第三十五話 新手
二次三次高校周辺では、既にいくつもの戦闘が始まっていた。
校庭を駆け回るクヲンの咆哮と割れた窓から立ち上る煙。
学校は、ほんの数十分前までの日常が嘘だったかのような戦場へと変わっていた。
そこへ三つの人影が到着する。
加賀美ハヤト、夜見れな、葉加瀬冬雪。
エニカラ加賀美隊の三人だった。
「遅くなりました!」
加賀美は校門の前へ着地すると、すぐに周囲の状況を確認した。
しかし、目に飛び込んできた光景に表情を険しくする。
校庭では、何体ものクヲンが暴れ回っている。
逃げ遅れた生徒たちを探すように校舎の周囲を徘徊し、壁や窓へ無差別に攻撃を繰り返していた。
そして、校門のすぐ前では伊波隊の四人が、折り重なるように倒れていた。
「伊波!」
夜見がすぐに駆け寄る。
伊波たちは全員、意識を失っていた。
目立った外傷は少ない。
だが、四人とも戦闘を継続できる状態ではなかった。
葉加瀬がしゃがみ込み、伊波の呼吸を確かめる。
「息はあるし他のみんなも生きてるけど……どうやったら、こんな短時間で」
伊波隊は決して弱い部隊ではない、その四人がまとめて倒されている。
加賀美は静かに顔を上げた。
倒れた伊波隊の少し先に一人の男が立っていた。
「あなたがやったのですか。」
加賀美の問いに、ミランは穏やかな笑みを浮かべる。
「ええ」
悪びれる様子は一切ない。
その返答と同時に、加賀美は片手を前へ突き出し攻撃を繰り出そうとする。
しかし、ミランが懐中時計へ指を掛けた。
「逃がしません!」
カチッ。
時計の針が動いた。
次の瞬間、ミランの姿が消えていた。
「消えた……?」
葉加瀬が目を見開く。
「いえ」
加賀美は周囲を警戒する。
「どこかへ移動しただけなはずです」
すると、少し離れた校舎の屋根から声がした。
「私へ与えられた命令は、数人倒すことだけです」
三人が顔を上げる。
ミランは屋根の上へ立っていた。
「数人……?」
夜見が眉をひそめる。
ミランは倒れている伊波隊を見下ろしながら、満足そうに頷いた。
「ええ、これだけ倒せば上からの命令は十分に果たしたと言えるでしょう」
「待ちなさい!」
加賀美が再び攻撃を仕掛けようとする。
しかし、ミランは戦う姿勢を見せなかった。
「私は疲れましたのでここから先は、彼女たちに任せます」
「彼女たち?」
加賀美が聞き返す。
「それでは」
ミランは優雅に一礼する。
再び時計の針が鳴った。
カチッ。
今度こそミランの姿は完全に消えた。
気配もなく、どの方向へ移動したのかすら分からない。
加賀美は追撃しようとしたが、すぐに思いとどまる。
今は倒れている伊波隊、そして校庭や校舎内にいるクヲンへの対処が優先だった。
加賀美は学校を見上げる。
「敵の作戦はまだ続いています、そちらに集中しましょう」
ちょうどその時、エニカラの救助隊が校門へ到着した。
「負傷者四名、伊波隊です! 至急、救護をお願いします!」
加賀美の指示を受け、救助隊員たちが伊波たちを担架へ乗せていく。
夜見は倒れている星導の顔を覗き込んだ。
「みんな、ちゃんと帰ってきてね」
返事はない、それでも呼吸は安定している。
命に別状がないことを確認すると、三人は校舎へ視線を戻した。
「まずは校庭のクヲンを片付けます」
加賀美が言う。
「夜見さんは逃げ遅れた生徒の捜索を」
「はーい」
「葉加瀬さんは私とクヲンの排除をお願いします」
「分かった」
三人が動き出そうとした、その瞬間だった。
上空から風を切る音が聞こえた。
「ん?」
夜見が空を見上げる。
