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2O・3O(仮)  作者: 夜何時
第五章
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第四十四話 演劇同好会

 放課後、授業を終えた世怜音女学院の校舎には昼間とはまた違った空気が流れていた。


 そんな中、リゼたち三人は、とある教室の前に立っていた。


「ここですね」


 リゼが扉の横に掛けられた札を見る。


 ――演劇同好会。


「なんか緊張してきた」


 アンジュが小声で呟く。


「任務なんですから緊張感は必要でしょ」


「いや、そうじゃなくて……女子校の演劇同好会に入るって、ちょっと特別な感じしない?」


「それはどうせもいいわ!!」


「二人とも入ろー」


 そんな会話など気にも留めず、相羽が勢いよく扉を開けた。


「こんにちはー!」


「ちょ、相羽隊長!」


 リゼが止める間もなかった。


 教室の中にいた何人もの生徒が、一斉にこちらを振り返る。


 リゼとアンジュの身体が固まった。


「……あ」


「えっと……」


 しかし。


「あ、来た来た!」


 教室の奥から北小路ヒスイが歩いてきた。


「ひすいぴ!」


 相羽が手を振る。


「ちゃんと来てくれたんだ」


「もちろん!」


 ヒスイは三人を振り返り、教室にいる面々へ声をかける。


「昨日話してた見学の人たち」


「ああ、この人たちなんだ」


 一人の女子生徒が近づいてくる。


 落ち着いた雰囲気で、人を惹きつけるような明るさを持つ少女だった。


「初めまして。東堂コハクです」


 リゼとアンジュの表情が僅かに変わる。


 東堂コハク、北小路が怪しい人物として名前を挙げた一人。


「初めまして!」


 相羽は何の迷いもなく挨拶をする。


「相羽ういはです!」


「リゼ・ヘルエスタです」


「アンジュ・カトリーナです」


「ヒスピから話は聞いてるよ。見学したい人がいるって」


 コハクは穏やかに笑った。


「うちは同好会だからそんなに堅苦しくないし。好きに見ていって」


「ありがとうございます」


 リゼが頭を下げる。


 その様子を見ながらアンジュが小さくリゼの袖を引いた。


「ねえ」


「なに」


「普通にいい人じゃない?」


「……まだ第一印象だから」


 小声でそんなやり取りをしていると。


「せっかく来たんだし一緒にやろうよ!」


 相羽はすでに同好会の輪の中へ入っていた。


「馴染むの早すぎません!?」


「うーちゃん先輩、こういうの得意だから」


 ヒスイが平然と言う。


 相羽は数分前に初めて会ったはずの部員たちと一緒に発声練習を始めている。


「あなた、声大きいのね!」


「負けないよー!」


「何にですか……」


 リゼは呆れた。


 結局、リゼとアンジュは教室の端に椅子を置いてもらい、そこから演劇同好会の活動を見学することになった。


 部員たちは台本を読み合わせたり、実際に立ちながら動きを確認したりしている。どうやら近いうちに学院内で発表する劇の練習らしい。


「思っていたよりちゃんとしてますね」


「失礼じゃない?」


「そういう意味じゃないよ」


 リゼは教室の様子を眺める。


 特に不自然なところはないし、部員たちは楽しそうで、コハクも一人一人へ声をかけながら全体をまとめている。


 生徒会長という肩書きも納得できる振る舞いだった。


「こんにちはー!」


 突然、二人の目の前に一人の少女が現れた。


「わっ!」


 リゼが驚く。


「見学の人ですよね?」


 人懐っこい笑顔を浮かべる少女。


「西園チグサです!」


「は、初めまして」


「初めましてー!」


 その後ろから、もう一人。


「ンゴちゃんは周防サンゴって言います!」


 少し特徴的な口調と共に、周防サンゴも顔を覗かせる。


「よろしくお願いします」


 リゼが丁寧に頭を下げる。


「二人ってどこのクラス?」


「え?」


「見たことないよね、転校生ですか?」


「えーっと……」


 リゼの顔が固まる。横を見るとアンジュも同じだった。


 まずい。当然ながら、潜入任務について話すことはできない。


 学院側から許可は出ているが、事情を知っているのは一部の教職員のみなので一般生徒に対しては、あくまで普通の生徒として振る舞う必要がある。


「私たちは……その……」


 リゼが言葉を探す。


「実はちょっと特殊な事情で――」


 アンジュが口を開きかける。


「特殊な事情?」


 チグサが首を傾げる。


「え、何それ気になる!」


「いや、これはですね」


「アンジュ!」


「分かってるって!」


 どんどん苦しくなる。


 その時、後ろから声が飛んでくる。


「二人とも」


 コハクだった。


「見学に来てくれた人をあんまり困らせないの」


「はーい」


「ごめんなさい」


 チグサとサンゴが素直に下がる。


 コハクは二人へ近づくと、申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんね。この二人、特にチグちゃんなんて誰にでも声かけちゃうんだから」


