11話目 訪問
ノーラは「本当に来た…!」と慄きながら、馬車で乗り込んで来た図々しい男装の麗人を窓から眺めていた。
メイドのメリダが「先触れもなしに来るなんて、なんて無礼な…!!」と般若の形相で睨んでいたものだ。
テオバルトは確かにサキと同格の御遣い様の愛ぐし子かもしれない。
しかし同時になんとか侯爵家の嫡子でもあるのだ。つまり身分はテオバルトのほうが高い。
居候のノーラに会いに来たという話だろうが、家主の立場を考えずに乗り込んで良い場所ではないのである。
たとえグリグリ教国の後ろ盾があっても、無視できる身分差ではない。
とメリダが般若の形相で力説していた。怖い。
今すぐ土下座して謝れ異世界人!
ここは日本じゃねえんだわ!
と、とばっちりで怖い思いをしたノーラは心の中で罵倒してやったのだった。
たっぷり1時間は放置して待たせてから、ノーラは渋い顔で応接室に入った。
立場を理解していないサキが「ずいぶん支度に時間がかかったみたいだね」と嫌味ったらしく言った。
メイドさんたちが静かに夜叉と般若になっていた。
「女のくせに男みたいな恰好して、周りにどんな目で見られているか理解できない程度の残念な頭の持ち主は言うことが違いますこと!侯爵家のお屋敷に事前に約束も取り付けずに図々しく乗り込んで来てお客様気取りとか、全世界に噂をばら撒いて差し上げたいほどの無法者だとご自覚なさったらいかがかしら!」
日本というか、現代の地球で言ったら怒られる話だが、この世界の女性は余程頭がおかしくない限り男装なんてしないらしい。
郷に入っては郷に従えという話だ。
「それともグリド・グリズド教国はグランダル王国で礼儀を守る必要がないとでも思っていらっしゃるのかしら!」
ノーラがメリダたちの代弁をしてやると、サキは何を思ったのか嬉しそうに嗤った。
「やはり転生者!覚醒していた!」
「…メリダさん、異世界人は話が通じないよ!」
ノーラはメリダたちの考えた台詞を頑張って覚えて言っただけなのに。
グリグリ教国の所も頑張って覚えたのに!
身支度ではなく台詞を覚えるのに時間がかかっただけである。
本当にとばっちりである。
ノーラは悪い事などしていないはずなのに。
もうヤダー!と逃げ出したノーラだった。
老執事がメリダたちのやらかしを怒っていたが、それ以上に主人を馬鹿にしやがった男装女に対してキレていた。
ノーラは執事の所に逃げ込んだが、ここも安全ではなかった。
早くテオバルト様帰って来てと思いながら自分の部屋に隠れることにした。
せめてジンに会いたい。
定番のクローゼットの中に隠れていたが、いつの間にか眠ってしまったようだ。
誰かに抱き上げられて目が覚めた。
「おおおー…あ、テオバルト様!」
「起きたのか。済まなかった」
「おかえりなさい!怖かった!」
至近距離に輝くイケメンである。これは眠気など吹き飛ぶ。
ぽやぽや精霊たちもなんだか増量中だ。
ノーラはあくびを噛み殺して、キョロキョロと見回した。クローゼットから出たばかりのようだ。
「異世界人、あたしを悪女にして自分は正義のヒロインになる気かもしれない…そして世界の主人公として美男子たちを侍らせるつもりかもしれない…テオバルト様も狙われてそう」
「なんの話か分からないが、教国の手下の時点でありえないな」
この王国は教国と仲が悪いらしい。
むしろ教国が他の国々から嫌われているようだ。
男装女の視点では、教国が正義で世界征服をして統一国家でも目指しているのだろうか。
巻き込まれる一般人のことも考えてやれ。
「ルソールさんもきっと狙われる…!面食い…!」
「…そういえばルソールに接触しているという報告もあったな」
「やっぱり!ルソールさんを狙う選りすぐりの猛女…恋する乙女たち、大激怒間違いなしだ!」