一人の小柄な少女が、箒に乗って飛んでいた。
幼い外見に可愛らしい衣装の少女は加賀美たちを気にすることもなく校舎の方へ向かっていった。
「待って!」
怪しさ満載の少女に夜見は叫ぶが聞き耳を持たず校舎の方向へ飛び去っていた。
彼女が向かっているの方向、それは間違いなく天宮こころがいる教室だった。
「追います!」
加賀美たちはすぐに駆け出す。
しかし。
「行かせると思った?」
背後から少女の声がした。
加賀美は足を止め、振り返る。
そこに立っていたのは二人の少女だった。
眼鏡を掛けた小柄な少女。
その隣には、落ち着いた雰囲気の少女。
「また新手……」
葉加瀬が構える。
一人がのんびりとした口調で答えた。
「新手というより足止め役かな、上から読んでも下から読んでも町田ちま。ちまって言います!」
「私は矢車りねです!」
「丁寧な自己紹介をどうも」
加賀美は警戒を緩めない。
矢車は眼鏡を押し上げながら笑った。
「まー、つまり私たちを倒さない限りあの空飛ぶ小さいのは追えないということです」
「バカ!あの人にそんな小さいのとか言うんじゃありません!」
「え、でも町田もこの間言ってたよね」
「言ってない!」
二人の会話に、夜見が僅かに困惑する。
「なんか変な人たちだねぇ」
「はい。ですが、彼女らにかけてる時間はありません」
加賀美は真剣な表情で右手を上げる。
背後で彼のライバ―スキル『ダイカガミ』が召喚された。
「速やかに撃退し、先ほどの少女を追います」
葉加瀬も科学道具を手に持ち始め、夜見はステッキを取り出した。
三対二。
人数では加賀美隊が上回っている。
相手の能力が分からないとはいえ、時間を掛けるつもりはなかった。
「行きます!」
加賀美は合図と同時にダイカガミに乗り込み、そのまま拳を振り上げる。
その時、矢車は嬉しそうに両腕を広げた。
「まさか、同じ構えとはね」
そう言うと身体から異様な力が溢れ出し、足元の地面が陥没した。
「ライバースキル――『巨大化』」
矢車の身体が膨張し始める。
骨格も筋肉も、服も眼鏡も、全てがそのまま巨大になっていく。
「えっ」
葉加瀬が口を開けたまま固まる。
「大きくなってる……」
「見れば分かるよ」
夜見が呟く。
しかし、巨大化は止まらない。
矢車の頭が校門を越えた。
校舎の二階、三階。
そして、遂には学校の屋上よりも高くなる。
数十メートル。
完全に巨大化した矢車の足元で、アスファルトが耐え切れず粉砕された。
彼女の瞳から理性が消える。
「アアアアアアアアッ!!」
咆哮だけで校舎の窓ガラスが震えた。
加賀美はダイカガミの操縦席から彼女を見る。
ほぼ同じ大きさ。
「巨大ロボット対巨大少女ですか……」
加賀美は僅かに目を輝かせた。
『社長』
葉加瀬が通信機から冷静に声を掛ける。
『まさかこの状況楽しんでないよね?』
「まさか」
加賀美は咳払いをする。
巨大化した矢車の肩へ、町田が軽やかに飛び乗った。
理性を失った矢車の耳元で、町田が静かに歌い始める。
町田が歌い始めると、矢車はどこかぎこちなく体を動かし始める。
そして、矢車の暴れていた視線がゆっくりとダイカガミへ固定された。
巨大な拳が握られる。
「操縦者がいるところまで同じということですか」
「さあ」
町田は矢車の肩へ座りながら、加賀美を睨みつける。
「ここから先には行かせないよ」
ダイカガミと巨大化した矢車。
二つの巨体が、学校の前で向かい合う。
その間にも、謎の少女は誰にも止められることなく、天宮こころのいる校舎へと近づいていた。




