第三十一話 次なる標的
夏休みは終わった。
久しぶりに歩く二次三次高校の廊下。
剣持刀也は、自分の教室の前で一度足を止めた。
「どうしたの?」
隣を歩いていた夕陽リリが、不思議そうに剣持を見る。
「いや」
剣持は教室の扉を見つめながら答えた。
「久しぶりだなって思って」
コーヴァス帝国から帰国して数日。
傷や疲労はほとんど回復していた。
それでも、夏休み前と全く同じ気持ちで学校へ戻ってきたわけではない。
コ―ヴァス帝国であった色々な出来事。
僅かな期間の出来事だったはずなのに、剣持には何か月も経ったように感じられていた。
「学校に来るのが嫌なら、帰れば?」
夕陽が淡々と言う。
「そういう意味じゃないよ」
「じゃあ早く入りな」
「夕陽は感傷とかないの?」
「教室の前で立ち止まるほど暇じゃないだけ」
夕陽は剣持の横を通り過ぎ、扉を開けた。
その瞬間、教室の中にいた一人の生徒が駆け寄ってくる。
「来た!」
家長むぎが声を上げた。
「剣持さんとリリちゃんだ!」
夕陽の表情が僅かに引きつる。
剣持は嫌な予感を覚えた。
「おはようございます、剣持先輩!」
明るい声と共に三枝明那が近づいてくる。
その後ろから天宮こころと鈴谷アキも姿を見せた。
「おはよー!」
天宮が笑顔で手を振る。
「久しぶり、剣持先輩」
鈴谷も穏やかに微笑んだ。
剣持の表情が一瞬で明るくなる。
「おはよう、天宮、アキ君。僕に会えなくて寂しかった?」
「別に」
天宮が即答した。
「久しぶりなのに冷たくない?」
「剣持先輩がいつも通りで安心しました」
鈴谷が苦笑する。
和やかな再会になる。
そう思ったのも束の間、家長が剣持と夕陽の前へ回り込む。
「それで?」
「何が?」
「夏休みの間、二人でどこに行ってたの?」
教室の空気が変わった。
三枝も目を輝かせる。
「そうですよ!」
「二人とも夏休み中に連絡しても返事遅かったじゃないですか、特に剣持先輩!」
「僕は忙しかったんだよ」
「何で忙しかったんですか?」
「それは……」
剣持は言葉を濁す。
エニカラに関する情報は、一般の生徒へ簡単に話せるものではなかった。
夕陽も同じことを考えているのか、無言で自分の席へ向かおうとする。
しかし家長がその腕を掴んだ。
「逃げないで」
「別に逃げてない」
「二人で旅行?」
「違う」
「じゃあ何?」
「別に何もない」
夕陽がはぐらかして答える。
「一番怪しいやつじゃん!」
家長の声に、周囲の生徒たちも興味を示し始める。
「剣持と夕陽、付き合ってるの?」
誰かが冗談交じりに声を上げた。
剣持と夕陽が同時に振り返る。
「「違う!」」
二人の声が綺麗に重なった。
教室の中に笑い声が広がる。
「息ぴったりじゃないですか!」
三枝が楽しそうに笑う。
「だから違うって!」
剣持が否定する横で、天宮が小さく首を傾げた。
「でも、本当にどこに行ってたの?海外?」
剣持の肩が僅かに動いた。
天宮はそれを見逃さなかった。
「今、反応した!」
「海外なんだ!」
「いや、してないよ。」
「したよね、アキ君」
「少しだけしたかも」
鈴谷まで天宮に同意する。
「アキ君まで……」
剣持は味方を失ったような顔をする。
家長がさらに詰め寄った。
「どこの国?」
「僕たちは別に遊びに行ったわけじゃないよ。」
剣持は何とか話を終わらせようとした。
「少し、知り合いの手伝いをしてただけ」
「海外で?」
三枝が尋ねる。
「海外とは言ってない。」
「でも否定もしないんですね。」
「三枝、鋭くなったね」
「ありがとうございます!」
「褒めてないよ」
質問はその後もしばらく続いた。
どこへ行ったのか、何をしていたのか。なぜ二人一緒だったのか。
剣持と夕陽は答えられる範囲で誤魔化し続けたが、完全に納得してもらうことはできなかった。
やがて担任が教室へ入ってきたことで、質問攻めは一旦終わりを迎える。
剣持はようやく自分の席へ座り、疲れたように机へ突っ伏した。
「学校って、戦闘より疲れることあるんだね」
「余計なことを言うからでしょ」
夕陽は隣の席で教科書を取り出す。
「知り合いの手伝いなんて言ったら、気になるに決まってる」
剣持は反論しようとしたが、授業開始のチャイムが鳴った。
仕方なく前を向く。
剣持は黒板を見つめながら、ふとドーラのことを思い出す。
彼女は無事なのだろうか。
「剣持」
隣から小さな声が聞こえる。
