第三十七話 絶望の淵に
二次三次高校、校舎内。
廊下には、生徒たちの悲鳴と慌ただしい足音が響いていた。
「慌てなくて大丈夫だよぉ」
夜見れなは柔らかな声で呼びかけながら、取り残されていた生徒たちを昇降口へ誘導していく。
「前の人についていってねぇ、絶対に教室へ戻っちゃ駄目だからね」
怯えた生徒たちは何度も頷き、互いに支え合いながら階段を駆け下りていった。
最後の一人が避難したことを確認すると、夜見は廊下の奥へ視線を向ける。
「これでこの辺りは大丈夫かなぁ……」
しかし、探している人物はまだ見つかっていない。
天宮こころ。今回、ゲーマーズが狙っている龍の一族の末裔。
「どこにいるんだろう」
夜見が通信機へ手を伸ばした、その時だった。
ドンッ!
少し離れた教室から、何かが壁へ叩きつけられるような音が響いた。
続けて聞こえる金属音。
「……あっちかな」
夜見はすぐに音のした方向へ走り出した。
教室の扉を開けた瞬間、夜見の目へ飛び込んできたのは、一体のクヲンだった。
異様に長い腕を持つ人型の個体。
その鋭い爪を振り回しながら、一人の少女へ何度も襲い掛かっている。
「はぁっ!」
夕陽リリはエニカラから支給された戦闘用のソードを振るい、クヲンの爪を受け流した。
金属同士が激突したような甲高い音が鳴る。
夕陽の後ろには、三人の生徒が身を寄せ合っていた。
天宮こころ、鈴谷アキ、三枝明那。
夕陽は三人を庇うように立ち、何度もクヲンの攻撃を防いでいた。
「リリ先輩!」
三枝の声に、夕陽は振り返らないまま叫ぶ。
「そこから動かないで!」
直後、クヲンの腕が大きく振り上げられた。
未来視によって攻撃の軌道は見えている。
だが、避ければ後ろの三人へ当たる。
夕陽は歯を食いしばり、剣を両手で構えた。
その瞬間。
「マジックショーの始まりだよぉ」
夜見の声が教室へ響いた。
ライバースキル――『マジックボックス』
教室全体を覆うように、半透明の巨大な箱が展開される。
クヲンの爪が振り下ろされる寸前。
パンッ、と夜見が手を叩いた。
「入れ替わりマジック」
次の瞬間、夕陽たち四人の姿が消えた。
代わりに、教室の隅に積まれていた机と椅子が現れる。
クヲンの腕が机の山へ突き刺さり、木片が派手に飛び散った。
夕陽たちは教室の反対側へ移動していた。
「夜見さん!」
夕陽が声を上げる。
「間に合ってよかったぁ」
夜見は笑いながら、クヲンへ向けて両手を広げた。
「それじゃあ次のマジック」
クヲンの周囲へ黒い布が出現し、その全身を一瞬で包み込む。
「バラバラマジックだよぉ」
指を鳴らすと布の内側から、クヲンの断末魔が響いた。
黒い布が床へ落ちる。
その中にクヲンの姿はなく、黒い霧だけが四方へ散っていった。
「すご……」
天宮が呆然と呟く。
夜見は軽く手を振った。
「みんな無事でよかったぁ」
夕陽もようやく剣を下ろす。
「助かりました」
「でも、ここも危ないよぉ。すぐに避難しようね」
夜見が出口を示した。
だが、廊下の奥から何かが高速で近づいてくる音が聞こえた。
箒が床すれすれを飛ぶ音。
夕陽の右目に鋭い痛みが走る。
「……っ!」
視界が切り替わり未来が見える。
これは……全滅。
「伏せて!!」
夕陽が叫んだ。
直後、教室の扉と壁が外側から大量の銃弾によって吹き飛ばされた。
ダダダダダダダッ!!
