12話目 幕間2
テオバルトは王城の一室で王太子イグレオン、そして王太子の腹心たちとテーブルを囲んで相談していた。
グリド・グリズド教国から来た使者が予想の斜め上すぎたせいである。
しかもノーラを『悪女』に仕立てたいかのような言動をしていた。
テオバルトも他人事として傍観していられなくなったのだ。
「どこまで探れるか不明ですが、難癖をつけられて教国に連れて行かれるのは避けなくては」
「なんであんな子ども相手に悪女だのなんだの言い出したんだ…エドそっくりのアホ面を見せてやりたい」
「殿下はいつノーラのアホ面をご覧になられたのですか?」
テオバルトの屋敷ではすでに、ノーラがエドワルドの娘であることは公然の秘密だ。発表の機会を待っているだけなので、必死に隠すことではない。
王太子とその腹心たちも承知しているし、テオバルトの父にも伝えてある。
独自に調べて知っていた気配はあったが、公表のタイミングを待つようにという王太子からの意向を伝えてあるから大丈夫だろう。
テオバルトの父は性根の捻じれた男だが、自分が不利益を被るような事はしない。
「詳しい話を本人から聞きたい所だが、男装を好んでする異界人の女とか、言葉は通じても常識が噛み合わない気がする…」
「同じ世界で生きていても、話の通じない人間は多いですからな」
「予想通りテオ様が登城したと聞くなり、お屋敷に向かったそうですよ」
「そこの行動は分かりやすいのだな」
「テオ様のお屋敷を見張らせていましたからね、不遜にも」
「…く、ノーラが失言していないと良いのですが…!」
注意はして来たが、テオバルトは賛成しかねる対応だった。王太子に言われて仕方なくノーラを残して来たのだ。
サキという自称『異界渡り』で『御遣い様の愛ぐし子』で『聖女』であると匂わせて来た教国の狗がノーラに何をするか分からない。
「そもそも歴史を改変したとはどういう意味なのか。変わる前の歴史が存在したかのような言い草だが」
「正しい歴史、間違った歴史という表現はありますが『誰にとって都合の悪い』歴史なのやら」
そんなの教国に決まってんだろ、と全員が思ったことだろう。
一部の選民意識の塊たちと根は同じなのだ。
始まりの丘こそが唯一の聖地である、自分たちだけが聖地に住まう選ばれし神の信徒である、と思い込んでいるのだ。
他国の聖地を潰して独占しようと考える狂信者たちの巣窟である。
神話の語る教訓が理解できない連中ばかりなのだろう。
「精霊が視えるというのも怪しいのですが…御遣い様は視えていたのですか?」
「神官たちが視えているようだと言っていましたよ」
「例のアレが教国と聞いて擦り寄って行ったので、いないと確信しただけかもしれないそうですが」
「何故教国に擦り寄るのか分からん…」
ノーラを殺そうとした阿呆の話である。
総本山として名目上は上位にある教国に行きたがっているらしい。
この国の神官より教国の神官のほうが格上だと勘違いしているからだ。
テオバルトは笑顔で見送る自信ならあるが、王国としてはアホの行為は不敬罪だった。
「親も理解できていないようなら、対処したほうがよろしいかと…」
「殿下のお名前に疵がつく前に…」
家ごと潰そうゼ!という話である。
テオバルトは立場上は関わる訳にはいかないが、気持ちは分かった。
この流れで簡単に決める事ではないので、本格的な話し合いは後日になるのだろう。
阿呆が消えたらノーラを大神殿に帰せるので、早めに決まって欲しい所だ。
屋敷で同居していても良いのだが、大神殿で子どもたちと楽しく過ごしていたようだから、幼いうちはたくさんの友達を作って欲しい。
友達を作る余地のなかったテオバルトは、少しの憧れを込めて思うのだった。
ノーラを大神殿に帰してはいけない!
