10話目 幕間1
□幕間は幼児に教える話ではないと伏せられた大人サイドのエピソードになります。
報告書に目を通したテオバルトは、予想通りだったので驚きはなかった。
書斎の机に報告書を置いて、軽く息を吐く。
「庭でぼけ〜っとしているあの子を見て確信していたが…そっくりだと思っていたが…」
「分かります。エドワルド様そっくりで…」
「良く見ると面影もございますわ」
執事のトーマとメイドのメリダが、我が子を思うような顔で頷いている。
エドワルドとは、10年近く前に勘当されて家を出て行ったテオバルトの叔父だ。トーマとメリダはエドワルド付きだったので、ずっと心配していたのだろう。
訃報に悲しみを示していたが、忘れ形見の少女がいるのでまだ救いがあった。
エドワルドはいつ見てもぼんやりしているだけだったので、祖父──エドワルドにとっては父親──は許せなかったらしい。
無能の出来損ないめ!と良く怒っていた。
テオバルトの父であり、エドワルドの兄であるジルベルドは優秀だったから、その違いがより顕著に映ったのだろう。
優秀だろうとジルベルドは性根が捻じれているので、テオバルトは父親が嫌いだが。
まだ未成年だったので、御遣い様の愛ぐし子と認められたテオバルトは当時は実家にいた。
祖父が「無能が移る!」と喚くのでエドワルドとはほとんど話した事がなかったが、テオバルトを利用して勝ち誇る無能な祖父も、性根の捻じれた父も嫌いだったから、いつ見ても穏やかな雰囲気の叔父のほうが好きだったかもしれない。
それに叔父の周囲には精霊たちがたくさんいたので、それだけで親近感がわいた。
そんな叔父が勘当されたのは、テオバルトという自慢の跡継ぎが育って来たので、予備はいらないと判断したからのようだった。
それが醜聞になると理解できない、陰で何を言われているか聞こえていない無能なのだ。
無能の話はともかく、叔父は勘当されて姿を消した。
子どもだったテオバルトには探す力もなくて、どこにいるのかずっと分からなかった。
ノーラが現れて、ノーラの素性を調べさせて、ようやく叔父の事を見つけた所なのだ。
手遅れだったが。
「これならノーラ様のお立場も良くなりますわね!」
「…いや、下手をすると悪化する。イグレオン殿下にご相談して決める事になるが…」
ノーラが貴族の血筋なら、貧民だからと喚いた連中は黙るだろう。血筋はともかく育ちにケチをつけるだろうが、それでもオルドバース侯爵家の人間だと理解すれば陰口止まりになるはずだ。
「オルドバース侯爵家から御遣い様の愛ぐし子が同世代に2人も出て、他家がどう動くと思う?」
「それは…!」
「無能な当主が何をやらかすと思う?」
テオバルトは父が嫌いだが、無能な祖父よりはマシだと思っている。下手な事はしない。
だが祖父の無能さは擁護不可能なのだ。
「せめて代替わりして、無能が消えるまで隠したほうが良い。父には報告くらいするが、無能の耳には入れるな」
「はっ…!」
「かしこまりました…!」
可愛いエドワルドの娘の立場に関わる事だ。トーマとメリダも表情を引き締めていた。
王太子イグレオンに内密の相談をしたいと伝えると、お前の屋敷で聞いてやると返された。
王城内には耳が多いし、王太子ならテオバルトが何を調べていたか把握している可能性が非常に高いので、特に文句はなかった。
しかしノーラに会わせろと言い出すので、ノーラには余計な迷惑をかけてしまった。
「まだ挨拶もまともに学んでいない子どもなのですよ…」
「不問にすると言っているだろう。エドの娘とちゃんと話してみたかっただけだ」
「ご報告する前からご存知のようで…」
「どこかの貴族の落胤なら簡単だと思って調べさせただけだ。捏造する隙があれば僥倖だろう」
自国の王太子が優秀なのは喜ばしい話なのだが、先手を打たれすぎるとやる気が失せる家来の気持ちも考えて欲しい。
もう全部殿下が片付けてくれればいいんじゃないかな、とたまに相談するくらいのテオバルトでも思うので。
「しかし思ったより賢い娘だな。5歳であの理解力はおかしい」
「報告でも、あまりしゃべらない子どもだったという事でした。貧民街を出てからの言動と一致しません」
「臨死体験をすると人が変わるという話もあるがな…」
「庭でぼんやりしている姿は叔父そっくりなのですが…」
おかしいとは思うが、問題視するような性格ではない。邪悪どころか間抜け…いや、にぎやかなだけだから。
だが理由が分からないというのは、警戒対象になる。
「精霊たちの反応はあの娘に好意的なのだな?ならば良し」
精霊たちを全ての基準には出来ないが、ひとつの指標には出来る。
精霊に嫌われていない人間のほうが信用しやすい。
「しかし母親のほうはな…エドの素性を知って張り付いていたようだが、アテがはずれたからと娘を捨てるとか…」
「うちの当主に余計な事を吹き込む前に始末したいくらいです」
「つなぎが取れるくらいなら、エドが生きているうちに接触しただろう。貧民嫌いに迂闊に近づかんさ」
叔父とその女の間に何あったのかまでは調べきれていないが、6年以上一緒に暮らしていたのは確かなようだった。
大丈夫だろうと思うが、対応策は考えておく。娘が神官見習いになったと耳にして大神殿に現れる可能性も高い。
その際に誰と接触して、どんな余計な話をするか分からないのだから。
「…侯爵が隠居すれば、すぐに公表しても良いとは思うが…元気なジジイだよな」
「神官見習いと発表してしまうと、後で何故黙っていたと面倒な事になるでしょう。公表するなら、御遣い様の愛ぐし子と言わないと…」
「教国には御遣い様の愛ぐし子と先に伝えないとならんしな…」
ただただひたすら、無能な当主が邪魔という話なのだ。排除したら全て片付くと言っても良いくらいに。
しかし排除出来ないので、いつどういう形で公表すればいいだろうかと相談したのだった。