「い、いえ! 大丈夫です。こちらこそ変な反応をしてしまって」


「気にしないで。見学なんだから、ゆっくりしていってね」


 そう言って、コハクは再び部員たちの元へ戻っていった。


「…………」


 リゼとアンジュが顔を見合わせる。


「……どう思う?」


「めっちゃいい人」


「ですよねぇ……」


 怪しい人物と聞いていたから、多少なりとも警戒していたが実際に会ってみればどうだ。


 礼儀正しく、周囲への気配りもできて部員たちからも慕われている。


「少なくとも悪意を持っているようには見えませんね」


「演技って可能性は?」


「演劇同好会に所属してますけど……さすがに」


 そんな話をしていると。


「ただいまー!」


 相羽が戻ってきた。


「あれ? 練習してたんじゃ?」


「先生と話してきた!」


「先生?」


「来栖夏芽先生!」


「えっ」


 二人の表情が変わる。その名前はもう一人の監視対象だった。


「いつの間に……」


 相羽への認識を改めなくてはいけないとリゼたちは心の中で思った。


「さっき廊下にいたから!」


「それで、どうでした……?」


 リゼが身を乗り出す。


「すっごくいい人だった!」


「……それだけですか?」


「うん!」


 リゼがさっきのは取り消しだと頭を抱えた。


「もう少し任務っぽい観察をしてくださいよ!」


「えー。話し方とか、雰囲気とか、変なところないかなーってちゃんと見た!」


「やっぱり、そうですよね……」


 アンジュも腕を組む。


「コハクさんも普通だったよ」


「うん」


 三人は揃って教室の中を見る。


 どちらも、少なくとも悪意を持ってクヲンを引き寄せているようには思えない。


「となると」


 リゼが小声で言う。


「もし本当に二人のどちらかが原因だとしたら……やっぱり自覚がない可能性が高い」


 アンジュが続ける。


「自分が強い力を持ってるって知らないとか?」


「あり得るよね」


 相羽も頷いた。


「じゃあ一回、外の皆にも連絡しよっか」


 三人は教室の隅へ移動してエニカラの通信端末を取り出した。



 同時刻、世怜音女学院から少し離れた公園。


「暇っすね」


 ベンチに座った卯月コウが言った。


「任務中に言うことじゃないでしょ」


 甲斐田晴が苦笑する。


「でも実際暇じゃないですか」


「まあ、今のところ何もないからな」


 長尾景が公園の周囲を見て、弦月藤士郎も近くの自動販売機の横に立ちながら周囲を警戒している。


 学院外警戒班。


 長尾景、弦月藤士郎、甲斐田晴そして卯月コウ。


 四人は学院周辺を巡回しながら、クヲンが現れないか警戒を続けていた。


「でもさ」


 卯月がベンチの背もたれへ身体を預ける。


「クヲンって力があるところに寄ってくるんですよね?」


「そうらしいな」


「だったら、出てくるまで待つより原因見つけた方が早くない?」


「それを学院内でやってるんでしょ」


 甲斐田が答える。


「俺たちは外で何か起きた時の対応でしょ」


「役割分担かぁ」


「不満そうだな」


 長尾が笑う。


「いや、俺も潜入したかったなって」


「女子校に?」


「そこなんですよね」


「無理だろ」


「やっぱ俺女装とか似合うと思――」


「やめとけ」


 そんなくだらない会話をしていた、その時甲斐田の端末が鳴った。


「あ」


「中から?」


「そうみたい」


 通信を繋ぐ。


『聞こえますか?』


 リゼの声だった。


「聞こえてるよ」


『こちらで怪しい人物の候補を確認しました』


 その言葉に、全員の表情が僅かに真剣になる。


「誰?」


『東堂コハクさん。それから来栖夏芽先生です』


 甲斐田が名前を記憶する。


『ただ――』


「ただ?」


『彼女らに接触したところ、どちらにも悪意があるようには感じません』


 続いてアンジュの声が入る。


『むしろ普通に良い人。だからもしクヲンが二人のどっちかに引き寄せられてるなら、本人は自覚してない可能性が高いと思います』


「なるほど」


 甲斐田が顎に手を当てる。


『ひすいぴも一年調べてるけど決定的なものは見つかってないみたい!』


 今度は相羽の声。


「ひすぴが一年調べても何も出てないのか……」


 長尾が考え込む。


 通信を終えた後、四人はそれぞれ考え込んだ。


「東堂コハクさんと来栖夏芽さんですか……」


 甲斐田が呟く。


「彼女らについて何か知ってるんですか?」


 卯月が聞く。


「なにも」


 甲斐田は首を振る。


「でも、こういう時に頼める人を知ってる」


「頼める人?」


「ちょっと会いに行ってくる」


 立ち上がる甲斐田。


「俺も行きます」


 卯月もすぐに立ち上がった。


「卯月も?」


