番外編一話 桜の木の下で
「……チッ。」
ゲーマーズ本拠地。
薄暗い通路を、一人の青年が苛立った足取りで歩いていた。
銀髪を乱暴にかき上げながら、大きく舌打ちをする。
その正体は葛葉だった。
数日前、剣持刀也との二度目の戦いでようやく望んだ一騎打ちだった。
以前の中途半端で終わった戦いの終止符を今度こそ打つつもりだった。
そして、互いに満身創痍になりながらも最後まで戦い抜いた。
そして──負けた。
剣持の最後の一撃。
あの瞬間、自分を叩き潰した竹刀の感触が今でも身体に残っている。
「……負けたのは仕方ねぇ」
ぽつりと呟く。
剣持は想定以上に強かった、だから負けを認めること自体にはそこまで納得できない訳ではない。
問題はその後だ。
「なんであそこで叶が出てくんだよ……」
思い出すだけで腹が立つ。
ようやく互いの全てをぶつけ合えた戦い。
勝者が立ち敗者が倒れる。それは必然だ。
それを、
「邪魔しやがって……」
目を覚ました時には本拠地だ。
後から聞いたが剣持は神の力を失って意識不明らしい。
「俺は勝負を楽しみたかっただけなんだ」
それなのに、自分の戦いはただ叶の作戦の一部として利用されただけだった。
「…………」
歩きながら天井を見上げる。
ゲーマーズは確かに居心地は悪くない。
好き勝手やれるし、命令も最低限。
だが最近は違う。
全部叶の計画通りで自分たちは駒……そんな気がしてならなかった。
「俺はこんなお堅い組織に入ったわけじゃねぇんだけどな……」
誰に言うでもなく呟き、そのまま歩き続ける。
とにかく何かをしていないと気が済まなかったから本拠地を適当にうろついていた。
その時だった。
ひらりと一枚の花びらが目の前を横切る。
「……ん?」
葛葉は反射的に掴む。
淡い桃色、桜の花びらだった。
「……は?」
思わず天井を見る。
もちろん桜など咲いていない。
風もないのに花びらだけがゆっくりと舞っている。
「どっから飛んできた?」
花びらが流れてきた方向を見ると廊下の突き当たりだった。
重厚な鉄製の扉にはプレートが貼られていた。
『技術開発部』
「あー……レオスのやつの部屋か」
技術開発部部長。
レオス・ヴィンセント、ゲーマーズでも有名な変人。
狂った研究者だと呼ばれたうた。
葛葉ですらあいつだけは近付きたくねぇと思うほどだった。
「まぁ、あいつなら桜ぐらい生やしてても驚かねぇか」
そう呟くと、躊躇なくドアノブへ手を掛けた。
意外にも鍵は開いていた。
「おーい」
返事はない。
躊躇なく部屋の中へ足を踏み入れる。
「……誰もいねぇか」
机には大量の書類と見たこともない機械など。
いかにも研究室という空間だった。
「汚ぇ部屋だな」
足元には工具が散乱している。
机の上には飲みかけのコーヒーと紙の山。
何がどこにあるのか本人以外分からないのだろうと思いながら葛葉は興味本位で部屋を歩き回る。
「これ何だ?」
変な薬品を持ち上げる。
「うわ、気持ち悪」
ホルマリン漬けらしき何か。
青い生物らしきものが中に入っている。
「これ爆発しねぇよな?」
見たこともない装置を適当に触ってみるが当然何も分からない。
その時だった。
「ん……?」
カサッ。
本棚の奥で何かが動いたような音がする。
葛葉は眉をひそめる。
「誰かいるか?」
返事はない。
ゆっくり本棚へ近付き奥を覗くが誰もいない。
「気のせいか?」
そのまま本棚を軽く押してみると。
ギギ……
「ん?」
少し動いた。
「お?」
さらに押すがこれ以上は動かない。
代わりに近くの本が少し飛び出していることに気付く。
「なんだこれ」
試しに押し込むと。
カチッ。
低い機械音が響いた。
直顔、本棚そのものが横へゆっくり動き始める。
「うわ」
葛葉は思わず一歩下がる。
本棚の奥には地下へ続く白い通路が現れていた。
「隠し部屋?」
好奇心だけで葛葉は迷わず中へ入る。
通路は静かだった。
白一色のその通路は病院のようでもあり、研究施設のようにも見えた。
そして奥へ進んだ瞬間。
「……は?」
思わず足が止まる。
巨大な透明ガラスで囲まれた部屋。
その中心に一本の桜の木が満開に咲いていた。
季節外れの地下施設で日光すら差さない場所。
それなのに優しい風が吹き桜が静かに舞っている。
「なんだよ……これ……」
幻想的だった。
いや、幻想的という言葉では足りない現実とは思えない光景。
そして、よく見ると桜の根元に一人の女性が横たわっていた。
長い髪を広げまるで木漏れ日の中で静かな寝息を立てていた。
「…………」
葛葉の背中に冷たい汗が流れる。
「……やっべ」
見ちゃいけないものを見たと本能がそう告げていた。
レオスの研究室の隠し部屋っぽい場所に桜の木と謎の女。
どう考えても普通じゃない。
「知らねぇ方が長生きできるやつだな」
葛葉は踵を返し、静かに部屋を出ようとする。
その時、透明な部屋の中で音がした。
「……ん」
桜の下の女性が小さく身じろぎしてゆっくりと瞼が開く。
淡い光を宿した瞳が、ガラス越しに葛葉を捉えた。
そして彼女は、まだ少し眠たそうな声で微笑む。
「……あれ、あなたは新しく来た研究員さん……?」
その一言に、葛葉は固まった。
「……は?」




