海と風を司る神
「運命の女神よ。共に食事をしないか」
ヴァイオレットはその言葉を聞いた瞬間固まった。
あなたもか、と叫びそうになった。
いったい何が目的で自分に関わろうとし始めたのか本気でヴァイオレットにはわからなかった。
「いえ、結構です。したいのなら、おひとりでしてください」
ヴァイオレットは一カ月間何回も言い続けたせいか、考えるより先に「食事をしないか」と聞けば反射的にそう返していた。
「……っ!そうか」
海と風を司る神は少し驚いたあと小さな声で呟いた。
それから少し考えてから「では、お茶をするか」と尋ねた。
ヴァイオレットは後ろを振り返ると、本当にお茶をしたいのかと思ってしまうほど不愛想な表情の海と風を司る神をみて「したいのなら、おひとりでしてください」と早口で告げた。
そのあとも、海と風を司る神は何度も誘ってきた。
ヴィオレットは顔を見ることもなく断り続けていると「では、なにがしたいのだ」と聞かれ、逆に「あなたこそ何がしたいのだ」と言いそうになった。
「仕事です」
ヴァイオレットは出かけた言葉を飲み込み、そう言った。
「仕事か。それ以外は」
「ありません」
話はこれで終わりだ、とヴァイオレットは花のお世話を再開する。
「ないのか」
海と風を司る神は何を思ったのか、それ以上は何も話しかけてこなくなり、少し離れたところからこちらをじっと見つめてきた。
それは最後の日まで続いた。
太陽と嵐を司る神のように毎日誘うことはなかったが、それとは違う迷惑を感じていた。
ようやく、あの目から解放されると安心したそのとき、海と風を司る神が近づいてきた。
どうしたのか、と顔をあげると「次に来るときに仕事以外でしたいことを考えておいてくれ」とヴァイオレットの返事を聞く前に、そのまま天花園から出て行った。
「……したいことは?」
ヴァイオレットのしたいことは自分の与えられた役割を果たすこと以外なにもない。
自分のしたいことなど考えたこともなかった。
海と風を司る神に言われて、ヴァイオレットは自分の使命以外でやりたいことは何か、この日から考え始めた。
「ヘデラ様。お帰りなさいませ」
海と風を司る神は天花園から自身の神殿に戻ると、寝室に水の女神がいた。
「ニゲラか。また来たのか」
最近、天花園から戻るとニゲラが必ずと言っていいほど神殿にいる。
いつでも好きな時に来てよい、と言ったが、前までは確認してから訪れていたのに、何の信教の変化があったのか。
ニゲラは他の女神とは違い、分を弁えているので勝手に神殿に入っても問題はないと思い許可をした。
ほとんどの女神は一度寝ただけで、すぐに恋人面をするので嫌いだった。
その点、ニゲラは何も望まず、ただ互いの欲を満たすだけの関係なので楽だった。
「ご迷惑でしたか」
ニゲラは艶やかに笑う。
「いや。それで、何の用があってここにきた」
「ひどい神様ですわね。理由なんて一つしかないじゃないですか」
ヘデラの後ろから抱きつき、いやらしい手つきで綺麗に割れている腹筋に手を這わせる。
ヘデラはその手を優しくほどき、ニゲラから離れた。
ニゲラは初めてヘデラから拒否され、顔がカッと赤くなり、頭が真っ白になった。
ヘデラはそんなニゲラの様子に気づくこともなく、水をコップに入れて一気に飲み干した。
神は喉が渇くことがない。
だが、天花園から出てから非常に喉が渇いた。
水を飲んでもその乾きが収まることはなく、さらに酷くなった。
体もうずきだし、熱が溜まっていく。
この煩わしさをヘデラはどうにかしたかった。
苛立ちが募り、髪を乱暴にかき上げた。
ニゲラが「今日は帰りますね」と背を向けると、腕を掴み、口づけをした。
頭を押さえつけ、荒々しく長い口づけをした。
口を離したときには、ニゲラの足には力が入っておらず、ヘデラは仕方なく抱きかかえてベッドの上に下ろした。
そこからは、ヘデラの熱が収まるまで何度もニゲラの体を求めた。
全てがおわったときにヘデラの中に残ったのは消えない熱と虚しさだけだった。
自分の腕で幸せそうに目を瞑る二ゲラを見ても、何も感じなくなっていた。
目を閉じると浮かぶのは美しい花の中に立っている運命の女神だった。




