第三十三話 開戦の狼煙
二次三次高校。
夏休みが終わってから数日。
校舎には再び穏やかな日常が戻っていた。
しかし、その平穏を誰よりも信じていなかった者がいる。
剣持刀也だ。
先日、エニカラ本部で知らされた情報。
――天宮こころがゲーマーズに狙われている。
その事実を知ってからというもの、剣持は学校でも街でも周囲への警戒を一切緩めていなかった。
常に窓の外や人の流れへ意識を向けていた。
『刀也君』
頭の中から伏見が話しかける。
『少し肩に力が入りすぎじゃないか?』
「……分かってる」
小さく返事をする。
「でも、もし僕が油断したせいで天宮さんに何かあったら」
その先は言わなかった。
伏見もそれ以上何も言わない。
ドーラを救えなかった後悔。
それが今も剣持の胸へ残り続けていた。
だからこそ今度だけは絶対に守る。その決意だけが、剣持を支えていた。
◇
しかし――。
何も起こらない。
何日経っても学校はいつも通りだった。
天宮は三枝や鈴谷と笑いながら話し、家長は相変わらず剣持へ「最近おかしいよね」としつこく聞いてくる。
夕陽も普段通り授業を受けていた。
平和な日々に、剣持も少しだけ安心しかけていた。
その日の四時間目も……
教師が黒板へ数式を書き続ける。
剣持はいつものように窓際最後列の席から外を眺める。
何も異常はないことを確認していた、その瞬間だった。
「――剣持!!」
夕陽が立ち上がった。
教室中が驚いて振り返る。
彼女は右目を押さえながら苦しそうに息を荒げていた。
剣持は一瞬で理解する。
「来る!」
竹刀袋を掴み、一瞬で竹刀を抜いた。
教師もクラスメイトも状況が理解できない。
「け、剣持君!?」
クラスメイトの一人が心配そうに声をかけたその直後。
――ガシャァァァン!!
教室の窓ガラスが粉々に吹き飛ぶ。
悲鳴が響く。
割れた窓から飛び込んできた一人の青年。
銀髪に赤い瞳と鋭い牙を覗かせながら、不敵に笑う。
「よう」
立っていたのはゲーマーズの葛葉だった。
着地と同時に教室が静まり返る。
教室中は恐怖で動けなくなっていた。
葛葉は教室をゆっくり見回す。
「俺はここで暴れてもいいんだけどさ」
肩をすくめながら笑う。
「一般人まで巻き込む趣味は俺にはねーのよ」
剣持は竹刀を構えたまま睨む。
「……何が目的だ」
葛葉は楽しそうに笑った。
「お前と戦いに来たに決まってんじゃん」
空気が凍る。
葛葉は窓の外を親指で指した。
「だから、誰にも邪魔されねぇ場所で決着つけようぜ」
剣持は周囲を見る。
怯えるクラスメイトと困惑で動けない教師。
学校の中には天宮も鈴谷も三枝も家長もいる。
ここで戦えば必ず誰かが巻き込まれることは明確だった。
「剣持…」
夕陽が静かに言う。
「……分かってる」
剣持は竹刀を下ろした。
「行こう」
「話が早くて助かるな」
葛葉はニヤリと笑う。
次の瞬間、窓から勢いよく飛び出した。
剣持も迷わずその後を追う。
屋上を飛び越え、
二人の姿は彼方へ消えていった。
◇
静まり返った教室で誰も声が出ない。
しかし、最初に動いたのは夕陽だった。
「みんな!」
教室中へ叫ぶ。
「今すぐ避難して!」
教師が我に返る。
「み、皆さん!落ち着いて避難します!」
ようやく生徒たちも動き始める。
その中で夕陽だけは逆方向へ走った。
「リリちゃん!」
家長が呼び止める。
夕陽は振り返らない。
(剣持は葛葉を引きつけてくれた。)
(なら次は――。)
天宮こころ。
彼女を守らなければならない。
夕陽は全力で廊下を駆け出した。
◇
学校の隣のとあるビルの屋上。
望遠鏡と通信機材が並ぶ即席の監視拠点。
伊波ライは双眼鏡越しに校舎を見つめていた。
「今日も平和……か」
そう呟いた直後。
校舎から大量の悲鳴が聞こえた。
「……!」
伊波が立ち上がる。
その横で叢雲カゲツも目を細めた。
「ガラスが割れたぞ」
「襲撃だな」
小柳ロウが静かに刀へ手を掛ける。
星導ショウだけが首を傾げた。
「学校って窓割るイベントありましたっけ?」
「「「ないわ」」」
三人同時に突っ込む。
それと同時に伊波は通信機を取り出す。
「学校で戦闘発生、手の空いてる者は直ちに二次三次高校に集合してください」
それだけ言って四人は一斉にビルから飛び降りた。
その時だった。
「――そこまでよ」
穏やかな声と共に校舎との間へ三人の少女が降り立つ。
天ケ瀬むゆ、先斗寧、海妹四葉の三人だった。
海妹は笑顔で手を振る。
「やっほー!」
先斗は静かに腕を組んだ。
「ここから先へは行かせない」
天ケ瀬は眠たそうに欠伸をする。
「抵抗しなければいい夢見せてあげるから」
伊波は表情を引き締める。
「ゲーマーズか」
海妹は元気よく笑った。
「正解!」
その瞬間。
両陣営の間へ緊張が走った。
◇
同時刻。
二次三次市。
街を巡回していた加賀美隊の鷹宮リオンと緑仙は、のんびりと歩いていた。
「今日は何も起きないわね」
鷹宮が退屈そうに伸びをする。
緑仙はため息をついた。
「平和なのはいいことじゃん」
「でも暇じゃん」
「仕事中なんだから暇でいいんだって」
その時、通信機が鳴る。
『こちら本部、二次三次高校で非常事態発生!』
『ゲーマーズの襲撃と思われます!』
二人の表情が変わる。
「学校!?」
それを聞いて鷹宮が駆け出そうとした瞬間。
「残念やけど」
後ろからコテコテの関西弁が聞こえてくる。
パンダのパーカーを身にまとった制服姿の少女が立っていた。
「ここ通行止めやよ」
ゲーマーズの一員、笹木咲はニヤリと笑う。
「ウチの名前は笹木咲く、ほな遊ぼか」
鷹宮は静かに鎌を出現させる。
緑仙の足元には小さなパンダが次々と現れる。
一方、笹木は近くのガードレールへ手を置いた。
「ウチのゲーム、開始やよ」
次の瞬間――バァンッ!!
叩きつけられた一撃と共に、ガードレールだけでなく地面まで蜘蛛の巣状にひび割れた。
戦いの幕が、今上がる。




