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2O・3O(仮)  作者: 夜何時
第三章
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第二十九話 届かぬ手

洞窟の奥へと飛び去るプテラノドン。


その脚には、毒によって意識を失ったドーラが捕らえられている。


背中には、本間ひまわりとラトナ・プティ。


「待て!」


イブラヒムの叫びが洞窟内へ響く。


調査隊は一斉に走り出した。


剣持は伏見の神力で身体能力を強化し、岩だらけの道を駆け抜ける。


フレンと北見も遅れずに続き、夕陽は目の痛みに耐えながら進行方向を確認していた。


しかし、地上を走る彼らと空を飛ぶプテラノドンでは、速度にあまりにも大きな差があった。


巨大な翼が一度羽ばたくたび、距離が開いていく。


「速すぎる……!」


剣持が息を切らしながら前方を睨む。


薄暗い洞窟の奥。


プテラノドンの姿は、既に小さな影にしか見えなくなっていた。


『このままじゃ追いつけないぞ、刀也君』


伏見の言葉に、剣持も返事ができない。


分かっている。


それでも足を止めるわけにはいかなかった。


「夕陽!」


イブラヒムが走りながら振り返る。


「この先の道は!」


夕陽は痛む目を押さえながら、僅か先の未来を覗く。


視界の奥に、枝分かれする洞窟の通路が映った。


「この先で三つに分かれる!」


「プテラノドンは中央を進む!」


「その後は?」


「まだ見えない!」


未来視は万能ではない。


見られるのは、ごく僅かな未来だけ。


しかも先ほどから繰り返し使い続けたことで、夕陽の目には限界が近づいていた。


「くそっ!」


イブラヒムは水を発生させ、自分たちの足元に滑るような水の道を作り出す。


一行はその上へ飛び乗り、水流の勢いで加速した。


だが、それでも追いつけない。


プテラノドンは天井近くを飛び、狭い岩の隙間を器用に抜けていく。


水の道では曲がりきれない場所も多く、そのたびに速度を落とさなければならなかった。


「このままじゃ逃げられます!」


北見が叫ぶ。


「分かってる!」


イブラヒムが荒い息を吐く。


額には汗が滲み、先ほどまでより明らかに顔色が悪い。


ファイアードレイクとの戦い。


大量の恐竜との戦闘。


プティのドームへ向けた度重なる攻撃。


既に大量の水を生成していた。


それでもイブラヒムは能力を止めようとしなかった。


「もう一回、速度を上げる!」


「待ってください」


魁星が声を上げた。


一行が僅かに速度を落とす。


魁星は走りながら鍵を取り出していた。


「このまま追っても間に合わない。だったら、先回りすればいい。」


「先回り?」


剣持が振り返る。


「洞窟の入口まで扉を繋ぐ」


魁星は前方の闇を見ながら続ける。


「プテラノドンが外へ出るつもりなら、絶対にあの入口を通るはず。俺たちが先に入口へ行って、待ち伏せすればいい」


イブラヒムは一瞬だけ考え、すぐに頷いた。


「それで行く」


魁星は足を止め、近くの岩壁へ鍵を差し込んだ。


本来なら鍵穴など存在しない場所。


しかし鍵は岩の中へ吸い込まれるように入り込んだ。


カチリ。


鍵を回す音が響く。


岩壁に亀裂が走り、やがて大きな扉が現れた。


イブラヒムが前へ出る。


「急げ」


魁星が扉を開いた。


その瞬間。


扉の向こうから、無数の唸り声が聞こえた。


「……え?」


剣持が目を見開く。


洞窟の入口。


そこに待っていたのは、外へ続く道ではなかった。


口元から奇妙な液体を垂らす異形の群れ。


大量のクヲンが、入口を埋め尽くすように立っていた。


一体や二体ではなく数十体。


その全てが、扉が開く瞬間を待っていたかのように調査隊へ顔を向けている。


「クヲン……!」


剣持が竹刀を構える。


一番近くにいたクヲンが咆哮を上げ、扉へ飛び込んできた。


「閉めろ!」


イブラヒムの声。


魁星が慌てて扉を閉じようとする。


しかしクヲンの腕が隙間へ入り込み、閉鎖を妨げた。


フレンが前へ出る。


「どいて!」


拳を振り抜き、扉へ入り込んだクヲンを外へ殴り飛ばす。


魁星はその隙に扉を閉めた。


だが、入口へ向かうためには再び開けなければならない。


「何であんなにいるのよ」


夕陽が呼吸を整えながら呟く。


イブラヒムは閉ざされた扉を睨んでいた。


「偶然じゃない」


「俺たちがここへ出てくると分かってたみたいな配置だ」


「行動を読まれていた?」


榊が表情を険しくする。


「魁星が扉を使うことまで?」


