番外編第六話 桜はこの世界で
最初に動いたのは、鏑木ろこだった。
「じゃ、まずはこっちからいっくよー!」
鏑木が両手を大きく広げると実験室の床が派手な光に包まれた。
すると一斉にベルの音や電子音が響き渡る。
「は?」
葛葉が振り向くより早く、一本のレールが実験室の中を突き抜ける。
その上に現れたのは。
「ジェットコースター!?」
ルイスが目を見開く。
鏑木のライバースキル『ワンダーパーク』は遊園地のアトラクションを創造する能力。
「いってらっしゃーい!」
鏑木が指を差す。
直後、ジェットコースターが猛烈な勢いで加速した。
「ちょっ!」
狙いはルイスのようだった。
「避け──」
避けようとした時にはもう間に合わない。
「きゃあっ!」
ルイスの身体が大きく吹き飛ばされる。
「ルイスさん!」
葛葉が振り返るが、その前に。
「おっと」
鏑木がさらにレールを展開する。
ルイスと葛葉の間へ、巨大なコースターが割り込んだ。
「そっちはそっちでやっときな!」
鏑木が楽しそうに笑う。
「ルイスさんは私と遊んでもらうよ!」
「最悪……!」
立ち上がったルイスが怪盗道具を創り出す。
二人はそのまま実験室の奥へと移動していった。
結果的に葛葉と凛月、レオスと五十嵐が向かい合う形になった。
しかし、レオスは地面に手をかざすと新たに二匹のまめねこを召喚した。
「増やすなよ……。」
葛葉が露骨に嫌そうな顔をするとレオスは嬉しそうに笑った。
「可愛いのは何匹いてもいいでしょ!」
「可愛くねぇよ!」
「さぁ、行きなさいまめねこ達!」
三匹のまめねこが同時に動く。
一匹は巨大化して一匹は両腕が異常なほど筋肉質に、そしてもう一匹は脚だけが極端に発達する。
「キモいキモいキモい!」
三方向からの突進。
と、さらに。
「ウチもいるって!」
五十嵐梨花が笑いながら腕を振る。
その周囲の大量の野球ボールが射出され始める。
「まずはストレート!」
凄まじい速度のボールだが葛葉が首を傾けて避ける。
「次、カーブ!」
途中まで同じ軌道だったボールが曲がる。
「は!?」
葛葉は軌道を読み違え、頬を掠めた。
「スライダーにフォークにナックルだ!」
横へ下へ大きく曲がるボールが葛葉に襲い掛かる。
「球種多すぎだろ!」
五十嵐は楽しそうだった。
「野球なめんなー!」
まめねこ三匹と大量の変化球の攻撃で葛葉は一気に防戦へ追い込まれる。
「クソッ……!」
血を集め、一旦盾を作るしかないとそう考えた瞬間だった。
大量の桜の花びらが葛葉の前へ集まる。
「……!」
花びらが重なり一枚の巨大な壁を作った。
ボールが次々とぶつかるが桜の壁は破れない。
「凛月さん!」
葛葉が振り返る。
まだ立つことも難しい凛月がそれでも腕を伸ばして必死に花びらを操作していた。
「私も……戦います」
「無理すんな!」
「でも」
凛月が微笑む。
「葛葉さんだけに戦わせたくないから」
花びらがさらに増える。
そして、まめねこの拳を受け止め五十嵐の球を弾き始めた。
「……ありがとう」
葛葉が笑う。
「じゃあ」
姿勢を低くする。
「先に邪魔なのを片付けるか」
「え?」
五十嵐が目を丸くする。
視界から葛葉が消える。
いや、一瞬で距離を詰めたのだった。
「速っ!?」
「遠距離でチマチマやられんの嫌いなんだよ!」
五十嵐が慌ててボールを生成。
「なら近距離でも──」
「遅ぇ」
葛葉の拳が腹部へ突き刺さる。
「ぐぇっ!」
さらに足払いをして五十嵐の身体が宙へ浮く。
「悪いな」
血の拳を寸前で止め、そのまま拳圧だけを叩き込む。
五十嵐は壁へ吹き飛ばされ、その場で意識を失った。
「まず一人」
しかし、すかさず巨大化したまめねこが背後から襲う。
「じゃ、次」
振り返り際に血の刃で巨大な身体を縦に切り裂く。
だが、まめねこの体はすぐに再生を始める。
「それはさっき見た」
葛葉は笑うと何度も何度も切り刻み始め、まめねこに再生する暇を与えない。
「これならどうだ」
さらに血の爆弾をばら撒くとまめねこの断片すべてへ付着する。
「爆ぜろ」
連続した爆音が室内で響き渡るとまめねこは肉片すら残さない勢いで吹き飛んだ。
一匹目が終ると次に飛んでいった。
同じ工程を繰り返し、最後の一匹が崩れ落ちる。
「……はぁ」
葛葉が息を吐くいると、奥から凄まじい破壊音が聞こえた。
「ルイスさん!」
急いで向かうとそこにあった光景は、
「うぅ……。」
巨大なコーヒーカップの中、鏑木が目を回しながらワイヤーでぐるぐる巻きにされていた。
「遊園地……たのし……」
完全に意識が飛びかけている。
その横で服がボロボロになり、息が荒くなったルイスが立っていた。
「……勝てた!」
葛葉が呆れる。
「何があったんだ」
「この子がコーヒーカップを高速回転させてきたから、ワイヤー引っ掛けて逆に本人入れてやったんですよ」
「えげつねぇな」
「怪盗ですから」
なんて会話をしていた二人が同時に振り返る。
まだ、レオスが残っていることを思い出した。
追撃が来ると思ったが、
「……」
レオスは不気味なほど楽しそうに笑っていた。
「いやぁ、やはり素晴らしい。本当に素晴らしい!」
狂気に満ちた笑い声。
「何笑ってんだ」
葛葉が睨むがレオスは何も答えない。
「では」
レオスは三人に背を向けて軽く手を振る。
「私はこれで」
「おい待て!」
しかし、レオスは止まらない。
「後はご自由に」
「え?」
意味深な言葉だけ残してそのまま実験室を出ていった。
三人は呆然とする。
「逃げた……んでしょうか?」
と凛月が言うが誰にも分からなかった。
だが、一番の注意人物が勝手に出ていった以上考えている暇はなかった。
「とにかくここから出るぞ」
葛葉が言う。
「他の奴ら来たら終わりだ」
ルイスも頷く。
「地下から出てそのまま本拠地の外まで行こう。私なら監視を避けられる道具作れるから」
「じゃあ」
凛月がルイスを見る。
「村まで帰ろう」
「うん」
姉妹が笑う。
「お母さんにも会わないと」
「うん、私はお姉ちゃんを探しに行くために喧嘩しながらでてきちゃったから」
「そうだったの!?」
二人は嬉しそうだった。
だが、葛葉だけは少し離れた場所に立っていた。
「……」
帰るという言葉が胸に刺さる。
この二人は家族がいる。
でも、自分は。
「葛葉さん?」
ルイスが振り返る。
「なんでもないっす」
笑おうとするが上手く笑えない。
自分も二人と一緒に本当に行くのか?