夕陽が教師に気づかれないよう、剣持を見ていた。
「授業に集中して」
「分かってるよ」
そう答えながらも、剣持の意識は完全には教室へ戻ってこなかった。
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放課後。
剣持は剣道場に立っていた。
夏休み中はエニカラでの訓練やコーヴァス遠征があり、剣道部へ顔を出すことができていなかった。
久しぶりに着る剣道着。
久しぶりに握る部活動用の竹刀。
防具の重さも、床板の感触も懐かしい。
「剣持先輩、お願いします!」
後輩部員が竹刀を構える。
「お願いします」
剣持も正面に立つ。
互いに礼をして、構えを取る。
後輩が鋭く踏み込んだ。
「面!」
竹刀が剣持の頭部へ迫る。
普段なら難なく捌ける一撃だった。
しかし剣持の反応は僅かに遅れた。
竹刀同士がぶつかり、剣持は後方へ下がる。
「先輩?」
後輩が不思議そうにする。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫」
剣持は構え直した。
「続けよう」
再び後輩が踏み込んでくる。
剣持は今度こそ攻撃を受け流し、胴へ竹刀を打ち込もうとする。
しかし途中で手が止まった。
脳裏にあの時の光景が浮かぶ。
後輩の竹刀が剣持の胴へ当たった。
「胴!」
道場に声が響く。
剣持は数秒遅れて、自分が一本を取られたことに気づいた。
「……参ったな」
「やっぱり体調悪いんじゃないですか?」
「少し考え事をしてただけ」
「休んだ方がいいですよ」
後輩の心配そうな顔を見て、剣持は小さく息を吐いた。
「そうするよ」
道場の端へ移動し、壁に背を預ける。
他の部員たちが稽古を続ける音が響く。
『珍しいね』
伏見の声が聞こえた。
『刀也君が剣道であんなに簡単に一本取られるなんて』
(見てたなら応援してよ)
『神様の力を使って部活で勝つのは反則だろ』
(そんなことはしないよ)
剣持は竹刀を見つめた。
自分の動きが鈍かった理由は、疲れではないことは分かっていた。
身体の疲労は既に取れている。
問題は精神的なものだった。
何をしていても、コーヴァス帝国での失敗が離れない。
夕陽と話して前を向くと、強くなろうと決めた。
それでも、簡単に気持ちを切り替えられるわけではなかった。
『焦ってるのか?』
(分からない)
『強くならないと、また誰かを守れないって思ってる?』
剣持は答えなかった。
沈黙が答えになっていた。
伏見は暫く何も言わなかった。
やがて、いつもの少し軽い口調で話す。
『刀也君』
(何?)
『前を見ることと、がむしゃらに走り続けるのは違うぞ』
剣持は竹刀を握る手へ視線を落とす。
『休む時に休めない奴は、大事な時に動けなくなるから』
(神様らしいこと言うね)
『俺は神様だからな』
(普段からそれくらい頼りになればいいのに)
『それは言わない約束だろ』
剣持は僅かに笑った。
気持ちが完全に晴れたわけではない。
それでも、先ほどより少しだけ肩の力が抜けていた。
剣持は立ち上がり、再び道場の中央へ向かう。
「もう大丈夫なんですか?」
後輩が尋ねる。
「うん」
剣持は竹刀を構えた。
「今度はちゃんと集中するよ」
---
同時刻。
エニカラ本部の会議室には、複数の職員が集まっていた。
壁に設置された大型画面には、二次三次市の地図が表示されている。
地図上には、過去数か月間に確認されたクヲンの出現地点が記録されていた。
以前は街の至る所に赤い印が付いていた。
しかし、直近数週間の記録を示す印は明らかに少ない。
「またゼロか」
社築が端末を確認しながら呟く。
「昨日も市内でクヲン反応はなし。今日も今のところ、一度も検出されてない」
会議室の奥で腕を組んでいた花畑チャイカが、画面を見上げる。
「平和になったなら、良いことじゃないの?」
「本当に平和になったならな」
社は地図の表示を切り替えた。
過去の出現数と現在の出現数を比較するグラフが映し出される。
「減り方が急すぎる」
「少しずつ減ったなら、俺らの対策が効いたとも考えられる。でも、この数週間でほぼ出なくなった」
「コーヴァスでは大量に出たんでしょ?」
チャイカが尋ねる。
「そうだ」
社は頷く。
「何らかの理由があって一か所に集められてる可能性がある」
「ゲーマーズが何かやってるってこと?」