机や椅子が砕け、黒板が穴だらけになる。
夜見は咄嗟に能力を発動した。
「防壁マジック!」
巨大なトランプが何枚も重なり、夕陽たちの前へ盾のように展開される。
銃弾が次々と突き刺さる。
その向こうから、小柄な少女が箒に乗って教室へ飛び込んできた。
ゲーマーズの一員、勇気ちひろ。
彼女の周囲には、拳銃、短機関銃、ライフル。
数え切れないほどの銃が浮遊していた。
「やっと見つけた」
ちひろの視線が、天宮へ向けられる。
「かくれんぼはもう終わりだよ」
「……私?」
天宮は困惑した表情を浮かべる。
夜見がすぐに彼女の前へ立った。
「この子には近づかせないよぉ」
「邪魔だよ」
ちひろが指を動かす。
浮かんでいた銃口が一斉に夜見へ向いた。
夕陽の未来視が再び発動する。
「夜見さん、右です!」
「うん」
夜見が横へ跳ぶ。
一瞬前まで立っていた場所を銃弾が通過し、床が抉れた。
「次は上!」
「了解だよぉ」
夜見が帽子を投げる。
帽子の中へ身体が吸い込まれ、天井近くに出現した別の帽子から飛び出した。
銃弾がその足元を掠める。
「三枝君!」
夕陽は振り返って叫ぶ。
「天宮さんと鈴谷さんを連れて逃げて!」
「でも、先輩たちは!?」
「早く!」
夕陽の剣幕に、三枝は息を呑む。
「……分かりました!」
三枝は天宮の腕を掴む。
「行こう!」
鈴谷も天宮の背中を押した。
「こころちゃん、走って!」
「でも、リリ先輩が――」
「大丈夫だから!」
夕陽はそう言い切った。
本当に大丈夫かどうかなど分からない。
それでも、今は走らせるしかなかった。
三人が教室から飛び出す。
ちひろはそれを見て舌打ちした。
「絶対逃がさないから」
数丁の銃が廊下へ向く。
「夜見さん、銃を止めて!」
「任せてぇ」
夜見は両手を広げた。
銃の周囲に煙が巻き起こる。
「変身マジック」
煙が晴れた時。
浮かんでいた銃は、色とりどりの花束や鳩へ変わっていた。
「なっ……!」
ちひろが目を見開く。
「銃を別のものに変えれば、撃てないよねぇ」
夜見は微笑む。
だが、ちひろの周囲に新たな銃が次々と出現する。
「だったら、変え切れないくらい出せばいいだけだから」
「……多いねぇ」
夜見の笑顔が僅かに引きつる。
大量の銃が一斉に火を噴いた。
ダダダダダダダダッ!!
「左!」
夕陽の指示に従い、夜見が机と位置を入れ替える。
「後ろ!」
巨大な箱の中へ飛び込み、別の場所から姿を現す。
「次は正面!」
無数の鳩を放ち、銃弾の軌道を逸らす。
未来視とマジック。
二人の力を組み合わせ、何とか攻撃を凌いでいく。
しかし、銃撃は止まらない。
未来が見えても、避ける場所そのものがなくなっていく。
「夜見さん、下です!」
夜見が床へ身を伏せる。
その直後、床へ向けられていた銃口が突然角度を変えた。
「嘘……」
夕陽が見た未来とは違う。
ちひろは夕陽の指示を聞き、わざと銃弾の軌道を変えたのだ。
「あなたが未来が見えるなら」
ちひろは冷たく笑う。
「その先すら変えてしまえばいい」
銃弾が夜見の身体へ集中する。
「夜見さん!」
夜見は咄嗟にトランプの壁を作る。
だが、あまりにも数が多すぎた。
巨大なトランプが次々と撃ち抜かれる。
「くっ……!」
最後の壁が砕けた。
夜見の身体が銃弾の衝撃で吹き飛ばされ、教室の壁へ叩きつけられる。
「夜見さん!」
夕陽が駆け寄る。
夜見は床へ崩れ落ちた。
「まずは一人」
ちひろは夕陽へ銃口を向ける。
「次はあなただね」
夕陽は剣を握り直す。
だが、ここで戦い続ければ逃げた三人へ追いつけない。
「……ごめんなさい」
夕陽は倒れた夜見へ小さく呟く。
そして、教室の窓へ向かって走った。
銃弾を未来視で避け、窓から飛び出す。
「待て!」
ちひろも箒で後を追おうとするも、いたはずの場所からはるか後方に瞬間移動する。
「ま…だ…行かせない…からぁ」
夜見は残る最後の力を振り絞ってちひろの位置を入れ替えを続けた。
◇
夕陽が校舎の外へ飛び降りると、すぐ近くに三枝たちの姿が見えた。
