第二十七話 新たなる刺客
人間の姿へ変わったドーラは、気まずそうに尻尾を揺らしていた。
姿こそ人間に近くなったものの、その身体から放たれる熱気と圧迫感は、先ほどまで巨大なファイアードレイクだったことを嫌でも思い出させる。
剣持たちは、まだ完全には警戒を解いていなかった。
ドーラはそんな一行を見回すと、深く頭を下げた。
「先ほどは本当にすまなかった。敵かどうかも確認せず、いきなり攻撃して危うく大怪我をさせるところじゃった」
「危うくっていうか、全部当たったら普通に死んでたけどな」
イブラヒムが呆れたように答える。
「う……」
ドーラは視線を逸らした。
「それについては、返す言葉もない」
フレンが明るく笑いながら腕を回す。
「まあ、誰も死んでないし大丈夫。私もちゃんと尻尾を受け止められたし!」
「それを基準に大丈夫かどうか決めないでください」
剣持が即座に突っ込む。
夕陽も小さくため息をついた。
「普通の人なら跡形もなくなってたでしょうね」
「私が普通じゃないみたいな言い方!」
「普通だと思っていたの?」
「えっ」
フレンが本気で驚いた顔をする。
そのやり取りを見て、ドーラの表情が僅かに和らいだ。
しかし、すぐにその顔は曇る。
「わしも普段なら、ここまで気が立ってはおらん……じゃが最近、妙な化け物に立て続けに襲われておってな」
イブラヒムの表情が変わった。
「妙な化け物?」
「うむ。見たこともない姿をしておった」
ドーラは記憶をさかのぼるために目を閉じた。
「獣に似ているようで、どの獣とも違う。身体の一部が歪んでいたり、妙な色の液体を垂らしていたり……」
剣持と夕陽は顔を見合わせた。
イブラヒムもすぐに端末を取り出す。
「そいつら、黒っぽい身体じゃなかったか?」
「黒や灰色が多かったのう。目がいくつも付いておるものもいた。」
「クヲンで間違いないな」
イブラヒムが低い声で呟く。
北見が身を乗り出す。
「つまり、これまで検出されていた反応はドーラさんを襲っていたクヲンのものだったということですね!」
「多分な」
イブラヒムは端末へ情報を入力しながら続ける。
「俺たちが到着する頃には反応が消えてたのも説明がつく。こいつが全部倒してたなら、現場にクヲンが残ってないのも当然だ」
「こいつとは何じゃ、こいつとは」
ドーラが頬を膨らませる。
「ドーラでよい」
「じゃあドーラさん、その化け物はいつ頃から出るようになった?」
「一か月ほど前じゃ。最初は一体だけじゃったけど気持ち悪かったからすぐに焼き払ったのじゃ」
「その後は?」
「数日して、今度は三体に増えてさらにその次は五体。強さは変わらぬが襲ってくる数が増えておる」
イブラヒムの表情が険しくなる。
「同じ場所に繰り返し出現させたのか」
メリッサが顎へ手を添える。
「偶然迷い込んでる感じじゃないねぇ」
魁星も周囲の岩肌を見回した。
「ドーラさんを狙ってる可能性があるってことですかね?」
「わしを?」
ドーラは自分を指差した。
「なぜじゃ?」
「恐らくドラゴンの力欲しさだ」
イブラヒムは短く答える。
「ゲーマーズは力があるものは種族問わずに狙う傾向にあるからな」
「わしはここで寝てるだけなんじゃが……」
その言葉を聞いて調査隊の面々がプッと吹き出す。
気を張り詰めていた皆も、少しずつ緊張が解けて会話の空気も和らいでいく。
ドーラはこれまで襲ってきたクヲンの姿や数、出現した時間帯を思い出せる限り説明した。
イブラヒムと榊は情報を整理し、魁星は洞窟内に他の通路や隠された空間がないか確認している。
北見はドーラへ矢継ぎ早に質問を投げかけていた。
「普段は何を食べるんですか!」
「炎はどれくらいの距離まで届くんですか!」
「空は飛べますよね!」
「背中に乗ることは可能ですか!」
「質問が多い!」
ドーラが尻尾で北見を軽く押し退ける。
フレンも興味津々でドーラの角を見ていた。
「その角って触ってもいい?」
「ダメじゃ」
「尻尾は?」
「ダメ」
「翼は?」
「今は出ておらんじゃろうが!」
「出せるの?」
「出せるが、ここでは出さん!」
洞窟内に賑やかな声が響く。
誰もが、先ほどまで命懸けの戦闘をしていたことを忘れかけていた。
だからこそ。
その場に近づいてくる二人分の足音に、誰も気がつかなかった。
◇
「思ったより奥やなぁ」
「ひまちゃん、本当にこっちで合ってる?」
「合ってる合ってる……多分」
「多分なの?」
洞窟の通路から、楽しそうな話し声が近づいてくる。
最初に気づいたのは夕陽だった。
「誰か来る」
その言葉で全員の会話が止まった。
