第四十三話 潜入開始
ここは、世怜音女学院。
長い歴史と伝統を持つ、由緒正しき女子校。
整えられた校舎に手入れの行き届いた中庭と廊下ですれ違えば自然と挨拶を交わす生徒たち。
しかし、本来ならば生徒たちが授業を受けている時間帯。
誰も使っていないはずの空き教室に――三人の女子生徒がいた。
「……やっぱり落ち着きませんね」
リゼ・ヘルエスタが呟いた。
普段の戦闘服ではなく、世怜音女学院の制服を身にまとい長い髪を整えたその姿は、どこからどう見てもこの学院に通う一人の生徒だった。
「分かる」
隣にいるアンジュ・カトリーナも頷く。
彼女もまた同じ制服に身を包んでいる。
「すごく落ち着かない」
意見が一致したと二人は顔を見合わせるがその理由は――まるで違った。
「私、学校というものにまともに通った経験がほとんどないんですよ……本当に生徒のふりなんてできるかな……?」
リゼは不安そうに自分の制服を見る。
「私は逆にワクワクしてきた」
「はい?」
「だって女子校だよ?」
アンジュの目が輝いていた。
「任務だからな?」
「分かってるって!」
アンジュは胸を張ったが、
「……でも、もしかしたら運命の出会いとか――」
「やっぱり分かってないな!」
「リゼは心配しすぎなんだって! せっかく制服着て女子校に来たんだからこの生活を楽しもうよ!」
「楽しむために来たんじゃない!」
「二人とも制服似合ってるよ!」
そこへ満面の笑みで割って入ったのが相羽ういはだった。
「そういう問題じゃないんです!」
「私は自分で似合ってると思う」
「アンジュは調子に乗るな!」
相羽は自分の制服姿を確認すると、くるりとその場で一回転した。
「私も久しぶりだなー、制服!」
「ういは隊長、完全に楽しんでません?」
「もちろん!」
「即答!?」
リゼの叫びが空き教室に響いた。
アンジュはそんな二人を見ながら笑う。
「まあまあ。こういうのは自然にしてた方がバレないって」
「あんたが言うと説得力がないんですよ……」
「なんでや!」
そんなやり取りを続けた後、相羽がパンッと手を叩いた。
「じゃあ、そろそろちゃんと任務の話しよっか!」
すると空気は一変して三人は近くの机を囲んだ。
そして、ここへ来る前に社から受けた説明を思い返した。
◇
「そもそも、クヲンってのは完全に無作為に出現するわけじゃない」
任務の説明をしていた社が、端末に世怜音女学院周辺の地図を表示する。
その周辺には、クヲンの目撃地点を示す印がいくつも存在していた。
「これまでの調査で分かってることがある。奴らは――力に引き寄せられる傾向がある」
「力?」
卯月が聞き返す。
「ああ。強力なライバースキルを持ってる人間だったり、特殊なエネルギーが集中してる場所だったり……神だったりな。そういうところは、他と比較してクヲンの出現率が高い」
リゼが地図を見る。
「つまり……今回も偶然ではない可能性が高い?」
「そういうことだ」
社は頷いた。
「学院に何かある……」
アンジュが呟く。
「その可能性を疑ってる」
社の表情が僅かに険しくなった。
「だから今回の潜入には二つの目的がある。一つは当然、生徒たちの警護。もう一つは――学院内部の調査だ」
「内部?」
「生徒、教師、その他の関係者。クヲンを引き寄せる原因になりそうな人物がいないか調べろ」
「でも、その人が悪い人とは限らないんですよね?」
リゼの問いに社は頷く。
「もちろんだ。本人が自覚してない可能性も十分ある。だから、いきなり拘束したりするなよ」
「しませんよ!」
「相羽に言ってる」
「えっ、私!?」
「お前が一番やりそうだからな」
「やらないよ!」
社は相羽を無視して説明を続ける。
「とにかく、何か不自然な奴がいないか注意深く見てくれ」
◇
「――という話でしたね」
リゼが小さく息を吐く。
「クヲンが集まる原因……か」
アンジュは頬杖をついた。
「でも全校生徒と先生を一人ずつ調べるなんて無理じゃない?」
「確かにこんな大勢の中から怪しい人と言われても……」
リゼが困った顔をする。
「見ただけで分かるものでしょうか?」
「強い能力を隠して普通に生活してる人だっているだろうしね」
「ですよね」
「うーん」
三人が考え込むその時だった。
ガラッ。
「――!」
空き教室の扉が突然開き、三人の空気が一瞬で変わる。
ここは現在使われていない教室で今は授業中だから、本来ならば――誰も来るはずがない。
「…………」
入ってきた女子生徒が三人を見る。