という気持ちにさせられた告白の翌日、テオバルトは呼び出しを受けて登城した。
王太子からの呼び出しだったが、大神殿から神官たちも来ていたし、グリド・グリズド教国の使者たちも呼ばれていた。
たとえ貴族的な衣装だろうと、王太子の御前に男装した姿で現れた女に、王太子の腹心たちも騎士や侍従たちも怒りを隠しきれていなかった。
イグレオンもさすがに不快さを示している。
サキと名乗る『異界渡り』本人はともかく、教国の神官ごときがニヤついているのは許せる態度ではなかった。
「転生者はすでに覚醒している!生かしておいては歴史が歪められてしまう!早急な処分を求める!」
「それは『御遣い様の愛ぐし子』を殺せ、という意味か?」
「そうだ!殺処分するしかない!」
異界渡りが愉悦に歪んだ嗤いを隠しもせずにノーラの死を求めた。
処刑でも死刑でもなく、殺処分。
家畜のことでも指示するように。
精霊たちは人間の言葉が分からない訳ではない。感情的になって叫んだ言葉なら聞き流すが、人を人とも思わない言い草なら、その意図を理解する。
殺意とは違うが、殺意より下種な感情に一斉に異界渡りから離れた。
教国の神官たちからも離れた。
この人間たちは同じ感情を御遣い様の愛ぐし子たるノーラに向けているから。
「…やはり視えていないな、異界渡り」
「話が繋がっていないのだが、テオ?」
「誰が馴れ馴れしく呼ぶ許しを与えた、御遣い様の愛ぐし子を詐称した大罪人。精霊が視えるのなら説明するまでもない」
教国には他に2人の御遣い様の愛ぐし子がいると教国側は言っているが、それすら世界中から疑われるだろう詐称である。
「精霊たちがお前たちを敵に認定した。2度と御遣い様のお姿を拝見できないと心得よ」
異界渡りは理解できないらしいが、神官たちは青ざめた。
「わ、我々は御遣い様の愛ぐし子に殺意など向けていない!」
「そのような事、口にもしていない!」
「私ではなく、御遣い様と精霊たちに言うのだな」
判断するのは御遣い様と精霊たちであって、テオバルトは視えた事実を告げただけだ。
「…お前たちの話ではないが、御遣い様に嫌われた神官など神官の資格がないのではないか?アレの件を後ほど検討し直そうか」
「はい。礼拝堂に近づくだけで障りが生じておりましたので、我々としても対策を講じなくてはと思っておりました」
イグレオンが例の阿呆をダシにして教国の神官たちに追撃する。
近づくと御遣い様が隠れてしまうので、礼拝堂への立ち入り制限をかけなくてはならないかもしれない。
すなわち、御遣い様に嫌われた者は礼拝すら許されなくなる可能性がある。
信徒ならば耐えられない境遇だろう。
「う、嘘だ嘘だ嘘だ!ありえない!」
「ならば教国に戻ってそちらの愛ぐし子に確認すればいい。同胞の言葉なら信じられるのだろう」
「ただし異界渡りは帰す訳にはいかない。グランダル王国の王族に対する不敬、見逃すと思うなよ」
「わ、私がいつ不敬など働いたのだ!」
「それだよ、異界渡り。何故王太子にそんな無礼な口を利いて許されると思い上がった?」
教国の神官たちも王太子には一応は敬意を示した。表面的でも示しているので、それは良い。
だが異界渡りはまるで王太子と対等の立場にあるかのような態度だった。
服装も態度も、何もかもが不敬である。
「わ、私は『聖女』だ!世界を救うのだぞ!」
「精霊も視えていないのに何が聖女だ。お前の言葉には何の根拠もないだろうが」
王太子の「連行しろ」という命令に、騎士たちが喜んで従っていた。こんなに嬉しい命令もないだろう。
教国側の神官たちは、すでに反抗する素振りもない。異界渡りの処遇よりも、自分たちの立場がどうなるのかしか考えられなくなっているようだ。
「…奴らはノーラをなんだと思っているんだ。貧民の孤児だからか?」
「言葉の通じない異界渡りから聞き出せるものでしょうか」
「専門の者たちでも重荷になりそうだな…」
罪人の口を割らせるプロたちでも難しそう…と思わせるほど話が通じない異界渡りだった。