「分からん」


イブラヒムは首を振る。


「でも今は考えてる暇がない」


入口を通らなければ、ドーラを追えない。


背後から通常の道を進めば、プテラノドンに完全に逃げられる。


選択肢はなかった。


「クヲンを突破する」


イブラヒムが全員を見渡す。


「できるだけ早く片づけるぞ」


「でも、みんな消耗してる」


夕陽が言う。


「分かってる、だから短期決戦だ」


フレンが拳を握り直す。


「任せて!道を作ればいいんでしょ!」


北見も前へ出る。


「俺も行きます!」


剣持は竹刀を構え、夕陽を見る。


「無理して未来視は使わないで」


「それは状況次第ね」


「目がもう限界だろ」


「剣持に言われたくない」


夕陽はそう言いながらも、痛む片目を閉じた。


魁星が再び鍵を回す。


扉が開いた瞬間、待ち構えていたクヲンが一斉に押し寄せた。


「行くぞ!」


イブラヒムの合図と共に、調査隊はクヲンの群れへ飛び込んだ。


---


最初の数体は、勢いのまま押し返すことができた。


フレンが正面のクヲンを殴り飛ばし、北見がその横を抜けて別の一体へ蹴りを叩き込む。


剣持は伏見の力で加速し、仲間の間を抜けてくるクヲンへ竹刀を振るった。


だが、クヲンたちは数が多すぎた。


剣持は牙を竹刀で受け止めるが、押し込まれて足元が滑った。


「ぐっ……!」


『後ろにもいる!』


伏見の警告。


剣持が振り返るより早く、水の弾丸がクヲンを横から吹き飛ばした。


「止まるな!」


イブラヒムが叫ぶ。


しかし彼が作り出した水弾は、先ほどまでより明らかに小さかった。


威力も落ちている。


イブラヒム自身も、それに気づいている様子だった。


メリッサの歌声が響く。


疲労した身体を支えるように、柔らかな力が全員を包み込む。


それでも消耗そのものが消えるわけではない。


フレンの拳は徐々に鈍くなり、北見の動きにも乱れが見え始める。


榊はクヲンへ命令を放つ。


「止まれ!」


一体の身体が硬直する。


だが、次の瞬間には別のクヲンが榊へ飛びかかった。


魁星が間に扉を作り、クヲンを別の方向へ転移させる。


「数が多すぎる!」


魁星が息を切らす。


「一体ずつ相手にしてたら間に合わない!」


「分かってる!」


イブラヒムは両腕を広げた。


洞窟の入口付近へ大量の水が発生する。


水流が渦となり、クヲンの群れをまとめて飲み込んだ。


十体近いクヲンが壁へ叩きつけられる。


「今だ!」


調査隊は空いた道を進もうとする。


だが、水流を耐えた大型のクヲンが立ち上がり、道を塞いだ。


身体の半分以上が異常に膨れ上がった個体。


太い腕を振り回し、フレンへ叩きつける。


フレンは両腕を交差して受け止めた。


「うっ……!」


衝撃で地面を滑る。


普段の彼女なら、受け止めるだけでなく押し返せたはずだった。


しかし今は戦闘で体力を削られている。


大型クヲンが再び腕を振り上げる。


「フレンさん、右に避けて!」


夕陽の声。


フレンが咄嗟に右へ飛ぶ。


巨大な腕が地面を砕いた。


夕陽は未来視を使った直後、目元を押さえて膝をつく。


「夕陽!」


剣持が駆け寄ろうとする。


「来ないで!」


夕陽は顔を上げる。


「前だけを見て!」


剣持の目の前へ、小型のクヲンが迫っていた。


剣持は身体を捻り、竹刀で牙を弾く。


「全員、押し切れ!」


イブラヒムが水を生成し続ける。


水の槍、水流、足場、防壁。


仲間を守りながら、クヲンの数を少しずつ減らしていく。


しかし、そのたびに彼の呼吸は荒くなっていった。


手元へ集まる水の量も減っている。


「イブラヒム」


メリッサが異変に気づく。


「もう限界に近いんじゃない?」


「まだいける」


「でも――」


「ドーラさんを取り返すまでは止められない」


イブラヒムは強引に水を生み出した。


だが、それはすぐに形を失い、地面へ落ちた。


彼は僅かに目を見開く。


「……まずいな」


剣持が振り返る。


「どうしたんですか?」


「水を作りすぎた」


イブラヒムは右手を握り締める。


「俺の能力は、無限に水を出せるわけじゃない生成しすぎると、一時的に水を作れなくなる」


「そんな弱点が……」


「普段ならここまで使うことはなからな」


イブラヒムは前方のクヲンを睨む。


「今日は使わされすぎた」


その時、洞窟の奥から大きな羽音が聞こえてきた。


調査隊の全員が顔を上げる。


クヲンの群れの向こう側。


洞窟の奥から、プテラノドンが悠々と飛んでくる。


その脚には、気絶したままのドーラ。


背中にはひまわりとプティが乗っていた。