ゲーマーズを敵に回したからここにはもう戻れない。
でも、村へ行ったところで自分に居場所なんてあるのか。
――俺が一緒に行く意味……あるか?
その時、袖を掴まれた。
「……」
凛月だった。
「葛葉さん」
「何?」
「来てください」
「……どこに」
「一緒に」
凛月は真っ直ぐ葛葉を見る。
「葛葉さんが来てくれなかったら私は何も知らずに今もあの場所にいました。ずっと研究され続けて、いつか本当に帰れなくなってたかもしれない」
葛葉は黙る。
「葛葉さんがいたから今の私があるんです。」
「……」
「だから」
凛月が涙ぐみながら微笑む。
「これからも一緒に生きてほしいです」
「…………」
葛葉の顔が固まった。
「は?」
凛月も一瞬遅れて自分の言った言葉を理解する。
「あ、いや、違くて!違わないんですけど……その!」
凛月の頬が思わず赤くなると葛葉も目を逸らす。
「……そういうこと急に言わないでくださいよ」
「ご、ごめんなさい!」
「いや別に嫌とかじゃねぇけど!」
「私もそういう意味だけじゃなくて!」
「分かってるっすよ!」
「いやだから!」
横で見ていたルイスが我慢できなくなったのか。
「後にして!!」
地下に響き渡るほどの声で叫んだ。
「今追われてるんだから!イチャイチャするなら脱出してから!」
「してねぇ!」
「してません!」
「息ぴったりじゃん!」
「うるせぇ!」
だが、葛葉の中の迷いは消えていた。
「……よし」
葛葉が天井を見る。
凛月とルイスも見上げる。
「何する気?」
「最短ルート」
葛葉が血を集める。
「え」
巨大な血の塊をさらに圧縮して全てを一つへしていく。
「待って」
ルイスの顔が引きつる。
「まさか」
「とにかく地下から出ればいいんだろ?」
「だからって!」
葛葉が拳を構える。
「ぶち抜けばいい」
「この脳筋!」
「離れてろ!」
今あるありったけの力を全てを上へ向けて。
「行くぞ!」
とてつもない轟音とともに実験室の天井が砕け始めると続いて次々と上階の床を貫いていく。
「うわぁぁぁ!?」
「葛葉さん!?」
地下施設全体が震えて至る所から警報が鳴り響く。
そして、天井の遥か上から光が差し込む。
「見えた!」
ルイスが叫ぶ。
「行くぞ!」
その声と共にルイスと凛月を抱き上げた葛葉が駆ける。
崩れた瓦礫を登り、開いた穴を抜け最後の壁を越える。
そして、凛月の紫色の髪が風に揺れた。
「……」
数年ぶりの本当の空。
「外だ……」
凛月が呟く、その目には涙が流れる。
葛葉は何も言わない。
ルイスもただ姉の手を握る。
そして、三人はゲーマーズ本拠地から走り出した。
追手が来る前に、かつて三人の家族が暮らしていた小さな村へ向かって。
◇
その頃、崩壊した地下実験施設。
「……」
瓦礫だらけで機械は壊れ実験装置も使い物にならなくなった場所へレオス・ヴィンセントは戻ってきた。
「はぁ……」
心底面倒くさそうにため息をつく。
「想像以上に派手にやりましたねぇ」
倒れているまめねこ、五十嵐、鏑木を横目に見ながら呟く。
「施設の修理費と始末書、叶さんへの報告……面倒ですねぇ」
普通なら怒るべきなのだろう。
長年研究していた被検体を奪われ施設も破壊されたのだから。しかし、
「まぁ」
レオスは近くの机へ歩くと瓦礫の下一冊の資料を引き抜いて埃を払う。
「別にいいんですけどね」
表紙の文字の一部が瓦礫による傷と血で隠れている。
『○○ザレン三世計画』
レオスは資料を開く。
そこには桜凛月の実験記録などの項目と最後には既に完了済みと記された項目があった。
レオスの口元が歪む。
「こちらの実験はとっくに成功していましたから」
ページをめくりながら狂気に満ちた笑みを浮かべる。
「今は被検体が一人逃げた程度何の問題もありません」
その瞳は別の何かが映っていた。
「さぁ、次の段階へ進みましょうか」
地下にレオスのうるさい笑い声だけが響いた。




