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2O・3O(仮)  作者: 夜何時
第三章
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第二十二話 初めての遠征

プロレス会場で起きた巨大クヲン襲撃事件は大きな話題を呼んだがその規模に反して、剣持の日常へ大きな変化をもたらさなかった。


少なくとも、学校で事件について質問されることはなかった。


当然である。


二次三次高校は、剣持の治療中に既に夏休みへ突入していた。


登校すれば家長むぎや三枝明那たちに囲まれ、また何かに巻き込まれたのかと問い詰められていたかもしれない。三枝に至っては、楽しみにしていたプロレスショーを途中で台無しにされたうえ、剣持が何も告げずに姿を消している。


次に顔を合わせた時、どれほど追及されるかは想像したくもなかった。


だが今のところ、剣持がその問題と向き合う必要はない。


学校へ行く必要がない代わりに、彼の夏休みの大半はエニカラ本部での訓練に使われていた。


もちろん、夕陽も参加していたため質問攻めにあったことは言うまでもない。


剣持自身が正式にエニカラへ所属し、夕陽リリも仮所属となったことで、二人には基礎的な戦闘訓練と能力制御の時間が設けられていた。


これまでの剣持は、事件に遭遇するたびに伏見の神力と、その場の判断だけで戦ってきた。


剣道の経験はある。


身体能力も伏見の力によって大きく強化される。


しかし、敵の能力を分析し、仲間と連携しながら戦う技術はまだ未熟だった。


『虚空』についても同じだった。


触れた相手のライバースキルを一時的に無効化し、能力によって発生した強化を初期状態へ戻す。


強力な能力ではある。だが、剣持自身はその発動条件すら完全には理解できていない。


えま★おうがすとや早瀬走へ触れた時には発動した。


しかし、訓練用の標的へ触れても何も起こらない。


対象がライバースキルを使用していなければならないのか。


強い意志が必要なのか。


あるいは、相手を倒したいという感情そのものが引き金なのか。


分からないことだらけだった。


エニカラ本部の地下訓練場。


広大な室内には、能力者同士の戦闘にも耐えられるよう分厚い壁と特殊な床材が使用されていた。


現在、その中央では剣持と長尾景が向かい合っている。


剣持の手には訓練用の竹刀。


長尾の手には、刃を潰した二本の模擬刀が握られていた。


「次、右から来る」


訓練場の端から夕陽の声が飛ぶ。


剣持は反射的に竹刀を持ち上げた。


直後。


長尾の刀が右側から振り下ろされる。


乾いた衝突音。


剣持は受け止めることには成功したが、続けて左から迫った二本目の刀までは防げなかった。


模擬刀が脇腹へ当たる。


痛みとともに、身体が横へ崩れた。


「遅ぇ」


長尾は刀を肩へ担ぐ。


「未来が分かってて、それでも喰らうのかよ」


「言われてから動くまでの時間も考えてくださいよ……」


床へ片膝をついた剣持は、脇腹を押さえながら答えた。


夕陽の訓練も決して楽なものではなかった。


未来視は発現したばかりであり、自由自在に未来を選んで見られるわけではなかった。


現在は、相手の動きを予測するために一秒先から二秒先の光景を断片的に確認している。


目に強い痛みが出ないよう、使用時間も厳しく制限されていた。


夕陽は目元を押さえながら、剣持へ冷たい視線を向ける。


「こちらは正確に伝えていますよ。反応できない剣持さんに問題があるのでは?」


「今の言い方、僕を助ける気あります?」


「もちろんありますよ。助からなかった時に、私の責任にされるのが嫌なだけ」


「絶対ないじゃないんか」


二人の言い争いを見ながら、弦月藤士郎は訓練記録へ何かを書き込んでいた。


未来を読む夕陽。


接近することで相手の能力を無効化できる剣持。


能力だけを見れば、二人の相性は悪くない。


夕陽が敵の行動を予測し、剣持が最短距離で接近する。