「おっ!」


ひまわりが入口で戦う一行を見つけ、笑顔で手を振る。


「やっぱり先回りしてたんや!」


「クヲンが足止めしてくれてるね」


プティが周囲を見下ろす。


ひまわりは楽しそうに言う。


「今のうちに行こ!」


プテラノドンはクヲンの上を飛び越え、洞窟の出口へ向かう。


「逃がすか!」


イブラヒムが両手を前へ突き出す。


水を作ろうとする。


しかし何も起こらない。


「出ろ……!」


僅かな水滴が空中へ浮かび、すぐに消える。


イブラヒムは歯を食いしばった。


「まだだ!」


再び力を込める。


今度は細い水流が生まれた。


それを鞭のように伸ばし、プテラノドンの脚へ絡めようとする。


水の鞭が空中を走る。


あと少し。


ドーラを掴むプテラノドンの脚へ届く。


「ぷぅ!」


ひまわりが叫ぶ。


プティが振り返り、ドームを展開する。


半透明のバリアがプテラノドンと二人を包み込んだ。


水の鞭がドームへ衝突し、弾かれる。


「くそっ!」


イブラヒムはさらに水を出そうとする。


だが、腕が震えるだけで何も生まれなかった。


プテラノドンが出口へ迫る。


剣持は目の前のクヲンを竹刀で押し退け、全力で走り出した。


「ドーラさん!」


伏見の神力を引き出し、地面を蹴る。


高く跳躍する。


剣持の身体がプテラノドンへ近づいていく。


だが、プティのドームが進路を塞いだ。


剣持は竹刀を振り下ろす。


硬い感触。


ドームはびくともしない。


「くっ……!」


剣持の身体が落下する。


プテラノドンはそのまま洞窟の外へ飛び出した。


眩しい外光の向こうで、巨大な翼が大きく羽ばたく。


「ほな、またな!」


ひまわりの声が遠ざかっていく。


剣持は地面へ着地し、すぐに追おうとする。


しかし目の前をクヲンが塞いだ。


夕陽も苦しそうに叫ぶ。


「剣持、危ない!」


クヲンの爪が振り下ろされる。


剣持は竹刀で受け止めた。


その間にも、プテラノドンの姿は空の向こうへ消えていく。


ドーラを連れたまま。


「……くそ」


剣持は目の前のクヲンを睨みつけた。


もう追いつけない。


その事実を認めるしかなかった。


「先にこいつらを片づけるぞ」


イブラヒムの声が背後から聞こえる。


低く、悔しさを押し殺した声だった。


「ここで倒れたら、何も取り返せない」


調査隊は再びクヲンへ向き直った。


---


戦闘が終わった頃には、洞窟の入口は静まり返っていた。


地面には倒されたクヲンたちが転がり、少しずつ黒い粒子となって消えていく。


最後の一体が消滅すると、誰も声を上げなかった。


勝利を喜ぶ者はいない。


剣持は出口の前に立ち尽くしていた。


空にはもう、プテラノドンの姿はない。


どの方向へ飛んでいったのかさえ分からなかった。


「私が、もう少し早く気づいていれば……」


夕陽が小さく呟く。


「あいつらの罠を使う未来が見えた時に、もっと早く叫べていれば」


「夕陽のせいじゃない」


剣持が答える。


「僕が届かなかった」

「僕がもっと速ければ、ドーラを掴めた」


『刀也君……』


伏見が何か言おうとする。


しかし剣持は返事をしなかった。


イブラヒムは皆から少し離れた場所に立ち、自分の手を見つめている。


何度力を込めても、水は一滴も生まれなかった。


「俺が能力を使いすぎなければ」


低い声が漏れる。


「水の鞭が届いてれば、あいつらを落とせた」


「イブラヒム」


メリッサが呼びかける。


「分かってる」


イブラヒムは拳を握り締めた。


「別に誰の責任とかじゃねぇ。でも、失敗は失敗だ」


クヲンの反応を調査するために洞窟へ入り、ドーラと出会った。


ゲーマーズの襲撃を受け、彼女を守ろうとしたが結果としてドーラは連れ去られた。


完全な敗北だった。


「一度、支部へ戻る」


イブラヒムが静かに告げる。


「怪我の手当てをして、情報を整理する」


力強い言葉のはずだった。


だが、その場にいる誰もすぐには返事ができなかった。


疲労と悔しさそして自責。


それぞれが、自分の中に残った敗北の重さを抱えていた。


魁星が無言で鍵を取り出す。


空間へ差し込み、コーヴァス支部へ続く扉を作った。


扉が開いても、すぐに動き出す者はいない。


やがてイブラヒムが先頭に立ち、ゆっくりと扉をくぐった。


その後を、調査隊の面々が重い足取りで続く。


剣持は最後にもう一度、洞窟の外を振り返った。


砂漠を吹き抜ける乾いた風だけが、静かな洞窟の中へ流れ込んでいた。

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