第四十二話 新生相羽隊
二次三次高校襲撃事件。
後にそう呼ばれることになるあの事件から、三年の月日が流れた。
あの日を境に、世界は大きく変わった。
それまで一般市民の多くにとって、街で時折発生する不可解な事件や突如として建物を破壊する謎の存在はどこか現実味のない噂話に過ぎなかった。
だが、二次三次高校で起きた大規模襲撃。
多数の生徒が巻き込まれ、校舎の各所で激しい戦闘が発生したあの事件を、もはや隠し通すことなどできなかった。
人々は知ることとなった。
人間を襲う正体不明の怪物――『クヲン』と、それらを利用しながら各地で事件を引き起こしている犯罪組織――『ゲーマーズ』。
同時に、それらの脅威から人々を守るため戦い続けてきた組織――『エニカラ』の存在も広く知られるようになった。
三年という期間は長いようで、短い時間だったが世界は少しずつ変わった。
そして、人もまた変わっていく。
かつて誰かに救われた少年が、今度は誰かを救う側に立とうとするほどには。
◇
「死ぬ……」
エニカラ本部、訓練場。
床に大の字になった卯月コウは、天井を見上げながら呟いた。
「まだ死なないよ」
「いや死ぬって。これ絶対新人にやらせる訓練じゃないから。エニカラって新人を育成するんじゃなくて、生き残った奴を採用するシステムだったりする?」
「そんなわけないでしょ!」
卯月の隣から即座にツッコミが飛んでくる。
声の主――リゼ・ヘルエスタもまた、剣を杖のように地面へ突き立て、肩で大きく息をしていた。
かつてヘルエスタ王国の第二王女として生活していた彼女、現在はとある事情から故郷を離れ、エニカラ本部で暮らしている。
真面目で優しく、責任感も強いそんな彼女も、今日ばかりは額から汗を流しながら訓練場を睨みつけていた。
「だいたい……どうして訓練開始から一時間ずっと走らされて、その後に模擬戦なんですか……?」
「リゼさん、顔が死んでるよ」
「誰のせいだと思ってるんだ!」
「相羽さんじゃない?」
「それはそう!」
「二人とも元気だねー」
その横でアンジュ・カトリーナが座り込んでいた。
リゼと同じくヘルエスタ王国の出身の彼女は王宮錬金術師として働いていた過去を持ち、リゼが王国を出る際に共にエニカラへとやってきた人物である。
「アンジュは大丈夫なの?」
「だいじょばない……。錬金術師ってもっとこう、後方から頭脳で戦う職業じゃない? なんで剣持った人と殴り合わされてるの?」
「残念だけど実戦じゃそんなこと言ってられないからね!」
訓練場に元気いっぱいの声が響く。
三人が揃って顔を上げるとそこに立っていたのは、相羽ういはだった。
「はい! 休憩終わり!」
「短くない?」
卯月が反射的に言う。
「今俺ら三分くらいしか休んでないですよ」
「実戦でクヲンが『五分休憩しまーす』って言ってくれる?」
「言ってくれるクヲンを探すところから始めません?」
「コウさん!」
リゼに怒られた。
「怒らせたら訓練が増えるでしょ」
「リゼさん、それ本人に聞こえてるから」
「あ、申し訳ありませんでした!」
「リゼってそういうところ真面目だよね」
「じゃあ、アンジュも立とうね!」
「うぅ……王宮に帰りたい……」
騒がしい三人を見ながら、相羽は楽しそうに笑っていた。
この三人に長尾、甲斐田、弦月を加えた七人が現在の相羽隊だった。
三人はほぼ同時期にエニカラへ加入し、ちょうど欠員が出ていた相羽隊へ配属された。
とはいえ、戦闘経験については大きな差がある。
王宮錬金術師だったアンジュは、ライバースキルを用いた戦闘を多少なりとも経験している一方、卯月は本格的な戦闘訓練を受け始めたばかり。
そしてリゼに至っては――
「構えて、リゼ!」
「はい!」
相羽の声に反応し、リゼがヘルエスタセイバーを構えた直後、
「遅い!」
「えっ――」
一瞬で相羽が懐へ潜り込んだ。
「わああああああっ!?」
訓練場に皇女らしからぬ悲鳴が響いた。
つい最近まで王女として生活していた人間である。
文武両道に過ごしてきたと言え、エニカラの訓練に簡単についていけるはずもない。
「……王族って大変なんだな」
「今の見て出てくる感想それ?」
アンジュが呆れた顔をする。
「だって王女辞めたと思ったらこれだよ? 俺だったら王国帰るけど」
そんなことを言いながら、卯月は立ち上がった。
パンパンと訓練着についた埃を払い落とす。
「……よし」
そして、右手を前へ出した。
ピキッという小さな音と共に空気が変わる。
卯月の右手を中心として白い冷気が発生し、その足元に薄い氷が広がっていく。
卯月のライバースキル――『氷結』は右手から氷を生み出し、触れた場所や周囲を凍結させる能力だ。しかし、
「つめたっ!」
卯月が慌てて右手を振った。
「……毎回それ言ってるよね」
アンジュが半目になる。
「いや冷たいもんは冷たいから。我慢するけど」