理論上は、どのような能力者であっても一度触れれば戦況を変えられる。


だが現実には、未来を知ることと、その未来へ身体を合わせることは別問題だった。


剣持は夕陽の指示を聞いてから動く。


夕陽は剣持の身体能力や反応速度を考えながら、言葉を選ぶ。


二人の間には、まだ僅かな時間のずれがある。


その僅かなずれが、実戦では致命傷になる。


「もう一度いくぞ」


長尾が刀を構え直す。


剣持も立ち上がる。


疲れてはいるものの、実践の時ほど追い詰められてはいない。


何度でもやり直せる訓練だからこそ、自分の弱点を確認できる。


剣持が竹刀を握り直した、その時だった。


「休憩ーーー!」


明るい声とともに、訓練場の扉が勢いよく開いた。


相羽ういはが両手に大量の飲料を抱えて入ってくる。


彼女は人数分より明らかに多い本数を床へ置くと、剣持と夕陽の間へ割って入った。


「二人とも頑張りすぎ! 休むのも訓練だからね!」


「お前が始めさせたんだろうが」


長尾が呆れたように言う。


相羽は聞こえなかったふりをして、剣持へ飲料を差し出した。


「どう? 相羽隊、楽しいでしょ?」


「まだ入るって決めてませんけど」


「またまたぁ」


相羽は笑いながら剣持の背中を叩く。


軽く叩いたつもりなのだろう。


しかし、剣持の身体は大きく前へ揺れた。


プロレス会場で葛葉を一撃のもとに吹き飛ばした拳を思い出し、剣持は背中へ冷たい汗が流れるのを感じた。


相羽にとっては、あれも少し強めに殴った程度なのかもしれない。


「夕陽ちゃんも順調だし、剣持くんも丈夫だし、やっぱり二人とも相羽隊向きだと思うんだよね!」


夕陽は渡された飲料の蓋を開けながら、相羽を見上げる。


「丈夫であることが入隊条件なんですか?」


「大事だよ!」


相羽は迷いなく答えた。


「一緒に戦っても壊れないって、すごく安心できるから!」


褒められているのかは分からなかった。


そのやり取りを少し離れた場所から眺めていた伏見が、剣持の頭の中で笑う。


『いい隊長じゃないか』


「刀也君なら絶対強くなれるよ!」


「伏見、相羽さんと馬が合いそうですね」


『俺は刀也君を壁の外まで殴り飛ばしたりしないぞ』


「比較対象がおかしいんだよな」


剣持が小声で返したところで、訓練場の扉が再び開いた。


今度は相羽のような勢いはなかった。


社築が端末を片手に、ゆっくりと室内へ入ってくる。


訓練中の様子を一通り確認した後、剣持と夕陽へ視線を向けた。


「ちょうどよかった。二人に話がある」


社の声を聞き、長尾と弦月も訓練を止める。


相羽だけは剣持と夕陽の前へ立ち、何かから守るように両腕を広げた。


「二人は渡さないよ!」


「まだ何も言ってないだろ」


社は既に慣れているのか、相羽を無視して話を続けた。


「本部から少し離れた場所で調査がある。新人の実戦訓練として、お前たち二人に参加してもらおうと思ってる」


剣持は社を見る。


単なる訓練ではない。


実際の任務への参加。


これまで事件へ巻き込まれる形で戦ってきた剣持にとって、エニカラの一員として正式な調査任務へ向かうのは初めてだった。


「場所は?」


夕陽が尋ねる。


社は端末を操作し、訓練場の大型モニターへ地図を表示した。


映し出されたのは、剣持たちが暮らす街ではない。


広大な砂漠。


黄金色の城壁。


その奥に広がる異国風の建造物。


地図の上部には、見慣れない国名が表示されていた。


コーヴァス帝国。


遠く離れた地域に存在する大国。


砂漠と地下資源によって発展し、古い文化と近代的な技術が混在している。


エニカラはその国にも支部を置いていた。


「コーヴァス帝国の周辺で、妙なクヲン反応が続いてる」


社は地図上の複数地点へ印を付ける。


帝国の外れの洞窟。

そこで短時間だけクヲンに近い反応が確認されていた。


しかし、現地の部隊が到着する頃には何も残っておらず、目撃情報も被害も確認されていないらしい。