「可能性だけどな」
会議室に集まった職員たちの表情が険しくなる。
クヲンが街から減ること自体は、市民にとって良いことだった。
しかし、クヲンが自然に姿を消す理由はない。
誰かが意図的に移動させているのなら、その目的を警戒しなければならない。
「コーヴァスの一件では、クヲンがゲーマーズの逃走を助けるように現れた」
社が続ける。
「明らかにゲーマーズはクヲンを操れている」
社がそう言った時、会議室の扉が勢いよく開いた。
「失礼!」
一人の青年が部屋へ入ってくる。
結んだ髪を揺らしながら、手には大量の資料が入った端末を持っていた。
エニカラ情報部所属。渋谷ハジメだ。
エニカラ情報部は市内外の情報収集や潜入調査を担当する人物である。
「お帰り、ハジメさん」
チャイカが手を振る。
「随分急いでるみたいだけど」
「有益な情報を取ってきたよ」
ハジメは普段の穏やかな表情を消し、真剣な様子で答えた。
社が椅子から身体を起こす。
「ゲーマーズ関連か?」
「うん。それも、かなり危険な」
ハジメは端末を操作し、大型画面へ一人の少女の写真を映し出した。
写真に写っていたのは、二次三次高校の制服を着た少女。
剣持の後輩、天宮こころだった。
「この子は?」
チャイカが写真を見る。
社はすぐに名前を確認した。
「二次三次高校一年、天宮こころ」
「剣持の知り合いの一人だな」
「はい」
ハジメが頷く。
「現在、この天宮こころがゲーマーズに狙われています」
会議室の空気が一変した。
「狙われてる理由は?」
社がすぐに尋ねる。
「彼女は一般の生徒だろ。少なくとも、エニカラが把握している範囲ではライバースキルも発現していない」
「本人も、自分が特別だとは知らないと思います」
ハジメは新たな資料を画面へ表示した。
古い文献の写真。
系譜図。
そして、龍の姿が描かれた壁画の記録。
「天宮こころは、龍の一族の末裔です」
誰もすぐには言葉を返さなかった。
「龍の一族?」
チャイカが目を細める。
「ファイアードレイクみたいな?」
「いいえ、恐らく全く別の存在です」
ハジメは説明を続ける。
「彼女の家系には古くから龍の血が受け継がれているらしく、その血は世代を重ねるごとに薄くなり現代ではほとんど表に現れなくなっていた。しかし、彼女だけは特別な存在だった」
社が画面の資料へ目を走らせる。
「本人に龍の力が宿ってるってことか?」
「はい、現時点で確認はされていません。しかし、本人が気づいていないだけで既に何らかの形で使っている可能性もあります」
ハジメは天宮の写真を見つめる。
「ゲーマーズは、その力を狙っている」
「コーヴァスでドーラを連れ去った直後に、今度は龍の一族の末裔か」
社が低い声で呟く。
「偶然じゃないな」
「大きい力を持つ存在を集めてる?」
チャイカが問いかける。
「その可能性は高いね。ただ、何のために集めているのかまでは分かってない」
直近のゲーマーズの狙いは明らかに力を持つ存在だ。
「この情報の信頼度は?」
社が尋ねる。
「相当高いね。襲撃の日時とかまでは分からなかったけど、既に何らかの準備はしていると考えた方がいい」
社は椅子から立ち上がった。
「急いで作戦をたてる必要がある」
社は天宮の写真を見た。
「剣持たちの学校にゲーマーズが来る可能性があるなら、放置はできない」
「警護をつける?」
「通常の隊員だけじゃ足りない」
社は少し考えた後、会議室にいる職員へ指示を出す。
「各隊の隊長を招集する」
社の言葉に、職員たちが一斉に動き出す。
隊長たちへの緊急連絡。学校周辺の監視強化。そして、天宮こころに関する情報の再調査。
静かだった会議室が、一瞬で慌ただしくなる。
チャイカは画面に映る天宮の写真を見つめながら、珍しく真剣な表情を浮かべていた。
「今度は学校の子を狙うなんて、随分好き勝手してくれるじゃない」
社が答える。
「今度は先手を取る」
コーヴァス帝国では、ゲーマーズに後れを取った。
敵の目的を見抜けず、ドーラを守ることができなかった。
同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。
「天宮こころは必ず守る」
社はそう告げた。
天宮こころ、彼女を巡る新たな戦いが始まろうとしていることも知らないまま。
写真の彼女は満面の笑みを浮かべていた。




