第四十五話 違和感
三日後、卯月と甲斐田は、再びシェリンの探偵事務所を訪れていた。
「……相変わらず汚いですね」
部屋に入った卯月が、開口一番そう言った。
「失礼ですねぇ!!」
「うわっ!」
室内にシェリンの大声が響き渡る。
甲斐田が苦笑しながら質問に移る。
「それでシェリンさん」
「はい!」
「調査、終わったんですよね?」
その一言で、シェリンの表情が変わった。
先ほどまで騒いでいた男とは思えないほど、静かになる。
「もちろんです」
そう言って、机の上へ何枚かの書類を並べる。
短期間で調べたとは思えない量の情報がそこにはまとめられていた。
「……三日でこれ全部?」
卯月が少し引いた。
「名探偵ですから」
「こういう時だけ説得力あるな……」
シェリンは二人の写真を指差す。
「では結論から申し上げます」
甲斐田も表情を引き締める。
「東堂コハク並びに来栖夏芽」
シェリンははっきりと言い切った。
「二人とも白です」
「……白?」
卯月が聞き返す。
「少なくとも、私が調査した範囲ではゲーマーズとの繋がりも不審な組織との関係もない」
シェリンの声は普段とは違い、低く落ち着いていた。
「その他、不自然な点はほとんどありません」
「ほとんど?」
甲斐田がその言葉を拾う。
「何かあったんですか?」
「本人たちにではありませんがね……」
シェリンは別の資料を取り出した。
「奇妙なのは――学校です」
「学校?」
卯月が首を傾げる。
「以前お話しした通り、北小路さんは東堂さんと来栖さんから妙なオーラを感じていた」
「はい」
「なので私も、エニカラから特殊な測定機器を一部借りて確認しました」
シェリンは紙に記された数値を指でなぞる。
「確かに、二人とも学院内にいる時は強い反応が出ています」
「じゃあやっぱり二人が?」
「最後まで聞いてください」
シェリンが遮る。
「問題は――学院を出た後です」
甲斐田が眉をひそめる。
「学校を出たら?」
「反応が消えます」
「……消える?」
「完全にではありません。しかし学院から距離を取れば取るほど異常なほど急激に減少していく」
シェリンは二つのグラフを見せる。
「東堂さんは下校後、友人と買い物に行っています。その時点ではほぼ一般人と同程度に落ち着いています。来栖先生も同様、自宅へ帰った後には学院内で観測された数値の大部分が消失しています」
「……ちょっと待って」
卯月が口を開く。
「それって」
少し考える。
「二人が力を持ってるんじゃないってこと?」
「その可能性が非常に高い」
シェリンは頷いた。
「むしろ」
その目が鋭くなる。
「二人は学院内にいる時だけ、何者かによって強い力を持っているように見せられている」
「……!」
甲斐田の表情が変わった。
「誰かが意図的に?」
「そう考えるのが自然でしょう」
室内に沈黙が落ちる。
卯月もようやく状況の異常さを理解し始めた。
「でも……なんでそんなことするんですか?」
「考えられる理由はいくつかあります」
シェリンが指を立て始める。
「一つは単純な実験。二人だけを対象に取っているのでこの可能性は限りなく低いでしょう。二つ目は、クヲンを呼び寄せるため。かなり悪質ですがだったら自分がオーラを出せば済む話です」
ここまで言い終わってシェリンが目を細める。
「そして三つ目……」
シェリンは東堂と来栖の写真を見る。
「この人物はエニカラが調査していることにすでに気づいていて、捜査の対象をこの二人へ向けさせようとした」
「……囮か」
甲斐田が呟いた。
「その可能性があります」
卯月は腕を組む。
「でもエニカラが調査に来てるかなんて分からなくないですか?」
「普通ならね」
甲斐田が答える。
「あくまで推測だけど相手は人間二人にオーラを与えられるほどの強大な力を持っている。とすれば、潜入調査員がいることぐらいすぐに分かるんじゃないかな」
「……あ」
卯月が止まる。
