると思わない者もいただろうに。無能しかいないのか」
「一部の者たちの暴走というのは事実だったのでしょう。『聖女』と言えば愛ぐし子様より格上になるので」
「あれを聖女だと信じてしまったようですからね」
「話によると、とある枢機卿の一派の中の、さらに一部の者たちだったようですから。精霊の加護を失って教国に戻った神官たちは」
愛ぐし子のブランはその枢機卿の一派ではないと本人は言っているが、まだ異界渡りに価値を感じているかのようだった。
価値を感じるような話が他にもあって、それを隠している可能性は高い。
グランダル王国にとっての有益ではないだろうから、始末してしまうのが良いと思うが。
なにしろ、私情だけでグランダル王国の繁栄を妨害する行為をしようとしていたのだ。
この国にとっては有害なだけだった。
テオバルトは断固拒否したかったが、断れない立場の神官ルソールが絶望した顔で送り込まれているのを見てしまい、良心が傷んだので付き合った。
互いに「1人のほうがマシだった…!」と思う結果になったが、異界渡りの担当官は喜んで記録を取っていた。
何を聞いても話にならなかったのに、やっと報告書が書ける、と。
どんだけ話にならなかったのか。
「ああ、テオとルソールのツーショット!やはり尊い!神!」
異教徒なので話が通じない、で終わりにして良いのではないだろうか。
一応貴族牢に入れられているので、自分を賓客だと勘違いしているのだろう。
まるでテオバルトと同格か格上であるかのように振る舞う所は変わっていなかった。
「お前が聖女になって教国が繁栄する歴史とは、具体的にどんな物だ」
そう問えばペラペラと話し出した。
聖女というから世界を救う伝説の聖女の事かと思っていたが、どこまで行ってもグリド・グリズド教国内の話しか出て来なかった。
教国にとっては聖女かもしれないが、いつもの教国の連中の「自分たちこそが世界の中心」理論でしかなかった。
ものすごくどうでも良い話である。
異界渡りが結婚する相手の話も、教国の中なら有権者なのだろうが、グランダル王国にしてみれば「誰だそれ」という小物ばかりだ。
小物の嫁とか、もっとどうでも良い。
異界渡りの好みの男の話なんて、耳が腐るから聞きたくもない。
そして自分はそいつらと結婚するつもりらしいが、テオバルトとルソールのほうが好きだとか宣っていた。
好きと言いながら、同性愛のネタにして不快な妄想をまくし立てている。
記録していた担当官も手を止めて、これは報告書に書く必要がないのでは?という顔になっていた。
耳栓が必要だった…と後悔しながら聞き流す。ルソールも聖典の暗誦を始めて聞こえないようにしていた。
ぶつぶつ言っているルソールの話を聞くほうが何倍も有意義に思えたものである。
終わりの見えない地獄に感じていたが、異界渡りは新たな話をし始めた。
ノーラを悪女と決めつけていたのに、どうやらテオバルトとルソール以外の男と結ばれるルートとやらがあるようだ。
ジンの名前が出て来ないのは良いのか悪いのか、ノーラが幸せになる可能性の全てを踏みにじりたいらしい。
殺意よりも許しがたい悪意である。
室内にいないが、精霊たちにも異界渡りの身勝手な話が聞こえたのだろう。外から不穏な気配がしていた。
テオバルトは全て聞くのを拒絶して立ち上がった。
「出るぞ、ルソール」
「話の途中ですが…」
「精霊たちが怒っている。これ以上は聞かせないほうが良いだろう」
これは『悪霊祓いを拒否するレベルの怒り』である。異界渡りがどうなろうが、愛ぐし子がどんなに頼もうが、決して許されないだろう。
そう感じるほどの怒りに思えた。
テオバルトもここまで酷いのは初めて感じた。悪霊憑きの話も伝え聞いただけで、実際に祓ったのは数度だけなのだ。
テオバルトとルソールが退室すると異界渡りが喚いているようだったが、もう気にするのも嫌だった。
担当官も「報告書を清書しなくては」と言い訳しながら出て来て、見張りの兵たちが不安そうな顔をしていた。
「何が起きても閉じ込めておけば良い。ここなら逃げ出せないだろう」
何もないとは思うが、何かあっても本人以外に害は及ばないはずだ。
テオバルトは牢を離れながら、息をはいた。
精霊たちの怒りが遠くなったので、少し落ち着く。
「教国の愛ぐし子に現状を見せても、まだ異界渡りを必要と思うかな」
「精霊に嫌われた段階より悪化するものなのですね…」
「私も初めて知った」
ノーラが愛ぐし子ではなかったら、精霊たちはあの悪意をどうしたのだろう。
特別扱いの影にある不公平について、少しばかり考えてみたのだった。