「あちらの立場があるから止めたようだが、激怒はしただろうな」
やはりここは乙女ゲームの世界なのだろう。
男装のヒロインだったのか。そういう乙女ゲーもある、かもしれない。
前世の『あたし』の記憶にはないだけで。
ソフトの具体的なタイトルなんて全く記憶にないから、覚えていないだけかもしれない。
…あたしの記憶はアテにならなかった。
「はっ!?ジン君は狙われなかった!?」
「そんな話は聞いていないが、ノーラはジンが好きだな」
「お嫁に行くならジン君みたいな人がいいなぁ。あとお父さん」
ジン本人とジンみたいな人は似て非なるものだが、ジンのような善性の塊は滅多にいないから尊いのだ。
そして同時に、ジンには可愛いお嫁さんが来たらいいなと願ってもいる。
幸せになって欲しい人、という気持ちが一番近かった。
翌朝、テオバルトはゲン○ウポーズでシリアスに悩んでいるようだった。
ノーラが同じ御遣い様の愛ぐし子だからか、マナーを教わりながらの食事なのに時間が合うと一緒に食事をとってくれるのだ。
輝くイケメンと毎日一緒にご飯を食べるという贅沢。
でも凄くシリアスな空気だったので、今日は邪魔しないように気をつけることにした。
アンニュイを通り越して、陰影の濃い劇画調の雰囲気なので空気が重いし。
お城で難題でも出されたのだろう。たぶん。
スープは皿ではなくカップに入れてくれたらスプーンなんて使わないで飲みやすいのになぁ、と思いながらも音を立てないように頑張ってお上品さを追求して一口ずつ飲んでいると、テオバルトが顔を上げた。
「ノーラ、世の中には身分というものがあって、叶う願いと叶わない願いが存在するんだ」
「?うん」
「お前の願いは叶えてやれないかもしれない」
ノーラは何か願っただろうか?
寝ぼけて無理難題でも叫んだのか。
お父さんを生き返らせて!という重い話かもしれない。それなら無意識に言ってそう。
心当たりがないけど、とりあえず頷いた。
でも死者蘇生に身分は関係なかったなとノーラも考え直した。
「すまない。だが意地悪で言っているんじゃないんだ」
「うん。分かった」
なんの話かは分からないが、テオバルトが出来るだけ叶えようと悩んでくれたのは分かった。
でも何の話?とは聞きにくい。
「そうだ!昨日はつい逃げちゃったけど、あの後は大丈夫だった?」
「教国の使者の事なら大丈夫だ。こちらから抗議している」
「男装女がいかに恥ずかしい事か、伝わったかな…」
「…男装を止める気配はないらしいな」
ノーラは個人的には好きな服を着ていれば良いと思うが、この世界の価値観も考慮しないとどんな目で見られているのか、という話なのだ。
頭のおかしい女と思われ続けるくらいなら、この世界の常識に迎合して女らしい恰好をするべきではないかと思う。
あれはイベント会場でもないのにコスプレをして歩いているような、そういう非常識さ扱いのようだから。
テオバルトの答えにメイドさんたちもため息をつきそうな雰囲気になっていたものだ。
たぶん非常識な男装女に訪問されるのも、この世界の人たちは迷惑に感じているのだろう。
□旦那様と執事の会話
「神官見習いで精霊たちに好かれる好ましい少年だろうと、ジンに嫁にやるのは難しいと思わないか…!?」
「そ、それは…!そんなに精霊に好かれているのですか、その少年は」
「他言無用だが、あまり類を見ないほどに好かれている…ノーラが惹かれるのも必然だろう…」
「なんと…!ではどこかに養子に入っていただいて、身分を整えることは出来ませんか」
「検討はしてみるが…」
「ノーラ様にはエドワルド様の分もお幸せになっていただきたいのです…」
「そうだな…」
勘違いしたまま絶賛検討中!かもしれない…