そんな二人のやり取りを見ながら、相羽は笑う。
「でもコウ君、最初より出せる氷の量増えてるよ!」
「マジっすか?」
「うん! あとは戦いながらちゃんと使えるようになれば完璧!」
「じゃあ今日の訓練ここまででお願いします」
「じゃあ次は私と模擬戦だね!」
「話聞いてた?」
その瞬間だった。
「相変わらず元気だなお前ら」
訓練場の入口から声が聞こえた。
「あ、社さん」
卯月が振り返る。
そこに立っていたのは社築だった。
「社さん! どうしたの?」
「お前らに任務を持ってきた」
その言葉に、空気が変わる。
真っ先に反応したのは卯月だった。
「任務?」
「ああ」
社は手に持っていた端末を操作する。
「新生相羽隊になってから初めての正式任務だ」
「おお……!」
卯月の目が輝く。
リゼもヘルエスタセイバーを収めながら近づいてきた。
「ついに私たちも任務ですか?」
「どんな任務なんです?」
アンジュも興味深そうに覗き込む。
社は端末に地図を表示した。
「世怜音女学院って知ってるか?」
「聞いたことはあります」
リゼが答える。
「確か、かなり有名な女子校ですよね?」
「ああ。その世怜音女学院の周辺で、最近クヲンの目撃報告が急増してる」
卯月たちの表情から笑みが消える。
「クヲンか……」
卯月が小さく呟いた。
三年前の二次三次高校。
当時、高校一年生だった卯月もまた、あの事件に巻き込まれた生徒の一人だった。
逃げ惑うことしかできなかった自分たちを守るため、命懸けで戦っていたエニカラの隊員たち。
あの日の光景を、卯月は今でも覚えている。
「コウさん?」
リゼの声で我に返る。
「ん?」
「どうしました?」
「……いや」
卯月は小さく笑った。
「何でもない」
社が説明を続ける。
「学院の周辺警戒。それと、学院内部への潜入捜査。この二つを相羽隊に任せる」
「潜入捜査!」
卯月が食いついた。
「なんかガチの任務っぽい!」
「ガチの任務だろ」
リゼが突っ込む。
「まあまあ」
社が苦笑する。
「学院側には話を通してある。学校関係者にはお前らの素性も伝えてあるから、その辺は安心しろ」
「なるほど……」
リゼが頷く。
「で、どう分かれるんですか?」
「ああ。それなんだけどな」
社は端末を操作する。
そこに二つの班分けが表示された。
学院内部潜入班。
相羽ういは、リゼ・ヘルエスタ、アンジュ・カトリーナ。
学院外部警戒班。
長尾景、弦月藤士郎、甲斐田晴、卯月コウ。
「…………」
長い沈黙。
最初に口を開いたのは卯月だった。
「俺、外じゃん」
「そりゃそうだろ女子高だぞ」
「潜入したかった……」
卯月は早々に落胆した。
一方、別の意味で固まっている二人がいた。
「……え?」
リゼである。
「私たち……学院内部?」
「ああ」
「つまり……」
アンジュが恐る恐る確認する。
「学生として?」
「そうなるな」
社が頷く。
「…………」
リゼとアンジュは顔を見合わせた。
相羽だけが嬉しそうに笑っている。
「制服着るの楽しみだね!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
リゼが慌てる。
「私たちもう成人していますよ!」
「知ってる、大丈夫大丈夫!」
「何が大丈夫なんですか!?もう、アンジュ! 何か言ってください!」
リゼが助けを求めるが、
「……学生か」
アンジュは俯いていた。
「アンジュ?」
「女子校……」
「アンジュ?」
「女子校の生徒になれば……もしかして……出会いが……?」
「何を期待してるんだこのボケが!」
「いや待ってリゼ! これは私の人生を変える任務になるかもしれない!」
「クヲンを調査する任務だぞ!?」
「分かってる! ちゃんと任務もする! でもそれはそれとして!」
「それとしてじゃねぇ!」
騒ぎ始める二人を卯月は眺めながら呟いた。
「楽しそうだなぁ」
「お前は外の見回りだからな」
「さっきも聞きましたよ」
卯月は少し不満そうにしながらも笑った。
長尾、弦月、甲斐田。そして自分。
先輩が大勢いるから初任務としては不足の無いメンバーだった。
「ま、クヲンが出るなら俺たちの仕事だしな」
そう言って、右手を開くと冷気が漏れ出し白い霜が指先を覆っていく。
その冷たさに、卯月は僅かに眉をひそめた。
それでも、手を引っ込めることはなかった。
三年前、自分は守られる側で逃げることしかできなかった。
けれど――今は違う。
「初任務か」
卯月は呟きそして、小さく笑った。
「……ちょっと楽しみかもな」
そんな卯月の横では。
「学生なんて無理ですってぇぇぇ!」
「リゼ! 諦めよう! こうなったら青春しよう!」
「三人で放課後にクレープとか食べようよ!」
「ういは隊長まで!?」
新生相羽隊による初任務。
世怜音女学院で頻発する、クヲン出現事件の調査が始まろうとしていた。