北小路ヒスイは一年前から潜入しているエニカラ情報部。
彼女が東堂コハクと来栖夏芽を怪しいと判断したのも。
「その時点からバレていたのか」
「可能性はある」
甲斐田の声が低くなる。
そして、最悪の考えが頭をよぎる。
「……待って」
「甲斐田さん?」
「もしそうならまずい」
甲斐田が端末を取り出す。
「どうしたんですか?」
急いで端末を操作する。通信先は相羽隊長だ。
「今回追加で潜入した相羽さんたちが東堂さん達に接触したなら――」
呼び出しに反応がなかった。
「……直接何かされていてもおかしくない!」
「え?」
「相羽隊長!」
もう一度掛けるが繋がらない。
「……嘘だろ」
甲斐田の顔から血の気が引く。
「電波悪いだけとか?」
「……いや、学院側の通信自体が遮断されてる可能性がある」
卯月が立ち上がる。
「長尾さんと弦月さんは?」
甲斐田がすぐに通信を入れる。
『甲斐田?』
長尾の声が聞こえた。
「長尾! 今どこ!?」
『学院の北側。弦月も一緒』
「学院の様子は!?」
『……いや、ちょうどこっちも連絡しようとしてた』
「何かあった?」
少しだけ間が空く。
『クヲンが急に出現し始めた』
「!」
『さっき数体現れて撃退しようとしたら、今大量に集まり始めてる』
甲斐田はすぐ卯月を見る。
「行こう!」
「はい!」
卯月も即座に動き、二人は探偵事務所を飛び出した。
◇
学院へ近づくほど異変は明確になっていった。
「……何だあれ」
卯月が足を止める。世怜音女学院の周辺に数十体のクヲンがいた。
「集まりすぎだろ……」
学院を囲むように徘徊している。
まるで何かに引き寄せられているかのように。
「コウ!」
声が聞こえて振り返ると長尾と弦月が走ってくる。
「二人とも無事?」
「俺らはな」
長尾は刀へ手をかけながら学院を睨む。
「でも中がやばい」
「見て」
弦月が指を差す先を卯月は見る。
「……何だよ、あれ」
校舎の一部だけが黒い何かに覆われていた。
「結界か?」
「たぶん」
弦月が答える。
「さっき様子を見ていたら突然出始めた」
「……通信が効かないのはこれのせいか」
卯月が呟く。
そこにはリゼたちがいる可能性が高かった。
「とにかく入るよ!」
走り出した甲斐田に皆が続くも、
「――ッ!」
一体のクヲンが目の前へ飛び出した。
「邪魔だぁ!」
卯月が右手を突き出す。
「凍れ!」
地面を氷が走りクヲンの両脚が一瞬で凍りつく。
「よし!」
だが、周囲からさらに複数のクヲンが現れる。
「数多すぎだ!」
長尾が刀を抜く。
「無理矢理突破しようとすると囲まれるぞ!」
「でも中に行かないと!」
その時。
「では!」
後方からとてつもなく大きな声が響いた。
「私が道を開けましょうぅぅ!!」
「シェリンさん!?……ってかうるさ!!」
卯月が耳を塞ぐと同時にシェリンが大きく息を吸う。
次の瞬間。
「はぁぁぁぁぁ!!」
その声は空気そのものが震わせた。
「!?」
シェリンの声を中心に目に見えない衝撃が発生する。
彼のライバースキル『音圧』によって周囲にいたクヲンが一斉に宙へ舞った。
「…………」
卯月が固まる。
「え、声のでかさ能力だったの?」
「正確には能力でさらに増幅しているだけです!!」
「元からでかいんだ……」
「コウ!」
甲斐田が叫ぶ。
「行くよ!」
「はい!」
長尾が前へ出る。
「俺と弦月もここで止める!」
「任せて」
弦月も構える。
「学院の周りのクヲンは任せました!」
卯月が甲斐田と共に学院へ走り出す。
その背後では弦月の笛の音と長尾の刀、そして
「おおおおおおおお!!」
シェリンの大声が響き渡っていた。
その音を背に二人は学院の門を抜けた。
「みんな……」
卯月の右手から冷気が漏れ、白い氷が指先を覆う。
「大丈夫、中には隊長もいるから皆無事なはずだ」
甲斐田はそう言いながらもその表情からは心配が窺えた。
「……はい!」
二人は異変に包まれた世怜音女学院へと突入した。