その上、その洞窟自体も未調査のものだった。


「コーヴァス支部が調査に入ることになった。そこへ二人も同行させたい」


「調査なのに、僕たちが行く意味はあるんですか?」


剣持が尋ねる。


自分も夕陽も、調査能力に特化しているわけではない。


社は頷いた。


「調査だけなら現地の人間で足りる。ただ、今回の目的はお前たちに実戦経験を積ませることでもある」


剣持と夕陽は既に複数の戦闘を経験している。


しかし、その全てが突発的な事件だった。


状況を整理する暇もなく、守るべき相手も、敵の情報も分からないまま戦いへ入っている。


正式な部隊と行動し、任務の準備から調査、戦闘、撤退までを経験する。


それは二人にとって必要な訓練だった。


「コーヴァス支部は能力の種類も多い。今回は調査のみだから使用するかは微妙なところだが、見ておいて損はない」


夕陽は地図を見つめていた。


未来視を持っていても、今の自分は目の前の危機へ反応することしかできない。


事前に危険を予測し、仲間へ情報を伝え、戦況全体を見る。


そのためには、実際の部隊行動を経験する必要があると分かっていた。


「期間は?」


「今のところ一週間前後。調査の進み方によって変わる」


「行きます」


夕陽は即答した。


社だけでなく、剣持も僅かに驚いて彼女を見る。


夕陽は変わらずモニターへ視線を向けたままだった。


「未来視を使いこなすためには、異なる状況を経験した方がいいのでしょう。それに、夏休みを剣持さんの攻撃を避ける訓練だけで終わらせたくありません」


「僕が攻撃してるみたいに言わないでくださいよ」


「いつも巻き込まれているでしょう」


反論できなかった。


剣持はもう一度地図を見る。

自分がエニカラの一員として何をできるのかを知りたかった。


これまでの戦いでは、何度も仲間に助けられた。


自分の能力が強力であることと、一人で戦えることは同じではない。


その事実を、剣持は既に嫌というほど理解していた。


「僕も行きます」


剣持が答える。


社は満足そうに頷いた。


その直後。


訓練場の床が大きく揺れた。


原因はクヲンでも地震でもない。


相羽が両足を強く踏みしめたのだ。


特殊な床材に細かな亀裂が広がる。


「駄目ーーー!」


相羽の叫びが訓練場へ響き渡った。


「剣持くんとリリちゃんは、私が面倒見るの!」


「お前の所有物じゃないからな」


社が冷静に返す。


「コーヴァス支部に行ったら、変な戦い方覚えて帰ってくるかもしれないでしょ!」


「あんたの戦い方より安全だと思うぞ」


長尾が小さく呟いた。


相羽は二人をまとめて抱きかかえようとするように腕を伸ばした。


弦月が背後から止める。


長尾も片腕を掴む。


それでも相羽は動きを止めない。


床を踏み砕きながら、二人を引きずって社へ迫っていく。


「離せぇ! 二人は相羽隊に入るんだぁ!」


「まだ配属決まってねぇって言ってんだろ!」


「ういはろ、落ち着いて。訓練で行くだけだから」


「一週間も離れるの!」


「遠征としては短い方だ」


社は端末を操作しながら、騒動を無視して説明を続けた。


「出発は三日後。必要な装備や現地情報は後で送る。パスポートなんかの手続きはこっちで済ませる」


「話を進めないでぇ!」


相羽の声が響く。


剣持と夕陽はその光景を眺めながら、顔を見合わせた。


夕陽は僅かに肩を竦める。


「早めに決めて正解でしたね」


「相羽さんに相談してたら、帝国に着く前に夏休みが終わりそうです」


『賑やかな旅立ちになりそうだな』


伏見の楽しそうな声が頭の中で響く。


剣持は小さく息を吐いた。


コーヴァス帝国への遠征。


それは彼にとって、初めて自分の意思で参加するエニカラの任務となる。


訓練場に響く相羽の叫び声とは対照的に、新たな戦いは静かに動き始めていた。

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