イブラヒムが通路の方を見る。
「支部からの増援じゃないよな?」
「連絡は来てないです」
榊が端末を確認する。
やがて暗い通路の向こうから、二人の少女が姿を現した。
一人は明るい笑顔を浮かべた、元気そうな少女。
もう一人は可愛らしい耳と縞模様の尻尾を持つ少女だった。
二人とも危険な洞窟を歩いてきたとは思えないほど気軽な様子である。
「おっ、人おるやん!」
明るい髪の少女が大きく手を振る。
「こんにちはー!」
「ひまちゃん、普通に挨拶していいの?」
耳のある少女が僅かに困った顔をする。
「ええやん、挨拶は大事やで!」
剣持は二人の姿を見て眉をひそめた。
「子供……?」
「迷子か?」
イブラヒムも警戒しながら尋ねる。
「君たち、どこから来た?」
「迷子ちゃうで!」
元気な少女は笑顔で答える。
「ちゃんと目的があって来たんや!」
その隣で、耳のある少女が一行を観察している。
榊も二人の顔を注意深く見ていた。
「……待ってください」
榊の声色が変わる。
「その二人、見覚えがある」
「え?」
剣持が振り返る。
ネスは端末を操作し、保存されていた人物リストを映し出した。
表示された写真と、目の前の少女たちを見比べる。
「ゲーマーズの構成員リストに載ってます」
その一言で、場の空気が一変した。
剣持が竹刀を構える。
フレンも即座に前へ出る。
イブラヒムはドーラを庇うように立ち、手元へ水を集め始めた。
夕陽は目を細め、いつでも未来視を使えるよう集中する。
「ゲーマーズ……」
剣持は目の前の二人を警戒する。
元気な少女は、剣持たちの反応を見ても笑顔を崩さなかった。
「知ってくれてるんや。有名人やな、ぷぅ!」
「ひまちゃん。そんなこと言ってる場合じゃない」
耳のある少女が肩をすくめる。
フレンは彼女の耳と尻尾を見つめた。
「たぬき……?」
「レッサーパンダ!」
少女が即座に叫んだ。
「たぬきじゃない!誰がどう見てもレッサーパンダでしょ!」
「ご、ごめん」
フレンが勢いに押されて謝る。
元気な少女は笑いながら耳のある少女の肩を叩いた。
「まあまあ、ぷぅ。間違われるんはいつものことやん」
「いつもでも嫌なものは嫌」
少女は不機嫌そうに尻尾を揺らした。
イブラヒムは二人から目を離さずに榊に問いかける。
「二人の名前は?」
榊が画面を見ながら答える。
「一人は本間ひまわり、ゲーマーズ始動メンバーの一人です。もう一人はラトナ・プティでこちらは特に情報はないですね」
「それで、ゲーマーズがこんなところに何の用だ?」
イブラヒムが低い声で尋ねる。
「クヲンを送り込んでたのもお前らか?」
「クヲン?」
ひまわりが首を傾げる。
「知らんなぁ、うちらは頼まれて別の用事で来ただけやで」
「別の用事?」
ひまわりはイブラヒムの後ろに立つドーラを指差した。
「そこのドラゴン」
ドーラの表情が険しくなる。
「わしか?」
「そうそう!」
ひまわりは満面の笑顔で頷いた。
「うちらの目的は、その人型ドラゴンを連れて帰ることや!」
「連れて帰る?」
剣持が思わず聞き返す。
「どこへじゃ」
ドーラは尻尾を床へ叩きつけた。
「わしはどこにも行くつもりはないぞ」
「それは困るなぁ」
ひまわりは困っているとは思えない明るい口調で言う。
「こっちはドラゴンを連れてくるように頼まれてんねん」
「誰に頼まれた?」
イブラヒムが問う。
「それは秘密や!」
「ゲーマーズのリーダーか?」
剣持の言葉に、ひまわりは笑うだけだった。
プティは周囲を見回し、僅かに眉をひそめる。
「ひまちゃん、人数多いけど大丈夫?」
「大丈夫やろ!」
ひまわりは軽く答える。
「みんな戦った後みたいやし、まだちゃんと体勢も整ってへんもん」
その指摘通りだった。
ひまわりは軽い口調に反して状況をよく見ていた。
それでもイブラヒムたちも一歩も引かなかった。
「ドーラさんは渡さない」
「そうかぁ」
ひまわりは残念そうに頬を膨らませる。
「なら、無理やり連れてくしかないな!」
次の瞬間。
ひまわりの足元に、巨大な魔法陣のような光が広がった。
洞窟全体が激しく揺れる。
地面に亀裂が走り、その向こう側に、この世界とは異なる暗い空間が開いていく。
「全員、戦闘準備!」
イブラヒムが叫ぶ。
ひまわりは光の中へ片手を伸ばした。
「ライバースキル――」
魔法陣の中から生物の咆哮が響く。
「『恐竜』!」
暗い亜空間の奥から、鋭い爪を持つ巨大な足がゆっくりと踏み出した。
ひまわりは楽しそうに笑いながら、剣持たちへ告げる。
「ほな、うちの恐竜と遊んでもらおか!」