「……あ」
相羽の表情が変わった。
「ひすいぴ!」
「うーちゃん先輩」
「久しぶりー!」
先ほどまでの警戒が嘘のように、相羽がその少女へ駆け寄った。
「え?」
「知り合いですか?」
困惑するリゼとアンジュ。
「うん!」
相羽が振り返る。
「紹介するね! 北小路ヒスイちゃん!」
「よろしく」
相羽に紹介された世怜音女学院の制服を着た彼女は、リゼとアンジュへ軽く挨拶した。
かつてコーヴァス帝国支部で活動していたエニカラ隊員だが現在は――情報部に所属している。
「でも、どうしてここに?」
「私も潜入任務中なの」
「え?」
アンジュが周囲を見回す。
「私たちと一緒に?」
「一年くらい前から」
「一年!?」
リゼが驚く。
ヒスイは頷いた。
「エニカラは前からこの学院を調べてたんだよ」
「そんなに前から……」
「クヲンが増え始めたのは最近。でも、学院内部にはそれより前から気になる部分があった」
先ほどまでとは違い、相羽も真剣な顔になる。
「だから彼女が送り込まれたんだ」
「そういうこと」
「ということは……」
アンジュが身を乗り出す。
「もう怪しい人とか見つけてたりする?」
「いるよ」
「早っ」
「それを伝えるためにここに来たまであるしね」
ヒスイは近くの机へ寄りかかる。
「確証はない。でも、個人的に気になってる人は二人」
リゼたちは黙って話を聞く。
「一人目は――東堂コハク。今の生徒会長で演劇同好会の会長もやってる」
「生徒会長で同好会の会長……結構忙しそうな人ですね」
「うん。学院内でも有名人」
ヒスイは続ける。
「もう一人は国語教師の来栖夏芽先生」
「先生ですか」
リゼの表情が僅かに険しくなる。
「その二人に何か共通点が?」
「説明するの難しいんだけど……」
ヒスイは少し考えた後、自分の感覚をそのまま言葉にした。
「何かありそう」
「何か?」
「私は特にライバ―スキルとか無いんだけど、二人とも普通の人とは違うオーラみたいなものを感じる」
アンジュが眉を上げる。
「オーラ――ですか?」
「説明するのも難しいんだけど、長年この仕事をやってきて身に付いた勘みたいなものかな」
「彼女らは悪人に見えますか?」
リゼがヒスイを見る。
「いや、分からないけどもしクヲンを呼び寄せてる原因なら、本人たちも危険な立場にいる可能性があるから」
「……なるほど」
リゼは納得したように頷いた。
確かに、監視は疑うためだけのものではなく守るためにも必要になる。
「それで、夏芽先生もちょうど演劇同好会の顧問ってこともあって私もそこに入っているんだよね」
「では、そこで一年間ずっと二人を?」
「うん。ただ、決定的なものは見つかってない」
ヒスイは腕を組む。
「だから二人がクヲン出現の原因だとはまだ言えない。そもそも別の人が原因かもしれないし、人物じゃない可能性だってある」
ヒスイはそう言って三人を見渡した。
「だから、三人にも直接見てほしい」
「直接?」
「今日の放課後」
ヒスイは教室の扉へ向かう。
「演劇同好会に来て」
「演劇同好会……ですか」
リゼが呟く。
「コハクも夏芽先生も今日はいるはずだから。二人を直接見れば何か分かるかもしれない」
「分かった!」
相羽が即答した。
「放課後ね! 楽しみ!」
「遊びじゃないからね?」
「分かってるよ!」
「本当かな……」
ヒスイは苦笑する。
「じゃあ私は授業戻るから。三人もあんまりここで騒がない方がいいよ」
「あ」
リゼの顔が固まる。
そういえば、先ほどからかなり大きな声を出していた。
「それじゃ」
ガラッ。
ヒスイは教室を出ていって再び三人だけになる。
「演劇同好会かぁ!」
相羽はすっかり楽しそうだった。
「何やってるんだろ! 私たちも演技するのかな?」
「見学ですよね!?」
「もしかしたら飛び入り参加とか!」
「しませんよ!」
リゼが即座に否定する。
「ヒスイさんはともかく、私たちは目立たず潜入するのが目的なんですよ!? 劇なんて出たら一番目立つじゃないですか!」
「でも潜入捜査なら演技力も必要じゃない?」
「今は関係ないですから!」
「私はちょっとやってみたいけどな」
アンジュが口を挟む。
「アンジュまで!?」
「いや、考えてみてよリゼ」
アンジュが真剣な顔をする。
「女子校の演劇同好会で演技する私。それを見つけるイケメン。そしてそれは運命――」
「はいはい。分かりましたよ」
「あしらい方ヒドッ!」
そうやって二人が騒いでいるのを相羽は楽しそうに横目で見つめていた。