「新人だからこういう人脈覚えた方がいいかなって」


「なるほどな……暇だからとかじゃないよな?」


「なわけ」


 長尾と弦月は学院周辺の警戒を続けることになり、甲斐田と卯月だけがその場を離れた。



「……ここ?」


 しばらく歩いた先、二人が到着したのはごく普通のマンションだった。


「うん」


「エニカラ関係者?」


「関係者っていうか……協力者かな」


「へぇ」


 二人は建物の中へ入り、階段を上がると甲斐田は迷う様子もなく、とある部屋の前で止まった。


「何回か来たことあるんですか?」


「まあね」


 そしてインターホンを押す……が返事はない。


「留守?」


 卯月が言った次の瞬間。


「はぁぁぁぁぁぁいッ!!」


「うわっ!?」


 部屋の奥から、とてつもなく大きな声が聞こえた。


 卯月の肩が跳ねる。


「何!?」


「いるみたいだね」


「いや声でかっ!」


 甲斐田は慣れた様子でドアノブを回す。


 ガチャ。


「……開いてる」


「いつもこんな感じだから」


「防犯意識どうなってんの?」


 ドアを開ける。


「お邪魔しまーす」


 中へ入った瞬間卯月は固まった。


「……うわ」


 床がギリギリ見えるか見えないかの範囲で部屋が乱雑していた。


 よく分からない小道具などあらゆるものが無造作に積み上げられている。


「探偵事務所ってもっとこう……格好よくない?」


「ここ自宅と兼用らしいよ」


「自宅でももう少しあるでしょ」


「甲斐田さぁぁぁぁん!!」


「うおっ!」


 また大声。


 部屋の奥から、一人の男が現れた。


 ヤバい。卯月の第一印象は、それだった。


 特徴的な服装に妙に存在感のある立ち姿。


 そして何より声がでかい。


「本日はどのようなご用件でしょうかぁぁぁ!!」


「声でっか……」


 卯月が思わず一歩引く。


「あれ? そちらは?」


 男が卯月を見る。


「新人です。卯月コウと言います」


「なるほど!」


 男は勢いよく卯月へ手を差し出した。


「初めまして!!」


「は、はい」


「私の名前はシェリン・バーガンディ!」


「名探偵です!!」


「…………」


 卯月は甲斐田を見る。


「この人やばくない?」


「初対面で失礼ですねぇ!?」


 シェリンの声が部屋に響く。


「この人はエニカラがよく調査を頼んでる探偵なんだ」


 甲斐田が説明する。


「人探しとか、身辺調査とか、そういうのを頼むことが多いかな」


「エニカラ御用達?」


「そういうこと」


「へぇ……」


 卯月はもう一度シェリンを見る。


「もっと普通の人想像してました」


「普通ですよ!!」


「絶対嘘じゃん」


 そんなやり取りをしていたが。


「それで」


 甲斐田が本題を切り出す。


「今回、調べてほしい人が二人います」


「……ほう」


 先ほどまで騒がしかったシェリンの表情が、一気に鋭くなる。


 卯月も思わず姿勢を正した。


「名前は?」


「東堂コハク。世怜音女学院の生徒会長です」


「なるほど」


「もう一人は来栖夏芽。その学院の国語教師」


「ふむ」


 甲斐田は学院周辺でクヲンの出現が増えていること。


 クヲンが強い力に引き寄せられる習性を持つこと。


 そして、その二人に北小路ヒスイが違和感を覚えていることを簡潔に説明した。


 シェリンは黙って聞いていた。


「どうです?」


「そうですねぇ」


 甲斐田が尋ねる。


「どれくらいかかります?」


 シェリンは腕を組む。


 卯月は少し身構える、かかる時間によっては長期の任務になることは確定だ。一か月くらいは覚悟の上だったが……。


「三日ですね」


「え?」


 卯月が聞き返す。


「三日」


 シェリンは即答した。


「二人分の調査ですよ?」


「問題ありません」


「情報少ないですよ?」


「十分です」


 悩む様子すらない。


「三日あれば」


 シェリン・バーガンディは、口元に笑みを浮かべる。


 そこにはもう、先ほどまでの騒がしい男の姿はなく獲物を見つけた探偵の顔だった。


「二人が何者なのか何を隠しているのか」


 シェリンは言い切る。


「全て調べてみせましょう」


「……おお」


 卯月は思わず声を漏らした。


 その瞬間だけちょっと格好いいと思ってしまった。


「さすが名探偵」


「でしょう!?」


「うわ声でかっ!」


 前言撤回した。だがこうして世怜音女学院の内部ではリゼたちによる潜入調査。


 学院の外では、相羽隊による警戒。


 そして新たに名探偵シェリン・バーガンディによる、二人の人物への調査が始まった。

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