「リリ先輩!」
「そのまま走って!」
夕陽は着地と同時に三人へ合流する。
しかし、校庭へ向かう通路へ出た瞬間全員の足が止まった。
周囲の植え込み、体育館の影。
渡り廊下の下。
そこから次々とクヲンが姿を現す。
逃げ道を塞ぐように、大量のクヲンが四人を取り囲んだ。
「そんな……」
鈴谷が震え、三枝は天宮たちを庇うように前へ出る。
「先輩……どうします?」
夕陽は息を整えながら剣を構えた。
「私が倒すから三人は私の後ろから離れないで」
「でも、その怪我……」
夕陽の制服は銃弾やクヲンとの戦闘で所々破れ、腕からも血が流れていた。
未来視の使い過ぎで、視界も揺れている。
それでも退くことはできない。
「大丈夫」
夕陽は自分へ言い聞かせるように呟いた。
クヲンが一斉に襲い掛かる。
夕陽は未来を見て剣を振る。
一体の首を斬り払う。
続けて背後から迫る爪を避け、脇腹へ剣を突き刺した。
左からの突進を受け流し、足を斬る。
さらに一体、また一体。
夕陽は休むことなく剣を振るい続けた。
「はぁ……はぁ……」
未来を見るたびに、目の奥へ針を刺されるような痛みが走る。
腕も上がらなくなってくる。
呼吸も乱れ、足元がふらつく。
それでも。
「リリ先輩!」
天宮の声が聞こえる。
守らなければならない。
夕陽は残る力を振り絞り、最後の一体へ剣を突き刺した。
黒い霧となって消える。
「終わっ……た……」
夕陽は膝をつきかける。
だが、背後から瓦礫の陰に隠れていた一体のクヲンが音もなく立ち上がった。
未来視を使う余力は残っていない。
三枝が気づく。
「リリ先輩、後ろ!」
夕陽が振り返る。
鋭い爪が目前へ迫っていた。
避けられない。
自身の死を覚悟したその瞬間、誰かが夕陽の前へ飛び込んだ。
「リリちゃん!」
ザシュッ――。
鈍い音。
クヲンの爪が、その身体を深く貫いた。
「……え?」
夕陽の目の前にいたのは。
家長むぎだった。
「家長……?」
家長は夕陽を庇うように立ち、そのままクヲンの腕へ掴みかかる。
「今……!」
夕陽は呆然としながらも、反射的に剣を振った。
クヲンの身体が斬り裂かれ、黒い霧となって消える。
支えを失った家長の身体がゆっくりと倒れていく。
夕陽は慌てて抱き止めた。
「家長!」
制服が赤く染まっていく。
傷は深い、あまりにも深すぎる。
「どうして……」
夕陽の声が震える。
「どうして戻ってきたの……!」
家長は苦しそうに息をしながら、小さく笑った。
「だって……リリちゃんが全然避難してこないから…心配で…」
「馬鹿!」
夕陽は傷口を押さえる。
だが、血は止まらない。
「喋らないで、すぐ誰か呼ぶから!今助けるから……!」
家長の瞼がゆっくりと閉じていく。
「家長?」
返事がない。
「ねえ、むぎ……!」
夕陽の声が掠れる。
自分が戻るように言わなかったから。
自分がもっと強ければ。
未来視を使えていれば。
もっと早くクヲンに気づいていれば。
目の前で倒れる家長の姿が、コーヴァスで倒れたドーラの姿と重なる。
まただ。また、自分は未来を見ることができたのに。
誰も救えない。
「いや……」
夕陽の瞳から涙が零れる。
「こんなの……こんな未来、見たくなかった……」
その瞬間だった。
風が止まり、家長の身体から流れていた血が空中で静止した。
舞い上がった砂埃も揺れていた木々も。
全てが動きを止める。
「……え?」
夕陽だけが、その止まった世界の中で動いていた。
夕陽は家長を抱きかかえたまま周囲を見回した。
その時、空から一枚の黒い羽が舞い落ちる。
続けて、何枚もの黒い羽が夕陽の周囲を包み込んだ。
静止した空間へ、ゆっくりと一人の少女が舞い降りる。
背中から生えた黒い翼と人ならざる気配。
そして、どこか優しさを感じさせる眼差し。
少女は夕陽と家長の前へ降り立つと、静かに口を開いた。
「やっと会えたね…リリ先輩」
彼女はずっと見守っていた少女の前へ、ついにその姿を現した。




